次なる場所へ
闘技場でのセフィリアとイアの一騎打ち。
結果としてはセフィリアの勝ちに終わったが、セフィリアの頬からは未だ血が滴っている。
イアがつけている武器、鉄鋼鉤はセフィリアの作ったものだ。もちろんセフィリアの剣には劣るが、それでもセフィリアによって作られたその武器は、決して浅くはない傷を刻み付けていた。
だがその傷もセフィリアの肉体の驚異的な再生能力によってやがて跡形もなく消えていく。
訪れた静寂。
「ふふふ、はは、はははははははは!!」
「「「!?」」」
それを破ったのは他でもない、セフィリアの心底嬉しそうな笑い声だった。
「ああ、イア、この感情は何だ? 私は今混乱しているぞ。 ”恐怖”?いや、”喜び”? ”驚き”か? ああいや違う、全部だ。 ああ、本当にイア。 お前は、お前なら」
うわ言のようにつぶやくセフィリアの目に、周囲の様子は一切映っていない。あるのは、気絶し、うつぶせに倒れたイアの姿だけだ。
「私を、満たしてくれる気がするんだ」
セフィリアにとって、イアと出会い、そして彼女を強くすると約束したこと。そのすべては偶然に過ぎない。
なぜならばイアの一生は、共に過ごす時は、セフィリアにとっては一時にしか過ぎないモノだろうから。
しかし、イアは。
ひょっとすると自分が欲するもの。
求めるものを満たしてくれるのではないだろうか?そんな予感はあった。だがそれが確信に変わった。それは間違いなく、この瞬間であった。
□□□
「ふふふ~♪ イア~、イア~♪」
「な、何なの‥‥‥‥ というか、もう降ろしてもいいってセフィリアさん!」
「だ~め! 私がこうしていたい気分なんだ、今はな!」
嫌に高いテンションのセフィリアとその様子に若干引いているイア。
セフィリアはイアが気を取り戻すまでずっとイアをその背に負ぶっていたのだが、イアが目覚めてもセフィリアがイアを降ろす様子はない。
イアは気恥ずかしそうにしているものの、まだ本調子ではないのか、口では文句をいうものの大した抵抗もせずされるがままである。
ゴスペルはその2人の空間に入らないよう、微妙な距離感を保ちながらその後ろをついていく。場違い感がぬぐえない男である。
そしてそれを見る人々の反応といえば、セフィリアは言わずもがな、十分美少女の部類に入イア。そんな2人の桃色に見えなくもない空気に若者は頬を朱に染め、仲のいい姉妹のようなその光景にご老人達は微笑ましそうに見ていた。
一行は現在、ファルの街を出るための準備をするべく、2度目となる大通りの散策を行っていた。
一行の旅にとって始まりの街とも呼べるファルの街で済ませるべき用事はすでに済んだ。
今晩の宿についてはとっていないのだから、旅の用意を済ませ、早々に次の場所を目指そうというのはセフィリアの言である。
イアは気絶していたからともかく、ゴスペルにこれを断る理由はないので、ならばとせめて日が落ちる前に街を出るべく早速必要な物の買い出しに繰り出したわけである。
ちなみにセフィリアがイアにこんなにもくっついている理由だが、お察しの通り。
イアがある意味、自分の運命の相手のように感じたセフィリア。
その途端、イアが今までの比ではない程愛おしく思え、その感情を秘めるなどということをしない彼女は、それを隠すこともなく行動に表しているというだけである。
まあそのおかげで、その相手であるイアは大変迷惑こうむっているようであるが。
「しっかしよ、結局買ったのはこれだけ‥‥‥‥ というか本当に最低限の物しか買わないんだな?」
ゴスペルがそういうのも当然のこと、結局一行が買ったものは数日分の食料と水。これだけだったからである。
普通ならば旅の途中の買い出しで買うものはもっと多い。
例えば何かがあった時の為の薬など、その最たる例だ。
この世界には魔物でなくとも、毒を持つ動物がいないわけではない。なかには致死の毒を持つものもいるのだ。
そういった細々とした、しかし旅の必需品をそろえれば、普通であればゴスペルのように大きな背負い袋いっぱいの量の荷物にはなるはずなのである。
ゴスペルのそれは元々ゴスペルが王都から依頼でここまでくる際に持ち込んだものだ。
ファルの安宿に預けていた(セフィリア達が止まった水のせせらぎ亭とは別の、もともと傭兵団が止まっていた宿である)のだが、セフィリア達の旅に便乗することにしたため、セフィリア達の出発に合わせ、回収してきたのである。
しかしセフィリアはといえば「そんなことか」などと言うと腰のバックに無造作に手をっつこんだ。そして引き抜かれた手には、おおよそそこには入るはずのないサイズの寝袋が握られていた。
セフィリアの十八番の1つ、魔法による謎収納である。
それを見てゴスペルは口をあんぐりと開けて言葉を失う。
イアは初見ではないので驚くことはなかったものの、ゴスペルの反応に「あれ、ひょっとして私も毒され始めた?」と戦慄の表情を浮かべていた。
ちなみにもうセフィリアの背からはおりている。
「ちょ、ちょっとまて、何だ今のは!? 魔法か!?」
「そうだな。 あると便利かと思って作ったんだ」
「”作ったんだ”って‥‥‥‥ ああ、そういいえばセフィリアさんは新しい魔法を作れるんだっけか?」
そういうゴスペルの脳裏に浮かんだのは神殿で見たセフィリアのステータス、そこにあったスキルの一つ、「魔法創造」の文字だ。
ぶっ飛んだスキルだとは思っていたが、そのとんでもなさを実際に見せつけられ改めて驚愕が隠せない。
その様子にセフィリアはといえば得意げである。
「まあな。 魔法は使えれば便利なことこの上ないからな!」
「それはその通りだと思うけど、でもセフィリアさんみたいにポンポン使うような人はいないと思うよ」
イアが突っ込むが、だがしかし。セフィリアはイアを諭すかのように話始めた。
「イア、そうは言うが、言っていること自体は間違ってはいないと思うが?」
「‥‥‥‥‥‥まぁ」
「それにだ。 イアは私にこれから鍛えてもらうんだ。 ならイア次第では私と同じか、それ以上に魔法が扱えるようになるかもしれないぞ?」
「‥‥‥‥‥‥!!」
セフィリア以上に。
それはイアの目指すところであり、イアの耳に非常に魅力的に響いた。
「そんなイアがまるで私が別次元の存在だと認めるようなことを言っているようでは、できることもできなくなってしまうかもしれないぞ?」
「むぅ‥‥‥」
セフィリアの言っていることはそう的外れな事でもない。
実際、本当ならできることを否定的にとらえてしまったせいで失敗することなど、よく聞く話である。
まさかの反撃に、思わず黙するイア。
それに対し、セフィリアはどや顔で胸を張る。
その顔に思わずイラっときたイアはほぼ条件反射的に蹴りを放った。たった1日で成長著しいイアの蹴りは、セフィリアの足に綺麗にヒットする。
「何をする!?」
「別にっ!!」
そんなじゃれあいをする2人は2人の関係を知るゴスペルにも姉妹のように見え、思わず笑みを浮かべるのだった。
□□□
「テオフォンか」
『シレイ? 早速”指輪”を使っての連絡とは。 まさか”王”関係の話かな?』
「いや違う。 だが無関係ではないかもしれん」
『‥‥‥‥‥‥聞こうか』
ルーヴェン王国王都・ナルメアに存在する王城、ルーヴェン城。
その一角に設けられたナルメア騎士団本部。その団長にあてがわれた執務室では、右手にはめた指輪を介して、黒髪の若い男が秘密の会話を行っていた。
『帝制五剣』団長、壱ノ剣・シレイである。
帝制五剣とは王直轄の騎士団であるが、だからと言って一時も欠かさず王に張り付いているというわけではない。むしろ基本は普通の、といえば語弊があるかもしれないが、騎士団として、ナルメア騎士団本部に常駐している。
ともかく、シレイはその執務室で、テオフォンとの通信を行っていた。
その手元に置かれているのは、かつての師であり、現在はファルの騎士団の副団長を務めるシュバルツ、そして弟、ヘンゼルから届けられた手紙であった。
それはおそらく共通の、”ある人物”について書かれたもの。
「どうもファルの街に、奇妙な”旅人”が現れたらしい」
『”旅人”?』
「ああ。 そしてその実力は、計り知れないものがあるそうだ。 かつての師や、実の弟から見て、その実力はかつての私に匹敵、いや、超える可能性すらあるという」
『なんですって!?』
指輪から驚きの声が響く。
しかもテオフォンの男とも女とも取れないような口調が崩れ、完全に女性のそれになっている。それほどの驚きだったのである。
なにせかつてのシレイ、つまり”審判”の王となる以前の、という意味であるが、超えるということは、ルーヴェン王国の帝制騎士団団長より上の力を持つということである。
そんな人物が常人であるはずがない。そしてシュバルツからの手紙には、その正体についての予測も書かれていた。
「”黒い旅人”の噂を知っているか?」
『? まあ、耳にしたことはありますが』
「どうやらその旅人が、その噂の旅人ではないか?というのが師の考えだ」
シュバルツの手紙には、ある傭兵との会話についても詳細に書かれていた。
それは傭兵が騎士団に魔物に襲われた辺境の村の救援を要請しに来た時のことだ。
傭兵はその時、”噂にも頼ってみるつもりだ”と言っていたらしく、そしてその後現れた自身を”旅人”と言うその人物のことを傭兵が庇ったともなれば、ほぼ間違いはないといえるだろう、とのことだった。
『まさかとは思いますが‥‥‥‥』
「ああ。 最後にして最も強大な王、”世界”の王はまだあらわれていないんだったな?」
『その”旅人”が”世界”の王の素質あるものだと?』
「可能性としては高かろう」
テオフォンの望み。
それは圧倒的力を持つ”王”を可能な限りルーヴェンへと集めることだ。
そしてその頂点ともいえる”世界”の王の素質あるもの。それをテオフォンは己の立場も有効活用して探していた。
シレイは特に王の存在について強いこだわりがあるわけでもないが、おそらくこの世界で最も強大になるであろう”世界”の王に関していえば、できるならこちら側に引き込みたいというのが本音であった。
『‥‥‥‥‥それで、その者の動きはわかっているのですか?』
「それについては詳しくはわかっていない、だが、目的について弟の方が知っていた。 なんでも、直接話を聞く機会があったらしくてな」
『あなたの弟といえば‥‥‥‥‥ヘンゼル君でしたか? 確か、来年学院に入学するんでしたっけ?』
「ああ。 その時はよろしく頼むぞ」
『学長として特別扱いはできませんが、まあ、気にはかけておきましょう』
テオフォンの立場。
それは”学院の学長”という立場である。
「っと、話がそれたな。 それでその者だが、連れている少女を最強にすることが旅の目的と話したらしくてな。 弟が学院の入学試験についての話をしたら飛びついたらしいぞ。 おそらく来年の入学試験を受けに行くだろうとのことだ。 そしてそれまでは、旅をしながら世界のあちこちで修行を積んでくるらしい」
『そうですか。 では来年になれば私も、会う機会があるということですね? それにしても、修行の旅ですか‥‥‥‥‥』
指輪の向こうで、テオフォンが何かを考えているらしく沈黙する。
やがてしばらくしてもう一度声が聞こえた。
『シレイ。 貴方にお願いがあります。 アスタリクで開かれる魔王主催のコロシアムに出場してほしいのです。 ”帝制五剣団長”としてではなく、”審判”の王として』
「どういうことだ」
『その者の目的が修行であるなら、ほぼ間違いなく魔族の国、アスタリクのコロシアムに行きつくはずです。 そこでその場で、その者の素質を見極めてもらえませんか? 話によれば、来年にはその者は学院へは来るとのことですが、それまでに別の者が王になったり、その者がどこかに引き込まれないとも限らない。 見極めは、できる限り早く行いたいのです』
この申し出は結構厳しいものだ。
なにせシレイの肩書は重い。簡単にどこそこ行けるような立場ではないし、なにより行き先が他国ともなれば、外交的な意味合いも持ってくる。
だが。
「わかった。 俺もその者は気になるからな」
その者について。
気になっている、確かめたいと思っているのはシレイもまた、同じであった。
その返答にテオフォンはほっと息を一つつくと、いつもの口調に戻って一つ問うた。
『それで? その者の名はなんというんだい?』
シレイは答える。
「セフィリア。 名はセフィリアというそうだ」
ファルの街を旅立った一行。
その街での数少なかった出会いは、その旅にどのような変化を与えるのだろうか。
それは今はまだ、誰にもわからない。
時刻未明・???
「ヴォオオオオオオ‥‥‥‥‥」
低い男の、不気味な唸りが響く。
未知の洞窟のような場所、そこに一人の男がいた。
だがその外見は異様だ。
衣服すら身に着けていない大柄な男の手は金属なのか何なのか。
ともかく自然な物ではないうえに巨大で、背からはこれまた金属の突起のようなものが何本も生えている。頭部も、まるで角のように右目からは金属の突起物が伸びており、どう見ても普通の人間ではない。
それはどこか、ゴーレムと呼ばれる魔法で造られる人形兵を思わせた。
そして、男に変化が起きる。
突如背中の突起が、まるで弾丸の如く射出され、洞窟の外壁へと突き刺さったのだ。
すると洞窟の壁が、まるで生きているかの如く蠢き、地響きをあげ始める。
更に男は口から得体のしれない液体を吐き出し始めた。
そしてその液体は、ボコボコと泡だったかと思うと、そこから、なんと何匹もの魔物が生まれ始めたではないか。
その種類は千差万別。やがて時間がたつと、魔物たちはすぐに鳴動する洞窟のあちこちへと散っていく。
何百という魔物があちこちへと散り、そして洞窟の揺れが収まった時。
ようやく異形の男は動きを止めた。
異形の男が一体何をしたのか。
それはこの世界で”ダンジョン”と呼ばれるものの創造だ。
目的を達した男は、重い体を引きずるようにして、ゆっくりとその場を後にする。
その男。
災厄をまき散らす”塔”の王は。
第一章、これにて完結です。
次は二章となります。ようやくそれっぽい話がじゃかじゃかかけそうなのでここからはハイペースに飛ばして行けたらなと思います。




