傭兵の嫁事情
第4章開始です。
王都ナルメア。
大きく3区画に分かれた、人類最大の規模を誇るその都市には様々な種族が集まり、大変な賑わいを誇っていた。
人はもちろん、魔族に獣人に、探せば妖精族の姿もちらほら。
セフィリア一行はそんな王都の中で最もにぎわいある第1区画、一般街へとやってきており、そこに立ち並ぶ様々な店を見て回っていた。
第一区画は人だけでなく、建物の数も多い一般街は店の種類も豊富だ。
定番と言ってもいいような店から、物珍しい店、少し裏道に入ればいかがわしい店まで目白押しである。
ところで王都の治安や環境についてだが、たまにすりなどの軽犯罪?はあるものの基本的に平和で安全だ。
そして不快なにおいが漂うなんてこともない。
人の多い都市などでは不法投棄されたごみなどが原因で衛生的な問題が発生するものなのだが、それはとある方法をとることによって解決されている。
その方法はというと。
ウニョンッ
辺りを見回していたイアの目が、半透明の青いゼリー状の物体を捉えた。
その物体は道端におちていたごみに近づくとそれに触れ、やがて自分の体の中へとごみを取り込んでしまった。
すると半透明な体の中に浮かんでいたごみは徐々に溶けていく。
やがて完全にごみが溶けてしまうと、その物体、スライムは満足したかのようにプルンと震えるとまた地面をはいずってどこかへと消えてしまった。
スライムはれっきとした魔物であるが、その殺傷能力は皆無と言っていい。
なぜならスライムは動物を襲わないのだ。
理由は不明だが、スライムは平原や森にいるものだと野草、洞窟なんかだと鉱物、果て動物や魔物の死骸、そして糞尿などを取り込み、自身の養分として取り込んで分解し、生きている。
そのことからスライムは”掃除屋”として人々に親しまれる魔物でもあるのだ。
素材が必要にでもならない限りスライムを討伐しようとする者はいない程に、彼らは親しまれているのである。
そして王都にはそんなスライムが放たれており、ごみなどを取り込んで分解してくれることで広大な王都の清潔な環境を保っているのだ。
そんなスライムを殺したものには重罪が課せられるというのだから、いかに彼らが愛されているかが分かろうというものである。
話は戻り、店を見て回る一行だったが、今回その音頭を取るのはセフィリアやイアといった女性陣ではなく、意外にも老年のドワーフ鍛冶師、オーギュストであった。
ケトルーアの街で旅の仲間として加わったオーギュスト。
オーギュストはイアと同じく1つの夢を持っており、それは『自分の満足のいく、最高の武具を作る』というもの。
そんなオーギュストは旅に加わってすぐにセフィリアの生みだした剣、”ディペンデンス”と名付けたそれが、この世界に未だかつて存在しない”無限の可能性を秘めた武器”であることを発見。
イアの頼みもあって、早速同じくディペンデンスであるイアの鉄鋼鉤を基に最高の武具を鍛えようとしていた。
その為の素材を回収するための場として、王都はまさに最適な場所であったのだ。
幸いなことに、魔物の素材はセフィリアに頼めばどんなに珍しい代物でも、挙句は知識にないような素材であれポンポン出してくれる。
するとオーギュストが気にする必要があるのは鉱石などの素材となり、魔物の素材が集まる第二区画ではなく、最も多くの人と物が集まる第一区画でこうして店を練り歩いているのだった。
「なあ兄ちゃん、この鉱石は一体どんなもんだ?」
「おっ。 そいつはですね‥‥‥‥」
などと言った会話を、もう何件も繰り返しては最適な素材を吟味している。
そんなやる気に満ちた鍛冶師の背を追いながら、セフィリアはふと思い出したかのように黒騎士のごとき見た目の元傭兵、ゴスペルへと声をかける。
「そういえば、お前は家族に会わなくていいのか?」
「ああ、覚えててくれたか」
安心したかのように息をつくゴスペル。
この男、馴染んではいるが旅に同行していたのは王都にいる家族の元へ帰る為、行き先が同じだったからである。
故にセフィリアはゴスペルは王都についた時点でお別れ‥‥‥‥そうなると思っていたので、今もこうして行動をしていることに疑問を覚えたのだ。
「まあ嫁は第一区画で店をやってるんでな。 せっかくだし、このまま寄って貰えないか? 良ければ、セフィリアさんやイアちゃんのことも紹介したいんでな」
「ほう、ゴスペルの奥さんね‥‥‥‥」
そしてセフィリアの頭に浮かんだのはゴスペル並みにガタイのいい、野性的な笑みを浮かべる荒々しい女性の姿だった。
するとオーギュストがゴスペルの方を振り向き、怪訝そうに眉をひそめた。
「ん? ゴスペル、お前の嫁さんって確か‥‥‥ 大丈夫なのか? わしはお前さんが刺されるんじゃないかと心配なんだが」
「ああ、だからだよ」
「「?」」
二人が意味深な言葉を交わすも、何も知らないセフィリアとイアは首をかしげるばかりであった。
そして一通りオーギュストが目当ての店を回り切った後、セフィリア達はゴスペルの奥さんが開いているという店へと向かう。
そして辿り着いた目当ての店は、ずいぶんと可愛らしい喫茶店であった。
とてもではないが、セフィリアがイメージしていたような人物が開いているような店には見えない。
思わずセフィリアが「間違えてるんじゃないのか?」と聞くもゴスペルは「大丈夫だ」と答えるので間違ってはいないのだろう。
それにしてもだ。
そんな店に集まる客はやはり若い男女であるとか、ともかく争いなんかとは無縁の人々だ。
ではゴスペルの今の見た目を再確認してみよう。
巨大な大剣を背負った黒い全身鎧。
‥‥‥‥場違いすぎる。
そんなセフィリアの心配もよそに、ゴスペルはその店の扉をためらいなく開けた。
セフィリアはそこで店に微妙な空気が流れる様子を予見したのだが、しかしその予想は裏切られることになる。
「ゴスペルぅぅ~~~~~~!!!」
「ああサリ―――――――――グフッ!?」
扉を開けたと同時、ゴスペルの胸に飛び込んできたのはまだ年若い女性であった。
しかも驚くべきことに、余程の衝撃であったのか大男のゴスペルが鎧も着込んでいるというのに後ろへと押し倒された。
女性はセフィリアに比べれば短いが十分に長い黒髪に金色の瞳、そして頭の上には”耳”があり、更には人にはないはずの黒い”尻尾”がぶんぶんと勢いよく振られていた。
「もうもうもう!! 遅い、遅いじゃない帰ってくるのが!! 傭兵団が壊滅したって聞いてすっごく心配したんだからねっ!?」
「あ、ああ。 悪い、色々とあってな‥‥‥‥」
「色々?」
「ああ、実は紹介したい人がいてな」
「あれ? そうなの? あ、ひょっとしてその人たちがあなた以外に聞こえてた足音のしょうた、い‥‥‥」
そこでようやく、ゴスペルに馬乗りになった状態ではあったが、女性の瞳がセフィリア達を映し、尻尾の動きがぴたっと止まった。
目が合ったのでとりあえず会釈するセフィリアとイア。
対し女性の反応はというと‥‥‥‥。
ガッ!!
「ねえゴスペル? あちらの美人さんはだぁれ?」
鎧に身を包んだゴスペルの胸倉を掴み上げ、顔だけの笑みを浮かべながら絶対零度の声音でゴスペルに詰め寄った。
「うおっ!? 落ち着けサリィ!! その人はセフィリアさん、俺の恩人でここまで旅をした間柄でだな‥‥‥‥ ってちょっと待て、なんで引きずる!?」
「え? なんでって‥‥‥‥ その言葉が嘘かどうかを調べないといけないでしょ?」
更には店の奥、おそらくそっちが居住スペースなのだろう、にゴスペルを引きずっていくサリィと呼ばれた女性。
「!? おいよせ、お前、まだ店は営業時間だろっ!? 今からはマズイ、本当にまずいからっ!?」
「うふふ、私ね? 随分と長い間あなたの顔も見てなかったから、すっごい溜まってるんだ‥‥‥‥ 今日は寝かせないから、い~っぱいイ・イ・コ・ト、しようね?」
「よせ‥‥‥‥やめろおおぉぉぉ~~~~~~~~!!!」
決して軟弱というわけではないゴスペルが何の抵抗もできず店の奥へと引きずられていく姿にセフィリアとイアはもちろん、中にいた客までもがぽかんとした表情を浮かべる中、オーギュストだけはこうなることを知っていたのか、はあ~っと深いため息をつく。
そこでようやく再起動したセフィリアがオーギュストに尋ねた。
「あの、オーギュスト。 あの女性が‥‥‥‥‥?」
「ああ、あれがゴスペルの嫁さんのサリィさん。 見た通り”獣人”でゴスペルにぞっこんの困った人だよ」




