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「うわあ!見た?エリオットさん!今の人凄い美形な上に銀髪よ!俺を見てくださいって言わんばかりよね♪」
今目の前を通り過ぎた一人の男性のおかげで、変なテンションになっているアユミを他所に、エリオットはしばらくの間、唖然とした気持ちでその男を目で追っていた。
――何者だ・・あいつ?
顔も一瞬しか見えなかったくらいなのに、
その男とすれ違った瞬間からエリオットの中で奇妙な予感が蠢いている。
「あ・・でも。エリオットさんからすればなんてことないか。
カーティスさんもピアちゃんも美人さんだもんね。髪の色だってさっきの人以上に目立つし!」
無言で男の背中を睨みつけているエリオットの様子を心配したのだろう。
アユミが的外れなフォローをしてくれたので、我に返る。
「そ・・そうだね。別に珍しくはないかな♪」
中途半端な明るい声を出したエリオットを、アユミは不安そうな顔で見上げている。
どうやら、先程の男はアユミの知り合いではないようだし、インフィニティはこの世界でも女の姿をしている筈だ。
あの男は何の関係もない筈なんだ。そう自分に言い聞かせて、男の消えた方向から目を離す。
エリオットは今、アユミに連れられて、この付近で最も賑やかだというアーケード街に来ていた。
なるほど、確かに先程までいた道路と比べ、人通りも多いし、道行く人々の格好も派手だ。
何よりも、道沿いに建ってる沢山のビルと、それより高い位置に掛かっているアーケードと呼ばれる屋根。
これらはエリオットにとってかなり壮観だった。目に入るもの全てが珍しくて、視線がなかなか落ち着かない。
「あはは!エリオットさん、おのぼりさんだあ♪」
隣のアユミが面白そうに言うので、オノボリサンってなんだろう?と首を傾げてしまう。
「アユミちゃんは、いつもこんなところで買い物してるの?」
聞いてみると、アユミは誇らしげに答えた。
「うん!服とか買う時はね、こういう風に店がいっぱい並んでる所の方が選びやすいし。それに、ついでに色々見れて楽しいからね!」
ほらっ。面白そうなものがあったよ!・・っと、アユミに引っ張られるままに、エリオットは付いていく。
着いた場所はどうも、本屋のようだ。店の外にも大量の本が並べられていて、その蔵書量には息を呑んだ。
――ピアちゃん、絶対喜ぶだろうなあ。
そんなことを考えてると、アユミからポチのリードを渡された。
「ちょっとごめん!新作出てたから買ってくる!ポチよろしくね!」
エリオットが返事をする暇もなくそう言いきると、アユミは嵐のようにその場を去ってしまった。
ふとポチを見下ろすと、こんな飼い主も見慣れているのか、やれやれといった様子でその場に座り込んで、道行く人々を観察し始めた。
「・・まるで人間みたいだな。」
エリオットは思わず微笑んで、ポチの白い背中を撫でた。
この犬が自分たちの捜している大賢者様なのだ。自我を失ってしまって、もうなにも覚えてはいないのだろうが、エリオットにとっては大切な人だった。
しかし、それと同時にアユミにとっても大切な存在であるようで、勝手に元の世界に連れて帰るわけにはいかない。
アユミにはもう二度と、ポチを攫わないと約束してある。エリオットはポチから大賢者様の自我を呼び覚まし、ポチ自らの意思で元の世界に戻ってくれるよう望んでいた。
ピアには既にこのことを話しており、彼女もポチの自我を呼び覚ますために色々試行錯誤してくれている。
・・勿論、こんなことアユミ本人には言えないのだが・・。
「ごめんねぇ!待たせちゃって!」
去り際と同じく、嵐のような勢いで戻ってきたアユミは、満面の笑みと共に、胸元に白い紙袋を抱いていた。
そして、エリオットが心配なあまり、急いで戻ってきてくれたのだろう、少し息が切れている。
「いや、早かったね。何買ったの?」
アユミに合わせて、歩きながら言う。アユミがポチのリードを受け取ろうとしたので、
エリオットは笑って首を振った。荷物を持ってるアユミに持たせては、申し訳ない気がした。
「ありがとう、助かる!あのね・・これはね・・」
丁寧にエリオットにお礼を言ってくれた後、アユミはガサゴソと紙袋の中の物品を取り出した。
「ほら!DVDっていうの!TVで見れるからあとで皆で見ようね!」
嬉しそうにエリオットに差し出してみせるその薄平たい箱には、最近ピアがよく読んでる漫画と同じキャラクターたちが描かれていた。
「ああ!これはピアちゃん喜ぶんじゃないかな?」
思わず嬉しくなってエリオットも笑う。アユミは何度も頷きながら言った。
「ピアちゃん、この漫画気に入ってたもんね!
アニメなら内容もわかるし、楽しんでくれるといいな!」
アユミの心遣いが嬉しく て、エリオットは力強く頷いてみせた。
「・・あれ?アユミじゃない?」
不意に、声がかかった。エリオットとアユミは同時にその方向に首を動かす。
「あ!ヤヨイじゃん!」
途端、アユミの顔は一気に崩れた。どうやら、知り合いに会えたらしい。
エリオットはアユミに合わせて笑顔を保ちながら、目の前の少女を観察する。
長く伸ばした髪を三つ編みに結って、背中に垂らしたこの少女は、ヤヨイという名前らしい。
背はアユミより少し高いくらいだろうか。銀縁の眼鏡をかけていて、アユミよりも若干知的な印象を感じる。
ヤヨイとアユミは駆け寄ると、何故か互いに肩を叩き合って喜びを表していた。
・・・どう見ても、あのインフィニティの妖艶さとは重ならない。ヤヨイは普通の少女と見て間違いないだろう。
ヤヨイは一度エリオットに視線を向けると、悪戯っぽい口調に変えて、アユミを小突いた。
「アユミ、そちらの殿方は?」
アユミはエリオットに目を遣ると、しばらくの間、固まってしまったように静止してから、再びヤヨイに向き直った。
「従兄弟なの。」
そう、アユミが言う。
「嘘つけえ!どう見ても外国の人でしょ!アレ!」
そう、ヤヨイが叫ぶ。アレと言って指差されたのは勿論エリオットだ。
「え・・?」
戸惑うエリオットの元へ、ヤヨイはアユミの手を引っ張ってやってきた。
「ハ・・ハァイ?ハワユー?」
何故か引きつった笑顔で、聞きなれない言葉を連発するヤヨイに、エリオットは首を傾げた。
「え・・えーと。キャンユースピークイングリッシュ?」
「あの・・一体何を・・?」
尋ね返したエリオットを無視して、ヤヨイはアユミを振り返った。
「ちょっとアユミ!この人どこの国の人!?英語で大丈夫なの!?」
「ヤヨイ!エリオットさん今日本語喋ったじゃない!聞いてた?」
「エリオット・・?ってことはアメリカかイギリスの人よね?英語でいいのよね?・・え・・違ったっけ?」
勘違いをやめる気配の見えないこの友人を前に、アユミも声を張り上げた。
「ちょ・・落ち着けってば! ヤ ヨ イ ーー!!」
「あ・・ ア ユ ミ ーー!!!」
結果的に無意味に互いの名前を絶叫してしまった少女二人は、
一時的に通行人の視線を集め、そしてその人々の全てから幾らかの笑いを買ってしまったようだった。
我に返って、同時に顔を赤らめた少女二人を前に、エリオットは不謹慎にも笑いを堪え切れなかった。
「あはははは!!」
何かよくわからないが、面白いものが見れたと思った。
その場に笑い崩れるエリオットを、きょとんとした表情で見つめた後、
二人の少女は気まずそうに再び顔を見合わせたのだった。