11.花送り
本日2話目の投稿です。
あんなに望んだのに叶わなかったこと。
このために、必死で勉強してきたのに、報われなかったこと。
おばあちゃんは、私を拾う前から、徐々に身体と魔力が反発して身体を蝕ばむ難病にかかっていた。
その病が発症したのを知ってすぐ、『あたしゃ残りの人生、好き勝手に生きるわ!!』と言いはなち、引き止める東の国の人々を説き伏せて、この雨ノ森に移住してきたそうだ。
魔術より植物が好きなおばあちゃんは、前々からこの森の植生が気になっていたようで、雨ばっかりで毛嫌いされるこの森の整備兼薬師として喜々として住み始めたらしい。
徐々に進行する病のため、私を拾ってくれた頃はなんともないぐらい元気だった。森と山を駆け回り、ばったばったと魔獣を倒し、貴重な薬草を見つけ、沢山色んなことを教えてくれた。
病が進行しないように、色々調薬して試してみたり、私の拙い精霊術で治療や緩和を試してみたりした。
それでも、私が15歳になる頃にはかなり魔術に粗が出始め、身体も上手く動かせなくなってきていた。
リュドリスや、他のたくさんの精霊に頼んだけど、完全には治らない。
たくさんの古文書から方法を探して試したり、お願いの仕方を変えたり、薬草を組み合わせてみたり、自分で工夫したりもしたけれど。
『ありがとう、楽になったよ』
おばあちゃんはいつも嬉しそうに頭を撫でてくれたが、結局何をしても難病は治らず、日々少しずつ進行していった。
あれは、一年前の霧雨の日だった。
このぐらいの雨なら採取もしやすいね!ちょっくら行ってくるわ!と言って、おばあちゃんは出かけていった。
以前は何度も私が行くからと言っていたのだが、『あたしの晩年の楽しみを奪う気かい!?あたしゃ最後の1秒まで、自分がしたいように生きるのさ!』と言って聞かなかった。
いつもそうやって出ていって、なんだかんだ元気に帰ってくる。
その日も私は祈るように、帰りを信じていた。
この季節は日暮れが早い。
雨だと余計に暗いのがこの森だ。
段々薄暗くなってきて、そろそろ帰ってこないかな…と思っていたごろだった。
キューがふわっと現れて、私の肩に乗った。
キューと目があったと思ったら、気がついたら森の中にいた。
おばあちゃんは、森の中に倒れていた。
ネズミの魔獣がむらがり、あちこち食いちぎられている。
それからはよく覚えていない。
大型化したキューがネズミの魔獣を八つ裂きにし、私は震える手でリュドリスを呼び出し、何度も何度もお願いした。
おばあちゃんの傷は綺麗になり、穏やかな顔で微笑んでいるような、今にも目を開きそうな顔になったのに、2度とその目は開かなかった。
リュドリスがふわりと木の葉をおばあちゃんの胸元に寄せる。
フィーリーが私の頬に伝わる涙を拭く。
リッキーがふわりとおばあちゃんを背中に乗せて、優しく運んでくれた。
キューはその晩ずっと一緒にいてくれた。
どんなに願っても叶わないことがある。
本当は分かっていたんだ。
何冊も何冊も読んだけど、どの精霊の本にも同じことが書いてあった。
めぐる命の運命には逆らえない。
「……だから、15年前の精霊の民は、求めた人々の願いを叶えられずに呪いに身を滅ぼしたんだわ。元々叶えられる願いなんて、そんなにないのよ。」
少し雲が出てきただろうか。
時々太陽が雲に隠れ、陽の光が弱まる。
夜には雨が降るだろうか。
「…ルディア、花送りってやったことある?」
「はなおくり??プレゼント?」
「うちの国の風習で、亡くなったその場所に花を手向けて祈りを捧げるのが花送り。死者の命は巡るために、小さな欠片になって、その亡くなった場所の花や木や、まわりの自然に溶け込んで、新しい命としてそこにあるって信じられている。だから無事に新しい命として巡っていけるように、幸せを願って、送る花をその命が終わった場所に手向けて祈るんだ。」
「…次の幸せを願うの…?」
「そう。死者には新しい未来が待っているって信じて、花で送り出すの。」
リューはよいしょっと立ち上がって、私に手を差し伸べた。
「今日は雨ノ森には珍しい、二日目の晴れ間なんでしょ?貴重な晴れとか、花送りには最高だよ。ルディアのおばあちゃんなら大好きな雨ノ森の野花でも絶対に嬉しいはずだよ。」
「雨ノ森の、野花…」
おばあちゃんは、大輪のバラの花よりも、この森の野花が好きだったな。
私はリューの手を取って、立ち上がった。
「よし、行こうか。」
リューは杖をついてるのに、器用に私の手を引いて歩きだす。
「リュー、私…」
ずっと後悔していた。
もっと何かできたんじゃないかって。
「おばあちゃんに、最後に、ありがとうって言いたかったの。」
リューは進む方向を向いたまま、繋いだ手をきゅっと握った。
「今からでも聞こえるよ。」
久々に訪れたその場所は、少し木の少ない、雨ノ森の中でも日当たりが良い場所だった。
流れる雲から太陽がのぞくと、木漏れ日がサラサラ揺れて、柔らかな草の緑が美しく見える。
おばあちゃんが最後を迎えたその場所には、雨ノ森にしか生えない、変わり種の珍しい銅葉の薬草が生えていた。
「ふふ、おばあちゃんの命が宿るならこれかな」
「これ何の葉っぱ?」
「雨ノ森にしか生えない、貴重な痴呆症予防効果のある薬草よ」
「…賢女アデルらしいな」
あんなことがあった場所なのに、今はひたすらに穏やかな空間だ。
「花はどうしようか。お気に入りの花は咲いてるかな?」
「あぁ、これを使おうかなって。」
傍らで揺れていた、よくある野花の綿毛をひとつ、摘み取った。
「これ??あちこちで咲いてる黄色い花の、綿毛の種だよね…?」
「ふふ、見てて」
6歳ぐらいの頃に一番初めに覚えた、精霊へのお願いだ。
『フィーリー』
自分の声が空気の中に響いて溶ける。
地面から小さい芽の精霊が、たくさん出てきてくれた。
私はおばあちゃんの幸せを願って、綿毛をふぅと吹き飛ばしす。
ふわりと飛んだ綿毛を、小さなフィーリーたちが一斉に飛び出し、あちこちで掴んで、ふわりと地面に降り立った。
「…うそだろ…」
フィーリーが降り立った場所から、次々と黄色い花が咲く。
そしてまた綿毛がとんで、また次の花が咲く。
辺り一面黄色い花畑だ。
大きなフィーリーが、ヒュンと飛んで、黄色い花びらを撒き散らした。
「わぁ、凄い…!」
あんな小さなお願いで、こんなに沢山の花を咲かせてくれたのは初めてだ。
柔らかな風が吹いて、黄色い花がゆれ、新しくできた綿毛が中を舞い、木漏れ日の中を飛んでいく。
始めてこの精霊に花を咲かせてもらって二人で大喜びした、あのときのおばあちゃんのしわくちゃの笑顔が、ちらりと目の端に見えた気がした。
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