第22話(2-10) 二日酔いがツライので禁酒します(三度め)
魔法についてちゃんと言及するのが第21話とか遅すぎると思う。
「キリヤ様、ここを開けてください」
メイドのヤシマがドア越しに俺を呼ぶ声がする。
ソルティドギィの街を敵の軍勢から救った次の日、俺は見事に二日酔いとなった。
時刻は昼すぎである。
「すまない、今は誰とも会いたくない」
俺はヤシマを拒絶した。
実は俺の気分が悪いのは頭痛のせいだけじゃない。
「アンジェラ様率いるヴァージニド騎士団は朝に帝都へ向けて出発されました」
ヤシマが淡々と報告してくる。
「それで?」
わざと俺は投げやりに返した。
「伝言を預かっております。どうかここを開けてください」
生真面目な彼女のことだ、俺が閉じこもっていてもずっとドアの前で待っているだろう。
ドア越しでも内容を伝えられるはずなのに、そうしないのも、らしいといえばらしいか。
観念した俺はベッドから起き上がりドアへと向かった。
カチャリ。
キィ。
ドアを開けてヤシマを部屋に招き入れる。
「そこの椅子を使って」
俺はベッドに腰かけた。
「いえ、このままで結構です。お心遣いありがとうございます」
ヤシマは立ったまま座ろうとはしなかった。
普段からこんな感じではあるが今日はいつも以上だ。
「アンジェラ様からの伝言でございます、『我々は当初の予定通り、ヴァージニドとソルティドギィの街の現状を伝えるため、帝都へと向かう。あわただしく出発して申し訳ない。キリヤの恩に報いるため、私に出来ることはなんでもしよう。困ったことがあれば私を頼ってくれ』、とのことでした」
「……」
「やはり、我が主、ジャンヌ様とその指輪の事でお悩みでしょうか?」
反応の薄い俺に対してヤシマが斬り込んできた。
図星を突かれた俺はギクリとする。
「ヤシマは知ってたんだな」
矛先をかわすようにヤシマに質問してしまう。
「はい、我が主、ジャンヌ様は領主代行としてポートスの街を第一に考えていました。流れ者をあえて館に招き入れ、治安を乱す者には毒を盛っておりました。そして命の根源である魔力はキリヤ様が持つ指輪へと蓄えていたのです」
「……どうして止めなかった」
俺は絞り出すように聞いた。
「私には分からなかったのです。ジャンヌ様の行動はやりすぎではありましたが、街にとって有益なことでした。メイドである私が主人をいさめるなど出過ぎた真似です。……それに私は両親を強盗に殺されて、ジャンヌ様に拾われた身でしたから」
頭をハンマーで殴られたような気がした。
俺は何も知らない。
知ろうともしなかったのか。
自分を救世主か何かと勘違いしているのか。
いますぐ指輪を外してカチ割りたい衝動に駆られる。
不意に顔が柔らかい感触に包まれる。
「!」
ヤシマが唐突に俺の頭を抱き締めたのだ。
視界が胸のエプロンドレスで真っ白に染まる。
「ご自分を責めないでください。確かにその指輪の力はヒトの命を代償にしています。けれども、私やこの町がキリヤ様によって救われたのは紛れもない事実なのです」
ヤシマの胸のぬくもりが伝わってくる。
同時に暴走しかけた感情が急速に落ち着いてきた。
「ありがとう、ヤシマ。もう大丈夫だ」
俺はようやく絞り出して伝えた。
ゆっくりと離れたヤシマは俺に向かって、いつものように優しく微笑むのだった。




