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変化する世界を貴方と  作者: 黒煉
プロローグ
4/93

傭兵の依頼

そこは夜の街に映えるバー。





少し古びた店内は決してきらびやかというわけではないが、何とも言えない落ち着きある上質な空気が店内には漂っていた。


薄く目を開け、カウンターでコップを磨く壮年のマスターと数名の客。そしてジャズのような曲を奏でる奏者だけがいる店に、新たに一人の客が訪れる。



それは古びたバーには似合わない服装の人物だった。



纏うローブは見た目こそ質素だが、所々、細部に施された装飾は見事で、服という装飾品としての完成度はため息が出るほど。


見事な漆黒のローブだった。



その人物は静かな足取りで真っすぐカウンターへと向かうと、音をたてずにゆっくりとマスターの対面の椅子に座った。



 「カクテルを」

 

 「畏まりました」



注文を受け、すぐさま酒の準備をするマスターを見ながら待つローブの人物。


ローブにはフードがついていて、それに隠れて瞳は見えないが、雪のように白い髪が僅かに覗いていた。



その隣に、すでにいた一人の男性客が座る。




 「あんた、噂の旅人か?」


 「‥‥‥」




無言のままだったが、少し反応したのかフードが動いたのを確認した男は、同意も得ずに声を潜めて話し始める。


だがその言葉の端々には、こらえきれない激情がにじみ出ていた。



 「俺はもともと傭兵をやってたもんだ‥‥‥‥が、数か月も前に受け持った街の用心棒の仕事‥‥‥その時の傷でもう引退したが‥‥‥」



フードが僅かに動き、その人物の視線が男の左腕に向けられる。

そこには肘から先がなく、残った部分もグズグズに焼けて、炭のように黒くなっていた。



男の話はこうだ。



男の名はゴルペスといい、ゴルペスが率いていた傭兵団、『大鬼の集い』は屈強な歴戦の男たちがそろっていることでそこそこ名の知れた傭兵団だった。



2月ほど前、傭兵団は、近隣の街『ファル』の街長から辺境の村の守護を依頼される。


なんでも、魔物のようなものに襲われたという知らせが届いていたが、場所は辺境。

要は辺境に人員を割くのがはばかられたので、傭兵を雇うことを思いついた、という経緯らしかった。



荒くれ者が多い傭兵の中では珍しい、気のいい性格のゴルペスはこれを快諾。

すぐに村へと移り、守備を固めた。


が、相手はただの魔物ではなかったのである。



 「そいつらには知性があった。 しかも同種族ではなく、混成だったんだ。 最初は順調に進んでいたはずの狩り。 しかし気づけば優勢だったはずのこちらが地の利を活かされ、その肉体能力を活かされ、あっという間に不利となった。 おそらく村を襲っていたときは全く本気ではなかったんだろう。 最初俺たちが相手にしていたのはさほど脅威でもないウルフ種の魔物だった。 が、やってくる奴らの強さは段階を追うように上がっていき‥‥‥団が半壊するころには群れれば竜をも殺すと言われるキラービートル種であふれていたよ」




キラービートル種はその名前からもわかる通り、虫の魔物だ。


そしてゴスペルが言う通り、群れたキラービートル種は生態系の頂点に君臨する竜、最も若いものだが、をも殺すことがあるという。



とてもではないが、多少場数を踏んできた傭兵団1つだけではどうにもできないだろう。



「結局俺と数名の団員を残して俺たちは惨敗。 俺たちが守るはずだった村人たちも、虫共にさらわれていった。 が、それは若いやつらだけだ。 老人は逃げる間もなく皆殺しだったよ。 俺は腐食液を受けて腕がなくなったが、そのおかげというべきか。 死んだと勘違いされたらしくてな。 見逃されたというわけだ」



フードの人物はその話を聞いているのかいないのか。 相槌も打たずに、運ばれてきたカクテルをちびちびと舐めている。



「あんたに頼みたいのは他でもない。 そのさらわれた奴らの救出だ。 もちろんギルドに依頼もした。 だがキラービートル種の群れの相手をしたがる奴はそういない。 終わるころにはさらわれた奴らの命はないだろう。 街長も働きかけてくれてはいるが、大して期待はできない。 が、そんな中、あんたの話を耳に挟んだ」



その話とはこういうもの。



曰く、漆黒のローブに身を包んだ、旅人がいる。



その者の実力は計り知れず、話に出てきた街、ファルも属する大国、『ルーヴェン』で名高い、『帝制五剣』の秘蔵の六番目であるとか、魔族の国『アスタリク』の出であるとか、『膨大な英知を宿す種族』と名高い妖精族と交流を持つとか、そんな噂話が跡を絶たない。



唯一つ、ギルドに登録しているらしいから、登録者としての情報は分かるはずだが、それでもわかるのは名前くらいで、素性はおろか、年齢さえ定かではないという。



そして奇妙なことに、出会った時に依頼を持ち掛けると、対価もなしにそれを叶えてくれるというのだ。



そのために、『黒い旅人は願いを叶えてくれる』という話がまことしやかに囁かれているのである。



ゴルペスは腕の応急処置をしてくれた医療院―――病院のような場所――――の老人からその話を聞いた。


その者は戦争で動かなくなった下半身を治してもらったらしかった。




 「噂の真偽はこの際どうでもいい。 だが、俺はこれでも傭兵をまとめていた身だ。 多少”鼻”が利く。 アンタは、間違いなく強い。 どうか、この通りだ。 情けない話だが、俺にはもう、アンタに頼るしか打つ手はないんだ‥‥‥!」




ゴルペスは話し終えるとそのまま、ローブの人物に対して頭を下げた。



ローブの人物は空になったグラスを置くと、じっと、見定めるように頭を下げるゴルペスを見つめる。


ゴルペスは頭を下げていたため分からなかったが、フードの下では紅い瞳が鋭く細められていた。



しばらく、マスターがグラスを磨く音と、ジャズの音楽だけが空間を支配していたが、ガタリ、と席を立つ音が響いた。



ローブの人物が席を立つ音だった。



マスターがとがめるような視線を向ける。

勘定を、ということなのだろう。



 「わかった」

 「え?」



ゴスペルは信じられない、といった感じでローブの人物の後姿を見やる。


話を持ち掛けたとはいえ、半分、いやそれ以上は、聞いてもらえるとは思っていなかったのだろう。




 「それとさっきの話だが‥‥‥‥対価はもらうぞ? わたしが飲んだカクテルの勘定。 それを払っておいてくれ。 それが対価だ」






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