姫の怒りに応えるは
長くなってしまった‥‥‥
セフィリアは常に全力を出して戦うことはないが、その理由は決して相手を侮っているというわけでもない。ただ単に何の抑えもなく力を使ってしまえば何もかもを破壊しかねないという憂いがあったからだ。
しかしセフィリアが思っていた以上に、この世界で生まれた者達の得た力は大きく、力を抑えた状態では逆に倒されかねない程であったことが今回の、一歩間違えば迷宮都市を吹っ飛ばしかねない戦いが起きてしまったことの一因であったことは間違いないだろう。
”試練”の迷宮。
イアが戦う階層とは別のそこで、5対1の変則的な激戦が行われていた。
もっとも5人のうちの1人は完全なサポート役に徹しているために、4対1と言う方が正しいのかもしれないが。
その戦いで驚くべきは、数では覆せない程の実力差があると思われたセフィリアが、時折表情を歪めるようになったことだ。
これに対し、リカンは今の攻撃がうまくいっていると更に妨害の魔法を激化させたが、他の4人、つまりある程度セフィリアについて知っているゴスペル、オーギュスト、カレラ、サリィは普段ならばあり得ないその反応に若干戸惑いの表情を見せていた。
最も、だからと言って攻撃の手を緩めるような生易しい性格はしていない。4人も同様に、攻撃の手を緩めることはなかった。
しかし‥‥‥‥
「ああ、そういうことか‥‥‥‥‥」
何かに気付いたらしいカレラが一旦セフィリアから距離をとり、ぼそりと呟く。
カレラの視線は敵であるセフィリアの姿を捉えていたが、そのセフィリアはと言えばカレラだけでなく周囲に陣取るゴスペルやオーギュスト、サリィの姿も油断なく見ている様でありながら、何度かその意識がこの場から外れていた。視線が間違いなくあらぬ方向へと向いていたのだ。
それに気づいた途端、カレラの様子が変貌する。
最早その変化は雰囲気などの次元ではなく、纏う冷気の範囲の拡大という目に見えるものとなって現れた。
ぎょっとしたのはセフィリアよりもむしろ横で戦うゴスペル達だ。
何せ彼らは超人なことには間違いないが、カレラと比べれば多少劣っていることも事実だ。唐突に全力など出されてしまえば自分たちがまきこまれかねない。
「おい、どうした!? 頼むから巻き込むのだけは勘弁してくれよ!?」
オーギュストがたまらずといった感じで叫ぶ。するとカレラは今の状況を確認したのか、はっとした表情を浮かべたのちに3人に謝罪した。
「ごめんなさい。 ちょっと妬けちゃって。 危うく感情のままこの場を氷漬けにしちゃうところだったわ」
「ちょ、氷漬けだけは勘弁してよね!? 私寒いのだけは駄目なんだから!!」
「いや、問題はそこじゃねえよ‥‥‥‥‥」
「貴方たちはいい意味で平常運転ね?」
夫婦漫才を始めた2人のおかげで少しの冷静さを取り戻したカレラだが、やはり不機嫌さはぬぐえない。
それはセフィリアが真にこちらとの戦いに集中しておらず、別の何か‥‥‥‥‥考えるまでもなく、イアの方に集中を裂いているのに気づいてしまったからだ。
ある意味で仕方のない事だったのだろう。
何せイアはおそらくこの迷宮の主でありアーカルム22王、”試練”の王との勝負に挑んでいる。
かりにそれがセフィリア合意の上で行われていると言えど、命の保証はないのだろう。戦いとはそういうものだ。危機的状況に陥る可能性は大いにあるし、誰の目から見ても一回り大きい愛情を注いでいるセフィリアからしてみれば不安で仕方ないのかもしれない。
あるいは、彼女の事だからイアが危険な状態になればすぐさま横やりを入れに行こうとでも考えているのか。
だがしかし、カレラはそれが気に喰わない。
今回の戦いはカレラにとってセフィリアに自身の成長を示すいい機会であったのだ。それ故カレラは今まで磨いてきた全身全霊をセフィリアにぶつけようと考えていた。仮に勝てなくても、今の自分が前とは確実に違うのだということを証明するために。元よりその為にカレラは修行を重ねたのだから。
その思いは理由があったとは言え、敵としての出会いが始まりであったために強いモノであった。
しかしその相手はと言えば自分のことなど片手間で、愛弟子のことを気にするばかり。
カレラの胸中では嫉妬と怒りの感情がふつふつと沸き上がりつつあった。
それはゴスペルとサリィのやり取りのおかげで爆発こそしなかったものの、今尚膨張を続ける。おそらく自己強化のために血を摂取したことで酔いにも似た状態に陥っていることもそれに拍車をかけた。
「――――――――シッ!!」
「ぐっ!? 重い‥‥‥‥‥!!」
そして完全に抑えるということはできず、半ば八つ当たり気味の攻撃として行動に現れる。
氷の鎧は更なる温度低下によるその氷の肥大化によって質量は増し、カレラがセフィリアに正面から繰り出したかかと落としは受け止められこそしたもの流されることはなく、むしろ今までの比にならない威力でセフィリアの動きを止めるに至った。
だがその蹴りの威力に耐え切れなかったのは鎧も同じだったらしく、甲高い音と共に砕け散り、その破片を四散させた。
それを知ったことかとばかりに逆の足で回し蹴りを繰り出すカレラ。
その動きは間髪ないもので、素人目にはその回し蹴りをした後の光景しかとらえることはできなかっただろう。それほどのスピードで打ち込まれた蹴りは見事に硬直していたセフィリアの横っ腹を捉え、先と同様、自身の氷の鎧もろとも砕く一撃で見た目は女性、されどその不動っぷりは如何なる大樹にも勝るセフィリアの体を部屋の壁へと叩きつけた。
「どうせこのぐらいじゃ貴方の余裕は崩せないだろうから、まだ攻撃はやめないわよ。 セフィリアっ!!」
その言葉通りに、カレラは壁に埋め込まれたような状態のセフィリアにいつの間にやら具現化させていた氷剣数十本を一斉掃射。それだけにおさまらず、ゴスペルとサリィに目配せをして攻撃を仕掛けるように合図し、自身はまたもセフィリアを追って駆け出した。
いつの間にか砕けたはずの足を覆っていた氷の鎧は再生を果たしている。
だがその怒りが届いたのだろうか。
判断力もずば抜けているセフィリアだ。この状況で余裕ぶる程愚かではない。
「っ!? 危ないっ!! 避けて!!」
「「なっ!?」」
その悲鳴にも似た叫びはサリィの物だった。
余りに切羽詰まった声に反射的に全力の回避行動をとったカレラとゴスペル、そしてオーギュスト。それがかろうじて3人をすくうこととなる。
「――――――――捕まえた」
「あ、ぐっ‥‥‥‥、えっ‥‥‥‥?」
不気味なほど静かな声が聞こえた時、いつの間にか首を片手で掴まれて宙づりになっているのは、自身の状況を呑み込めず、苦し気に困惑の声を漏らすサリィだった。
その様子を視界に収めて無事であった3人は絶句する。
確かに成人女性であるサリィを片手で持ち上げるというのも恐ろしい事ではある。だがそれよりも2人の注意を惹いたのはその人物、セフィリアの容姿の変貌であった。
「‥‥‥‥ああ、カレラを狙ったんだが、難しいな。 制御がどうにもうまくいかない」
愚痴を呟くと、片手に持ったサリィの体をまるで小石でも投げるかのように、気配を消し、潜んでいたリカンの元へと投げ捨てた。
リカンはただでさえ直接的な戦闘には不向きなうえに、彼も2人と同様にセフィリアの姿に驚き、固まっていた。その為投げ捨てられたサリィを受け止めることもできずに吹き飛ばされてしまう。
サリィは流石と言うべきか。
息苦しそうにむせてはいるものの、何とか自力で起き上がり武器を持ち直した。しかし投げ飛ばされた衝撃もあり、その足元はおぼつかない。リカンは完全に伸びてしまい、使い物にならなくなっていた。
けれどサリィの震えはどうやら痛みだけが原因ではなかったようだ。
サリィは敵対するセフィリアを‥‥‥‥‥いや、恐ろしい怪物を見据えた。
『何‥‥‥‥? 空気が、重い‥‥‥‥‥!!』
セフィリアはそんなサリィを、まるでもう勝負はついたとばかりに意識の外に追いやると背後の3人にその目を向けた。
一切の感情が読み取れなくなった、無機質な目を。
「ほら、呆けている暇はないぞ。 次はお前だ、ゴスペル」
「っ!! ああ、そうかい!!」
ゴスペルはサリィとは違い、その体が震えることはなかったが決して恐怖を感じていないわけではない。むしろ目の前でサリィが物のように扱われた様を見ているのだから、倍近くあったろう。
単純に目をそらせないのだ。意志でなく、体がそれを拒むのである。「目をそらした瞬間に死ぬ」と本能が理解したから。
セフィリアの体がしなる。
それは今までの人間味ある動きではない。獣じみた姿勢、前傾姿勢になった彼女は衣服を纏ってはいなかった。
セフィリアが装着する、というよりは、纏うのは、黒色の装甲だった。もっともそれは急所に、下着の代わりのようにしか存在せず、まるで生身に溶接でもしたのかというほどに一体化していた。
だが目を引くのはそれだけではない。
動作確認をするかのように握っては開くを繰り返すその手はイアの武器、あの竜爪をそのまま手にはめたような外見に変化しており、その変化が見た目だけのものではないのは先ほどの光景が雄弁に物語っている。
背には2対の白い大翼があったが、まるで美しいと思えないのは今の状況故か。
相変わらず無駄な鎧等を嫌うがゆえに、その外見は無駄に扇情的になってしまっているも欲情など何故できようか。そんな感情がわく余裕などかけらもないというのに。
「お、ゴッ‥‥‥‥!?」
―――――――――――――――バッゴオオオオオオオオオオン!!
声よりも衝撃音が響くのが遅かったのは、あまりの拘束に音さえもついていくことが敵わなかったから。
黒鎧に包まれたゴスペルと言う大男の巨体が、力なく前へと倒れこむ。しかしその鎧には目立った外傷はみられなかった。
「鎧は高いんだろう? 傷つけないようにしたんだ。 感謝してほしいな」
セフィリアがやったこと。それは鎧内部に衝撃を伝達させることにより、ゴスペルの三半規管を狂わせたのだ。
異形と化した彼女が拳と共に打ち出した波動はゴスペルの体こそ破壊しなかったが、その背後にあった壁を薄氷を砕くかのように粉砕し、蜘蛛の巣上の亀裂を刻んだ。その気になれば鎧ごとゴスペルを粉砕できたことは一目瞭然だった。
そこに勇敢にも挑みかかった者が。オーギュストだ。
だがそれは無謀だった。
恐怖により放たれた一撃はきっと彼の人生の中でも最高の一撃だったに違いない。けれどもセフィリアに傷をつけるには程遠い、いや、むしろおこがましいほど。
「愚か者が」
トン‥‥‥‥‥
「そ、そんな馬鹿な‥‥‥‥‥」
セフィリアは自身の頭めがけてドワーフであるオーギュストが放った大槌の振り上げを、なんと片手で止めてしまったのだ。それも衝突の際に音さえも響かせず、幼子の手に触れるような優しさで。
自身の渾身の一撃が、そんなにも簡単に止められた。
その事実は、鍛冶師と言えど戦いの心得もあったオーギュストの心を打ち砕くには十分な物だった。
戦意を喪失した時点で、最早セフィリアの敵には、いや、障害にはなり得ない。
その瞳が最後に己が敵と見定めたのは‥‥‥‥‥‥恐怖を感じながらも、それを上回る歓喜に身を震わせる氷の吸血姫。
その目は嬉し気にほころび、何かに酔う様に赤く、蕩けていた。
高ぶりを示すかのように、抑えられていた冷気が吹きすさぶ。
その光景は、彼女がここを死地に定めたと言われても疑わないであろう程に壮絶な物だ。
「そう、今貴方の前にいるのは私!! 貴方の大切な人が誰かは知っている、けれども今は私という敵の事だけを見据えて!! 私を、感じて!! ねえ、私の愛しい人!!!」
その言葉に一瞬だけセフィリアは驚いたような表情を見せたが、それもすぐに消え、無表情になると口を開く。
「元よりそのつもりだ」
セフィリアの体に赤い脈が走る。
それが合図だったかのように、セフィリアがカレラへと襲い掛かった。
だがその途端に、カレラが放っていた冷気が爆散する。
それは瞬く間に吹雪と化し、セフィリアの視界を覆う‥‥‥‥が、何でもないようにセフィリアはカレラを発見する。氷の鎧に身を包み、今までの比にはならないレベルの本数の氷剣を周囲に漂わせる彼女を。
「「ガアァァァァァァァァ!!!!」」
吹雪く洞窟内と言う異常でしかない空間に女性の者とは思えない獣声が迸る。
そして―――――――――――――――
決着は、一瞬だった。
不定期連載から脱却したいと思うもできない今日この頃。受験生はそろそろ準備等で忙しくなるこの時期、あるいはそうでない方にとっても、この小説が良い息抜きになればと願って。




