第36話(2-24) エイトマウンテンズ踏破編⑥
雪がしんしんと降りしきる中、俺はじっと待った。手元のペンダント、通信魔石は約一時間ごとに青く光り、〈定時連絡問題なし〉を知らせていた。
(本当にこの作戦で大丈夫なのだろうか)
右手で愛刀、ドラゴンファングを引き寄せる。左手側には松明が設置されていて、時折、パチパチとひのこを巻き上げていく。時刻は夜半を回った頃合いだろうか、ホワイトベア、通称『穴なし』が村を襲ったのもこのくらいの時分だったらしい。
あくびを噛み殺しながらもう一度通信魔石が嵌めこまれたペンダントに目をやる。
青く発光、問題なし。
目線を外そうとしたその瞬間、チカッとわずかながら赤く発光した! 様な気がした。
「!?」
見間違えかとも思ったが、構わず松明を左手で一本引き抜き、右手にドラゴンファングを掴むと、俺はアンジェラの隠れているポイントへダッシュした。
背後で村人の呼びとめる声がしたが、いまは一分一秒が惜しい、無視して走り続ける。
~遡ること数分前~
塹壕式の竪穴でアンジェラは一人待ち伏せをしていた。
ここ連日の記録的寒さが和らいだとはいえ、寒さに対する魔法的加護のみでは厳しいものがある。けれども火を焚くわけにはいかなかった。村を襲撃する『穴なし』に気づかれずにその背後から一撃で心臓を貫くのがアンジェラの役割である。
「そろそろか」
何度目かの定時連絡。
ペンダントの魔石を握りしめると念じた通り青く光りだす。これで異常なしと伝わるはずだ。
「――ッ」
何者かの殺気を感じ、振り返りざまに槍を振るう。
「ガキッンン」
穂先が何者かの爪とぶつかり、音をあげる。
背後にはゆうに3メートルはあろうかという白い巨躯が忍び寄っていた。
(何故ここがわかったんだ)
アンジェラは雪濠から身を翻して抜け出た。
繰り出される二撃目を槍の本体で受けとめる。
「クッ」
はるか後方に弾き飛ばされ、ごろごろとそのまま転がる。木の幹にぶつかりようやくその勢いが止まる。体中の関節が悲鳴をあげ、息がつまり窒息したようになる。
だがそれを『穴なし』は考慮などしてくれはしない。まるでブルドーザーのように雪を巻き上げながら止めを刺しに迫ってくる。
「これまでか」
アンジェラは最後の抵抗を試みるべく弱々しく槍を向けようとする。だが体が言うことを聞かない。
「パキパキバキッ」
追い打ちをかけるように信じがたい光景が広がる。『穴なし』の振り上げた右腕部が氷に覆われ始めたのだ。あからさまにエンチャント、氷属性の強化魔法である。本来、野生動物が自身に掛けることなどあり得ない。
「グルルルルァァァァァ」
命を刈り取るべく振り下ろされる。