ミルダ歴の歴史
森の精霊エルフにして長の『エヴァ』は、かつてゴルドと出会ったことがある知り合いとのことでした。
エヴァの自宅に招かれ、その大きさや光景に驚きました。
「大きな木ねー」
「……木の構造をそのままに、中を空洞にして家を作っている?」
「そうです。この木は千年以上も昔からある木で、当時から木を工夫してそのまま住処にしていたのです」
扉を開けると大きな部屋に案内され、それぞれ椅子に座りました。
「そ、粗茶です!」
エプロンを着た小さなエルフが僕達にお茶を渡しました。
「……に、苦い」
「はわ! も、申し訳ございません! 今入れ直して」
「あ、かまわないで。この子は基本的に甘い物しか食べないから」
「で、でしたらこちらの花の茶で!」
そしてマオには新しく赤いお茶を出されました。
「……む? 苦みはあるものの、さっきより良い。マオはこれが好き」
「ほっ」
胸をなで下ろす小さなエルフ。この家の使用人でしょうか?
そんな疑問を持っているとゴルドが質問をしてくれました。
「あの子は? ボクがいた頃には見かけなかった人ですよね?」
「はは、ゴルド殿は面白い事を言う。ゴルド殿の行方が消えてから千年。それほど時が経てばエルフと言えどそうそう残る者はおらぬ。あれは私の孫娘だよ」
ぺこりと頭を下げる小さなエルフ。見た目はマオと同じくらいでしょうか?
「ネロと申します! その、祖父がお世話になっております!」
「礼儀が良いですね。ボクはゴルドです。こっちはトスカ、シャムロエ、マオです」
ぺこりと僕達も頭を下げました。すると何度も頭を下げるネロに少しほっこりしてしまいました。
「孫娘とは、エヴァも相手が?」
「うむ。『シャルドネ殿』を諦めたすぐに見合いがあってな。それで知り合った女性と共に生活を……していた」
ん? シャルドネ?
「していた? 今は?」
「うむ? ゴルド殿は知らぬのか?」
「と言うと?」
ネロに向けてエヴァは席を外すように促し、僕達だけの空間になりました。
「うむ。そこのお嬢さんも席を外した方が良いかもしれぬが……」
「……かまわない。多少の状況なら慣れている」
「ということでかまわないわ」
「そうか。では簡単な質問をするが、そもそも『ミルダ歴』と呼ばれるきっかけは知っているかの?」
その質問にゴルド、シャムロエ、マオは僕を見ました。あ、そういえばこの中で僕だけが時間的にも場所的にも事情を知っている立場でした。
「えっと、静寂の巫女ミルダが考案し、歴史を紐解く為に重要ということで作ったものですよね?」
「うむ、表向きはそうだな」
「表向き?」
「ちょうど千年。静寂の巫女ミルダは大陸を旅し、各地で発生した問題を解決していったのだよ」
「それほど世界は混乱していたのですか?」
そう言って、エヴァは棚から一枚の紙を取り出しました。
描かれていたのは人の様な何かと、大きな黒い影。その黒い影はとても大きく、人の様な何かはとても小さいです。手には杖……と言うと静寂の巫女でしょうか?
「千年前、我々は『災厄の時代』と呼んでいる。魔獣が突如現れ、この世界が滅びかけたとも言われている」
「そんな時代が? ですが、そんな話し聞いたことはありませんよ?」
「知っている者は数名。私エヴァと静寂の巫女ミルダ。そして魔術研究所のフーリエ殿だろう」
「フーリエと知り合いなのですか?」
意外でした。彼女は確か悪魔ですよね?
「今の状態も把握しておる。手紙でのやりとりはしているからな。千年前はフーリエ殿がこの地に時々来てくれていたのだよ」
「あ、ドッペルゲンガーになる前のフーリエなら」
なるほどと思いました。そういえばフーリエも千年以上前から生きていますもんね。
「そして千年前、何者かの存在により魔獣が大量に発生し、精霊、人間、そして神カンパネ様までも顕現して静める事ができたのだよ」
「カンパネがこの地に?」
驚いたのはゴルドでした。
「うむ。ただしほんの僅かの時間だった。だがその時間で多くの命が救われた」
「そんなことがあったのですね」
「そして静寂の巫女ミルダの功績が大きく、彼女の提案を皆が納得しミルダ歴というものが作られたのだ」
今までそれほど詳しく考えなかったミルダ歴。しかしそのきっかけはあまりにも残酷な始まりだったのですね。
「それで、その話とエヴァの奥方の話の繋がりとは?」
「うむ。災厄の時代。終わりを迎えるギリギリの所で妻は魔獣に不意を突かれて亡くなったのだよ」
「その……軽率でした。すみません」
「良いのだ。妻が生きていたという事実は一人でも多く知って欲しいのだよ」
優しい目をして答えました。
「えっと、そろそろ良いかしら?」
シャムロエが手を挙げて話し始めました。
「む? 何じゃ?」
「『シャルドネ殿を諦めたすぐに見合いがあってな』って言ってたけど……どういうこと?」
即座にゴルドが顔を背けました。いや、僕も聞き逃していませんでしたというか凄く気になっていましたよ。
「ゴルド殿、この人は……よく見ればシャルドネ殿と少し似ているような」
「あーえっと……色々事情があるのですが……」
ゴルドが珍しく答えに困っています。
シャムロエはその状況に耐えかねたのか、自ら答えました。
「私の娘よ。『多分』!」
これほど自信たっぷりの曖昧な答えは初めてですね。




