21.理由
ある程度の身支度を整えて宿を取り、食事をした後。
私は、旅に必要なもので…色々…買いたいものがあって…と含みをもたせ、スムーズにリューと別行動となった。
さっさと適当な下着を買い込むと、リューと同じ西の国の人がやっている露店へ足を運ぶ。
ちょっとふっくらした、気の良さそうなおじさんだ。
「やぁお嬢ちゃん、いらっしゃい。砂と太陽と情熱の国サラディーニのアクセサリーだよ!宝石のクズ石だが、集めると綺麗だろう?一つどうだい?」
「わぁ、素敵ね!!」
クズ石と言っても宝石だ。それなりの値段がするが、気にせず3つほど、リボンに美しく石が飾られたものを買う。
店主は良客に上機嫌だ。
お金を渡しながら、努めてピュアなイメージで店主に話しかける。
「私、いつかサラディーニに行ってみたいのよね。評判通り砂と太陽が美しい情熱の国なの?」
「もちろんさ!夕陽に染まった美しいサラディーニの城を眺めながらロマンチックに過ごす最高の国だ。いつか行ってみるといい。」
店主はますます上機嫌で包んだアクセサリーを渡してくれる。いい塩梅だ。
「聞くだけで素敵ね…!あのね、いつか移り住んでみたいと思ってて、サラディーニの国の勉強をしているんだけど…新聞がなかなか手に入らなくて。古新聞でいいから、ここで売ってないかしら?」
「古新聞?あぁ、そんなんタダでかまわないぜ!ほら、俺の後ろに詰んであるやつ。少し古いが、好きに持っていってくれて構わない。」
「まぁ!いいの!ありがとう!!よかったら、これ新聞のお礼に貰ってくれない?」
バッグから薬の小包を取り出して渡す。
「おぉ、これ二日酔いの薬じゃねぇか!いいのか?買うと俺ら庶民には結構高ぇ薬だろ?」
「薬師のパパが作ったんだけど、作りすぎちゃったみたいで、お友達にってくれたの。特に約束してたわけでもないからあげるわ。その代わり、ちょっとお店の裏で新聞見させてもらっても大丈夫?」
「ありがてぇ!新聞は自由にしていいぞ!」
私はニッコリ笑うと、早速新聞の束へ向かった。これで変に詮索される事もないだろう。
嬉しそうな雰囲気で新聞を手に取る。
「…あった。」
目的の記事はすぐに見つかった。
すべての情報が一つに繋がる。
「…リュー…」
勝手に真実に辿り着いてしまったことを知ったら、リューは傷つくだろうか。
だが、それでも。
リューが私を手放せなくなる理由に、これ以上のものはないはずだ。
リューが港町を目指そうと言った理由。
それは私をどこか他の国へ逃がすためだ。
自分と別れさせて。
でも、本当に一人きりで旅立ちたいなら、私なんてさっさと置いて、どこかへ行ってしまっていたはずだ。
「…リューが私と一緒にいたいと思ってくれるなら、理由なんて、私がいくらでも作れるわ」
私は目的の新聞をバッグに入れると、店主にお礼を言って、リューとの待ち合わせの場所へ向かった。
潮風が吹く高台は見晴らしが良くて、向こう側にたくさんの船が見える。
街の中心地から少し離れたその場所は人気はあまり無いが、柔らかな緑の下草がそよいで気持ちがいい。
リューはぼんやりと海の方を眺めていた。
「リュー!お待たせ!」
高台を駆け上ると、リューは穏やかな顔で笑ってるが、やっぱり寂しげだ。
既に私の結論は出ている。さっさと済ましてしまおう。
「それで、話って何?」
「すごいね、いきなりだね」
さすがのリューも苦笑しているが、知ったことではない。
もうこんな辛そうな顔は見てられない。
「ふふ、お前だけ東の国へ逃げろとか言われても、さっさと断ろうと思って」
図星だったのだろう、カチンと表情が固まる。
「嫌よ。私、リューに付いていくって決めたもの。」
「待て、ダメだ、次はあいつらから逃げられるかは分からないし」
「大丈夫、対策はあるわ。まずは一つはっきりさせて。」
私は強い口調で続けた。
「なんの制約が無かったとしても、リューは私と旅をするのは嫌?」
「………」
「これだけは…嘘つかないで答えて。どんな答えでも、無理やり付いてったりしないから。」
緊張で心臓の音がドクドク聞こえる。
これで拒否されたら、私がリューについていくのは、私のただの独りよがりだ。
祈るように答えを待つ。
「…本当に、なんの制約も無かったとしたら…」
リューの少し掠れた声が妙に耳に響く。
私はギュッと手を握りしめた。
「…なんの危険もしがらみも無かったら、本当はルディアとあの雨ノ森の家で、暮らしてみたかったな」
ぱっと顔を上げると、困った顔でリューが笑っていた。
「好き勝手に色んな国へ行って、狩りとルディアの薬師の腕で気楽に暮らしてみるのも良いかもね。」
リューは海の向こうを眺める。行きたい国があったのかな。
「でもダメだ。ルディアの命を賭けてまで一緒に行けない。」
「ダメな理由は私の命の危険?」
「そう。ルディアの命まで危険に晒す必要はない」
「…良かった…」
もう怖いものはない。私は勝利を確信した。
「じゃあ、一緒に行くわ。」
「…は?いや、だから、」
「リューは、何のしがらみもなかったら私と旅してもいいけど、私の安全を考えるなら一緒にいてはならない、って結論なのよね?じゃあ、私はその結論を覆すわ。」
私は気合を入れてリューに強い視線を向ける。
「まず、あなたの呪いは私が解くわ。もしキューがその呪いを解いたのなら、精霊術で解呪の可能性があるということ。リューが私と共に行動するメリットはこれよ。」
「…それでも、ルディアの身の安全は確保されないだろ」
「そんなのどこの国へ行ったって同じよ。むしろ呪いが解けたリューが強いなら、一緒に行動するほうが安全かもしれない。でも、それだけじゃないわ。あなたはもう、私を連れて行くという選択肢を選ばざるを得ないわ。多分、私はもう、真実を知ってしまったから。」
覚悟を決める。もう、あとには戻れない。
「リュー…いいえ、リューカス・サラディーニ第二王子」
空気の質が変わった。リューがちらりとこちらに視線を向ける。
そこにはもう、先程の友情や馴れ合いの甘さは無かった。
静かな威圧感。
でも、負けるわけにはいかない。
この男に付いて行くつもりなら、それ相応の強さを示さなければダメだ。
「…一ヶ月前に、背中に毒矢を受けたリューと名乗るあなたを私は拾った。そして今、西のサラディーニ中央政府担当官の紋章を持つ男に追われている。その男は、あなたのことをリューカスと呼んだ。つまりあなたは、庶民では簡単に手に入らない毒にやられ、国の高官が外国まで追いに来るほど重要な、リューカスという人よ。来ていた上着はシンプルでも縫製がしっかりして立派な刺繍が入ったもので…あれはただの庶民が着るものではないわ。」
私は先程手に入れた新聞を取り出す。
「そして同じ一ヶ月前、雨ノ森に流れる源流がある高山の泉で、雨の神に祈りを捧げる側妃様が急病で崩御し、その場にいた第二王子はショックを受け療養中と世間では言われているわ。そんな時、同じ名前で同じぐらいの年齢の、新聞記事の絵姿のリューカス王子にそっくりなあなたが、こうして毒矢を受けて国の高官に追われている……公にはされていないけど、あの長身の男の後ろにいる黒幕の策略で、追われることになったんでしょう?諦めて私と遠くの国へ逃亡せずに、私だけ逃がそうとするのは…あなたがまだ国のことを諦めていない証拠よ。戻るんでしょう、サラディーニへ…リューカス王子。」
ざわりと海風が吹く。リューは読めない淡々とした顔でこちらをじっと見ている。
「……ルディアが賢女アデルの娘だったのを忘れてたよ。」
「…褒め言葉として受け取っておくわ。」
辛い記憶を呼び起こさせただろうか。
リューの身と心を切り裂いているような気がして、自分も辛い気持ちになるが、食いしばって続ける。
「私を東の国へ逃しても、この知ってしまった事実は消えないし、精霊の民とわかった今、どうやってもあの人たちに追われるでしょう?確かに遠くの国で身を隠せば見つからないかもしれないけど…それは私の生き方じゃないわ。」
私は、おばあちゃんのエメラルドのネックレスをなぞり、目の色を本来の光が交じる精霊の民の目に変えた。
少しでも、私の覚悟が見えてくれるように。
「あなたの呪いは私が解くわ。他の精霊の力も味方になる。薬師として治療もできる。それに、知りすぎた私を目の届かない所にやるのもリスクが高いわ。国のために、王子のあなたが選ぶ選択肢はもう見えているんじゃないかしら。」
「………なぜ、そこまでする」
絞り出すような問いかけに、私は微笑んだ。
「私ね、できればありのままの姿で生きてみたいの。」
海からの風が、ざわりと木々をゆらし、雲を流していく。
私はこの人生を、自分で選んで生きていきたい。
「もしあなたが無事に国へ帰り、策略に勝つことができたら……私がこの目を隠さないまま自由に幸せに生きる方法を、一緒に考えてくれる?」
雨ノ森の中で一生隠れて暮らす選択肢は、私の中にはもうない。
「私は、誰かの役に立てるなら自分の力を使いたいし、広い世界で自分で進む方向を選んで生きていきたい。恐れ隠れて暮らす人生なんてごめんだわ。もし精霊の民の私がこのまま権力や欲に狙われるのなら…私が頼るなら、あなたより適任の人なんて絶対に現れないわ、リューカス王子」
すべてを語りきった私は口を閉じた。張り詰めた沈黙の中に、波の音が響く。
「……こんな沈没しかかってる船に乗りたがるなんて、変わり者だね」
「呪いを解いて修理が完了したら、超強力な武装豪華客船なんでしょう?」
勝ち気な顔でニヤリと笑って見せる。
「絶対に治してみせるわ」
「…降りるなら今だ。」
今までのリューからは考えられないような、無表情で突き放すような、冷たい強い視線が私を突き刺す。
「俺は母親に呪われ、臣下に毒矢を射られた側妃の第二王子だ。無惨な死を遂げる可能性のほうがずっと高い。馴れ合いや甘い考えで付いて来られても迷惑だ。これは友達ごっこじゃない。」
あの優しい姿が嘘のような静かな威圧感。
切るような視線は踏み込む隙など与えないと言っているようだ。
「遊びじゃないんだ。大人しく東の国へ向かえ。」
でも、そんな怖い顔をして脅したってダメだ。それはただの、リューの優しさだ。
反論の理由だってない。
ただ、私を道連れにしたくないだけなのだ。
ここで必要なのは、リューに腹をくくらせること。
それには、私の強さと決意をみせるしかないだろう。
私は無惨な死など全く恐れていないと示すように、リューの強い瞳を見つめたまま、余裕の笑みを浮かべる。
「心配しなくても、多分私は破滅までは行かないわよ?権力者に引っ張ってかれて、こき使われるぐらいでしょ。最悪死ぬ前にうまいこと寝返るわよ。」
そう、多分私は利用価値さえあれば自由は奪われども殺されたりしないだろう。
だから、恐れないでいいんだ。
あなたの利益と、私の利益のために。
リューが私を利用するぐらいの気持ちでいいんだ。
あなたは優しすぎるから。
私は一歩踏み出した。
「…それに私ね、逃げるのが得意だって言ったけど、ホントは攻める方も得意なの。」
リューの強い視線を真っ向から受け止め、見上げる。
独りで戦わなくていい。
これは私が決めたこと。
どうなろうと私の責任だ。
揺れる藍色の瞳に手応えを感じてニヤリと笑う。
「もう、リューも殆ど私に捕まっちゃったんじゃない?」
じっとリューの目を覗き込む。
私は本気だ。
あなたについて行くし、恐れないし、簡単に死なないし、死なせない。
リューと私は暫く睨み合ったように見つめ合い続けた。
しばらくして、リューは視線を外して空を仰ぐ。
そして今度は俯いて、深いため息と、沈黙。
「………降参だ。」
リューは、はぁとため息を吐くと憑物がとれたような、でもちょっと諦めたような顔で手を差し出した。
「リューカス・サラディーニだ。改めて、よろしく」
やった!!やったよおばあちゃん!!!
交渉成立だ!
私は差し出された手を満面の笑みでギュッと両手で握る。
「うん、ありがとう!!よろしくリュー!」
嬉しくてたまらない。多分尻尾が生えていたらブンブン振っているだろう。
ここまでしたら、とりあえず黙って置いていかれることはないはずだ。本名も告げてくれたし。
…と思ったところで、重大なことに気が付いた。
何たること。
一国の王子に対して、敬語どころか馴れ馴れしく愛称呼びしてしまっている。
「はっっ…ごめんなさい、ええと、リューカス様?殿下?」
「やめて…今までどおりリューでいいから。大体隠して旅しないとだし。」
なんだかどっと疲れたような顔で完全拒否だ。面白い。
「ふふふ、じゃあリュー、よろしくね!せっかくだから私のこともルディって呼ぶ?おばあちゃんみたいに」
ずっと、おばあちゃんみたいに気楽にポンポンやり取りできる相手が欲しかった。
ここぞとばかりにお願いしてみる。
距離を詰めるなら今しかない。
絶対逃さない。
何故か先程とは少し雰囲気が違う沈黙が訪れた後、こちらを見つめるリューの藍色の目が、何かよくわからない、少しとろりとした光を燈した気がした。
「………ルディ」
思いの外、重低音で響くリューの柔らかな声に心臓が跳ねた。
「えっっあの、はい」
「ルディ」
じり、とリューが距離を縮めた。
顔が近い。
なんだか深い藍色の目が、獲物を狩るような熱を持っている。
「そ、その、嫌なら今までどおりでも…」
ぐっと握られた手が熱い。
リューの親指がするりと私の手の甲の上を動く。
「あ…あの…」
息づかいさえ聞こえるほど近いリューの顔。
なんだか分からない甘い香りがする。
視線が絡む。
「…ルディ」
耳元で聞こえたその声にぐらりと目眩がした気がする。
リューは私の顔を覗き込むと、今まで見たことがない、壮絶に美しい顔で笑った。
「よろしくね。」
「ひ、ひゃい!」
耳に響く声がなんだかゾワゾワする。
なんなんだこれは。
何なんだ!
「その、なんですか!どんな技ですか!よくわからないけどお許しください!!」
プルプル震えながら許しを請うと、リューはくっくと笑って手を離してくれた。
ニヤリと意地悪そうな顔をしている。
「俺も一応太陽の国の男みたいだから。気をつけてね。」
「えっ??うん??」
よくわからないが、からかわれたのだろうか。仕返しか?
また手を取られる。
「風出てきたし、そろそろ宿に戻ろうか。」
「そ、そうだね。」
状況がよく読み込めないまま、ずるずると宿に連行される。
宿に連れられながら思った。
よくわからないけど…捕まったのは、私…?
読んで頂いてありがとうございます。
ついに来た!!リューのぐいぐいターン!!
次回で第一章は完結です。
「面白い!」「続きが読みたい!」と思ってくれた方は、
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