7:千影の覚悟
「おうよ石津、ずいぶんダレてんじゃねえか。お上が来てんのにそのザマで大丈夫か?」
三葉の頭を鷲掴みにした落合が食堂へ入ってきたのは、夜間演習が終わり、バイタルチェックを終えた千影が食事を終えたところだった。千影の付き添いで一緒にいた石津は、眠気もあってかその光景に軽い目眩がした。
「猶村さんは先ほど自室に戻られました……。何やらかしたんだみっつん、落合さん激おこじゃん」
「俺のせいじゃねーし」
千影は眠気が吹っ飛んだとばかりに笑っている。
「チカぁ、笑ってんけどオメーもだバカ。狸寝入りは許すが、帰還したからってマジな寝落ちは許さねえぞ」
「げえっ、バレてた」
「ということはみっつんもうたた寝しちゃったぁ?」
「俺はチカが寝てることに気づいてて言わなかったから怒られてんの……さすがに仕事中に寝ないって」
「あらまー」
「いだだだだ、おやっさんギブ!ギブ!」
◆
「久世ねぇ……こりゃまた懐かしい名前が出てきたモンだ。永依子の子供がそんなに大きくなってるとは、年取るはずだ」
千影とは別行動で、久世兄妹は今朝方、バイタルチェックと2機の駆動テストを昼間に行った。猶村が提供したロシアでのデータなどと駆動テストの数値を見比べ、訓練メニューの相談を4人でするために集まったのだ。
「あれ、落合さん知ってるの?」
千影が疑問の声を上げる。
「知ってるも何も、初期型載せたの俺らだからな。テスト飛行のときに顔合わせたんだよ。永依子が二児の母と聞いたときには驚いたもんだが、そうか、子供がそんな大きくなるくらいには時間が経ってたか」
「ああそっか、落合さんその頃もう実験参加してたってね」
1人会話についていけない三葉が、困惑した顔で石津を見た。苦く笑った石津は、説明する。
「もう何年も前の話だよ。みっつんがプルシャに乗る前だから、もう7、8年とかそんなくらいの話。久世兄妹のお母さんは自衛隊のテストパイロットだったんだ」
「へえ……え、それがどうかしたのか?」
「亡くなってるの」
当然の疑問だ、と思った瞬間に間髪入れず、千影が答えてしまった。
そのまま千影は続ける。
「カナダ侵攻時のアラスカで、初期型のアトマシステムを搭載したふつうの攻撃機が2機投入されたの。搭乗員はテストパイロットそのままで実戦っていう特殊すぎる状況で、ね」
思い切り眉間にシワを寄せた三葉が唸る。
「ふつうの攻撃機って、ヒコーキのことだろ?人型強化外骨格みたいな戦闘機じゃなくて、あんなのにアトマシステム載せたっての?どうやってつかうんだよそんなの」
「当時の日本で人型強化外骨格はまだ実戦投入できる段階じゃなかったんだぁよ」
落合が片肘をついて手に顎を乗せた。座り方が完全にガラが悪い。不機嫌なときによくやる、落合の癖だ。
「だが、最新鋭システムだったアトマを使えば神経伝達によるより安全な航空機の運用が可能になるっつってな、試験的に投入された。テストパイロットが2人とも優秀だったのもあって、理想値に近い数字たたき出してくれたもんで、俺らも向こうさんも大喜びだったわ」
ふん、と鼻を鳴らした落合に「大喜び」の気配はない。
「は?でも初期型のアトマだろ?初期型のなんて危険物そのものだったって話してくれたの、石津さんとおやっさんじゃん!」
三葉はかつて、第二世代のアトマシステムを使用したプルシャのパイロットだった。第一世代よりパイロットの消費は減ったとはいえ、アレもひどく危険なものだった。実際、三葉が乗っていた世代の3割はなんらかの理由で死亡している。
だから、三葉はアトマシステムの恐ろしさを人一倍実感している。
「そ、今やボクらにとってジョーシキ、『アトマは人を喰う』っていうのもそこで発覚したんだよ。永依子さんの犠牲によって」
石津のかたい声に千影の目が細まる。三葉は俯いていた。
「アトマシステムの導入時、本当に人体に影響が出ないのか、それを調べるために『使われた』のが志願者だった久世永依子さんともう1人のパイロットだよ。みっちゃんも知ってるでしょ、飯田指導員」
千影の静かな声が響いて、反響してくる。ぐらぐらと煮詰めるような熱さが目がしらに集まって、三葉は目を覆った。絞り出すように声を出す。
「飯田教官……じゃあ、あの人の右眼が見えないのも」
「飯田はなぁ、ヴァーハナがダメんなって、プルシャのS型もV型も乗ったんだよ。そんで眼と……あいつは言ってないかもしれないが、片腕もダメにしてる。お高い義手つけてるからか動きがスムーズで大抵のことじゃバレないらしいがな」
「あれうちの製品でしょ、医療器具つくってる部署が異様に喜んでたよ」
「そりゃあんだけ使いこなしてりゃな。あいつは努力の男だ」
ヴァーハナは三葉のいうところの「ヒコーキ」だった。自衛隊が初めて導入した国産戦闘機F-41。そして同時に、最後の戦闘用攻撃機でもある。それ以降、自衛隊では以前から使用していたFシリーズのみ使用している。
飯田という指導員のことは、三葉も千影もよく知っている。アトマシステムの使い方、プルシャの動かし方、戦場での心構え、すべてあの人が教えてくれた。飯田の右眼は義眼で、視神経と義眼のカメラをつないでいると聞いた。時々メンテナンスをしても視神経の方がもう耐えられなさそうだと、そんな話を聞いたのは、日本を出る前になる。
ふと、顔を上げて千影を見る。恐ろしいほどに感情のない目をしていた。
「……なんで千影がそのことを知ってるんだ?」
「私が、アトマシステム開発責任者と主任研究員の子供だからだよ」
この基地に今勤務している作業員戦闘員すべて含めて二千人を超える。ほとんど24時間稼働している、常時警戒態勢が抜けない前線基地で、こんなに生活音が響かないことは珍しかった。
からだのあちこちが痛くて、なにもかも信じられなかった。
「だから私は、アトマを使うの。この命を削ってでも、あれを完全なものにしなきゃいけない」
頭が熱くなるのに反比例して、身体は寒さを訴える。鳥肌が立っているのが見なくてもわかる。
「これ以上、アレをバケモノにしないために。私がアトマを完成させる」




