第35話(2-23) エイトマウンテンズ踏破編⑤
「一体『穴なし』とは何のことですか」
ダリル村長に説明を求めた。
「はい、この一帯に生息するホワイトベアは冬眠をするのですが、体躯が大きすぎる物は冬眠用の穴倉を見つけられず冬季も活動することがございます。それを『穴なし』と呼ぶのです」
「その『穴なし』にやられてしまったのか」
アンジェラが先を促す。
「そうでございます。この小屋には夫婦が暮らしておりましたが、子供を身ごもった妻は食べられてしまい、『穴なし』に向かっていった夫は右腕と右足を喰われて生死の境を彷徨っております」
悲嘆にくれた表情で村長は告げた。
「これはマズイぞ」
アンジェラが唸った。
「どういうことだ」
「ホワイトベアは一度人の味を覚えてしまうと何度も人間を襲うようになる。加えてかなり執念深い。止めを刺し損ねた獲物は異様な執着をみせる。つまり……」
「つまり……」
嫌な予感が走り生唾を飲み込む。
「この先何度もこの村を襲いに来るでしょう。おそらく今夜も」
「デンダイ村はおしまいでございます」
ダリル村長は今にもその場で泣き崩れそうである。
「そうはさせない!」
アンジェラが一喝する。
「私とキリヤ殿が必ずその『穴なし』を退治してみせる。皆のものは安心して欲しい」
「えっ……マジか」
アンジェラがくるりと振り返って俺の顔を直視した。
「どの道『穴なし』を倒さなければ、雪道で不意に襲われる可能性が残ります。そうなれば私達に勝ち目はありません。それならいっそのこと万全の状態で待ち受けた方がまだ勝機があります」
「では何かうまい策はあるのか?」
「もちろん!」
その自信満々な態度に底知れぬ不安を覚えるのだった。
そして『穴なし』迎撃計画が始まった。
作戦はこうだ。
まずヤツが空けた柵の大穴はあえてそのままにしておく。
そしてアンジェラは村はずれ、柵の外側にこっそり雪濠を掘り、待機する。
『穴なし』がやってきたら俺が迎撃を行い柵の大穴で食い止める。
狩人総出で投げ縄を行い『穴なし』の動きを封じ込めた後、村の内部に注意が向いている背中からブスリと槍で心臓を一突きする。
もし大穴以外を突き破ろうとしたら、これまた無防備な背後を貫く。
果たしてこれが作戦と呼べるのだろうか。
「合図はどうするんだ」
「これを使ってくれ、簡易の通信魔石だ」
ペアルックのペンダント、その片割れを渡された。エメラルドグリーンの石が嵌めこまれている。
「二人とも通信魔法の術者でないので、青く光るように念じた時は定期連絡問題なし、赤く光るよう念じた時は緊急事態、集合せよ、と取り決めておこう」
なるほど、アンジェラの言葉に合わせるようペンダントが青から赤に発光した。
果たして、『穴なし』退治は上手くいくのだろうか。




