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「なんだ、日本語喋れたんですね。」
気まずそうな声で、ヤヨイが呟いた。
「そうだよー。ヤヨイの早とちり!」
アユミは言ってやる。この友人のせいで恥を掻いてしまった。
エリオットは相変わらず面白そうにアユミとヤヨイを見比べている。
「でもさー。本当にエリオットさんとはどういう関係なわけ?」
ヤヨイの質問に、「またか」と呆れ半分で答える。
「従兄弟って言ったじゃん。」
「そんな嘘に騙されるかっての!明らかに国が違うじゃない!」
アユミの精一杯考えた嘘のベールを、簡単に払いとって、ヤヨイはエリオットの顔を見上げた。
「えーと。どこの国から来たんですか?
アユミとはいつごろからお付き合いを・・」
・・・しまった。少女ヤヨイの勘違いは、最も避けたい方向に向かっていた。
「え・・・?」
一瞬意味を掴みかねたのか、間があった後。
「えぇえ!!」
エリオットの顔は例のごとく、耳まで真っ赤に燃え上がった。
「ヤヨイ!だから違うんだって!
確かに従兄弟なのは嘘だったけど、エリオットさんはうちに来てるお客さんなのよ!
お母さんが取材先で知り合った家の息子さんでさ、今ウチでホームスティ中なの!」
慌てたアユミは咄嗟に二つ目の嘘をつく。
「ホームスティ?マジで?」
そして今度の嘘は、ヤヨイを騙すのに成功したようだった。
「マジで!」
強く言い切るアユミを、ヤヨイが不審そうな目で見返してきた。
「でも今アユミの家・・お母さんいないんじゃ・・?二人っきりってこと?」
事情を知ってる友人だからこその切り返しに、アユミは一瞬言葉を詰まらせた。
「う・・っ!いや!来てるのは彼だけじゃないから!他にも二人来てて、一人は女の子なんだよ!」
アユミはそう説明した。今度のは嘘じゃない。ヤヨイはようやく納得したように頷いた。
「そういえば、ブログに書いてたよね・・。お客さんが三人来てるって・・」
「そうそう。それがエリオットさんたちなの!」
引きつった笑顔になっていないか、冷や汗をかいているのはバレていないか、アユミの心配を他所に、ヤヨイは急ににっこりと笑ってアユミの肩を叩いた。
「そうよね♪あんたには大好きなトウヤさんがいるもんね♪浮気なんてするわけなかったわ♪」
何故か唐突に上機嫌になった目の前の少女を、不思議な気持ちで見つめる。
そして、そんなアユミの前で、ヤヨイはエリオットに向き直った。
「じゃあエリオットさん、私も一緒に町案内してあげますよ!だって私、アユミより英語の成績いいし♪」
『・・え!?』
アユミとエリオットの声がハモった。
困る、一緒に来られてはとても困る。多分アユミもエリオットも気持ちは一つだった。
「ち・・ちょっと駄目よ!」
勝手にエリオットの腕を引っ張って歩こうとするヤヨイを、アユミは慌てて引き止めた。
そうしてヤヨイが焦るのをまるで狙っていたかのように、ヤヨイは振り向きざまにニヤリと笑った。
「何で?ただのお客さんなんでしょ?私が一緒にいて、何かマズイことでも?」
「いや・・その!だってほら!大切なウチのお客さんだし!」
よくわからない理由を、力強く言うことによって説得力を持たせようとしたが、効果がなかったらしい。
「そうね。他の二人よりも『大切な』アユミの家のお客さんなのよね?」
含みを持たせて、ヤヨイが言う。アユミは再び言葉に詰まった。ヤバイぞ。逃げ道が見つからない。
「こ・・こういう時は・・」
俯いて、アユミは呟いた。
「なに?」
聞き取れなかったのか、ヤヨイが顔を近づけてきた。今だ!
「逃げよう!エリオットさん!」
「え!!」
アユミはエリオットの腕を取って、走り出した。
道を歩く人々を次々と避けて、アーケードの外を目指す。
「あー!もう!コラあ!アユミの浮気者〜!」
怒っているような、楽しんでいるようなヤヨイの声が聞こえたが、ヤヨイ自ら追って来る事はなかった。
どうやら、からかわれただけらしい。
「・・はあ!はあ!」
これくらいのダッシュで疲れるほどヤワなのはアユミだけだったらしい。
アーケードの外で、涼しい飛沫をあげる噴水を見つけ、アユミたちはそこで一休みすることにした。
あれだけ走ったというのに、エリオットもポチもケロリとしている。
「大丈夫?アユミちゃん?」
心配そうに顔を覗き込んでくるエリオットに、アユミは苦笑いを零した。
「ちょっと・・喉渇いたかも!なんか買ってくる!」
そう言って、手近な自動販売機に向かう。硬貨を入れて、アユミはペットボトル入りのミネラルウォーターを購入した。
冷たい水を半分ほど飲み干してから、ふと噴水の前のエリオットとポチを見やる。
噴水の池を囲む石畳を椅子変わりにして腰掛けているエリオットの横で、ポチはじっと噴水の方を向いて座っている。
水は飲みたいが、噴出す水が怖いらしかった。
アユミはミネラルウォーター片手にポチに近づいて・・そして、今日はポチ用の器を持ってきていなかったことに気づいた。
久しぶりだからうっかりしていた。ポチ用の器は長距離の散歩をするときの必須アイテムだったのに。
「あっちゃー。どうしよう。ポチに水飲ませたいんだけど・・。」
アユミの呟きに、エリオットが腰を上げた。
「これ・・使えるかわからないけど。」
そう言って、鎧の左肩の部分に付いている・・肩当?ってやつを取り外して、差し出してきた。
確かに・・これなら器として使えるかもしれないが・・
「え?脱げるの?」
アユミが驚いたのはまず、そこだった。
パラレルワールドを具現化させているというエリオットたちの身体は、衣装を脱ぐことが出来ないと、聞いていたのだ。
しかし思い返せば、先ほども公園で背中の剣を抜いていたではないか。これじゃあ矛盾している。
「あー・・あのね。服は取り外すことはできるんだけど、身体から離すことができないんだ。」
エリオットはそう言うと、肩当を持っていた右手の平を開いた上体で、右腕をぶんぶん振って見せた。
普通こんなことしたら、手に持った肩当は地面に落ちてしまうだろう。しかし落ちない。
「ね?ようは、身につけてるもの全てが身体の一部なんだ。
身体の上では自由に操れるけど、身体の外に置くわけにはいかない。」
「なるほどねえ。」
アユミはマジマジと、目の前に差し出されてる肩当を見つめた。
つまり、これはエリオットの身体の一部なわけだ。
「・・ってことは、これを外すのと同じように、腕や足も取り外せるの?」
単純な好奇心で聞いてみると、エリオットは顔を引きつらせつつも答えてくれた。
不可能ではないが、それをやってしまうと、自分の身体を身体として認識できなくなるため、結果的には死ぬことになるんだそうだ。
「うわ・・ごめん。私なんか怖い想像させちゃった?」
申し訳ない気持ちで尋ねると、エリオットは軽く笑って否定してくれた。
「大丈夫だよ。アユミちゃんは俺たちのことに興味持ってくれるから、嬉しいな。」
思わぬところで感謝されて、少し照れくさくなったアユミは、視線を目の前の肩当に戻すことにした。
「・・・でも、これに水入れたら、エリオットさん冷たくない?」
そんな心配をしてみる。エリオットはその質問が面白かったのか、笑いながら答えた。
「大丈夫!アユミちゃんが片手で川の水を掬うのとなんら変わらないよ。使って。」
じゃあ大丈夫かと納得し、そこにペットボトルに残ったミネラルウォーターを注ぎきる。
腰を落としたエリオットに差し出された水を、ポチは嬉しそうに飲んでいた。
「いやー。よかった。鎧の人がいて。」
アユミがお礼のつもりでそう言うと、エリオットが気まずそうに笑った。
もしかしたら、街中に出て自分の重装備が恥ずかしくなってきたのかもしれない。
「でも・・いいの?さっきの・・ヤヨイちゃんだっけ?あれじゃあ勘違いしたままだよ?」
ふとエリオットは不安そうにアユミを見上げた。
「ああ。大丈夫。ヤヨイとはよくあんな会話してるし。後でメールして、きちんと説得しておくから。」
そうアユミは笑ってやる。
「いつもあんな会話してるの?いいね、また見てみたいや。」
先程のアユミの失態を思い出したのか、エリオットはにやけた顔を隠すように、水を飲むポチに向き直った。
なんか悔しくなったので、エリオットの背中を軽く小突いてやると、今度はエリオットの左肩・・肩当が取れてるほうの肩に半透明の三角形が現れた。
「・・・。」
アユミが小突いたことにすら気づいていないエリオットの様子が憎らしくて、アユミはその三角形に触れた。
『ピンコーン♪エリオットの鎧の耐久度が5上がった!
エリオットの色気が1上がった!』
・・鎧はともかく、何故色気?
そんなアユミの疑問は、肩当を元の位置に戻したエリオットの、後頭部に現れた三角形に触れた時、答えが明らかになった。
『ブー♪エリオットの色気が1下がった!』
・・・肩当の差かい。
心の中で突っ込みを入れてみる。
エリオットは先程から自分が実況されてる意味がわからないみたいで、不思議そうな顔をアユミに向けた。
「アユミちゃん、今何かした?」
「鎧小突いた・・。そしたら耐久度が上がった。」
力ない声でそう返答してやる。エリオットは納得いくような行かないような顔して、なるほど・・と呟いた。
「ああ・・でも、そうか。」
不意に立ち上がったエリオットは、ぼんやりとした様子で空を見上げた。
「アユミちゃん・・トウヤさんのこと好きだったんだね。悪いことしちゃったなあ・・」
何故かアユミと目を合わせず、そんなことを言う。
「え?何が?」
驚いて聞き返したアユミを、エリオットが決まり悪そうに見つめた。
「だって、俺たちのせいで、トウヤさんには不審がられちゃったでしょ?
せっかく、近くまで来てたのに、結局会えなかったし・・」
やはりアユミと視線を合わせきれないらしい。エリオットは徐々に俯きながら、そう言った。
「そんなこと!何も気にしなくていいんだって。
ヤヨイがなんでも大げさに言っちゃうからいけないのよ。」
そう、大げさに言っているだけで、ヤヨイは嘘をついていなかった。
アユミはヤヨイにだけは話していたのだ。毎日ブログにコメントをくれるだけの人、トウヤのことが徐々に好きになっていたということを。
・・しかし、その事実をエリオットらに伝えるつもりはなかった。
この事態は、あくまでも、アユミが勝手にトウヤに頼ったのが悪かったのだ。
所詮バーチャルな片思いだったのだし、もうこれ以上思い入れをするべきではない。アユミはそう感じていた。
「別に私、トウヤさんのこと好きだったわけじゃないし。
あくまでも、彼はネットの上での友人ってだけで、もともと大した縁もなかったのよ。」
エリオットの目を見て、にこりと笑ってみせる。
エリオットはまだ少し不安そうな様子だったが、頷いてそれに応えた。
「うん。じゃあ、そろそろ、学校行こうか。丁度この道真っ直ぐ行けば学校着くし!」
わざと元気よく、アユミは噴水の向こうにある交差点を指差す。
車が行き交うその道の向こうには、高く聳える学校の校舎が見えていた。
「・・・うん。」
背後でエリオットが息を呑むのがわかった。
インフィニティが居る可能性が最も高い場所、それが学校だ。
どうやらここに来てもなお、インフィニティは姿を現していないようだし、彼女が学校にいるという予感は強まってしまう。
――インフィニティさん、ここで戦闘なんて、絶対しかけないでくださいよ。
アユミはどこにいるかもわからない敵に相手に、そう願いながら、学校への道を歩き始めた。




