表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/9

第三回 攘夷絶叫②

 天誅。

 その絶叫が、開戦の合図となった。

 狂奔した、神衛党が吶喊とっかんしてくる。


「フ―」


 意味は判らないが、冷酷なロジーヌの一声で、()小隊が短筒の引き金を引いた。

 銃声。そして、白煙。吶喊してくる浪士達が、地に斃れていく。


「やめろ」


 助之進は呟いていた。短筒に向かって、正面から斬り込んでくるのだ。それは撃ち殺してくれと言わんばかりの、犬死だった。

 シモンが、ロジーヌに耳打ちした。首席参謀長として、何かの助言だろうか。


突撃アソォールトゥ


 ロジーヌが剣を抜くと、天に翳して振り下ろした。

 突撃命令だった。()小隊が剣を抜き払い、一斉射撃を逃れた浪士達の掃討に移った。サンレーヌ人の剣は、強い反りがある片手剣サーベルで、半身になって使用する。その動きは実に素早く、浪士達は刻まれるように傷を負って、最後は突き殺されていく。


(しかし、陸戦は我ら日本人の方が得手と聞いていたが)


 サンレーヌ人も、中々剣をよく使う。一斉射撃で手負いになったと言えど、神衛党の浪士が明らかに押されているのだ。


「見ておれませぬ」


 清右衛門が顔を顰める。助之進も同感だった。目の前で殺されているのは、非法を犯す攘夷派浪士と言えど同胞であるのだ。

 子どもすら襲う犬畜生。そう思っても直視し難い光景で、どうして随行を希望したのかと、後悔しかない。


「やはり、貴殿には辛いだろう」


 ロジーヌが、目の前の戦闘に目を向けたまま言った。

 助之進は、敢えて返事をしなかった。辛いに決まっている。それを敢えて訊くのだ。ロジーヌの悪意に、助之進は嫌悪を覚えた。


「退け」


 浪士の中から、退却の声が挙がった。


「退路はこっちだ」


 もう一人が、森の中を指差す。


(良かった。逃げてくれる)


 これで終わる。と、安堵した束の間、セザールが率いる()小隊の騎兵が、退路となる森から飛び出して来た。


「死ニタイ者ハ、前ニデヨ」


 先頭のセザール。腹の底からの咆哮だった。左右の手に戦棍メイスを持ち、腿で馬を操りながら逃げ惑う浪士に襲い掛かる。

 戦棍を振り下ろすと、無残にも刀ごと頭部が潰された。驚くべき膂力である。左右どちらの手でも、容易く顔を吹く飛ばす威力だった。


「異人の大将に申し上げる」


 数えるほどになった神衛党の中で、際立って奮戦している浪士が叫んだ。

 返り血を浴び、髷は崩れている。その様は、まるで悪鬼だ。


「我は、志摩相次郎しま あいじろうと申す。兄・朝長に代わって、一騎打ちを願いたい」


 鞍上の助之進は、すかさず隣りのロジーヌを一瞥した。

 サンレーヌは、武を重んじる国風。一騎打ちも頻繁だと、上村茂亭に教わった事があった。


ドロル(面白い)


 呟いた言葉の意味はわからない。だが、ロジーヌの美しい横顔に、冷たく暗く、そして淫らにも見える笑みを浮かべた。


「よかろう。その願い聞き届けるが、相手は誰を希望する」

「おぬしか、そこにいる芳賀の御曹司」


 ロジーヌと目が合った。何か語るわけでもない。先に視線を逸らしたロジーヌが鞍から降りようとしたが、助之進はそれを手で制した。


「ここは、私に」


 それに驚いたのは、清右衛門だった。


「若様、何を申されますか」

「私が引き受ける」

「何故、若様が引き受けるのです。これは浪士とサンレーヌの戦。我々は」

「相手は同胞だ。しかも、傷付いている。ロジーヌ殿には相手をさせられない」

「ですが」

「大丈夫さ。爺は私の腕に不安なのか?」

「いえ……腕は確かでしょうが」

「なら、決まりだ。よろしいでしょうか、ロジーヌ殿」


 ロジーヌは、勝手にしろと言わんばかりに肩を竦めた。

 いつの間に、敵は相次郎一人になっていた。それを、騎士団が取り囲んでいる。

 助之進は、刀の下げ緒で袖を絞ると相次郎の前に進み出た。


「憎き国賊、芳賀冬帆の子か。親に代わって、ぬしに天誅を下す」


 鬼の形相。憎悪に満ちた視線に射られ、助之進の身体に粟が立った。


(しかし、やらねばならぬ)


 せめて、同胞の手で。サンレーヌ人が屠れば、両国の溝はより深まってしまう。それは攘夷派に餌を与えるようなものだ。

 勇気を振り絞り、助之進は一刀を抜き払った。

 相正眼。距離は四歩ぐらいか。

 大きく息を吐き心気を研ぎ澄ませると、助之進は摺り足で前に出た。

 三歩半。三歩。

 真剣での立ち合いは、初めてではない。だが、人を斬った事は一度も無かった。出来れば、一人も斬りたくない。しかし、斬らねばならない。

 二歩半。……二歩。

 不意に、氣が弾けた。相次郎の斬撃。思い切りのいい踏み込みで、しかもはやい。

 それを躱し、二撃目を弾く。更に突きが来た。そこに、隙。

 斬る。俺は、初めて人を斬り殺す。そう決めた。

 が、手が勝手に動いた。刃を返してしまったのだ。何故? と、思いながら小手を打ち、返す刀で左肩に振り下ろした。骨が砕ける感触が、両手に伝わった。


「貴様」


 相次郎の身体が、崩れ落ちる。すかさず騎士団が相次郎に飛び掛かり、縄で縛っていく。


「何故、斬らない。貴様は、武士の情けというものを知らないのか」


 相次郎の喚きが、遠くに聞こえた。引っ立てられて行っているのだろう。助之進は、ただ自分の両手を見ていた。


「情けないぞ。やはり貴様は武士ではない。国賊の子だ」


 何故、斬らなかったのか。自分でもわからない。手が勝手に動き、刀背打みねちになってしまった、としか言いようがない。


「どこまでも、貴殿は不殺か……」


 ロジーヌが馬を寄せてきた。


「私は」

「あの者はどちらにせよ死罪。此処で死なせてやるのが、武人というものだろうに」


 そんな事、言わなくてもわかっている。清右衛門が駆け寄ってきたが、助之進は視線を両手から動かせなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ