第11話 ケモノとバケモノ
「待っていたぞ、人間」
オオカミが俺に向かって語りかけてきた。
「そこを通してくれないか」
無駄とは予感しつつもとりあえず聞いてみる。
問いかけながら俺は馬車の荷台から降りた。
「人狼とは珍しい。儂も話には聞いていたが、実際に見るのは初めてじゃわい」
爺さんが俺に小声で話しかけてくる。
「知っているのか、爺さん」
俺は尋ねた。
「うむ、齢を重ねたケモノは人語を理解出来たり、人の姿へと変化出来るようになるらしい。ただそれ故同族の元には居られなくなり、一匹で生活するようになる、とのことじゃ」
爺さんが解説してくる。
「これを持って行きな」
エダが自分のナイフを俺に渡してきた。
「おう」
素直に受け取る。確かにあの相手をするのにナイフ一本では心許ない。
ただ俺に武器を渡したということは、エダは加勢するつもりは無いらしい。そもそも指名されたのは俺だし、旗色が悪くなれば逃げ出すつもりなのだろう。
エダが安っぽい義理や人情に命を投げ出すような性格でないことはよく分かっている。
「キリヤ……」
心配そうに俺を見てくるアンリ。
俺は、大丈夫だ、と目配せをして、オオカミの前に歩み出た。
「通す訳が無かろう、貴様を追いかけわざわざ先回りしたのだぞ」
グルルと牙を見せながら返答するオオカミ。
「俺にオオカミの知り合いはいないんだが」
試しに話をはぐらかしてみる。
「私の名は、オオカミ王ルプス。貴様は私を忘れたかも知れんが私は貴様をはっきり覚えておる。この背中の傷とともにな」
ルプスと名乗ったオオカミの背中を見ると、確かに、ほんの一部、毛が生えていない部分があった。古傷によるものだろうか。
その瞬間、俺の中に思考の火花が散り、全てがつながった。
「俺の名はキリヤ、佐藤キリヤ。お前はあの時、俺とアンリを喰おうとした奴なのか」
半年前、俺が初めてこの世界に来た日、俺とアンリは出会った。その直後、俺たちは一頭のオオカミに襲われ、アンリは危うく喰われかけたのだ。
「ある意味感謝しているぞ、キリヤ。あの時の私はまだ唯の長寿なケモノに過ぎなかった。だが貴様との出会いが引き金となり、私は人語を理解し、異能の力を操れるようになった。貴様を喰らえばさらなる高みに至ることとなろう」
狼王ルプスによる衝撃の告白。俺を見逃してくれる気は一ミリもないらしい。
ルプスの話を聞いて俺はある意味納得した。
俺とアンリがであったオオカミは大きい個体ではあったが今ほどではなかった。
ルプスの話を信じるなら、この半年でケモノからバケモノへとその本質が変化したらしい。
「食べられるのは勘弁だな」
俺は両手でそれぞれナイフを構え、戦闘態勢に移った。
「ふむ、この姿で戦えば貴様に万に一つの勝ち目もない。ここは一つ、手心を加えてやろう」
突然、ルプスの体毛が輝きを増した。
あまりのまぶしさに俺は一瞬目を閉じてしまう。
目を開けるとオオカミの姿は忽然と消えていた。
代わりに、そこには6~7歳くらいの幼女が立っていた。
純白のワンピースを身にまとい、髪は腰まで伸びる美しい銀髪だった。その瞳は何処となく獣を連想させた。
そして何よりも、その頭部からは一対の獣耳が生えておりピクピクと動いている。
さらに腰に目をやると、何やらフサフサした長い物が左右に揺れながら見え隠れしている。
一瞬何が起こったか理解できなかった。
しかし、どうやらヒトの姿に変化したらしい。
「参る!」
幼女ルプスが自らゴングを告げた。
次の瞬間、ルプスの踏み込みと突きが恐ろしい速さで繰り出された。
「クッ」
俺は自分の右手側に飛びのき、地面を転がる。
何とか相手の初撃をかわすことが出来た。
すぐさま飛び起きた俺にルプスの二撃目が襲いかかる。
速すぎる。
俺は左手側に素早くかがみこむ。
ドゴォォォン。
コンマ数秒前まで俺の頭があった位置をルプスの拳が通過し、俺が背にしていた大岩があり得ない衝撃音を発して真っ二つに割れた。
「冗談キツイぜ」
その破壊力に驚愕しながらも、俺は眼前にあるルプスのわき腹目がけてナイフを振るった。
だがそのナイフが幼女ルプスを捉えることはなかった。
信じられない俊敏さで後方へと飛び退ったのだ。
空中で膝を抱えて三回転して着地した様は、オリンピック選手でもビックリの跳躍力である。
俺はこの一連の攻防で相手との力量差を知った。スピード・パワーともに相手が上回っている。かろうじて今までの攻撃は回避できたが、長引けばやられる。
だが、勝ち目が無いわけではない。
俺はナイフを握りなおした。
再びルプスの攻撃。
しかし今度はあえてかわさなかった。
先ほどの攻防で相手は全て直線的な動きしかしてこなかった。
そこに勝機がある。
ルプスは鋭い爪で俺を引き裂こうと突進してきた。
手は間違いなく幼女なのに、その爪はオオカミのものだった。
ガキィィィン。
左手のナイフで斬撃を受け止める。
ビリビリとした衝撃が左腕から全身を駆け巡るが構ってはいられない。
俺はそのまま左のナイフで相手の爪を後方へと捌いた。
ルプスの重心が崩れ、前のめりとなる。
ここからの回避は間に合わない。
「チェストォォォ!」
俺は全力全開の突きをルプスの喉元に繰り出した。
勝負あり。
「ガギィ」
俺は目の前の光景が信じられなかった。
ルプスは牙でナイフの一撃を受け止めたのだ!
「バキンッ」
しかもそのナイフが噛み砕かれた。
あまりの出来事に俺は硬直してしまう。
そしてそれが敗北の要因となった。
ナイフを噛み砕いたルプスはその勢いのまま俺の喉元を喰い破ろうとしてくる。
回避は間に合わない。
死んだな。
俺は覚悟を決めた。
「止めて!」
突然小さな影がルプスに組みつきギリギリのところで軌道が逸れた。
二つの影が勢い余って地面を転がる。
「なんのつもりじゃ、人間」
馬乗りになられたルプスがマウントポジションのアンリに尋ねる。
「私を食べていいから、キリヤを殺さないで!」
半泣きで叫ぶアンリ。
下になったルプスはあっけにとられている。
「ククク……アハハハハ」
ルプスが破顔する。
「興が冷めたわい、今日の所はお前に免じてやる」
再び光に包まれるルプス。
そこにはアンリを背に乗せたオオカミが現れた。アンリは優しく振り落とされる。
「必ず決着を着ける、せいぜい待っておれ」
そういうとルプスは夕闇へと溶け込んでいった。
次回第1部最終話
「飛竜襲来」