セフィリアとゴスペルとイアと
短いです。
守護騎士団本部を後にしたセフィリアとゴスペルは、ひとまずイアを迎えに行く道中で情報交換をしていた。
「それにしてもゴスペルだったか。 は、なんで守護騎士団本部に?」
「そりゃあ当然、救援の依頼を出しに行ってたからに決まってるだろう? いくらセフィリアさんが強いとはいえ、あの数を一人でどうこうできるとは思ってなかったからなあ。 ま、実際の所はどうこうできちまったみたいだけどな!」
全く信じられねえな、と笑うゴスペルに、セフィリアもつられて笑う。
「まあ、私は世界一強いからな。 それこそ、多分お前の想像以上に、な?」
いたずらっぽく笑いながら顔を近づかせてそんなことを言うセフィリアに、今年で40にもなる妻子持ち傭兵のゴスペルは年甲斐もなくうろたえ、ごまかすようにそっぽを向く。
「お、おっさんをからかうもんじゃねえよ。 特に俺はともかく、傭兵なんかには荒っぽいやつも多いんだからよ。 セフィリアさんみたいな美人さんだったら、襲われかねないぜ?」
「それこそありえないさ。 私を組み伏せようとした奴は今までごまんといるが、実現できたものは一人もいないからな」
「襲われたことはあるのかよ‥‥‥‥」
というか、この人はこんな性格だったのか?初めて出会った時はもっとクールな感じだったと思ったんだが‥‥‥‥と、ゴスペルは内心でため息をつく。
そしてセフィリアはというと、視線をゴスペルの左腕に向けていた。
腐食液によって肘から先を失った、あの腕だ。
「その腕、不便そうだな」
「ん? ああ、まあ不便には不便だが‥‥‥‥これは自分の力不足が招いた結果だからな。 仕方ねえと思ってるよ」
そう言ったゴスペルは口でこそそう言ってはいたが、その瞳にはごまかしようのない期待の色が混じっていた。
それはそうだ。
なにせ彼は元々、セフィリアの話を”動かなくなった下半身を治してもらった”者から聞いていたのである。
これで自分の腕が、ひょっとして治してもらえるのではないかと期待しない方が無理な話である。
しばらくセフィリアは片手をを顎に当てて目を閉じ、何事かを考えていたようだったが、やがて眼を開けると口を開いた。
「ま。 今回は辺境の人々は結果としてお前の判断で助かったしな。 それでもお前が欲望全開だったりどうしようもない馬鹿だったら何もしなかったが、お前はその類じゃないしな」
そう言うとセフィリアは右手の親指の腹を強くかんで傷つけると、ゴスペルに左腕を向けるように言う。
ゴスペルはここで疑ったりしてもしょうがないので、ためらいなくそれを差し出す。
そしてセフィリアはその先端、つまり左肘の断面に当たる部分に親指についた血を押し付けた。
「ぐうううううううう!?」
その唸りはゴスペルのもの。
腐食液を浴びて動かなくなってからというもの、痛みも何も感じなくなっていた左腕に、まるでなにかがその内側から盛り上がってくるような感覚を覚えたからだ。
ゴスペルは今すぐにでも悲鳴を上げたいのを必死にこらえながら、膝をついて自分の左腕を見る。
そして目を見開いた。
「う、嘘だろ‥‥‥‥?」
その光景は、端的に言ってグロテスクだ。
セフィリアの血が塗られた部分から、まるで植物がその枝を伸ばすかのように細い肉の管のようなものが何本も生まれ、蠢いているのだ。
しかしそれは1分もすると、何かを形作るかのようにまとまり始め、やがて5分も経てば、そこにあったのは紛れもなく腐食液を浴びたことで失った、自身の左腕だった。
セフィリアは未だ信じられないといった感じで呆然と再生した左腕を見るゴスペルに簡単な説明を一方的に始めた。
「お前もおとぎ話か何かで”竜の血はどんな傷も病も癒す薬になる”という話は聞いたことはあるだろう? それなんだが、紛れもない事実なんだ。 種は簡単でな。 魔力はもちろん知っているな? そして魔力というものは確かに万能だが、竜の血にはそれがより濃密になったものが含まれているんだ。 だから魔法では不可能な欠損部位の修復も可能というわけだ」
「待て待て待て待て!!! つまりなんだ、セフィリアさんの血は、少なくとも竜と同じだけの効能を持つ、つまり竜と同等かそれ以上の魔力を含んでるって、そういうことか!?」
「そういうことだ!」
「なっ‥‥‥‥‥」
伝わって安心した、と言わんばかりに声を弾ませるセフィリアにもはや言葉もないゴスペル。
「ほんとセフィリアさん、アンタって何者なんだよ‥‥‥‥? 」
そういうのが精いっぱいだったゴスペルに、セフィリアは怪しく目を細め、そして笑いながら答える。
「なに。 旅人だよ。 人よりも多少長く生きた、ね」
そんなことがあった2人は、道中でいろいろと、主になくなっていたはずのゴスペル腕が元に戻っていることについていろいろと聞かれたりしながらも、イアの待つ守護騎士団本部の出入り口までやって来ていた。
入口を守護する騎士2人が並び立つそこで、少々見劣りする3人目としてイアは立っていた。
「イア、悪い。 待っただろう?」
「待ったけど、しょうがないよ。 だってセフィリアさんだもん」
「イア、それはどういう意味だ‥‥‥‥?」
セフィリアをこんな感じでいじるようになったイア。
そのやり取りを見てゴスペルは思わずといった感じで噴き出す。
そしてセフィリアの割と本気の睨みに冷や汗を流しながら、ごまかすように質問を投げかける。
「にしても、イアちゃん、だっけか? とセフィリアさんはこれからどうするんだ?」
「そうだな。 まずは役所で登録を済ませてくるつもりだ。 そして明日にはギルドで”冒険者”登録だな」
「おお、そうかそうか。 ん? ひょっとしてセフィリアさんもか?」
「ああ。 コネでどちらも済ませていたけど、これから普通の旅人してやっていくにはいろいろとやりづらいだろうからな‥‥‥‥‥って、なんだイア!?」
セフィリアがイアの方を振り返る。
見ればイアはセフィリアの足をゲシゲシと蹴っていたのである。
そしてセフィリアの叫びにイアはといえば、蹴るのはやめたがツーンとそっぽを向くと「‥‥‥‥別に」とだけ呟いて頬を膨らませ、「わたし、不機嫌です!」という空気を漂わせていた。
そのイアの態度にセフィリアはといえばなんなんだと首を傾げ、やがて考えてもわからなかったのかゴスペルに近づくと小さく耳打ちした。それを見てイアが余計に不満そうにしていることに気付かずに。
『なあゴスペル、なんでイアはあんなに不機嫌なんだ?』
『ああ、拗ねてるんじゃないか?』
『拗ねる?なんで』
『そりゃ、せっかく待っていた相手がようやく来たと思ったら、自分をほっぽいて話始めりゃ面白くないだろうよ?』
そういいながらゴスペルは視線でセフィリアにイアを見るよう促す。そしてセフィリアが横目でチラリとイアを見れば、まるでリスのように頬を膨らませた顔があった。
セフィリアはそれを見て、しょうがないなあと苦笑いした後に優しい笑顔を浮かべ、未だ不満アピールを続けるイアの頭に手を置いて撫でながら口を開いた。
イアはといえば、驚きはしたものの、それを払ったりはせずにされるがままである。
「イア」
「‥‥‥‥‥何?」
「お前はやっぱりかわいいな」
「か、かわっ!? ふ、ふん!! そんなこと言われても簡単には許さないんだから!!」
「ん~? じゃあどうしたら許してくれるんだ?」
「‥‥‥‥‥」
その言葉にイアは、今度は恥ずかしそうに顔を伏せると小さい声でポツリと望みを呟いた。
「‥‥‥‥‥じゃあもっと頭撫でて」
それを断る理由はどこにもなく。
セフィリアは胸よりは少し高い位置にあるその頭をしばらくの間、撫で続けていたのであった。
それを横で見ていたゴスペルといえば。
『はやく周りの視線に気づいてくんねえかなあ‥‥‥‥‥』
周囲の生暖かい視線に、居心地悪そうに身じろぎしていた。
今後は投稿時間を、作者の都合につき平日は20:00にずらそうと思います。
申し訳ありません。




