第三回 攘夷絶叫②
天誅。
その絶叫が、開戦の合図となった。
狂奔した、神衛党が吶喊してくる。
「フ―」
意味は判らないが、冷酷なロジーヌの一声で、A小隊が短筒の引き金を引いた。
銃声。そして、白煙。吶喊してくる浪士達が、地に斃れていく。
「やめろ」
助之進は呟いていた。短筒に向かって、正面から斬り込んでくるのだ。それは撃ち殺してくれと言わんばかりの、犬死だった。
シモンが、ロジーヌに耳打ちした。首席参謀長として、何かの助言だろうか。
「突撃」
ロジーヌが剣を抜くと、天に翳して振り下ろした。
突撃命令だった。A小隊が剣を抜き払い、一斉射撃を逃れた浪士達の掃討に移った。サンレーヌ人の剣は、強い反りがある片手剣で、半身になって使用する。その動きは実に素早く、浪士達は刻まれるように傷を負って、最後は突き殺されていく。
(しかし、陸戦は我ら日本人の方が得手と聞いていたが)
サンレーヌ人も、中々剣をよく使う。一斉射撃で手負いになったと言えど、神衛党の浪士が明らかに押されているのだ。
「見ておれませぬ」
清右衛門が顔を顰める。助之進も同感だった。目の前で殺されているのは、非法を犯す攘夷派浪士と言えど同胞であるのだ。
子どもすら襲う犬畜生。そう思っても直視し難い光景で、どうして随行を希望したのかと、後悔しかない。
「やはり、貴殿には辛いだろう」
ロジーヌが、目の前の戦闘に目を向けたまま言った。
助之進は、敢えて返事をしなかった。辛いに決まっている。それを敢えて訊くのだ。ロジーヌの悪意に、助之進は嫌悪を覚えた。
「退け」
浪士の中から、退却の声が挙がった。
「退路はこっちだ」
もう一人が、森の中を指差す。
(良かった。逃げてくれる)
これで終わる。と、安堵した束の間、セザールが率いるB小隊の騎兵が、退路となる森から飛び出して来た。
「死ニタイ者ハ、前ニデヨ」
先頭のセザール。腹の底からの咆哮だった。左右の手に戦棍を持ち、腿で馬を操りながら逃げ惑う浪士に襲い掛かる。
戦棍を振り下ろすと、無残にも刀ごと頭部が潰された。驚くべき膂力である。左右どちらの手でも、容易く顔を吹く飛ばす威力だった。
「異人の大将に申し上げる」
数えるほどになった神衛党の中で、際立って奮戦している浪士が叫んだ。
返り血を浴び、髷は崩れている。その様は、まるで悪鬼だ。
「我は、志摩相次郎と申す。兄・朝長に代わって、一騎打ちを願いたい」
鞍上の助之進は、すかさず隣りのロジーヌを一瞥した。
サンレーヌは、武を重んじる国風。一騎打ちも頻繁だと、上村茂亭に教わった事があった。
「ドロル」
呟いた言葉の意味はわからない。だが、ロジーヌの美しい横顔に、冷たく暗く、そして淫らにも見える笑みを浮かべた。
「よかろう。その願い聞き届けるが、相手は誰を希望する」
「おぬしか、そこにいる芳賀の御曹司」
ロジーヌと目が合った。何か語るわけでもない。先に視線を逸らしたロジーヌが鞍から降りようとしたが、助之進はそれを手で制した。
「ここは、私に」
それに驚いたのは、清右衛門だった。
「若様、何を申されますか」
「私が引き受ける」
「何故、若様が引き受けるのです。これは浪士とサンレーヌの戦。我々は」
「相手は同胞だ。しかも、傷付いている。ロジーヌ殿には相手をさせられない」
「ですが」
「大丈夫さ。爺は私の腕に不安なのか?」
「いえ……腕は確かでしょうが」
「なら、決まりだ。よろしいでしょうか、ロジーヌ殿」
ロジーヌは、勝手にしろと言わんばかりに肩を竦めた。
いつの間に、敵は相次郎一人になっていた。それを、騎士団が取り囲んでいる。
助之進は、刀の下げ緒で袖を絞ると相次郎の前に進み出た。
「憎き国賊、芳賀冬帆の子か。親に代わって、ぬしに天誅を下す」
鬼の形相。憎悪に満ちた視線に射られ、助之進の身体に粟が立った。
(しかし、やらねばならぬ)
せめて、同胞の手で。サンレーヌ人が屠れば、両国の溝はより深まってしまう。それは攘夷派に餌を与えるようなものだ。
勇気を振り絞り、助之進は一刀を抜き払った。
相正眼。距離は四歩ぐらいか。
大きく息を吐き心気を研ぎ澄ませると、助之進は摺り足で前に出た。
三歩半。三歩。
真剣での立ち合いは、初めてではない。だが、人を斬った事は一度も無かった。出来れば、一人も斬りたくない。しかし、斬らねばならない。
二歩半。……二歩。
不意に、氣が弾けた。相次郎の斬撃。思い切りのいい踏み込みで、しかも迅い。
それを躱し、二撃目を弾く。更に突きが来た。そこに、隙。
斬る。俺は、初めて人を斬り殺す。そう決めた。
が、手が勝手に動いた。刃を返してしまったのだ。何故? と、思いながら小手を打ち、返す刀で左肩に振り下ろした。骨が砕ける感触が、両手に伝わった。
「貴様」
相次郎の身体が、崩れ落ちる。すかさず騎士団が相次郎に飛び掛かり、縄で縛っていく。
「何故、斬らない。貴様は、武士の情けというものを知らないのか」
相次郎の喚きが、遠くに聞こえた。引っ立てられて行っているのだろう。助之進は、ただ自分の両手を見ていた。
「情けないぞ。やはり貴様は武士ではない。国賊の子だ」
何故、斬らなかったのか。自分でもわからない。手が勝手に動き、刀背打ちになってしまった、としか言いようがない。
「どこまでも、貴殿は不殺か……」
ロジーヌが馬を寄せてきた。
「私は」
「あの者はどちらにせよ死罪。此処で死なせてやるのが、武人というものだろうに」
そんな事、言わなくてもわかっている。清右衛門が駆け寄ってきたが、助之進は視線を両手から動かせなかった。




