時には休養を
※2018/2/22 オーギュストの髭が黒髭になっていたところを白髭に変更
黒い古龍ニーヴィル親子との問題が無事解決し、突然やってきた魔王兼”悪魔”の王ジャミルを強制送還?した翌日、一行は王都ナルメアへと歩みを進めていた。
王都へ向かうのは学院の入学試験がある来年の春ではないのかと疑問に思ったかもしれないが、王都はルーヴェン王国のほぼ中央に位置し、王都というだけあって様々な場所と繋がっている。
セフィリアがジャミルよりもたらされた情報により目指すことにした東の果ての古城への道も、何かしらあるだろうと踏んでの決定だった。それを抜きにしても、単に来年を見越した下見になるから無駄にはならないだろう。
魔王騒動からおおよそ一週間。
もうずいぶん涼しい風が吹くようになってきたころ、王都ナルメアまであと3日程という距離を歩んだ一行は、ファルとナルメアの中腹あたりにある街、ケトルーアにたどり着いていた。
結構な日数を街などを経由せず、ただひたすらに訓練をして野宿をするという日々を送っていたイアは、久しぶりにゆっくりとできそうだとその顔をほころばせた。
もっともそういった生活はセフィリアとゴスペルにも言えることなのだが、2人はどちらかといえば訓練を施す側であり、なにより言い方によっては今回が初の旅となるイアと永遠旅をしてきたようなセフィリア、傭兵であったゴスペルとではどちらがきついかなど、比べようがないだろう。
そんなセフィリアの様子を見て、何日かはここで羽休めをするべきかなと考えるのだった。
ケトルーアは主要都市であるファルと王都ナルメアの通過地点であるということもあり、それなりの人でにぎわっていた。
ファルと違うことといえば観光都市としての意味合いを持つファルと比べ、立ち並ぶ店が多いことだろう。その為、賑やかさでもケトルーアの方が勝っている。
イアはその賑やかさに若干目を丸くしていた。
初めて訪れた街であるファルを街の基準としてとらえていたからだろう。その上を行く熱気に驚いたようだ。
そんなイアにセフィリアは声をかける。
「今日から3日、ここで休養を取ることにしよう。 今まで少々速足だったからな。 ただし訓練は欠かさないこと。 いいか?」
「やった!! ありがとうセフィリアさん!!」
その提案にイアは喜色満面だ。
やはり文句も言わず毎日を送っているとはいえ、疲れはたまっていたのだろう。
「じゃ、俺は武具屋にでも行ってくるかなあ。 こないだ大剣はぽっきりいっちまったし」
「そうか。 じゃあ私はギルドに行って訓練に丁度いい依頼がないか見てこよう。 イア、お前もしばらく自由に街を回ってきたらいい。 集合は、ギルドということで」
そして3人は街の門をくぐったあたりで一旦分かれるのだった。
□□□
イアはケトルーアの街をぶらつく。
目につくものどれもが気を引き、イアの視線は彷徨うばかりだ。
ファルはどちらかといえば旅に必要な物を手に入れただけだったため、こうしてのんびりと見て回ることはできなかった。
「賑やかだなぁ」
口を突いて出たのはそんな言葉。
イアはもともと辺境の出だ。
のどかで、賑やかな空気とは程遠い。それと比べれば、ケトルーアはむしろうるさいほどだ。
自身の長い金髪の髪をいじりながら、歩いているとふと、鼻をくすぐる香ばしい匂いを捉えた。
においのする方向を見れば、そこでは大きな肉の塊を、なんと丸ごと焼いてそぎ落とし、それを売っていた。
クゥ~っと可愛らしい音がイアの腹からなる。
現在の時刻は昼前。少し早いが、おなかの空き始める時間帯だ。
ズボンのポケットを探る。
そこには数枚の銀貨が入っていた。屋台の商品数品であれば十分に買うことのできる額はあるだろう。
これはセフィリアがイアに渡した昼食代兼小遣いだ。そしてイアは自身の空腹が促すままに屋台の列へと並ぶのだった。
□□□
ゴスペルはケトルーアで武具屋を営なむ傭兵時代の知人の元を訪れていた。
傭兵団の頭であったゴスペルの人脈は非常に広い。それは傭兵というのがつながりを持ちやすい職であることはもちろん、ゴスペルの、傭兵らしからぬ人の良さも一役買っていた。
その店はなんというか年季が入っており、何かの拍子で簡単に崩れてしまいそうな外見であった。
看板には雑な文字で”オーギュスト武具店”と刻まれている。
ゴスペルが中に入ると、武器が乱雑に並べられた空間が広がっているものの、人の姿は全くない。そして店の奥からは、少し熱いくらいの熱気が漂ってきている。
仕方なくゴスペルは、店主の名を大声で叫んだ。
「オーギュスト!! いるかあっ!?」
「やっかましい!!! そんな大声をあげんでも聞こえとるわいっ!!!」
反応は、怒鳴り声ですぐにかえってきた。
ゴスペルの大声に反応してどたどたと音を響かせやってきたのは一人の男。
だが身長はかなり低く、160cmあるかないか。だというのに体つきは非常にがっちりとしており、腕などは筋肉によって丸太のようである。更には毛深く、あごには立派な白髭を蓄えていた。
ドワーフの鍛冶師。それがオーギュストであった。
「がっはっは!! いやぁ、安心したぜ! なんせお前の床の傭兵団は壊滅しちまったって聞いてたからなあ。 他の奴らが死んじまったことは残念だが、お前だけでも生きていてよかったよ」
「ああ、生き延びた以上は、死んじまった仲間の分まで生きてやるさ」
「ああ、それでいい。 お前が馬鹿なこと言うやつじゃないってのは知ってたが、それ聞いて安心したぜ」
店の奥に招かれ、テーブルを挟んだ対面に座り、そこで久しぶりの会話に花を咲かせる2人。
オーギュストの言う「馬鹿なこと」とは自責の念から後を追おうなどという考えだ。
「で、今日はいってぇ何の用だ? まさかそのことを伝えに来たってわけじゃあねえだろう?」
「ああ、実はな‥‥‥‥」
ゴスペルはセフィリアと旅をすることになったこと、そしてその旅の最中で古龍との戦いになり、その結果大剣が砕けてしまったことを話した。
オーギュストはそれを目を丸くして聞いていたが、最後には腹を抱えて大爆笑し始めた。
「ガッハッハッハッハ!!!!! なんだそのぶっとんだ姉ちゃんは!? お前の古龍の話もその姉ちゃんの前じゃあ霞んじまうなあ!!!」
「まあな。 正直得体が知れないってのが素直な感想だな」
「クックック‥‥‥‥‥ まあつまり、頼みは新しい剣をこさえてほしいってことだろ?」
「ああ、しかもその古龍の素材を使ってだ。 できるか?」
ゴスペルは背負ってきたそれなりの大きさの背負い袋をテーブルの上に置くと、その口を開いて中を示す。そこには鱗や皮膜など、希少な古龍の素材がかなりの量詰め込まれていた。
その言葉にオーギュストはにやりと笑う。
「わしを誰だと思ってる? お前の出発までに、今までに見たこともねえような逸品を鍛えてやるよ」
そんな心強い言葉に、ゴスペルも大きくうなずき返すのだった。




