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ウタハの学生生活はキリが加わっても特に変化なく過ぎていた。
「ほら。早く行かないと授業に遅れるぞ」
一番遠い校舎にある音楽室へと友達とはしゃぎながら移動するウタハ。護衛として離れられないのでキリも仕方なくそれについていく。
「しっかしウタハもキリもいいよな。成績優秀で。志望校も楽勝だろ」
「普段からちゃんと勉強してるからだっつーの。お前は一夜漬けに頼り過ぎ」
ウタハはカグラの努力で最難関の高校も余裕で受かるほどの学力があるが、驚いたのはキリも負けないほど優秀なことだった。トカゲが勉強はできて損はないと教え込んだらしい。
「だって、勉強してたら眠くなんだもん。そう言えば知ってるか?2組にやたらとテストのヤマを当てんのがうまいヤツがいるんだってさ」
「あ、それ、俺も聞いた!毎回ドンピシャで当てるから、ソイツにヤマ聞くの禁止されたって」
ウタハの友人達は「いいな〜。羨ましいな〜」と噂話を楽しんでいる。だが、ウタハとキリの反応は違った。
「なあ。それって能力者じゃねえのか?」
「わからないが可能性はあるな。少し探るか」
「俺も行く!」
「お前は捜査官じゃねぇだろ。余計なことに首突っ込むな」
「でもキリは俺の護衛なんだから離れらんないだろ」
「……それはそうだけど」
「決まり!昼休みに2組を覗きに行こうぜ」
小声で話を終えるとウタハは友達のところへ走っていってしまう。自分のペースを崩されっぱなしのキリは少し不機嫌な顔をしていた。
昼休みになり、2人は噂の人物を見に2組の教室に来ていた。
「アイツだ」
友達からその人物の特徴を聞いていたウタハが窓際に座っている姿を見つける。大人しそうな少年で眼鏡をかけて俯いた顔は表情がよく見えない。
「話しかけてみるか?」
「俺が行く。お前はここで待ってろ」
ウタハをドアの所で待たせ、キリは少年のもとへと歩いて行った。
「なあ。テストのヤマ当てんのうまいってのお前か?」
話しかけられて少年は顔を上げる。その表情にはなぜか怯えが含まれていた。
「う、うん。でもみんなには教えちゃいけないって先生に言われてるから」
「あ〜。そうらしいな。なら、なんかコツとか教えてくんねぇ?お前はどうやってヤマ張ってんだ?」
断っても食い下がってくるキリに少年は困った様子だ。だが、キリの顔を見ると人が変わったように無表情になった。
「……君は不安なの?」
「は?」
「大切な人に捨てられるんじゃないかって思ってる?そもそも、ここにいるのも本当は逃げだしたいほど怖い?」
心の中を言い当てられてキリが青ざめる。
「お前……」
「なあ。ちょっと一緒に来てくんねぇか?話したいことがあるんだけど」
狼狽えるキリに気づいてウタハが助けに入った。少年の様子を観察してなんとか連れ出そうとする。
「でも……」
少年は無表情から困惑の表情に戻り、ウタハ達を警戒する。
「お前、人に言えねぇことがあるんじゃねぇか?俺達もしかしたら仲間かも」
『仲間』の言葉に少年が強く反応する。しばらく逡巡したあと、大人しくウタハについてきた。
人気のない校舎裏に少年を連れて行き、ウタハは話を再開する。
「なんか、悪りぃな。こんなとこで。別にお前になんかしようってんじゃないから安心してくれ」
口の悪いウタハでは説得力はなかったが、少年は素直に頷いた。
「えっと…ライカだっけ。お前、テストのヤマ張るのにさ、変わった力使ってねぇ?」
直球で聞くウタハにキリが何してるんだと抗議しようとする。だが、それは言葉になることなくライカの返事に消された。
「なんでわかるの?君もこないだの子の仲間?」
「こないだ?」
「よく知らないけど。他の学校の子に話しかけられたんだ。仲間だって。赤い髪した吊り目の子」
『あの写真のヤツだ。ビンゴか?』
ライカが語るのはセキトに見せられた写真の少年の特徴によく似ていた。そこまで話が進んだ所でキリが主導権を握り出す。
「ソイツは俺達の知ってるヤツかもしんねぇ。お前、話しかけられてどうしたんだ?」
「どうって……そんな怪しいの無視したよ。何度か門のとこで見たけど、見つからないようにしてたら来なくなった」
どうやら失踪した少年とライカは接点は持たなかったようだ。もう少し詳しく聞きたかったが、それよりもキリは少年の能力のほうが気になった。
「なあ。さっきの俺のこと言い当てたのってさ。どうやったんだ?」
「どうって言われても。なんとなくわかるんだよ。その人がその時感じてる不安とか怒りとか、感情が。テストも先生が授業中に気合い入れたりするところにヤマかけてたら、たまたま当たっただけだったんだ」
ただ勘がいいだけなのか。能力者なのか。キリ達だけでは判断しかねた。
「あのさ。なんで俺達にはついてきたんだ?赤い髪のヤツには仲間って言われても無視したんだろ?」
「え?う〜ん。それは彼の感情が気持ち悪かったからかな。親戚にタチの悪い宗教にハマってた人がいるんだけど、その人に似てた。一見落ち着いてるように見えるんだけど、奥の方で恐怖と攻撃的な感情が燻ってる感じ」
その時のことを思い出したのかライカは気味が悪そうに顔を顰めている。
「でも君達は嫌な感じがしなかった。不安とか苛立ちとか普通に人が持つ感情はあっても、奥の方はキラキラしてて綺麗だよ」
ニコッと笑われてキリとウタハはなんだか気恥ずかしくなる。そしてライカの力になりたいと思った。
「……そういう変わった力を持ってるヤツを俺達は知ってんだよ。お前の力になれるかもしれねぇし、良かったらソイツに会いに行かねぇか?」
キリが自分達のことはひとまず伏せて、ライカを能力者達に引き合わせるために誘いをかけてみる。
「……ほんとに僕みたいな人が他にもいるの?」
ホッとしたような顔を見せるライカの声は震えていた。
「ああ。お前がその人達と一緒なのかは行ってみないとわかんねぇけど、人とは違う力を持ってるってのは同じだ。助けになってやれるかもしんねぇぜ」
「わかった。僕、行くよ」
放課後に教室に迎えに行く約束をしてライカをその場から帰す。ウタハが力の抜けたようにその場にしゃがみこんだ。
「はあ……緊張した」
下手すれば自分の能力がバレて学校にいれなくなるかもしれないやりとりだったのだ。なんとか学校生活が守れてホッとするウタハにキリは渋い顔をした。
「そんなに今の場所が大事なら首突っ込まなきゃいいじゃねぇか」
「あ〜。でも、ライカの力になれそうなのは嬉しいし」
「……なら、普通のヤツに紛れて生活なんかせずにとっとと公安に入りゃいいだろ。いつバレるか怯えずにすむじゃねぇか」
以前ならイライラと当てつけるように言われたであろうセリフが、今は心配するかのように声が震えている。
キリの過去を知っている身にはその傷に心が軋んだ。
「まあ。バレたらって思うと怖いけどよ。でも俺の力のことを知らなくても学校のヤツらは大切な友達だしさ。好きなんだよ、この場所が」
ずっと閉ざされた空間にいることを強いられてきたと知っているから、キリはウタハの言葉の重みがわかる。
「それに、俺は外のこと何も知らねぇからさ。捜査官になって人を助けるにしても、カグラを守るにしても、たくさんのことを学ばないと。世界には自分と同じ人ばっかじゃねぇんだから」
困ったように笑う姿は遥かに大人に見えて。キリは過去の傷や今の不安に振り回されていることがとても悔しく感じた。
「な〜んて。偉そうなこと言ってるけど、俺もずっとカグラに言えてないことがあんだよな。いい加減ケリつけねぇと」
言いたいことを言ってスッキリしたのか、ウタハは大きく伸びをするとカラッとした笑いを浮かべた。
「お前も不安ならきちんと話したほうがいいぜ。案外何でもなかったりもするんだから」
それだけ言うとウタハは教室に戻るために歩き出してしまう。残されたキリは何かを決心したように少しだけ拳を握りしめた。




