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コズミックトラベラー  作者: 星野 ラベンダー
Chapter2「宇宙船で暮らす人々」
402/409

phase3.1

 ソラは大丈夫だろうか。クラーレはどうにも気がかりだった。朝食後、半ば強引にミヅキとミライとアイによってミヅキの部屋に連れて行かれて以降、三時間近くソラの姿を見ていない。


 一度、ソラが連れて行かれて二時間程経った頃にミヅキの部屋まで様子を見に行った。

 が、ドア越しに「あと一時間待って! ……あ穹、これ着てきてちょうだい! その次はこれね!」とミヅキに言われ、中の様子は見られなかったしわからなかった。

 中から歓声のようなわいわいした声が響いていたので、何かしらで盛り上がっているのは確かだろう。はしゃぎ声の主はミヅキとミライだった。


 乱暴を働いているわけでは決してないだろうが、ソラの声が全然聞こえてこないことが気になった。ミヅキ達の声にかき消されていただけの可能性も考えられるものの。


 それからちょうど一時間経つ。ミヅキの言った時間を過ぎたので、クラーレはもう一度様子を見に部屋へ向かうことにした。


「……ん?」


 通路を進んでいるときだった。廊下にある船窓の向こうで、ふと何かがよぎった気配を感じた。瞬時に外を見てみたが、見える範囲での異変は起きていなかった。


 しかしクラーレは緊張を緩めなかった。またか、と思った。ショーラ船団に来てからというもの、こうしたことが何度かあった。

 窓の傍を通り過ぎるとき、ほんの一瞬、肌にひりつくような感覚が生じることが度々起こる。例えるとするなら、物影から動物がこちらの動向を窺っているような気配だ。


 しかし窓の外を見ても、誰かがいたことは一度もない。だからこそ不気味だった。


 この船団は、一体なんなのだろう。何かを感じる。けれどその何かが絶対的に悪いものなのか、別に大したものでないのか、明確に判別ができない。判別ができないからこそ、軽はずみにコズミックトラベラー号の外に出るのを躊躇う。


 クラーレがずっと船内に籠もっているのは見知らぬ人と接したくないというのもあるが、この不気味さも理由の一つにあった。


 皆に親切にしてくれて、仲良くさせてもらっている船団の人達を疑いたくはない。だが、どうしても拭い去れないものがあった。気のせいだと考えて納得させることが、どうしてもできなかった。


 こつり。


 ふと、向こうから控えめな足音が聞こえてきた。程なくして角から人影が現れた。


 目が合った瞬間、相手はびくりと全身を震わせた。クラーレは、一瞬のうちに警戒心が膨らんだ。


「……誰だ、あんた」


 低い声が喉から出る。え、と相手は大きく目を見張った。クラーレは鋭い眼差しで、その人物を上から下までさっと見た。


 目の前に、十代前半ほどの見知らぬ少女が立っていた。


 青いカチューシャをつけた長い黒髪は、下の方で二つに結ばれている。ボタンを一番上まで留めた青いワンピースに、フリルのついたエプロンには皺一つない。


 エプロンドレスに白いタイツに茶色のロングブーツという清楚な姿は、蝶よ花よと大切に育てられた箱入りのお嬢様をそのまま体現したようだった。世間に不慣れそうなおどおどした態度が、よりそういう雰囲気を強くしている。


「ショーラ船団の奴か? いつ入ってきたんだ? 人の船に勝手に忍び込むとかなんなんだ一体。悪いがすぐ出て行ってくれ」


 少女は垂れ目がちの黒い目をずっと見開いたまま固まっている。何か言いたげに、口をぱくぱく開閉していた。クラーレは容赦なく、「ほら、出てけ」と追い払うように片手を振った。


 見知らぬ相手に親切にすることなどできない。その瞬間に、どうしても心にそびえ立つ壁を建設してしまう。ましてハルさえも気づかないまま宇宙船に入ってきた相手など尚更だ。


「えっ、本当にわからない……?」

「ふざけてるのか? あんたなんか知らねえよ」


 少女は、途方に暮れたようにこちらを見上げた。


「嘘でしょ、クラーレ……」

「……なんで俺の名前を?」


 更に身構えたその時だった。


「クラーレ~! 今呼びに行こうと思ってたんだ!」


 少女の後ろからミヅキが現れた。いつにも増してにこにこ笑っているミヅキは、どんと音がしそうな勢いで少女の肩に片手を乗せた。少女はびくーん、と突っ張ったような反応をした。


「ミヅキ、こいつの知り合いか?」

「そうだね、知り合いだね! これ以上ないってくらいの!」

「……は?」

「まさかあのクラーレが全然気づかないだなんて、びっくりだよ!」


 ミヅキは少女に向けてぱっと両手を広げ、ひらひらと振った。お披露目をするように。


「この子、穹だよ!!」


 数秒後。自分の喉の限界を超える叫び声が飛び出てきた。


 有り得ない。有り得るはずがない。だってミヅキの隣にいるのは、どこからどう見ても女の子だった。確かに髪色や目の色は同じだ。しかし偶然の一致の範囲を出ないだろう。


 クラーレは近づいて、ミヅキがソラだと言った少女の顔を凝視した。つぶさに観察した後、ばっと口元を手で覆った。まさか。衝撃が頭を殴る。そのまさかだった。


「ソ、ソ、ソラだ…………」

「クラーレって、そんな物凄い大声を出せるんだね!」

「出すしかない状況だろっ!!」

「まあまあ、とりあえずハルに話を聞きに行こうよ。だって提案したのはハルなんだし!」


 聞きたいことが山ほどあるのを堪えて、ハル達が待っているリビングに向かった。途中でミライとアイとも合流した。ミライは仕事をやり遂げたとばかりに満足げに笑っており、アイは表情から申し訳なさが漂っていた。


「ピィ?!」


 真っ赤な顔で躊躇いがちに部屋に入ってきたソラを最初に見たシロが、ぴょんと飛び跳ねた。おずおずと近づいていき、体の周りをぐるぐる周回して慎重に匂いを嗅いでいる。


 長く一緒にいるシロでも匂いを嗅がないとわからないレベルということだ。ソラは今にも泣きそうな顔でシロを見ていた。


 その様子を見ていたハルは、ふむと頷いた。


「想定通りの結果だ。十二分に合格点を出せるレベルだ」

「わー、あたしみたいな格好してる! そらがそらじゃないみたい!」

「ハルー! 言われたとおり、穹を可愛くさせたわよ! あと遅れてごめんね、凄い楽しくなっちゃって……! メイクも軽くだけどしちゃった!」

「本当にね~! だってどの服も似合うんだもの! どれ着せればいいか迷っちゃったけど、穹君はこういう雰囲気のが一番似合うんだね~!」

「サイズがちょうど良かったので、買ったばかりなのですがわたしのものを着てもらっています……」


 ミヅキがどうだと言わんばかりに、腰に両手を当てた。ミライは笑顔で指を二本立てた。アイは苦笑いを浮かべていた。


「……ソラ、大丈夫ですか?」

「ハハッ……」

「すみません……。師匠から、女性の格好をさせるのだからなるべく多くの女性陣の、色々な視点の色々な意見を用意してソラにお洒落をさせるべきと言われまして……。確かにその通りなので、断り切れませんでした……」

「上出来だ。ミヅキ、ミライ、アイ、ありがとう。これで問題点を解決できる可能性が高まった」

「問題点?」

「結論から言おう。展示会で買えなかったパーツを、この姿のソラに買ってきてもらいたい」


 は、と全員の声が綺麗に重なった。ミヅキもミライもアイも初耳の話らしかった。

 それよりも。


「代行購入が認められず、本人でしか買えないのなら、その“本人”が行けばいい話だ」

「いやいやいや何を言っているんだ!! ばれるだろ、さすがに! 確かに凄い完成度だ、それは認める! でもダークマターの連中には顔が割れてんだ、間近でじっと見りゃソラだってわかるぞ! カメラだって会場内にたくさん設置されてるんだろ?!」


「間近でじっと見なければ、ばれない可能性が極めて高い。間近で見てもばれる可能性は低い。そもそもダークマターの会場は目的のブースがある場所とは別棟なので、遭遇そのものの危険性は低い。

カメラについてもそうだ。私はダークマター製のカメラの性能や特徴を知っている。どれくらいの変装をすれば本人だと認証されないか、そのレベルを把握している。それを踏まえて結果を出した。ダークマターのカメラは、この姿のソラをソラだと認証できないと」

「あの、そんなに劇的に変わっているようには見えないんですが……」


 ソラが俯いたまま手を挙げた。確かに顔は完全に出しているし、人相が大きく変化したわけでもない。普段と違う格好と髪型をしているだけだ。しかしハルは「大丈夫だ」と言った。


「カメラの機能は、“顔立ちは似ているがソラとは別人”と、そう認識するだろう。なぜなら、性別そのものが異なって見えるからな」

「はいっ?!」

「今のソラは、少年じゃなくて少女にしか見えない」


 自信を持たせようという配慮なのか、ハルはそれ以外の答えはないとばかりに断言した。


 ソラは「嘘でしょう」と遠い目を通り越して虚無の瞳になりながら呟いた。


 仲間として友達としては、青ざめるソラの味方をしてやりたかった。が、こればかりは、ハルの言っていることが正しかった。


 今のソラを見て、彼が男だとわかる者はまずいないだろう。仲間でさえ見抜くことができなかった。


 正直クラーレも、赤の他人が近くにいるようで先程からずっと落ち着かなかった。全く知らない少女の顔からよく知ったソラの声が出てくる姿には強い違和感があり、ソラが喋る度に背中がそわそわした。


「引き受けてくれるなら、当日は更に変装をしてもらう。ダークマターの監視カメラは耳の形や瞳の虹彩など細部から相手を認証するので、展示会当日は耳に特殊メイクをして形状を変え、瞳にも虹彩の形が変化するレンズを入れてもらう。

あとは本格的な化粧を施し、手袋で骨格、襟巻きなどで喉仏を隠せばまさに完璧と言えるようになるはずだ。上にも何か羽織ったほうが確実性が増すな」

「は、はあ……。いや、あの、あのですね……?」

「もちろん、無理することはない。ソラの心が第一だ。しかしこの任務では、ソラが適任なのだ。というより、ソラ以外に適任者がいない。それが現状だ。どうだろうか。頼めるだろうか」


 ずるい言い方をしやがる、と思った。ソラの性格上、そう言われてしまえば断ることはまず有り得ない。ハルのことだから全部わかっていてその台詞を言っているのだろう。


 ソラはしばらく口を閉ざしていたが、案の定、やがて小さく、小さく頷いた。


「わかり、ました……。僕に、できる、こと、なんだったら……」


 ソラの顔は真っ青に絶望しきっていた。瞳から生気が消滅している。

 さすがに見かねて、「……俺が代わることはできないか?」と聞いてみたが「クラーレは異性装をしているとすぐにわかる」ときっぱり言われてしまった。


「そうと決まれば準備をしよう。私は改めて、展示会内部の構造がどうなっているか調べる限り調べておく。その間にソラは、歩き方と声の高さを中心にそれらしくなるよう注意しておくように」


 ミヅキとミライが、なるほどと揃って頷いた。


「確かに! 穹の歩き方、男の子のする歩き方になってるもんね!」

「声ももう少し高くしたほうがいいね~。今のままでも低いほうではないんだけど!」

「よし穹、ちょこちょこ小さく歩くようにして! 歩幅めっちゃ小さめで! ちゃんと内股でね! はい、歩いてみて!」

「う、内股……? こう?」

「それと声ももう少し高めで!」

「えっ、これくらいですか……?」

「うーん、高すぎるから気持ち低めかな!」

「こんな感じですか……?」

「駄目駄目、今度は低すぎる! あと歩幅ももっと小さく! っていうかその内股わざとらしい!」

「……姉ちゃんが厳しい」

「ほらほら穹君、めげずにファイト! だよ~!」


 ミヅキとミライからの指導をあわあわ受けるソラを、クラーレはアイと共にはらはらと見守るしかできなかった。

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