ミッドガルフ王との再会
ミッドガルフ貿易国の王が住む『ミッドガルフ城』にはあまり良い思い出がありません。だって牢屋に入れられたのですからね。
今回は厳しい検問も無く、すっと入れたので内心ほっとしていますが、それでも以前の思い出が浮かびますね。
長い廊下を進んでいくと、兵士が二人ほど構えてたっている扉の前に到着しました。おそらく王の部屋でしょう。
「あの楽器屋の部屋よね?」
「シャムロエ……一応相手は王様です。失礼の無いようにお願いしますよ?」
と言いましたが、僕も正直実感がまだありません。だってあの楽器屋ですからね。
「ミッドガルフ王。お客人を連れて参りました」
『おう。入れてくれ』
そして部屋に入ると、そこには楽器屋改めミッドガルフ王の姿がありました。
右腕を真っ黒にしながら。
「久しぶりですね。そしてその腕について質問しても?」
「ああ。久しぶりだな。これはあれだ……悪魔にやられた」
悪魔。
鉱石精霊ゴルドが苦手とする種族でフーリエと同族というなんとも複雑な種類ではありますが、紛れも無くミッドガルフ王を襲ったのは悪い悪魔でしょう。
「動くのですか?」
「少しな。だが日に日に鈍くなってしまっている。はは、残念だ。また笛吹きの兄さんと一緒に対決ができる日を心待ちにしていたんだがな」
そう言って右腕を見つめるミッドガルフ王。その姿はとてもさびしそうでした。
「だが、俺もこうして弱ってられない。右腕は明日……切り落とすことになった。そしてこれ以上被害を『……ゴルド、聖術を集約できる硝子の生成できる?』増やさないためにも『できますよ。はい』今すぐ注意勧告を『……ありがと。『光球』。ん。治った』しなければ」
……空気が凍りました。
(ほ、ほら、シャムロエ。ここぞとばかりに空気を読まずに何かを言ってください。ミッドガルフ王が困ってます!)
(嫌よ! やったのはゴルドとマオよ! 年長者のゴルドに何とかさせなさいよ!)
(ボクはただ硝子を生成しただけですよ! まさかマオが硝子の特性を知っているとは思いませんでしたよ!)
事の発端のマオはというと僕に向けて親指を立ててます。凄く褒めてほしそうな目をしているからこそ怒ることができません。いや、そもそも命を救ったので褒める案件なのですが、事前に言ってくれればこういう空気にならなかったのですよ!
困っているとミッドガルフ王は立ち上がり、棚から小さな便を取り出しました。中には少し黒い……油でしょうか?
「これは楽器の駆動部分に塗る油さ。それを……せい!」
思いっきり右腕にぶちまけました。
そして何事もなかったかの様に椅子に座り、再度僕たちを見ます。
「この右腕は明日切り落とす。楽器が叩けなくなるのは非常に残念だがそれで救われるのならば……」
「いやいや! 治ったから良いでしょう! うちのマオがすみませんね!」
☆
「助かったぜ。お嬢ちゃん、ありがとう」
「……お嬢ちゃんじゃない。マオ」
「へへ。これはすまない。ありがとうな、マオちゃん」
「……ん」
照れているのか、シャムロエの後ろに隠れました。
「さて、俺の右腕は治ったが、この国の問題が解決したわけではない。悪いが笛吹きの兄さん、手伝ってくれないか?」
「どうして僕が……」
「どうしてって、笛吹きの兄さんはこの国の危機を一度救っているからな。俺の中では一番信頼できる人物だと思っている」
勝手に株が上がっていて驚きです。それに対して僕はフーリエから伝言がなければ思い出さなかったというのに。少しだけ反省ですが、それでも……。
「ありがたいですが、危険なことに喜んで行く程僕たちは命知らずではありません。むしろ一般人です」
かつて人類最強といわれていたガランの血を持つ少女の転生者と異世界から転移してきた凄まじい魔術師と原初の魔力を持つ鉱石精霊と一般人の僕です。これほど平凡な組み合わせは……あれ?
「トスカ、諦めましょう。トスカの力もボクから見れば凄いものですし、皆強いと思いますよ?」
「いやいや、できれば怪我を負わない冒険を常に望んでいるのですが、たまには良いじゃないですか!」
今まで目の前に巨大な悪魔が現れたり、大陸の象徴が狙われたりと、一般人の僕が関わって良い案件なんて一個もありませんでしたよ!
もう少し平和な日常を望んでいるのですが!
「そういえば俺を助けてくれた『寒がり店主の休憩所』の店主が言っていたような」
フーリエが?
「手に不気味な書物を持つ男……確かレイジと言ったかな? そいつとは無関係では無いのだろう?」
「うっ。ですがわざわざ僕が解決することでも」
「同時に店主は『魔術研究所の館長や静寂の鈴の巫女もレイジには困っている』と言っていたな。笛吹きの兄ちゃんってその二人とも知り合いなのか?」
ミルダはともかくフーリエは……。
そう思ったときでした。マオが僕の服をちょんちょんと引っ張って、首を横に振りました。
そういえば『他のフーリエ』は一部の人にしか名前を言っていないのでしたね。
「こほん。えー、レイジの件はとりあえず頭の片隅に入れます。今日は長旅で疲れたので休んでも?」
「ああ。『寒がり店主』がすでに手配したと言っていた。しかし、城の客用の寝室も空いてるんだが、良いのか?」
僕は微笑みながら首を横に振りました。
なんというか、『寒がり店主の休憩所』は色々な場所にありますが、ある意味僕たちの第二の家みたいな感じなのですよね。




