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あるヒーローの苦悩  作者: いとみ
番外編・後日談
6/6

悪役幹部は生真面目 後編

 次の戦闘の日。珍しく姫乃さんが戦闘に参加すると言い出した。


「どうしてまた?」


 理由を尋ねると、彼女は憂い顔で言った。


「私ももう若くないからね。そろそろ決着をつけないといけないかしらと思って」


 その言葉の意味は戦闘開始後、しばらくして判明することとなる。





 いつもの場所でいつものようにカラーレンジャーを待ち受ける。

 現れた彼らはいつも以上に覇気がなく、前回のいざこざがまだ尾を引いているようだ。

 少し申し訳ない気持ちもあるが、これも仕事だと割り切る。


「出たな、カラーレンジャー! ふふふ、今日は我らのトップに君臨する、悪の寵姫様が直々に貴様らを地獄に送って下さるそうだ。光栄なことだろう」


 そして今日も私は全力投球だ。たとえ相手のやる気が皆無でも、職務は真っ当する。

 姫乃さんを呼ぶと、やけに高い位置に現れた。黒いボンテージ姿の彼女は寵姫というよりもはやSMの女王様だ。

 寵姫はその後現れたカラーレンジャーのトップ、御湯ノ水博士と口論を始めた。聞くに堪えない子供のような陳腐な喧嘩を呆気にとられて眺めていた。

 それでも寵姫のすごいところは、どさくさに紛れて相手の戦力を削いでいるところだ。

 初めにピンク、レッド、ブルーは順当に辞めて行った。

 そして最後にグリーン。どうやら就職が決まったようだ。これは予想外。驚いたが喜ばしいことだ。心の中で彼の門出にエールを送る。


「嘘でしょ……。私、一人……?」


 一人残されたパープル。まさに不憫。彼女の胃が心配だ。

 真っ青な彼女の神経を逆なでするように寵姫が高笑いをする。


「アハハハハ。いい気味。これでアンタのチームはおしまいね。これで通算何回目? 私たちに負けるの。アンタ、もうやめちゃえば?」


 ここで博士に異変が起きる。黙り込み、瞳がどこか仄暗い。

 アッと思った途端、彼は白衣を脱ぎ捨てた。その下には爆弾が仕込まれていた。


「ちょ、何考えてんのよ」

「こうなったらテメーら道連れにして死んでやる! 全部木端微塵だ!」

「やめてよ、叔父さん!」


 何だかとんでもないことになってしまった。博士は本気なのだろうか。あの爆弾の威力は、いつものように粗末なものか? それとも……

 私を含め、誰もが騒然としている。ただ一人、寵姫を覗いて。


「形勢が悪くなって自爆……無様ね」

「何だよ。嬉しいだろ? 俺と一緒に死ねるなら」

「叔父さん、何言って……」

「……そうね。それもいいかもね」


 二人は自分たちの世界を築いていた。

 それからすぐに発覚した、どこかで聞いたようなすれ違い。

 互いに誤解を解いた後、寵姫は博士に尋ねた。


「ねぇ、今でも私を愛している?」

「……ざけんな」


 呟いた博士は、目元を赤くして寵姫を見つめた。


「テメーよりいい女なんて……どこ探したっていねーんだよ。責任取れよ、馬鹿野郎」

「うん……責任取るわ」


 寵姫は博士のもとへ駆けて行き、彼はは爆弾を外して胸に飛び込んできた彼女を抱きしめた。


「私も愛しているわ、博昭」

「もうぜってー離さねーぞ、姫乃」


 そして二人は人目を憚ることなく濃厚なキスをした。

 それをただ眺めるしかない、その他の面々。


「…………」

「…………」

「……えっと、どうしましょう」

「どうしような……」


 私はパープルと互いの顔を見合わせた。

 二人の世界に入るのなら勝手にすればいいが、こっちの処理をしてからにしてもらいたい。見たくないものを見せられ、気分が悪い。

 ようやく気が済んだのか、二人は唇を離す。身体は密着したままだが。

 その迷惑な二人はとんでもない爆弾を投下した。


「紫、今日でヒーロー業は辞める。お疲れさん」

「一井、秘密結社も今日で終わりよ。今までありがとう」

「「はぁああああ!?」」


 私とパープルが同時に叫ぶ。

 さらに発覚した、お互いの内情。相手もこちらも、単なる私怨で状況が複雑化していたようだ。全く迷惑な話だ。サバイバルゲーム兼合コンって……。今と全然違うじゃないか。

 私は報酬さえもらえればどうでもいいからまだマシだが、隣のパープルは呆然としていた。彼女はヒーロー業を辞めたがっていたが、家業だからと渋々続けていたようだ。ああ、本当に不憫だ。

 その後博士と寵姫はベッタリと身を寄せ合ったまま帰って行った。


「えっと……何かすみません」


 マスクを外したパープルが戸惑いがちに謝罪してきた。


「いや……突然のことで、何と言ったらいいか……」

「心中お察しします」


 それはこちらのセリフだ。彼女の方が私よりよほど堪えているだろう。


「…………」

「…………」

「帰りましょうか」

「そうだな」


 私が動き出すとつられるように黒タイツたちも動き出し、帰路に着こうとした。

 しかし、


「ウソ! 何で!?」


 パープルの悲鳴に、黒タイツ数人と慌てて戻った。


「どうしたんだ」

「爆弾のカウントが動いてる!」

「何だと!?」


 確かに動いている。まさか爆弾を無理矢理外したときか?


「おい、どうするんだ」

「逃げてください!」


 間髪入れず逃げるように言うので、焦りながら尋ねる。


「お前はどうするんだ」

「爆弾を解除します」

「そんなことできるのか?」


 厳しい口調で問いただすが、彼女は大きく頷いた。


「もちろん。私、あの博士の姪ですよ? 頭脳明晰なんですから」

「しかし……」

「いいから早く! この辺に民家はないから大丈夫だとは思いますが、もし途中で人を見かけたら非難させてください」

「なぜ俺達を逃がす……」


 おっと、つい呼称が変わってしまった。それだけなりふり構っていられないという証拠だ。


「だってもう敵じゃないですし。いくらいがみ合っていていたとしても、命のやり取りは重すぎます」


 彼女一人置いていくことに躊躇するが、頑として譲らない彼女の態度と周囲の説得で渋々その場から去った。


「本当に大丈夫だろうか」


 マスクを脱ぎ、私は後ろを振り返った。


「大丈夫だろ。二階堂ちゃんが何とかするって」


 雅さんを含めて全員がマスクを取り、私と同じ方向を見た。


「そう……ですかね」

「ああ、そうだとも。というか、いつまでもあの子のそばにいた方がヤバいと思うけどねー」


 それもそうだと納得した。

 麓へ降りていると、突然爆音とともに地鳴りがした。すぐに山の方を見る。


「マジかよ……」


 雅さんの呟きで慌てて山へ戻るために駆け出す。

 走っていると、前方から顔を真っ赤にしてボロボロ泣いているパープルがやって来た。


「おい、大丈夫か!?」


 話しかけるが彼女は私たちが目に入っていないのか、ものすごいスピードで麓へ向かって走り去った。

 彼女の後姿を眺め、呆気にとられる。


「何だ、一体」

「とにかく無事でよかったじゃねーか。あとは二階堂ちゃんだな」

「大丈夫ですよ、二階堂さんなら……」


 今村さんの呟きに全員が頷き、山頂へ向かって走り出した。

 山頂に着くと爆発物の残骸がまだ白煙を上げていた。


「おい、二階堂」

「二階堂ちゃーん」

「どこにいるんですかー」


 大声で叫んで彼を探す。すると少し奥まった場所に蹲っていたのを発見した。


「無事か?」

「ええ、まあ、何とか」


 彼はボロボロだった。マスクを外してやると、身体の傷以上に目を引くものがあった。全員がその場所を凝視する。


「……見事だな」

「痛そう」

「立派な紅葉だ」


 彼の頬には真っ赤な手形がくっきりとついていた。もう腫れ始めている。


「正直言って身体の傷より頬のが痛いです」


 苦笑する彼はなぜか少し嬉しそうだ。


「でもこの痛みが愛の証しですから」


 ちょっと鳥肌が立った。

 二階堂の言葉をサラッと流した雅さんは彼の怪我の具合を診始めた。


「うーむ……。こりゃあばらいってんな。病院直行」

「お、折れているんですか?」


 診断を聞き、今村さんがとても心配そうな顔をして二階堂を見た。

 ……なるほど。彼女は二階堂が好きなのだな。

 でも彼はパープルに執着している。辛い道のりだな。

 私はこっそり彼女を応援することにしよう。




 二階堂を病院へ連れて行き、彼が処置されている間、待合室で今村さんと二人きりになった(ちなみに雅さんはどこかへ電話を掛けに行った)。


「…………」

「…………」


 お互い無言だ。何か話した方がいいのだろうか。

 彼女を見ると肩を落として俯いている。よくよく見たら少し目が潤んでいた。

 ああ、そこまで二階堂が心配なんだな。


「今村さん」


 声を掛けるとビクッと大げさに身体を震わせた。少し驚かせてしまっただろうか。


「な、何でしょう?」


 上ずった声で動揺していることを悟る。私は彼女を元気づけようとした。


「私はわかっているから」

「何をですか?」

「君の気持ち」

「ええっ!?」


 彼女は顔を真っ赤にして慌てふためいた。

 周囲に秘密にしていたのか? 私に気付かれて驚いたんだな。


「あの、それどういう意味で……」

「おお、二人とも。処置が終わったってよ」


 雅さんが戻ってきて、彼女の質問の返事ができなかった。でもいいだろう。どういう意味もこういう意味もないではないか。答えは一つだ。

 処置室へ向かうと二階堂はすでに廊下へ出ていた。男前の顔にガーゼやら絆創膏やらたくさんつけていた。


「二階堂、どうだった?」

「雅さんの言う通り、あばらにひびが」

「入院しなくていいんですか?」

「そこまで重病じゃないですから」

「じゃあ俺、車正面にまわしてくっから」


 雅さんが先に行こうとしたので、


「あ、では私も」


 気を利かせて二階堂と彼女を二人きりにしてあげる。

 雅さんはついてきた私を不思議そうに見る。


「どーした? 別に来なくていーのに」

「いえ、気を利かせようと思いまして」

「はぁ?」

「雅さんは今村さんの片想いの相手に気づいていないでしょう」

「いや、みんな気づいてると思うけど……」

「そうだったんですか。私はついさっき気づきました」

「おっせーな、一井ちゃん。……ん? 辻褄が合わねーんだけど」

「うまくいくといいですね、あの二人」

「って、ちげーし!」


 また意味の分からないツッコミだ。誰もこの意味を教えてくれない。

 私はお笑い番組を見ないからそういうボケとかツッコミの概念がよくわからないのだ。突っ込むなら何に対して突っ込んだのか、ちゃんと理解できるように説明して欲しい。


 病院の外に出て雅さんの車に乗り、病院の正面玄関で二人を拾って帰路に就いた。

 一番初めに今村さんを送るそうだ。レディファーストは当然だな。

 彼女の家の近くで車が止まり、彼女が降りた。


「一井ちゃんもここで降りな」

「はい? 私の家はまだ向こうで……」

「家に入るまでちゃんと送ってやんな。もう暗いんだから物騒だろ」

「いや、それならむしろ二階堂に……」

「怪我人にそんな真似させらんねーだろ。ほら、いいから降りな」


 そう言われて渋々ドアに手を掛けた。

 今村さんは普段は出さないほど大声で雅さんに突っかかっていた。


「雅さん! 私は一人で大丈夫です!」

「いーから送られてやんなよ。チャンスだぜ」


 チャンスという言葉に、彼女が狼狽えた。

 車から降りて走り去るのを見送る。完全に見えなくなった後、彼女が申し訳なさそうに頭を下げた。


「一井さん、すみません。おうち、遠いんですよね?」

「気にしなくていい。電車があるからちゃんと帰ることはできる。じゃあ、行こうか」

「はい。あ、こっちです」


 彼女が指し示す方向に歩きはじめる。無言も気まずいので、先程の成果を聞いてみる。


「ところでさっきはどうだったんだ?」

「さっき、ですか?」

「ああ。二階堂と話せた?」

「えっ、あっ……特に話すこともなかったんですけど」

「そうなのか? じゃあ失敗だったか」

「失敗?」

「さっきも行ったと思うけど、君の気持ちに気付いたから、差し出がましいが応援でもしようと」

「応援?」

「ああ。二階堂とのこと」


 なぜか彼女が目を見開いている。やっぱり誰にも気づかれていないと思っていたのか。

 ふと、彼女がいないことに気付く。振り返ると、十メートルほど後ろで立ち止まっていた。


「今村さん?」

「一井さん!」


 大声で名前を呼ばれ、少し驚く。


「何だ?」

「聞いてください!」

「ああ」


 彼女は深呼吸をして声を張り上げた。


「一井さんは勘違いしています」

「勘違い?」

「私は二階堂さんのこと、何とも思ってません!」

「そうなのか?」

「二階堂さんは苦手です! パープルさんがかわいそうです!」


 確かに。


「じゃあ二階堂に片想いしているというのは私の勘違いか」

「でもっ……でも、好きな人はいます!」

「そうなのか。私が知っている人だろうか」


 もしそうなら、応援してあげたい。彼女は優しくて、いい子だから。


「知ってます! というか、本人です!」


 そうかそうか。知っている人か。……ん? 本人?


「私、私っ、一井さんのこと、ずっと好きだったんです!」


 頭が真っ白になった。

 ま、まさか、今村さんが私を!?


「一井さんが私のこと、何とも思ってないことは知っています。でも、でも……」


 彼女が一度俯き、再度顔を上げて叫ぶ。


「私じゃ一井さんの彼女になれませんか?」


 少し考え、彼女のもとへ向かい、正面に立つ。彼女は泣きそうな顔で唇を噛んでいた。

 私は彼女に問いかけた。


「私は堅物だの融通が利かないだの陰口を叩かれるような、真面目だけが取り柄の男だ」

「知ってます。でもそんな真面目な一井さんが好きなんです」

「面白くも何ともないぞ」

「いいんです。一井さんといるだけで嬉しいんです」

「ボケとツッコミもよくわからないんだが」

「私が全部説明します」

「……君が二階堂のことを好きだと勘違いするほど鈍いぞ」


 そう言うと彼女は少しだけ悲しそうな顔をしたが、微かに首を振る。


「いいんです。はっきり言わなきゃ伝わらない人だって、再認識できました。だからこうして、やっと自分の気持ちを伝えることができた」


 それから私をじっと見つめ、彼女は訊いてきた。


「私じゃ、駄目ですか?」


 その真剣な瞳に、こちらも真剣に答える。


「君のことそういう目で見たことがないから、好きだと即答できない」


 少し彼女が落ち込んだので、慌てて続ける。


「だけど、君が優しくていい子だってことは知っている。礼儀正しくて少し心配性だけど、君の笑顔は周囲を明るくしてくれる」


 思わず彼女の腕を引き寄せ、自分の腕の中に抱き込んだ。


「予感だけど、私も君を好きになる。……そういう答えではいけないだろうか」


 急に抱きしめられて硬直していた彼女の身体から力が抜けた。


「本当、ですか?」

「ああ」

「私でいいんですか?」

「ああ」

「……嬉しいです」


 彼女を解放してチラッと見ると、彼女は安堵したように微笑んでいた。


「では帰ろう」

「はい」


 歩き出し、アッと思って立ち止まる。


「一井さん?」


 不思議そうに私を見上げる彼女に手を差し出す。


「手」

「えっ」

「繋ごう」

「……はい」


 繋いだ手はとても小さくて、でも温かかった。




 後日。


「やーっとくっついたか。オッサンは嬉しいぞ」

「いやはやめでたい」

「飲もう! 朝まで飲もう!」


 私たちは居酒屋で盛大に祝ってもらっていた。

 悪の秘密結社は解散してしまったが、仲間たちとの交流はいまだ続いていた。

 姫乃さんから話を聞いたときは胡散臭いと思っていたが、今はその話に乗ってよかったと思う。

 こんな素敵な仲間と――――恋人を手に入れることができたのだから。


「一井さん。こんな風にお祝いしてもらえて嬉しいですね」

「ああ。……あ、そうだ」

「何ですか?」

「明日、映画に行かないか」

「映画ですか?」

「見たがっていたやつがあるだろう」

「覚えていてくれたんですか?」

「ああ」


 記憶力もまあまああるんだ、私は。


「はい!」


 嬉しそうな彼女の顔を見るたびに、満たされる。

 きっと予感は的中する。

 私は彼女に恋をする。……いや、もう恋しているのかもしれない。


 真面目でいいじゃないか。

 堅物で融通が利かなくてもいいじゃないか。

 そんな私でもいいって言ってくれる人がいるんだから。

 


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