phase4「展示会に潜入せよ!」
今の自分の顔は、化粧では誤魔化しきれないほど真っ青になっているだろう。
髪が一気に伸びるという現象が起こった穹を見たハルから、「女の子の姿になって展示会に行く」というとんでもない提案がなされ、その提案が皆から概ね承諾されて準備が行われたのが昨日のことだった。
その翌日、つまり今日、展示会に潜入するために、穹はハルと美月と未來と会場付近を訪れていた。
昨日の今日でさすがに急すぎると感じたが、ショーラ船団が今日の午後に星を出発するというので、その前に用事を終わらせなければいけなかった。
けれども心の準備などまるでできていない。穹はエプロンドレスの裾をきつく握りしめた。何かに縋っていないと破裂しそうだった。
しかしハルは無情にも、「裾を掴むのはやめなさい」と手首を掴んで外させた。
「そうやっていると不自然に見える。堂々としていなさい」
「不自然って……。あの、でもハルさん。やっぱり僕似合ってないですよね? 変ですよね? 違和感出てますよね? もう一度細かく分析してくれませんか? ね?」
「安心しなさい。今君が身につけているどの装飾も、ソラとぴったり合っている。不自然さなどどこにもない。つまり似合っている」
「似合わないって言ってほしかったです!!!」
わっと、両手で顔を覆う。視界は塞がれたが、自分が今どういう姿をしているかははっきりと記憶に刻まれている。
ココロはあたしみたいな格好と言っていたが、穹のつけているエプロンはココロのものよりもずっとフリルが大きく数も多いのだ。つまりフリフリのヒラヒラなのだ。もっと言うならエプロンの下の青いワンピースの裾や袖や襟にもヒラヒラがついている。
無理矢理に装着させられたカチューシャやブーツにはリボンがついているし、骨格を隠すためにと嵌めさせられた白い手袋にはレースが、紺色のカーディガンにも前の部分にリボンがついているし、喉仏を隠すストールには可愛らしい小花模様があしらわれている。
更に耳には小さい花のイヤリングが、手首にはこの前メムリアド星でシアンから買った貝殻のブレスレットが装着されていた。ずっと壁飾りとして使っていたのだが、まさか身につける日が来るとは夢にも思っていなかった。
服に加えて化粧なども施されているのだが、そのせいか顔全体に薄い膜が張ってあるようでむずむずするのだが、顔中にはたかれた粉が原因だろう。美月は「粉じゃなくてファンデ!」と言っていたが。
薄い色の口紅などその他色々つけられたし、睫毛も巻かれた。なぜそんなところの毛まで巻く必要があるのだろう。
おまけに今朝、髪を洗うように指示されたのだが、その際今まで一度も使ったことのないリンスやトリートメントを渡された。おかげで髪全体がやたらツヤツヤ光っているのだが、これがどうも不自然な気がしてならない。
爪にもツヤツヤしたものが塗られた。控えめながら甘い香りのする香水も吹きかけられた。
やられている最中、ずっと穹の頭は無そのものになっていた。とにかく色々されたことは確かだが詳しいことは覚えていない。どんどん自分が自分でない姿へ変わっていく様子を前に、ひたすら嵐に耐えるような心地でいたことは記憶している。
穹を着飾ったのは美月と未來とアイなのだが、美月と未來は物凄く楽しそうだった。何が楽しかったのか全くわからない。わかりたいとも思わなかった。
こんな砂糖みたいに甘ったるい格好をさせられている体は、恥ずかしさの極致により今にも細胞単位で木っ端微塵になりそうだった。
「誰かお願いだから似合わないって言って…………」
「穹、泣いたらお化粧が崩れるから我慢して!」
「わかってるよっ!」
半ば投げやりに顔から手を離した。
このような格好、間違いなく似合っていないだろう。似合うはずがない。
けれど何の誤作動が起きているのか、今のところ似合わないと馬鹿にされたことはなかった。
ショーラ船団の人にもこの姿でうっかり会ったのだが、「おや、新しく見る顔だね! 初めまして!」と笑顔で挨拶された。似合うと言われるのは、似合わないと笑われるよりもっと複雑だった。
「いっそ殺して……」
「ほら! ぶつぶつ言っていないで、早くミッションコンプリートしに行っておいで!」
「穹君、すっごく可愛いから大丈夫だよ~! 胸張って行っておいで!」
「あ、あまり安心できないのですが……」
「ちなみに今の穹は良いところのお嬢さんって設定だからね! 執事のセバスチャンを呼びながら会場を歩くのよ!」
「セバスチャンって誰?!」
「あまり変わった行動はしなくていいが、こそこそしすぎるのは控えたほうがいいだろう」
「あ、はい……」
何度も息を吸って吐き、前を向く。ここまで来てやめるという選択肢がないのはわかっていたし、それが悲しかった。どれだけこの格好で前へ進むことに絶望を感じていたとしても、足を動かすしかない。
「会場内は圧縮空間となっていて建物の外見よりもずっと広いが、案内や設備も充実しているので迷子になることはないだろう。しかし迷った場合もそうだが、もし緊急事態が起きたらすぐに連絡を入れなさい。救出プランは用意してあるので、それを発動する。あまり気負わずに、しかし慎重に向かいなさい」
「頑張れ、穹!」
「穹君ならできるよー!」
「わかり、ました……。行ってきます……」
胸の辺りを片手で握りしめ、ゆっくりと穹は足を前に出した。ブーツのヒールがこつりと鳴り、びくりと体が震える。祈るように両手を組み直すと、会場の方向へ歩き出した。
歩幅を小さくしながら、ちまちまとゆっくり進む。昨日ずっと美月達から受けた歩き方の指導を思い出しながら、慎重に一歩一歩進んでいった。
慣れないスカートの、中に空気が入り込んでくるようなスースーした感触がつい気になってしまい、無意識のうちにスカートを押さえたくなってしまう。
しかしスカートを気にしてばかりいると妙に思われかねないため、伸ばしそうになる手を我慢した。これがなかなか大変だった。
最初は前を向いていたが、会場に近づくにつれ多くなっていく人通りに耐えきれなくなり、視線を地面に落とした。
今に、この道行く人達の誰かが穹を指さして、似合わない格好をしていると一斉に笑い出すのではないだろうか。
しかし不吉な予想と反して、誰も穹に白い目を送ってこなかった。大きなイベントが開催されているというだけあって、周りには老若男女問わずたくさんの人がいるにもかかわらずだ。
それでも穹は堂々と進むなどできなかった。笑われなかったとしても無理だ。何よりも恥ずかしい。ただただ、理屈抜きで恥ずかしいのだ。今だけは透明人間になりたかった。心の底から透明になることを望んだ。
確かに自分は勇気が欲しい。しかし今、恥ずかしがらずに前へ進める勇気など別にいらないかも、と思ってしまうくらいには全体的に後ろ向きになっていた。
回れ右して帰ろうとする衝動を必死で抑え込みながら、穹は前に進み続けた。
やがて正面に、卵形の建物が見えてきた。屋根は丸くガラス張りで、ドーム状になっている。それ以外に特段目立った装飾はない、シンプルな作りの建物だった。
ただ、とにかく大きかった。横にだけでなく、奥行きもあると見える。ただ、大規模なイベント会場の割には、とも感じた。もっとずっと広大だと思っていたのだが、東京ドーム一つか二つ分くらいだろうか。
建物の敷地内に入ったところで、入場者は列に並ぶように指示された。入り口からずらりと人の列が線のように伸びている。穹もそこに並んだ。
かなりの人数が並んでいたが、進みはさくさくとしていて待っているという感覚が無いほどだった。三分もしないうちに建物の入り口に設置された検査ゲートが見えてきて、穹は息を詰まらせた。
危険物を持ち込んでいないかなど、来訪者が不審者かどうか確認するためのゲートだと聞いている。当然カメラも設置されている。スタッフらしき人や警備員も待機して、入場者に対して案内を行っていた。検査ゲートは背が高くて重厚感があり、金属の照り返しがやたら仰々しく映った。
絶対ばれる。穹は確信を抱いた。逃げる自分は格好悪いと日頃から思っているが、今このときは当て嵌まらなかった。
逃げよう。くるりと翻ろうとしたその瞬間、「次の方どうぞー!」と呼ばれた。気がつけば前に並んでいたはずの人は全員いなくなっており、穹の目の前にゲートが佇んでいた。
ここで逃げたらそれこそ怪しまれる。穹は頭の先から爪先まで一息に体が冷えていくのを感じながら、ふらふらした足取りで前へ進んだ。歯がかちかち鳴りそうだった。
ゲートをくぐった瞬間、スタッフが「ん?」と怪訝な顔をして、どこかに連絡を入れつつ穹に待機を命じられて、程なくして主催元のダークマターが飛んでくる。
そんな妄想を鮮明に浮かべていたので、「はい、どうぞ」と言われた瞬間に「えっ?」と聞き返してしまった。スタッフは「どうぞ?」と建物内に向けて手で指し示し、次の入場者の対応を始めた。
「えぇ……?」
にわかには信じがたかった。進路に沿って歩きながら、何かの間違いではないかと思った。入らせたのは罠で、今に捕まえに訪れるのではないかと。
しかしそんなことは起こらず、穹は短い通路を抜けた。すると、急に辺りが広くなった。目にした光景に、思わず大声が出そうになった。
向こう側の壁が一切見えない程の広さ。天井がずっと遠くにあって霞んで見えない程の高さを持つ、極めて広大な空間があった。外で見た建物の大きさと内部の大きさがどう考えても合っておらず、混乱を招いた。
「そういえば、圧縮空間がどうとか言ってたっけ……」
ハルの説明を思い出す。なんだかよくわからないが一応納得して、さてどう進もうかと辺りを見回した。
というのも参加している店が、一階部分には一つも見当たらなかったのだ。店があったのは壁だった。建物内の両側の天井まで続く壁に、蜂の巣のハニカム構造のようにずらりと嵌まるように並んでいたのだ。
階段などで行くのかと思ったが、店の並ぶ壁側に歩けるような通路や廊下がそもそも見当たらないし、階段の案内もされなかった。
だが周りの人の様子を見る限り、迷っているのは穹だけのようだ。どうずればいいかわからず、呆然と空を見上げるしかできなくなる。空中にはたくさんの大きな球体とそれよりもずっと小さな球体が、緩やかなスピードで右へ左へと飛び交っていた。
と、立ちすくむ穹のもとに、自分の腰ほどのロボットが近づいてきた。こちらへどうぞという案内のもとついて行くと、五段ほどの階段と駅のホームのような広場がある場所に辿り着いた。
移動専用艇乗り場という看板が傍に出ている階段をとりあえず上って広場に立っていると、右から滑るようにして球体の形をした白い乗り物が穹の前に現れ、止まった。上側の片側半分がくり抜かれたような形をしている。
こういう遊園地のアトラクションありそうだなあと思っていると入り口と見られるドアが開いたので、中に入ってみる。
中は球体のくり抜かれた部分に対して正面を向けたロングソファのような座席と、座席の正面の壁にタッチパネルが設置されていた。ちょうど穹が席に座ったタイミングで、暗かったパネルに明かりが灯り、乗り物の操作方法の説明が表示された。
操作といってもタップ形式で、実に簡単なものだった。行きたい店の一覧が表示されるのでそこを選べば自動的に連れて行ってくれるらしい。店を順番にタップしていけば乗り物はその通りに回っていける他、何も選ばなければ乗った人の年齢や種族などから自動的に回る店を決めて回ってくれるというオートモードもあった。
ゆっくり展示会を回りたい方はオートモードがお勧めということだが、穹は長居するつもりは一切無いので、すぐさま目的地を選ぶ。
「えっと、確かここだったかな……」
ハルから持たされたメモを手に、目的地の店を選んで入力する。決定ボタンを押すと、乗り物は全く揺れることなく発進した。遅すぎず早すぎずの絶妙なスピードで、宙を進んでいく。
空中を行き交っていた大きい球体の正体はこれだったのかとはっきりした。またこの乗り物よりもずっと小さい、空を飛び交う手のひらサイズの球体の正体もわかった。
乗り物は空を飛んでいるので、同じく空を飛んでいる小さい球体の姿もはっきりと見える。
小さい球体には、黒いレンズが取り付けられていた。無機質なレンズが取り付けられた球体とすれ違う度、生きた心地が消滅した。明らかにこれは、空飛ぶ防犯カメラだ。
つい視線を下に向けてしまう。どうかばれませんようにと、それだけを願う。堂々としていろと何度も言われたが、とても胸を張っていられる心境ではなかった。




