12.未来への言葉(sideリュー)
本日3話目の投稿です。
花送りの提案は、それ以外にどう言葉をかけたらいいか分からなかったからだ。
自分の不甲斐なさを責めながら、ルディアの手を引く。
最後にありがとうと言いたかった、というルディアの声があまりにも寂しそうで、
今からでも聞こえるだなんて、気休めにしかならない言葉を吐いて、冷たい手を握った。
ルディアは何でもないような言い方をしていたが、あの本棚にあった本は、流石賢女アデルの教育だと言わんばかりの品揃えだった。
それに加えて古代語の精霊の本。
精霊の民は古代語を使うから、精霊に関する本はその多くが古代語だった。
当然精霊の民であれば難なく読める内容のはずだが、それは精霊の民として、古代語を使って生活している場合だ。
ルディアは普段は古代語を使っていない。
それは、外国語で難解な専門書を読み解くのと同じことだ。
本棚には何冊ものノートや精霊術に関する本が並び、古代語の辞書には何度も何度も使われたような色あせがあった。
薬師の専門書や治療の本、難病に関する専門書まで、ビッチリと本棚を埋め尽くしている。
ルディアは、いつか育ての親を治せることを希望に、コツコツ勉強してきたのだろうか。
それが、死に目にも会えないどころか、魔獣に死体を貪られた状態で対面するなど、運命は残酷過ぎるのではないかと思う。
ルディアの努力は無駄ではない。
自分の命を助けてくれたのはルディアだ。
ただ、それはルディアが本当に助けたかった人の命とは違う。
結局大した言葉もかけれずに、ルディアと最後の場所を訪れた。
凄惨な現場とは思えない、穏やかな場所。
そこで行われた花送りは、震えるほど神秘的で、美しかった。
穏やかな木漏れ日の森に生まれた、一面の黄色い花畑と、宙を舞う綿毛。
賢女アデルの最後は、今このときだったのではないかと思う。
残された最後の時間は、育てた子への愛に満ち溢れていたに違いない。
ルディアはこんなに真っ直ぐで、しなやかに強く、優しい女性に育ったのだから。
いつの間にか小さな羽の生えた美しいポニーや、枯れ枝のような老人の精霊がルディアのそばにいる。
寄り添う姿は優しげだ。
キューもルディアの肩に乗り、静かに身を寄せてじっとしている。
なんだか邪魔をしたらいけない気がして、その輪から少し離れることにした。
大きな木の幹に背中を預ける。
「…ん?」
金色のチェーンが、木の根元のコブに引っかかっている。
古びたエメラルドのネックレス。
拾い上げると、宝石の中に、条件付きで発動する魔術式があるのがわかった。
これは、まさか。
「ルディア…!!」
「えっ?…あっ!!それ…おばあちゃんの!!」
やはり、賢女アデルの持ち物か。
そうであれば、この魔術式は、間違いない。
「これ、ルディアのおばあちゃんがいつも身につけていたもの?」
「そう、間違いないわ。特に私が大きくなってからはいつも首から下げてた気がする。死んだら形見にしてくれとか冗談言ってたのになくて…」
恐らく亡くなった時にいた魔獣に引き千切られて、ここに落ちたんだろう。
鎖が途中で切れ、輪になっていなかった。
「これが、本当にルディアのおばあちゃんのものなら、多分触ると遺言か何かが出てくると思う。」
「ゆ、遺言…!」
遺言を、いつも身に着ける一番身近な貴金属に付ける場合がある。
特に、重要な内容や本人や関連者に確実に伝えたい場合、発動条件をつけて必ず伝わるように魔術式をつけたりする。
権力者や多くの財産を持つ商人が、相続時によく行う遺言の方法だ。
一般市民には馴染みがないが、賢女アデルなら、むしろこのタイプの遺言があると考えるのが普通だろう。
俺は魔術式を注意深く解読した。
「見た感じ…発動条件は本人が亡くなることと、ルディアが手で触ること、かな。初回はすぐに、次回以降は10秒とか、そのぐらい…丁寧な魔術式だな。」
ルディアが触ろうとした手をピクリと止める。
不用意に外で遺言の魔術式を展開するのはやめたほうがいいだろう。
「帰ろうか、ルディア。少し雲が多くなってきた。」
「う、うん…」
ルディアの表情が硬い。大丈夫だと言い聞かせるように、また手を取って来た道を戻る。
賢女アデルの遺言とは、どんな内容だろう。
花送りをした日にそれが見つかるなど、精霊のいたずらか、あの地に宿る賢女アデルの知恵なのか…なにか運命めいたものを感じる。
家につく頃には小雨が振り始めていた。
俺はソファーのサイドテーブルにエメラルドのネックレスを置くと、じゃあ少し外すから、と席を離れた。
「ど、どこ行くの?」
「いや、いないほういいだろう?」
ここから先は完全にプライベートな領域だ。
成り行きで居候している部外者が聞いていい話ではない。
「…その…」
ルディアはまだ硬い表情をしている。突然の遺言の発見に戸惑っているのかもしれない。
大丈夫だよと言おうとしたが、震える手が先に俺を捕まえた。
「一緒に、聞いてほしい」
「…いいの?完全に部外者だけど」
「リューは、部外者じゃない。一緒に花送りしてくれたじゃない。これを見つけたのもリューだわ。」
「………」
「お願い…」
亡くなった人の遺言を受け取るというのは、どんな気持ちなのだろう。
自分の場合は、見たくもない内容ばかりなのではという気がして、暗いものがこみ上げる。
身近な人であればあるほど、どんな小さな言葉でも、強い力で心を揺さぶられるのかもしれない。
「…わかった。」
ネックレスを持ち、ルディアといっしょにソファーへ座る。
「多分、手に取るだけでいいと思う。」
「わ、分かった。」
わずかに小刻みに震える手に、エメラルドを落とした。
『はっはっはっはぁー!ルディー!達者かいー!ばぁちゃんだよー!!』
「……」
「おばあちゃん…」
先程のシリアスな雰囲気をぶち破る明るい声。
ルディアがふっと、困ったように笑った。
元気なご老人が目の前にいるような迫力だ。
『これを聞いてるなら、ついにあたしも死んだってことだね。あんたの事だからメソメソ泣いてんだろう?まったく、いつまで経っても泣き虫だねぇ。あたしゃこの通り、ルディのおかげで思ったより長生きしちまったし、好きに生きて大往生大満足なんだけどね。まぁ泣きたいならしょうがないが、大概にして笑顔で見送っておくれよ。湿っぽいのは苦手だからねぇ。頼んだよ。』
ルディアがふふ、と笑いながら涙をこぼす。
普段はルディって呼ばれてたんだな…と、仲の良さげな雰囲気に心が温まる。
『さてルディ、泣き虫なお前にいくつか話しておきたいことがある。何も難しいことは無いから安心してお聞き。先に結論だけ言っちまえば、もう好きにお生きというだけなんだが。お前にはもう、自由に生き、責任を取れる力がある。それだけのことは、共にやってきたはずだよ。』
屋根を打つ優しい雨音が心地いい。
ルディアはきゅっとエメラルドを握った。
この家には、きっと沢山の思い出があるだろう。
『ここから先は、お前の生まれについての話になる。信頼できる人とだけ話を聞いてほしい。迷うなら、一度その手を離せば私の声は止まる。いいかい?』
やはり席を外したほうが…と思ったが、ルディアは俺の膝に手を置いて引き止めた。
縋るような視線が心細そうだ。
少し考えて、そのままルディアの横に留まった。
生まれの話であれば、もう知っているから。
それならいいかと納得する。
『…じゃあ始めるよ。精霊の民が使う精霊術は、魔術ではなく、自らの血を媒介にした交流である、ということは覚えているね。なぜそのような血を持つのかは、はるか昔に精霊と人が交わったからだと言われている。その血があるから、精霊の民は精霊に好かれ、交流し、友人として協力を得られる。そしてその血が濃いほど…血の特徴が目に現われるんだ。
ルディ、小さい頃お前の目にかけた魔術を解く。鏡を見てごらん。』
ルディアが飾り棚の手鏡を手に取って目をパチパチする。
「…ちょっとキラキラしてる?」
「…っ!し、してる。」
ちょっとどころではない。深緑の光彩全体に光が混じり、宝石のように角度によって美しく色合いを変える。
明らかに普通の目ではない。
『その美しい目を隠すのは勿体なかったんだがねぇ…幼いお前が攫われたりしないよう、普通の目に見えるように魔術で封印していた。もうお前は自分で自分の身は守れるだろうから封印を解いたが…ルディは魔術は苦手だからねぇ。隠したいときに隠せるように、おまけでこのエメラルドに目の色を変える魔術を付与しておいた。左にまわりに3回なぞれば今までの平凡な色、右まわりに3回なぞればお前本来の色になる。封印よりはバレやすいから魔術に長けている人物の前では注意しておくれ。…ちなみにお前の魔力も多少は使ってるからやり過ぎには注意だ。ルディのことだから今グルグルやってそうだが、まぁそのぐらいにしなさい。』
ピタッとルディの手が止まって妙にすました顔をする。育ての親には何でもわかるようだ。
『さて、余興はこのぐらいにするよ。本題だ。…ルディ、知っての通り、お前は間違いなく、精霊の民の生き残りだ。しかも、かなり精霊の血が強い部類の生まれだろう。お前の親のことは窺い知ることはできないが…彼ら精霊の民の最後は、権力や欲の犠牲になったと言われている。お前に精霊との関わり方以外にあれこれ教えたのは、これからお前が色んな人と関わることになったときに、利用され死なぬようにと願ったからだ。賢くなければ生きられぬときがある。特にルディのような特殊な力があるならなおさらだ。望む望まぬにかかわらずな。
この雨ノ森に閉じこもってずっと暮らすかは、ルディ、お前次第だ。
あたしが死んだ今、年寄に付き合ってずっとこの家にいる必要はない。
金持ちを見つけて能力を傘に結婚してもいいし、精霊の民の復興に向けて狼煙をあげたっていい。王家や貴族に取り入って贅沢な暮らしをしたっていいし、奇跡の薬師になってもいい。もちろん、この雨ノ森にずっと住んだっていい。
ルディ、どんな選択をするか、どんな風に生きるかはお前次第だ。好きに生きたらいい。
好きに生きて、幸せになっても、最悪な結末を迎えようとも、それはお前に与えられた未来で、自由だ。
色々な未来を選ぶには、力が必要だ。あたしが与えられるものは与えてきたつもりだよ。
晩年好き勝手に楽しく過ごしたこのあたしのように、お前も好きに過ごしな。
ただ、願わくば…お前が幸せになることを祈っている。
ルディ、その手元のエメラルドのネックレスは、あたしが若い頃に夫となる予定だった男に貰ったネックレスだよ。色々あって、子をもうける前に別れてしまっだが…もし添い遂げられていたら、お前のような子供を育てたのかもなぁと思っていた。知らぬ男とババァの子と思われて育てられたなんて不名誉極まりなくて申し訳ないが…ルディ、お前と暮らした日々は賑やかで煩くて、本当に幸せだった。何年もこんな森の中で年寄に付き合ってもらってすまなかったねぇ。ルディ、ありがとう。
さて、だいぶ長くなっちまったねぇ。年寄になると話が長くて困るよ。ルディ、ちゃんと食べて、歯磨いて寝るんだよ。明日もルディらしく元気にわんぱくに過ごしな。じゃあね。』
声が止み、屋根を打つ雨の音がやけに静かに聞こえた。
「………ルディア」
「…ひっ、うう〜〜〜ずびっっ」
「…ほら、鼻かめ」
「あひ、あひがとう…ひっく」
ちーーんと鼻をかむ音が、しんみりとした空気を少し温めてくれた気がする。
「ふふ、ルディア、まずは言いつけ守らないとだな。ちゃんと食べて歯磨いて寝なきゃ。野営料理とスープぐらいしか作れないけど、それでいい?」
「…おねがいじまふ」
びしょびしょのルディアにタオルを手渡したら、顔を埋めたまま出てこなくなってしまった。
俺はルディアの頭をわしゃわしゃ撫でると、キッチンへ変わり映えのしない焼くだけの料理を作りに立ちあがった。
もう一人にして大丈夫だろう。
薄暗くなってきた部屋にオレンジ色の温かい色の明かりを灯す。
優しい雨音を聞きながら、ルディアが親しい人の死と、うまく向き合えるようにと祈った。
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