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6:再会

 


 朝の会議から何度かスクランブルがあったようだが、米軍側のPE部隊で対応しきれている。そもそも、釈千影も技術提供の一環として、指導員という立場で招致されたカタチをとっているため、ASでの発進はほとんど無い。

 数日に一度、アスブリシュヤの大量出現や同時多発的に出現し対応が間に合わない場合のみ千影は出ている。

 そのため、夜間の戦闘はほとんどなく、たまに実地訓練のために「実験」と称して夜間の哨戒などに組み込んでもらっている。


 昼の休憩時間に一度、パイロット用のスーツを脱いでシャワーを浴びた。

 これは神経接続の感度を少しでもあげるために、毎日3度行っていることだ。朝5時、昼13時、夜22時の3度。8時間毎なのは、医療スタッフが決めた。皮膚のバリア機能をあまり落とさないため、らしい。本来は、大して汗もかいてないのにそんなにシャワーを浴びたら皮脂が落ちすぎて体に良くないらしく、神経接続の邪魔にならないジェルを塗るとはいえ、医療スタッフのなかでも特に仲のいいナースのルーシーは美容をすごく気にしていた。本人のではなく、千影の。


 ともかく、恒例の13時のシャワーを終えてスーツを身につけた千影は、14時半からの猶村担当官との面談に向けて、午前中に使った会議室に向かっていた。

 ルーシーオススメの新しいヘアオイルがかなり自分好みな香りだったので、機嫌がいい。


 会議室のドアをノックし、返事を待つ。


「どうぞ」

「失礼します」


 ドアを開けると、猶村担当官が会議室の窓際に立っていた。

 外を見ていたようだ。


「仕事ですか?プライベートですか?」


 迷ったが、第一声はこれにした。


「8割プライベートかな。あれ、割合ってチィは勉強してたっけ?」

「日本でね。こっちのプライマリーでもやったよ」

「そっか。こっちでも勉強させてもらえてる?」

「うん。基地にね、学校ができたの。ジュニアハイとハイスクール、あわせたような学校。今そこに通ってるんだ。みんな志願兵で、私と同じような年の子。PEの訓練校として出来たんだけど、未来のためにって、普通の勉強も教えてくれるんだよ」

「へえ、いいことだ。機関にも見習わせなきゃな。久世兄妹にもそこに通ってもらおう」


 世間話としては上出来だろうか。

 久々の「家族」の会話に、少し緊張した。


「カズ兄、元気だった?」

「もちろん。迎えに来るのが遅くなってごめんな、チィ」


 気づいたら足が動いていた。

 頼りなく、綿を踏むような心地で、ふらふらと近づいていく。

 猶村もゆっくりと足を踏み出して、軽く腕を広げた。

 千影はそこに、飛び込むだけでいい。


「会いたかった……会いたかったよチィ、いつの間にかこんなに大きくなってたんだな。3年も会いに来れなくてごめん」

「ううん、ううん私こそごめんね、後始末全部任せたのに、片付けてくれてありがとう。私のためにこんな所に来させてごめんね」

「ああ、それこそごめん、守りきれなかった。彼らが望まなくても、守りきるつもりだったのに」


 それから少し、二人抱き合って泣いた。




 ◆





 猶村万成ナオムラカズナリは、千影の母の弟だ。

 千影の母親とは少し年が離れた姉弟だった。千影の父親のことを実の姉より慕っていたこともあり、二人の子供である千影は自分の娘のように、妹のように可愛がっていた。


 だからあの事故(・・)のとき、学校に連絡を入れて早々に千影を迎えに行き、情報をシャットダウンして数日学校を休ませたあの決断は、間違っていなかったと今でも信じている。

 そのせいで、その後一切、あの学校にいた千影の友人達と2度と会わせてやれなくなっても、あれは間違っていなかった。あそこに居させたら、無闇矢鱈に千影が傷つくだけだった。

 優しい千影は、今でも彼女等を思い出すだろうか。


「チィはここで、チカって呼ばれてるんだね」


 日本から持ってきた、懐かしいであろうお菓子をいくつか盆に広げる。細長いクッキーにホワイトチョコレートをコーティングしたものが、千影のお気に入りだったはずだと、多めにいれた。一番最初に手が伸びたのがそれだったので、満足する。


「うん。カズ兄は覚えてるかな、みっちゃんの話。戦闘の指導で来てくれた4つ上の。みっちゃんね、MFS重工の社員さんになって、今オームの整備やってるんだよ。3年経ってもヒヨッコだって整備主任の落合さんに怒鳴られてるけど。みっちゃんが私のことずっとチカって呼ぶから、みんなチカって呼ぶの」

「みっちゃんって、三葉くんだっけ?プルシャのパイロットだった子だよね?加菅三葉くん。彼、ここに来てるの?」


 加菅三葉の基本的なプロフィールを思い出す。

 前任の担当官は役所出身のくせにずいぶんとユルい仕事だったおかげで、引き継ぎ時のデータをイチから作り直した記憶がある。いや、役所の出だからあんなユルいのか?まあいい、そのときの作り直したデータから記憶を引っ張り出したが、その前から千影の話によく出てくる子だったので特に目に付いたのかスルッと出てきた。

 しかし、彼がここに来ているのは初耳だった。MFSの思惑が透けて見えるが、石津にあとで確認しよう。


「そうだよ。3年前みっちゃん高校生だったのに、勉強ついていくのツラいって言って、石津さんの紹介でMFSの面接受けたんだって。そしたら本当は製造?に配属予定だったんだけど、みっちゃんパイロットだったからソッチ方面が良いだろうってお偉いさんが言って、最新機のオームの整備やることになったんだって」


 ああ、もう確定ではないか、それでは。


「へえ……てっきり彼は自衛隊に入ったんだと思ってた」

「みっちゃんは自衛隊なんて入ったら死ぬ!って言ってたけど、たぶんもう乗りたくないんじゃないかな。プルシャにも、オームにも。だから何の関係もないとこ就職したいって言って、本当はMFS重工じゃなくて、グループの別のとこに紹介してもらう予定だったみたいよ。下請けのドケンヤさん?で良かったのにって、こっち来た時たまにみっちゃん嘆いてたから」


 千影は早くも3つ目のお菓子に手を伸ばしていた。


「そうか……彼は確か、プルシャの第一世代機からのパイロットだから、それも仕方ないのかもな」


 反応を伺う。顔は「少し苦みを含んだ自嘲的な笑み」になるように計算する。

 千影は気にするところがなかったのか、お菓子をそのまま口に含んで咀嚼していた。


「んー……」

「千影?」


 口の動きがとまり、少し肩を落とした。


「石津さんはさぁ、たぶんもうみっちゃんを使う(・・)気、ないよ。みっちゃんも言ってたし。あの人は肝心なとこで俺のこと使えないと思うよ、って。だからみっちゃんは石津さんのこと、どうしようもない人だっていうの」


 千影がティーカップにはいった緑茶をすする。猶村が持ってきたティーバッグの日本茶を、嬉しそうにお湯を注いでいたのが印象的だった。こちらではあまり手に入らないそうだ。


「私から見ればみっちゃんもどうしようもない人だけどねー」


 ティーカップを持って、千影が立つ。

 猶村の目の前に置いてあるそれを指差し、首を傾げたので手を振って断る。軽く手を挙げて、千影は背を向けた。

 なんだか動きが映画でよく見るアメリカ人のようで、こちらで過ごした時間の長さをこんなところで思い知った。


「カズ兄はすごく頑張ってくれたんだね。まさか1年で担当官になると思ってなかった」

「担当官になってから2年もかかったけどな」

「それでも早いよ」


 緑茶を入れ直して席についた千影は、こちらの目を真っ直ぐに見て、姿勢を正した。


「さて、ここからは2割の仕事の話をしてもらいたい」

「ああ」

「まずは久世兄妹について。彼らが優秀すぎて選ばざるを得なかったのはわかります。ですが久世希依羅については疑問の余地がありますね。私の予想を言っても宜しいでしょうか、猶村担当官?」

「どうぞ、釈研究員」

「無礼を承知で発言します。彼女は本当に(・・・・・・)後任候補でしたか(・・・・・・・・)?」

「非公式での発言として受理します。ここからは独り言だ、聞き流して欲しい」


 千影は無言で頷く。


「久世希依羅のデータに不正アクセスの痕跡があった」


 どちらともなく、息を吐いた。


「それだけ伺えれば結構です。引き継ぎの期間、どれくらいまで伸ばせますか?」

「そう言うと思ったよ。長くて1年だ。それ以上はごまかせない」

「承知しました、じゃあ1年半頑張って」

「うわあさらっと無茶言った……そういうとこ本当にお父さんそっくりだよね……」

「えー半年くらいカズ兄なら出来るでしょ?」

「期待が重い」

「そう言って頑張っちゃうくせに〜」

「ほんと、変なとこばっかり両親に似たなぁ。そのニヤついた顔お母さんそっくりだ」


 姿勢を崩して2人で笑う。

 ああ、あの人たちの娘だ。


「冗談抜きにして、久世希依羅の育成には力を入れたい。このままだと彼女、死ぬよ」

「わかってる。千影、頼んだ」





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