第39話(2-27) 白い夢とピンクな現実
ようやくエイトマウンテンズを踏破したキリヤとアンジェラだったが、あとわずかのところでキリヤは力尽きてしまう。極寒での戦闘は予想以上に彼から生命力を奪っていたのだ。キリヤの冒険は寒さに敗北して終わりなのか。
「キリヤ……キリヤ……」
誰かが遠く俺を呼ぶ声がする。止めてくれ、ひどく眠いんだ。このまま寝かせておいてくれ。
思えばここまで散々な目にあってきた。拘束されたままこの異世界に飛ばされてきたし。狼、盗賊、その他野生動物には襲われるし。何の因果かゴブリン、オーク、オーガと言った魔物とも闘うはめになった。もういい加減十分ではないか。
「キリヤの馬鹿!」
唐突にアンリ、俺がこちらの世界にきて初めて出会った少女、に呼ばれた気がした。
思わず、目を開ける。
(そうだ、俺はもう一度会おうと約束したんだった)
今度こそ完全に目が覚めた。さながらそれは死の淵からの生還だった。
体がピクリとも動かない。そのまま天井をみると、どこかのログハウスだろうか。丸太で組まれた天井からカンテラがぶら下がっているのが見えた。
ふと、今の今まで気付かなかったが、左の二の腕にムニッとした感触が伝わった。何かが押し当てられているようだ。そのせいで身動きが取れない。
目線だけ左にやるとそこで再び固まることとなった。なんとアンジェラが俺の腕に抱きついているではないか。しかも一糸まとわぬあられもない姿で!
ベッドからこぼれおちる長く艶やかな黒髪は美しく、その雪のように白い素肌はまるで絹のようにしっとりとしていた。二の腕に当たる二つのふっくらとした感触は弾力を帯びながらも心地よさにあふれていた。
「!?」
アンジェラはまだ眠っているようだ、その長い睫毛は閉じられたままだった。
俺は混乱する頭で必死に考えをまとめようとした。今なら気付かれずに脱出できるだろうか。
いや、そもそも俺にやましいことなど何一つないのだから、逃げる必要などみじんもないはずなんだが、いかんせん、記憶がすっぽり飛んでいる分、自信が持てない。さらにこの段階になってようやく俺自身も全裸であることに気付いてしまった。
そろりと、左腕を抜こうと試みる。
だが、それがマズかったらしい。俺の身動きを感じ取りアンジェラの瞳がパチリと開いた。流石は武人。
「お……おはようございます」
気のきいたセリフなど思いつく訳もなく間の抜けた挨拶をしてしまう。
アンジェラはもう一度瞬きをしたあと、ジワッとその両目に涙を浮かべた。
「キリヤ、よく起きてくれた!」
ガバッとさらに密着して抱きついてくる。
これ以上は色々とマズイ、ぐるぐるとした頭でなんとかしないと必死で考える俺だったが、俺が行動するより早く、アンジェラがハッとした様子で距離をとった。
「すまない……しばらくこちらを見ないでくれないか」
「お……おう」
反対側を向いていると、衣ずれの音が聞こえてくる。安心したような残念なような複雑な心境だ。
「もういいぞ」
振り返ると、鎧こそ外してはいたもののいつもの落ち着いたアンジェラの姿がそこにあった。もっともその顔は真っ赤に染まっていた訳だが。
ちょっと聞きにくいことを聞いてみる。
「なぁ、なんで裸だったんだ」
「うるさい、キリヤは寒さで意識が戻らなかったのだ。そんなときは人肌で温めるのが一番だと言われているからだ」
怒ったようにアンジェラが俺の衣類を投げつけてくる。少し意地悪な質問だったか。
「本当に、ありがとう」
「さっさとキリヤも服を着ろ。あと私の父が明日にはこちらに到着するから紹介させてくれ」
(げっ)
これはひょっとすると責任?を追及されるということだろうか
不思議そうにするアンジェラとは裏腹に冷や汗を感じる俺だった。