第1話 どうやら、無人惑星に漂着したらしい
「おはようございます。蛍坂リヒトさん」
柔らかな女性の声によって、俺の意識は徐々に覚醒する。
「リヒトさん。お目覚めでしょうか?」
ああ、目は覚めているよ。と呟いたつもりだが、声が出ない。
「あ、無理しなくていいですよ! 長い眠りからやっと起きようとしているんですから! すぐに起きれなくて、当然です」
・・・・・・長い眠り? どういうことだろうか。
俺は、目を瞑ったまま、記憶を探る。
えーと・・・・・・そうだ。俺は確か・・・・・・ゼウス号に乗っていたのだ。
地球型惑星コンスタンティア開発に向けて、俺たち――確か三十万人くらいだったっけ――が、巨大移民宇宙船ゼウス号に乗りこんで出発した。
それで、俺たちはポッドに入り、冬眠したのだった。宇宙旅行には長い時間がかかるからな。
それで、いま目的地だった無人惑星コンスタンティアに到着したということか。
憧れの新天地。新しい仲間。よーし、ひとつやってやろうじゃないか。
そう意気込み、俺は目を開ける。そして、透明なカプセルの外に広がっている光景を見て、驚きに息を呑む。
「あれ・・・・・・海・・・・・・青空? あの、ここゼウス号の中じゃないの?」
どこまでも広がる海と青空。横を見ると、白い砂浜が広がっている。目の前に広がっていた光景は、ちょっと予想外だった。
「はい。。あなたの乗っていたゼウス号は、三時間二十七分前、惑星コンスタンティア大気圏突入時に爆散しました。でも大丈夫です。こういうときに備えて、各冬眠ポッドは脱出ポッドに切り替わるようになっていました。そういうわけで、皆様のポッドはすべて無事です」
あっさりとそういう女性の声。ああ、そうか。この声、ポッドに内蔵されているAIなのか。
「しかし、ひとまず脱出したとはいえ、生き延びていかなきゃいけないだろう?」
「ご心配には及びません。足下を見てください」
俺は言われた通りにする。ピコン、という音がして、足下に銀色の水筒が出てくる。
「大気の水分子を収集して作成した飲料水です。少なくとも飲み水については、ポッドがご提供しますので、ご心配ありません」
「でも、食べ物は?」
ピコン、という音がまたしても鳴り、今度は脇の辺りから銀色の箱が姿を現す。
「携帯食糧が、60日分用意されています。当面は生きるのに心配は及びません――あ、申し遅れました。私、アシスタントAIのヨルと申します。蛍坂リヒトさん、あなたのサバイバルをこれからお手伝いしますね!」
快活な少女の声が、そう告げる。
サバイバル? 俺に出来るだろうか。それも一人で。
「あ、そうそう。リヒトさんに一つ朗報です。もし、サバイバルなんて自分は出来ないよ~という場合、このポッドで再び冬眠することが可能です。その場合、救援隊の到着までリヒトさんは眠りにつくことになります。どうしますか?」
おっと、そんな手もあるか。
「ヨル。その冬眠って、いつしても良いのか」
「はい! リヒトさんの気の向いたときに!」
「そうか・・・・・・」
なら、ちょっとこの惑星コンスタンティアを散策して、それから冬眠するのもありかもしれない。俺とて、ゼウス号の乗員だ。地球を離れ、この自然豊かな惑星で、新しい人生を送りたいという気持ちはあったのだ。それがいきなり冬眠というのも、悲しいだろう。
「ヨル。ポッドを出ていいか?」
「はい! スキャンの結果、周囲には危険生物等、一切ございません! コンスタンティアは大気・重力と共に、地球とほぼ同じなので、その点もご心配に及びません」
ヨルがそう言うと、ポッドのカバーがシュゥゥと音をたてて、空気圧で開く。潮の匂いが流れ込んでくる。塩や、植物のような香りも混じっている。
ポッドの縁に手をかけて、俺は外に這い出す。
燦々《さんさん》と降り注ぐ陽光を受けて、白く照り輝く砂浜。どこまでも続く透き通るようなエメラルドグリーンの海と、青々と広がる空。
地球とそっくりだ。というか、地球と言われても、違いが分からないかもしれない。
「あ、リヒトさん! 良かったら、これを耳に装着してください」
ヨルの呼びかけと共に、ポッドの壁面の一部が開き、中から小さなイヤリングが出てくる。
「なんだこれは?」
「通信機です。それをしていたら、離れていても、私と交信できます。・・・・・・その、私のことが嫌いでなければ・・・・・・つけてください」
妙に人間くさい口調になるヨル。それがおかしくて、俺は少し笑う。
「な、なんですか!? ・・・・・・笑うことはないでしょう・・・・・・」
「ごめんごめん。分かった。つけるよ」
俺はすぐにそのイヤリングを右耳に装着する。
「ありがとうございます~。どうですか、聞こえますか?」
「ああ、ばっちりだ」
俺はぐるりと周囲を見回す。砂浜の側では、地球では見たことのないような木々が、葉を静かに風にそよがせている。
「あ、リヒトさん! ちょっと見てください、あれ! 砂浜の向こう側・・・・・・百五十メートルくらい先です」
ヨルの声に従って、俺は視線を向ける。あれ? なんだあれは。銀色に光り輝いている巨大な物体が、浜辺にある。
「あれはゼウス号の残骸です。大気圏で爆発四散したゼウス号の一部が、偶然この場所に落下したのでしょう。行ってみますか?」
もちろんだ。俺は、一歩一歩とゼウス号の残骸を目指す。食糧庫庫であって欲しいな。とにかく、何かきちんとしたものを食べてから、冬眠したい。
だが――俺のそんな願いは、残骸に記されていた文字を見て、無情に撃ち砕かれてしまう。
『Z―02 万能工作モジュール』
工作モジュール――食糧なんて一欠片もない場所だ。どうやら、運が無かったようだ。
「はあ・・・・・・おとなしく、携帯食料でも食って冬眠しよう」
そう呟く俺。だが、耳元で聞こえるヨルのハイテンションな声に、そのつぶやきはかき消される。
「すごい・・・・・・! リヒトさん、やりましたよ! ひょっとしたら私たち、最強の幸運の持ち主ですよ!」
「どうしてだ? 俺は、食糧庫が良かったよ・・・・・・そしたら、いろいろなものを食べれたのにな・・・・・・」
俺の落ち込みに反して、ヨルのハイテンションは止まらない。
「リヒトさん、その近くに小型のコンテナがいくつか落ちていますね? ちょっと確認してください。無傷のものが、ありませんか?」
「ん?・・・・・・」
俺は、辺りに散らばっているコンテナを確認する。すぐ近くに、ヨルの言うとおりの無傷状態のコンテナが転がっていた。
「これか?」
「はい。コンテナになんて書いてありますか」
「えーと・・・・・・“万能工作機械デミ-V7”」
「っ!! ・・・・・・やりましたよ、リヒトさん!」
耳元で、とてもAIとは思えないような高揚した息づかいで、興奮を隠せない様子のヨル。
「ヨル。さっぱり意味が分からないんだが、これはなんだ? どうしてそんなに興奮しているんだ」
「あ、失礼しました。リヒトさんが見つけたそれは、ノースリア社の万能工作機械・デミウルゴスシリーズの最新バージョンなんです!」
「えーと、つまりそれは、どういうことなんだ」
「まずはそのコンテナを開けてください。えーとですね、解除番号は・・・・・・」
ヨルに教えられた番号を打ち込む。コンテナが開いて、中からスーツケースほどの大きさの、卵形の機械が出てくる。
「これが・・・・・・万能工作機械?」
「はい! これがいかにすごいのか説明するには、論より証拠。リヒトさん、今なにか作りたいものはありますか?」
「えーと・・・・・・」
そのとき、俺のお腹がぐ~と鳴る。ヤバいな、かなり腹が減っているようだ。携帯食糧でひとまず飢えをしのいだ方がいいが・・・・・・それより、魚が食べたいな。海洋国の出身者としては、もう長いこと魚を食べていない。
「・・・・・・釣り竿を作ってくれ」
半ば無意識に発した俺の言葉。ピピピ・・・・・・と万能工作機械が、音を鳴らす。それから、付近に散らばっていたチタンの欠片を即座にスキャンして、その卵形の胴体の中に即座に、飲み込んでいく。
ものの五分足らずで、万能工作機は釣り竿を作成を完了させた。釣り針の先にちゃんと疑似餌までついている。
「どうです? すごいでしょう?」
まるで自分のことのように誇らしげなヨルの声。
「ああ、これは確かにすごいな」
「デミちゃんの真の能力は、こんなものじゃありませんよ!」
ぐ~。またしても俺の腹の虫が鳴る。
「・・・・・・とりあえず、ポッドの携帯食糧を食べて、それから釣りでもしようか」
「あ、待ってください! せっかくなので、全自動釣りマシンも作ってもらいましょう! 先ほどと同じように、デミちゃんに命令すればすぐにできますよ」
ヨルがそう言うので、俺は万能工作機械デミに、そう命じる。さすがに釣り竿ほど簡単にはいかないのだろう、工作モジュールの中をあちこち探索しながら、早速工作を開始している。
とりあえず、ここはこれで任せておいてよかろう。俺は、ひとまずポッドへと帰る。
ほのかな甘みのある携帯食料を食べて、飲料水を口にする。久しぶりの食事だ。
食べ終わると、急に眠気が襲ってきた。
「ヨル。ポッドで、ちょっと横になっていいか?」
「もちろんです!! お昼寝が身体的に良いことは、科学的に証明されていますからね。どうぞごゆっくり~。あ、なんなら私が子守歌でも歌って差し上げましょうか」
「・・・・・・今日は遠慮しとくよ。だけれど、そのうち、お願いはするかもしれん」
「ぜひぜひ~」
俺はポッドに横になって目蓋を閉じる。
予想外のことばかりで、ちょっと疲れていたのかもしれないな。本来なら、もっと年上の乗組員たちがインフラ設備をしてくれるはずだったのだ。それが何の因果か、全部自前でやる羽目になっている。
♢
昼寝、という割には結局、夕方まで眠ってしまった。
「ヨル。なんで起こしてくれなかったんだよ」
「だって、リヒトさんがあまりにも気持ちよさそうに寝ているんですもの。起こすのが気の毒になるくらいでした」
「はいはい、分かったよ」
「それよりもリヒトさん。海岸に行ってみてください」
「ん? なにかあったのか?」
俺は、ポッドから這い出して、海岸の方を見る。すでに夕方になり、水平線の彼方で穏やかに輝く夕陽が、海を朱色に染め上げている。
その海岸の一角に、何かの機械が設置されている。俺は、近付くとヨルの得意げな声が状況を解説してくる。
「どうですか? デミちゃん特製、全自動釣りマシンです!」
「いや、仕事早すぎだろ。俺が寝る前に作っていたかと思ったら、もうこんなに・・・・・・」
全自動釣りマシン。俺が最初に作成した釣り竿を組み込む形で、人がいなくても自動で魚を釣るようになっている。その横にある金属製のバケツには、この星の魚たちがたっぷりと入っていた。
「というかこのマシン、誰がここまで運んだんだ?」
「デミちゃんですよ」
「あの小ささで、よくそんな力を出せるな・・・・・・」
「いえいえ。重力制御装置を利用して、ここに運んだんですよ」
「ヨル、これ全部食べられるのか?」
「ちょっと待ってくださいね。リヒトさん、ポッドの下部にスキャナーがあるので、それを使えば・・・・・・」
♢
闇の中でパチ、パチ、と焚き火が燃えている。その炎の周囲には、串刺しにされた魚――サンドフラットという名前らしい――が、いくつも火に焼かれている。
香ばしい匂いがして、そろそろ良さげだったので、俺はそのうちの一本を手に取り、がぶりと食べる。
「う、うまい・・・・・・」
思わず、そう言わずにはいられないほど、その焼き魚はおいしかった。
「でしょう? この惑星コンスタンティアでとれる食材は、どれもおいしいんですよ!」
「ああ。これからも頼むね、ヨル」
「はいです!」
さっさと冬眠するつもりだったが、こんなうまい魚が食べれるのなら、もうちょっとこの惑星を楽しむのもいいかもな。




