歪んだ彼女
イアは手に肉が盛られた皿を持ち、ゴスペルは逆に持っていた荷物は全てなくなり、手ぶらで、それぞれ集合場所であるギルドへと向かっていた。
「はれ、ほふふぇるふぁんもひてはんへすね(あれ、ゴスペルさんも来てたんですね)」
「おう。 にしても凄い肉の量だな」
「‥‥‥‥っくん。 エヘヘ、少々お腹がすいてたもので‥‥‥‥」
イアはセフィリアによる訓練という名の肉体改造の影響か、食べる量が非常に多くなっている。具体的には、同年代の平均的な消費量の2倍程。
たった今、すべての肉を平らげて、肉の入っていた器を捨てに行ったイアの後姿を見ながら、ゴスペルは苦笑いだ。
本当に色々と変わったものだと。
ゴスペルはイアを変えた張本人、もちろん変わりたいと願い、実行しているのはイアだが、それに大きく関わっている人物、セフィリアについて考える。
ゴスペルのセフィリアに対する印象は、規格外で単純な人物というものだ。
それ故に、どこか違和感を感じるときがある。
セフィリアの年齢は目算でも18は超えているはずだ。
だというのに、言動はイアと、16の少女と大して変わらないような印象を受けるのだ。いや、時にはイアの方がしっかりしていると思う時すらもある。
かと思えば、時としては自分達と別次元の存在であると思わせるような空気を纏うこともある。
それはとてもちぐはぐで、そして人として、あまりに歪だ。
『本当に、何者なんだろうな』
それに目算で18を超えているとは言ったが、何度か自身がとてつもない時間を生きてきたと臭わせるようなことも口にしている。
セフィリアに関係する情報は何一つ不明。
全く恐ろしいことだが、それでも悪意ある人物でないのが救いか。いや、そもそも。
「そもそも人じゃないのかも、知れないなあ」
冗談のつもりでつぶやいたその言葉が案外的外れでもないような気がして少し恐ろしくなり、ゴスペルはその考えを振り払うように頭を振ると戻ってきたイアと共にギルドへと足を踏み入れたのだった。
のだが‥‥‥‥‥
「なあイアちゃん」
「‥‥‥‥‥何、ゴスペルさん」
「なんで誰もいねえんだ?」
そう。
ギルドに入ったはいいものの、そこには誰一人いなかったのである。
受付の職員の姿すら見当たらない。
そして、ここで待っているはずのセフィリアの姿もない。
いや、訂正しよう。
必ず厄介事を引き起こすであろうセフィリアもいない。
嫌な予感が2人の胸内に広がる。
ドゴンッ!!!
「「‥‥‥‥‥‥」」
ドゴッ、ドッカ―――――――――ン!!
「「‥‥‥‥‥はぁ」」
そしてそれを肯定するかのように地下から響く爆音。
2人は嫌な予感が的中したことにそろってため息をつきながら、おそらくセフィリア含めたギルドにいた面々がいるのであろう地下の訓練闘技場へと向かうのだった。
□□□
「くっそこのアマ!!」
「おらおらこれでもくらえやあ!!!」
「この人数をどうこうできるとでも思ってんのかあ!?」
まさに怒り心頭といった感じで怒声をあげながら、闘技場の中央でぼんやりと立っている白い長髪の女性へと武器をもって襲い掛かる3人の男たち。
だが女性、セフィリアは呆れた表情で口を開く。
「どうこうできないから、今私はここでこうして無事でいるんだろう? そんなこともわからないのか?」
その明らかな挑発に男たちはさらに激高する。
「んだとコラァ!!」
「痛い目見ても知らねぞ!?」
「死んだぞてめえ!?」
「いいから。 来るなら来い」
「「「死ねえええ!!!」」」
男たちが3方面、正面、背後、右側面から同時に攻撃を仕掛ける。
男たちの得物は正面が大槌、背後が大剣、側面が短剣。そして同時とあっては回避は難しいように思えるが、セフィリアにとっては障害にもならない。
「動きは遅い。 一撃は軽い。 無駄口は叩く。 ダメダメだな」
まずセフィリアは全ての攻撃をはじき返す。
大槌を純粋な筋力で殴り返し、空いている右手で振り下ろされた短剣を指で挟んで受け止め、後ろを振り返りもせずに大剣を側面から蹴り飛ばした。
驚愕する男たちをおいて、今度は反撃に出るセフィリア。
まず挟んでいた短剣を放し、抜こうと力を入れていたためによろけた男の腹を蹴り飛ばす。
ドコッ、っとおおよそ人からはならないような音をあげて男は悲鳴すら上げることなく闘技場の壁にぶち当てられた。
衝撃で内臓を傷つけたのか、むせて口から血を吐き出している。
そして体勢を立て直し、再度同時に襲い掛かってきた大槌と大剣を持った男たちは、セフィリアが抜き去った剣によって持ち手から先を斬り飛ばされ、口を開けてぽかんとしたまま固まってしまった。
なにせ斬られた武器は木製などではない。間違いなく金属製であったからだ。
「まだ、やるか?」
心底面倒そうに剣の切っ先を向けられたリーダー格らしい大槌の男は、怒りに赤くしていた顔を今度は真っ蒼にして、何度も縦に頷くのだった。
セフィリアはため息をついて剣を収める。
闘技場には何人もの冒険者が転がっており、彼らを癒すためにギルド職員が大慌てで駆け回る、まさに死屍累々の様相を呈していたのだった。
「で? なんでこうなったのか‥‥‥‥説明してくれるんだよね?」
「ああ、というか今回はむしろ、聞いてほしいくらいだ」
状況の説明を求めるイアに、セフィリアは未だうんざりとした様子でここまでに至った経緯を話し始めた。
□□□
ギルドへと訪れたセフィリアは、真っ先に依頼の掲示板へと向かった。
相変わらずその容姿は多くの視線を集めたがいつものことなのでセフィリアは気にしない。
やがて適当な依頼を見繕い、それを手に職員の待つカウンターへと向かったのだが、そこで問題が発生する。
「なんだって?」
「ですからぁ、私の妾になりなさいと言っているんですよぉ、お嬢さん?」
セフィリアに絡んできたのは、明らかにこちらを下に見ているとわかる態度をとるでっぷりとした体つきの男だ。
横には護衛なのか雇ったらしい冒険者風の男が控えており、それなりの地位にあることは何となく察する。
「悪いがお断りだ」
「おやおやおやおや、お嬢さん私が誰かご存じないので? 私はここのギルドとも深いつながりのある大商人、モロ・ポーですよ? その誘いを断ることがどういう意味か、理解しているので?」
「理解も何も、だから何だと返させてもらおうか」
そも言葉が癪に障ったのか、モロはこめかみをひくつかせながら、大声でとんでもない”依頼”を口にした。
「おい!! 誰かこの女を痛めつけて私に従うように躾けろ!!! 報酬は金貨20枚、味見もさせてやるぞっ!!!」
その発言にセフィリアは、”こいつ頭大丈夫か?”と首をかしげる。
そんなの最早依頼でも何でもない、犯罪である。
だが次の瞬間、セフィリアは後ろから突然斬りかかられたことに目を見開く。その人物は傭兵のようで、外れたと知るや「チッ」っと舌打ちした。
「おいっ!? 何を考えている!?」
「はっ、金貨20枚なんて大金が合法的に手に入る機会なんてそうそうないんでなあ!! それに俺もアンタで楽しみたいからよお? ワリィがちょっと痛い目見てもらおうか?」
「合法的? こんなの犯罪だろう!!」
「この街に根を張ってる大商人の依頼なら罪になんかならねーんだよ!! どうせもみ消されるんだからな!!!」
セフィリアはそこでようやく、このギルドが腐っていることに気付いた。
見ればその男だけでなく、男女関わらず、ほとんどの者たちがよどんだ目でこちらを見ている。
それ以外のものは巻き込まれることを恐れてか、そそくさとギルドから逃げ出していた。
職員は苦々しい顔を浮かべている。おそらく”ギルドとの深いつながり”とやらのせいで、下手にモロと敵対するような真似が取れないのだろう。それにしても、たった一人の女性が大勢に襲われそうになっているこの状態を見物する姿勢でいることはおかしいとしか思えないが。
モロはまさに万事休すというべき状態に陥ったセフィリアを眺めながら、卑しい笑みを浮かべてギルドを去っていった。自身は”依頼”が終わるのを待つだけ、という事か。
セフィリアは息をつく。それはため息だった。
”面倒だ”という感情からくる、ため息。
「ああ、やる気なのはわかったから、地下闘技場にでも移ろうか? ここじゃあ狭いだろう?」
□□□
そして今に至るというわけだった。
イアはといえばモロの話を聞いた時点で目がいつかのように死んでいる。
ゴスペルはといえば、どうしようもない屑野郎に、怒りを通り越してむしろ感心していた。
「そんな馬鹿がいたなんてなあ‥‥‥‥‥」
「セフィリアさん、今からでも殺りにいこうよ」
イアの声には怒気が混じっている。
セフィリアを辱めようとしたモロに対する怒りからである。だが当のセフィリアは、なぜかその言葉に目を丸くしていた。
「なんでだ? ギルドで依頼を受けていつも通りに過ごすぞ? 今日も」
「「え?」」
信じられない、といった感じでイアとゴスペルは声をあげる。
なぜならそれだけの目にあったというのに、本人に全く気にした様子がないからだ。
「お、怒ったりしないの? そんな目にあわされたのに?」
「ん~、だって大した事されてないしなあ‥‥‥‥ 面倒ではあったけど」
「襲われそうになったんだよ!? 怖くなったりしたでしょう!!?」
「”怖い”? なんでだ?」
イアはわけが分からなかった。
セフィリアさんは何でこんなにも平然としているの?そんな目にあったのに?
そして同時に、無意識に後ずさり、セフィリアから距離をとっていた自身の行動に混乱する。
一方でゴスペルはああやっぱりと、自身の考えに確信を持っていた。
この人は余りに歪だ。
人として、あるべきものが欠けている。
ゴスペルはイアとは反対に、一歩セフィリアへと歩み寄ると、真剣な表情で問うた。
「セフィリアさん。 アンタなんでそんなに感情が歪なんだ? アンタ、本当に人間か?」
セフィリアはその問いに目を見開いた。




