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「・・・あれ?」

 突然変わった景色に驚く。目の前には人、人、人。兵士など一人も見当たらなくて、いるのは学者姿の老人ばかり。

この場所はどこかの劇場なのだろうか。中央にあるステージを囲むように、ぐるりと椅子が並んでいる。

エリオットも、周囲の学者たちも、今その椅子に座っているわけだ。

辺りは薄暗いので、よくよく見ないとわからなかったが、天井はドーム型で、鏡張りになっているようだった。


『城内にある研究室の一つですね。私も来た事があります。』

 不意に、ピアが説明してくれた。

『ここは異空間移動の実験を行う施設。天井の鏡は実験中の被験者の姿を映すためにあります。』

「えっと・・つまり、ここにいる人たちは皆、異空間移動の研究者?」

尋ねてみる。

 エリオットは、自身の衣装も、今は平たい紺色の帽子に、同色のローブと白い肩掛け。

周囲の人々にも多く見られる服装になっているお陰で、誰一人、会場に紛れ込んだ唯一の若者の存在に気づかない。


『そうです。ルーファス公爵は・・カーティスを実験体に使う等と言っていましたが・・こちらに来ているのでしょうか?』

言われて、エリオットは周囲を見回した。薄暗い部屋の中で、個人を特定するのは非常に難しい。

 幾らか闇に目が慣れてくると、エリオットはステージの中央に蹲る影に気づいた。


「・・あれ・・?あそこにいるのがカーティス?」

 そっと指差して、視界を共有するピアにもその位置を示す。

『確かに・・子供が一人いるようですね。ステージの奥にいるのは・・魔術師でしょうか・・』

ピアに言われ、その奥に目を凝らすと、確かに、暗闇の中に黒い衣装を着た数人の大人が立っている。

 その中で、キラリと輝く銀髪を見つけて、エリオットは目を見張った。


「ちょ・・!ピアちゃん!あそこに大賢者様までいる!」

小声ではあったが、興奮を堪えきれず、エリオットは叫んだ。視線の先に見つけた銀髪の老人は、いつかエリオットが夢で見たのと同じように、真っ黒な衣装に身を包み、集団の中でただ一人、蹲るカーティスに視線を向けていた。

『・・本当。お師匠様までいるということは、これはかなり大規模な研究会なのでしょう。』

ピアの言葉にエリオットも頷いた。一体これから何が始まるのだろう。

 会場は未だに静かで、辺りには緊張した空気が流れている。

目の前に座っていた老人が、パラリと持っていた書類に目を通したのがわかった。

エリオットは一瞬そこに「死の因果」という単語を見つけて、ぞっとした。


「死の因果って・・確か・・異世界旅行の技術がまだ初期段階だった時に頻繁に起こっていたっていう・・」

エリオットは確認を取るよう、そう呟いてみる。ピアは緊張した様子で返答した。

『異世界に行った人間が最も陥りやすい死亡事故の一種ですね。

 入ったパラレルワールドの中で二つの因果律が混ざりあうことで起きる不具合です。』


 異世界移動を行うと、パラレルワールドの持つ死の運命と、旅行者が持つ死の運命が相乗効果を生み、結果的に対象人物の寿命が極端に短くなってしまうという現象が起きる。

「死の因果」と呼ばれるこの現象を回避する技術が生み出されたのは、つい最近の出来事だった筈で、もしこの技術がなければ、エリオットたちは大賢者を追って異世界に向かう等という選択肢を選ぶことはなかっただろう。

 それくらい、初期の異世界移動は危険だったのだ。


『死の因果の問題を解決するためには、多くの被験者からの症例を得る必要があったと聞きましたが・・

 まさか、これから行われる実験というのが・・・』

ピアの言葉に、寒気がした。

 もし、カーティスが死の因果の実験に使われているとしたら、冗談じゃなく、彼は死んでしまう。

夢の中での死は、そのままカーティスの精神を殺すことになるだろう。


「ピアちゃん・・このままじゃマズイ。

 少しでも、俺をカーティスの近くに連れて行ってもらえないかな?」

 じっと動かないカーティスの背中から目を逸らさないまま、エリオットは言った。

『・・やってみます。エリオットをあの魔術師の中の一人として、認識させてみましょう。』

ピアのその言葉と共に、エリオットの視界を再び白い光が過ぎった。


 次の瞬間にはピアの示した通り、エリオットは黒装束の魔術師集団の一人として、ステージ奥に立っていた。

ステージの床にはぼんやりと白い光を放つ魔法陣が描かれており、ステージを見つめる学者たちの顔を青白く映し出している。

 どうやら、ピアの操作は成功したようである。


「・・隔離装置の到着はまだなのか?」

 ぼそりと一人の魔術師が呟いたのが聞こえた。

「今ルーファス公が手配してくれている。急な実験だからな・・準備が遅れていたのだろう。」

エリオットの背後の魔術師がそれに答えたのが聞こえて、振り返った。


「・・あの・・隔離装置ってなんのことなんですか?」

 思わず尋ねてしまった。目の前の男の切れ長の瞳が、不快そうに細められる。

「・・何を言ってるんだお前。隔離装置ってのは壁だよ、壁。

 学者様に実験体の飛沫が飛び散らないようにするための、魔力の壁さ。」

「魔力の壁・・?」

意味がわからず、ぽかんと聞き返したエリオットに、ピアのテレパシスが補足してくれた。


『人間を異世界に送るためには、一度その身体を細かい塵に変えなければなりません。

 彼らの言う隔離装置とは、被験者の身体の塵を、他の要素から隔離するために必要となる壁のことです。

 今は魔術師の力のみでこの隔離操作も行えるようになっていますが、

 旧式の異世界移動の技術には、この隔離装置が必須だったのです。』


 ピアの説明で、ようやく理解が追いついたエリオットは、再び目の前の男に尋ねた。

「・・その装置がまだここに揃っていないんですね?」

「ああ・・。だからまだ実験が始められないんだ。

 今日は長時間の実験を繰り返してたから、カーティス様のほうも大分弱ってらっしゃる。

 早く、装置が到着すればいいのだがな。」

不審そうな顔をしながらも、魔術師の男はそう教えてくれた。

 この言葉から察するに、どうやらこの実験の実験体はカーティスのみらしい。

エリオットは無意識に眉根を寄せていた。

「・・何で・・公爵の息子ともあろう子供が、こんな実験に使われないといけないんですか?」

 問う。誰もが抱く、最もな疑問だと思うが、これに対して魔術師の男は、肩眉を跳ね上げて、エリオットを嘲笑うような態度を取った。


「本当に何も知らないんだな。ルーファス公の息子の中でも、カーティス様は特殊なんだ。紅鴉一族の特別な力を持たずして生まれた、出来損ないさ。」

 男の言葉の意味がわからなくて、目を見開く。

常に堂々と振舞い、何事も完璧にこなす能力を備えたカーティスは、紅鴉の一族を代表する存在と言って間違いなかった。

彼に出来損ないなんて言葉が似合う筈がない。


「一族の人間が全て赤い瞳を持って生まれてくることは知っているな。

 彼らは古い時代から代々、その瞳に魔の力を宿してきた。人間が本来持ち得ない魔の力を、紅鴉の一族は持つことができたんだ。

 しかしカーティス様の瞳にだけは、その魔の力が宿っていない。」

「・・っな!?」

 紅鴉一族の持つ魔の力については知っていた。神々の時代より譲り受けた力の一つだ。

彼らはその瞳により、王族以外の全ての人間に恐怖を味あわせ、従わせることができた。

ルーファス公爵の瞳が良い例である。ルーファス公爵に睨まれたエリオットは、自身が王族の人間であるにも関わらず、恐怖に足を竦ませた。

 ・・それに比べて確かに、カーティスの瞳は父親の色を引き継いでいるにも関わらず、一族の力を感じさせることはなかった。

暗闇の中で燃え盛ったあの瞳ですら、臆病ゆえに敵意を剥き出しにした獣の瞳にしか感じられなかった

 呆然とするエリオットの目の前で、男は肩を竦め、言葉を続けた。


「ルーファス公は力を持たずして生まれた自分の息子の存在を嘆き、恥じた。

 以前から実験体を求めていたこの研究に、ルーファス公自らが紅鴉の一族の子供を実験体として差し出してきたのは、

 王国の異空間移動の技術が高まることを願う一方で、カーティス様が実験の中で命を落とすことを望んでいるからだ。

 技術の貢献のために息子が命を落としたのであれば、それは一族にとっての名誉になるからな。」

血の気が引くのを感じた。

『・・なんで・・実の親子がそんな・・』

絶え絶えに、ピアが呟いたのが聞こえた。

 酷い話だと思う。しかしこれはあくまで、ただの悪夢なのだと自分に言い聞かせる。

だって、もしこれが事実だったら、既にカーティスは生きていない。

あれだけの虐待に加え、死の因果を強制的に体験してしまっては、あの少年は死んでしまうだろう。

 エリオットは目の前の男に礼を言い、その場を離れた。


『・・エリオット、どうするつもりなのですか?』

突然ステージ裏に引っ込んだエリオットに、ピアの不思議そうな声が届いた。

「決まってる。隔離装置がここに届くのを阻止するんだ!

 そうすれば実験も始まらないし、カーティスも死なないですむ!」

 恐らく装置を運び込む裏口がある筈だと、舞台裏の暗い空間を手探りで歩くエリオットに、ピアは溜息混じりに言った。

『・・無意味です。これはカーティスの悪夢の中。

 実験が始まることが彼にとって最悪の出来事である以上、装置が会場に届くのは宿命です。

 私たちのような部外者が止められることではありません。』

「・・そんな!」

反射的にステージを振り返ったエリオットは、そこから聞こえるざわめきに気づいた。

 隔離装置が届いてしまったのだろうか・・


「くそっ!!」

吐き捨てて、走り出す。裾の長いローブが足に絡まって、苛つく。

 ようやくステージに戻ったエリオットは、ステージの中央に透明な筒型の壁が作られていることに気づいた。

ステージ上に描かれた魔法陣は、今や明るく輝き、ステージの出来事を集まった学者たちにはっきりと見せている。

 筒型の壁の周囲には、先ほどの黒装束の魔術師たち。そして筒の中には・・

「・・・カーティス!!」

 倒れこむように、エリオットは筒に触れた。

異空間転送魔法は既に発動しているようだ。筒の中に座り込んだ赤い髪の少年は呆然と天を仰ぎ、その身体は激しい音を鳴らす青い火花に包まれていた。


「カーティス・・!行っちゃ駄目だ!死んでしまう!」

叫んだ。しかし既にその声は少年に届かない。筒の中の少年は空を仰いだ瞳を一度閉じたと思うと、次の瞬間には、筒の中に現れた青い雷に打たれ、姿を消した。

「・・っ!!」

悔しさに唇を噛み締め、先程まではカーティスに向かっていて伸ばしていた筈の手を、拳に変える。

周囲の魔術師が、奇怪なものを見るような視線を注いできたのがわかった。


「・・死なんよ。あいつは死なん。」

 不意に、項垂れたエリオットの肩に温かな手が置かれた。

驚いて顔を上げたエリオットは、自分の頬に涙が伝ったことに気づいた。

肩に置かれた手の主は、エリオットが親愛を寄せる姿のまま、言った。


「紅鴉の呪いが、あいつには宿っている。王族がこの研究の成功を願っている限り、あいつは死ぬことが出来ぬ。

 可哀想に、せめて死ぬことさえできれば、楽になるのだろうに・・」

老人の放つ残酷な言葉に、エリオットは目を見開いた。


 ふと、一人の魔術師が天井を指差し、会場にいた全ての視線が天を仰いだ。

それに倣ってエリオットと大賢者も視線を移す。

そこには消える瞬間、カーティスが見つめていた鏡があり、そこには今、カーティスの見ているであろう景色が映りこんでいた。


「皆様、ご覧下さい!」

 一人の学者が立ち上がり、辺りに響き渡る声で話し始めた。

「只今行われている実験は、過去のアイバー博士の理論を参考にしたもの・・」

つらつらと他の学者に向けて話す言葉はエリオットにとって意味不明だったが・・・


『死の因果に陥らないために、とカーティスの持つ二つの因果律をどの割合で合成させるのか、彼らは今その理論を話しているのです。

 ・・どうやら、これから幾つかの実験が観測されるようですね。』

ピアの説明があって、エリオットはようやくこれから起きる出来事を理解した。


「カーティスは今・・どこににいるんだろう?」

 天井の鏡に映された光景は、どこにでもあるような草原に見えた。

音声まで聞き取ることはできないが、移りこむ映像が頻繁に変わるところを見ると、現地のカーティスがいかに混乱し、慌てふためいているかがわかる。

 その映像を見ているだけで、心が痛くなった。


「現在被験者が入っているは六歳児の少年。

 被験者と共通し、暴力に対する強い恐怖を抱いています。

 生じる因果律の歪みは世界からして0.002%未満。規定値の問題はありません。

<この世界を監視する目>に感知を受けないための処理はしておりませんので、この状態は持って三時間が限界です。」

立ち上がった学者が引き続き説明した。

 つまり、カーティスは今、あちらの世界で六歳児の少年の姿をしており、滞在時間三時間を越えると、向こうの世界の因果律に揉み消されてしまう可能性があるということだ。

「それで、被験者の自我は確認できているのかね?」 別の学者が声を上げ、それにはステージ上の魔術師が答えた。

「被験者は現在混乱状態に陥ってます。即ち自分が異世界に来たことに気づいていることになりますから、自我の確保は成功しているといえるでしょう。

 ・・ただし、精密な箇所までの確認は、現状ではできません。」


「・・当然だ・・あいつはもう既に、あまりにも疲れすぎている。異空間移動が可能な精神状態じゃなかった筈なのだ・・」

ぼそりと、背後で大賢者が呟くのが聞こえた。


 天井の鏡の中の視界は相変わらず一定せず周囲を巡っていた。

辺りに人の気配はないようだ。ここがどこかも解らずに、不安なのだろう。



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