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影隠し  作者: 真希
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第八話:介入

目を覚ました理沙、雄一郎が見たものは三名の自衛隊が縄で縛られ、目隠しをされたまま、部屋の隅っこで転がされている妙なものだった。眠っているのか、誰一人声をあげない。

「ママ……」

母親も寝ていた。理沙のすぐ隣で、小さな呼吸を続けている。ほっとしたのもつかの間、叱咤が飛んできたので身を縮めた。理沙に対してではなかった。

父親雄一郎はちっと舌打ちして、懐に隠してあるはずの銃が二丁ともなくなっているのに腹を立てていた。

ここがどこだかわからない不安もあり、身を守る武器を探すのは当然としても、何よりもまず母親と娘の心配をして欲しかったと、理沙は父親をにらみつける。

それにしても、この寒い部屋はどこであろうか。灰色のコンクリートがあり、縄や工具が捨てるように置いてあるのが目に付く。部屋といったが、部屋といえるところではなかった。途中まで続けていた建設が中止にされている状態だ。ここは廃ビルの中だろうか?窓となる部分は用意されているのにガラスは無く、そこから肌寒い風が通り抜けていく。窓ガラスがないなら、カーテンなんてあるわけない。とにかく、寒さをしのげそうなものはなかった。外の景色は、青い空と白い雲。けれども、散歩したいような陽気な気分にはなれない。

「パパ」

「何だ」

「ここ、どこ?」

「わかるわけなかろう。私も今目覚めたばかりだ」

「悠馬さんはどこかしら?いないみたいだけど」

「悠馬だと?あの美男子のことか?ふん。あの男が心配か?きっとあの男が私たちをここへ閉じ込めたのだぞ」

「閉じ込めた?」

改めてあたりを見渡した寒い風を運んでくる窓の外は白い雲ばかり、高いビルが見えるからここの位置も高いのだろうということはわかる。出口はどこだ、と後ろを振り返ると、そこに扉がある。だがこの扉、どうも鍵がかけられていそうだ。理沙たちは自衛隊たちと違い、縄はかけられてないから自由に動ける。立ち上がって扉の開閉具合を調べるのも自由だった。結果、確かに鍵は外からかけられていた。

「しかし、あの男、何者だ?」

「悠馬さんのこと?」

「よくはわからんが、自衛隊が突撃してきたときのあの冷静さ、修羅場を抜けてきたような目つきをしていた」

「見たの?」

「……いや、そう思っただけだ。あの男と目を合わせられるものなどいまい」

そうでしょうね、理沙は鼻を鳴らす。自分だってまだ視線を交わしてはいない、機会はあったが、なんとなく反らしてしまう。恥ずかしいのだ、こんな醜い姿をその黒瞳に映されるのは。その目に映るのはもっと美しいものではなければなるまい。理沙はほうとため息つく。

早く会いたい。偶然道で出会っただけだが、理沙の胸に確実な思いが生まれている。仕事を頼んだはよいが、それっきり消えてしまうのも名残惜しい。だが今は、またここにきてくれるだろうと期待している。いや、会えるのだ。こんな閉じ込められた空間にいつまでも置いておくはずはない。何日かかってもかまわない、鍵を開きに、会いに来て欲しい。

「迎えに来たニョン」

「待ってた……いえ、待ってないわ。あなた、誰よ」

タイミングよく現れた声に、笑みを投げた理沙であったが、外から風とともにやってきたのは悠馬ではない。雄一郎の顔も引きつっている。

金更紗の長髪を風になびかせ、くねくねと体を左右に揺らす女だった。大きなブルーの瞳がそこにいる全員の顔をじっくりと眺め、目的の人物を探している。

「あニャ?もしかして、あれかニャア?」

足音なく部屋の隅へ移動し、縛られたままの自衛隊の前でしゃがみ込む。縄を解いて助けよう、とはしない。角度を変えながら、しばらく眺め、それから大きく頷いた。

「たぶん、君たちだニャ。さ、帰るよ。総司令部長殿がおまえらを探してるニャ」

「ま……待て」

「うニャ?何かしゃべってる」

持ちやすいからと、縄を解かずまま男三名を担ぎ上げた女は、中の一人がしわがれ声で呼びかけてきたのには驚いたようだ。女の力で男を、それも三名も持ち上げたことのほうが驚くべきことではあるが。痺れ薬でも飲まされているのか、苦しそうな自衛隊長は女へどこの配属かと尋ねた。

「えっと、うんと……あニャニャニャニャっ!!さあ、帰ろう!」

「おい」

わからないらしい。

女を信用していない隊長も、手足が縛られたままではどうすることもできず、女が飛び降りれば、彼らも飛び降りるほかない。悲鳴は聞こえなかったが、地面に叩きつけられる音もしなかった。

「な、何なの?」

「特殊工作捜査本部巡廻特攻隊のメンバーの一人だ」

「と、とく何?」

「コードネームは“キャッツ”、見た目どおりな。私は“ガン・ファイター”、彼女と同じ所属だ」

おかしな名前を口走る男の顔を見るべく、あるいは父親以外の男が背後にいることに驚いて振り返ろうとしたとき、理沙は首の後ろに鈍痛を感じ、そのまま意識を暗闇に投じていた。どさっと崩れる理沙の体を壁にもたれかけ、ガン・ファイターと名乗る男は、震えながら下唇をかみ締める片瀬雄一郎へと体を向ける。

右と左にホルスターを下げ、両者に自慢の銃を収めている。四五口径の銃口を揺らすことなくしっかりと構え、雄一郎に一も二もなく、平伏させた。

「キャッツめ、肝心の片瀬博士を連れて行くことを忘れている。私もきてよかった」

「わ、私を連れて行くのか」

「そうだ。わかっていると思うが、我々は政府に頼まれ、ここにいる。警察に突き出すだの、誘拐だのという馬鹿なことは言うな」

ということはやはり、自衛隊の味方か。時間ばかりが過ぎていくと判断した政府が、特殊部隊を呼んで片をつけようとしたのだろう。そういえば、政府は密かに、雄一郎とは別の研究員を使い特殊能力を身に付けた人間兵士を作っている、と聞いたことがある。その成果が、彼らなのだろう。

「私を連れて行くというなら、それなりの覚悟が必要だぞ」

「覚悟?」

「そうだ。私にはおまえら特殊部隊よりも強い後ろ盾がいる。彼は私が連れて行かれたと知ったら、おまえら自衛隊をつぶしに行くだろう」

「……」

「彼の強さは本物だ、どんなに鍛え抜いたやつでも、彼には敵わない。悪いことは言わん、何もせずに帰ることだ。この件から手を引け」

「……」

「ほら、さっさと帰れ」

「……何のつもりだ?何の脅しにもならんぞ?」

「脅しではない、本当のことを言っただけだ」

「私はただ、おまえを本部へ連れ帰るだけだ。おまえの仲間がおまえを連れ帰しにくるなら、それでもいい。暇つぶしに困っていたところだしな」

雄一郎は脳をフル回転させて、逃げ道を捜したが、この石のような男には何を言っても通用しそうに無い。妻も娘も眠っている。頼るべき相手はどこにもいない、もしこの男についていけば、一体どうなるのだろうか。ここよりマシな場所につけるだろうが、受ける罰は酷い。チップについて根掘り葉掘り聞かれるに決まっている。

「チップは無いぞ、私はあのチップを持っていない」

「それは知っている。別のメンバーが動いている。何も心配することはない。おまえはただ、チップについての知る限りの情報を政府に提供するだけでいい。それまではおまえも、おまえの家族も生かしておく」

ふん、とそっぽ向く。雄一郎に何も言うことはなくなった。

ガン・ファイターは雄一郎を脇に抱え、キャッツと同じように外へと跳んだ。今度は恐怖に口を開いた雄一郎が悲鳴を上げた。

コンクリートは冷たく笑っていた。父親の悲鳴で目を覚ました母親と理沙、理沙は頭がぼんやりとしたが、無理にでも自らの体を起こし、駆けつけた母親と抱き合う。

「理沙、ああ、どこか痛いの?……ああ、どうしてこんなところに……」

「ママ、大丈夫よ。きっと、きっと、あの人が助けてくれる……」

「あの人?……理沙、パパのことはもう忘れなさい……パパは……」

「違うわママ。別の人よ、とっても頼りになる人」

母親にはさっぱりわからなかっただろう。だが、とろんと蕩ける娘の目つきに、何か悟ることがあったようだ。優しげに微笑む母親は、弱々しくも父親よりも頼もしい。

「ごめんね……ママ、あたし、ママと一緒にいれなくて……」

「一緒にいるわ……ここにいる……理沙、あれはうまく処理できたの?」

「うん。まあ、ね」

「なら、もう安心ね。ママと二人で、ママの実家に帰りましょう。パパの事なんか気にしなくていいのよ、ね?そうしましょう、理沙」

「ママ……」

理沙を抱きしめる母親の手には力がこめられる。二度と離すまいとするその母親の目には、熱いものが込みあがっていた。理沙も嗚咽を堪える。死ぬほど怖い思いをしたためでもなく、これから母の実家に帰り、幸せと呼べる日々を過ごせるからでもない。むしろ、逆である。

この先、片瀬雄一郎がチップの使用方法を伝えれば、それを悪用しようとするものにこの世は終焉を告げ、しかしその前に、チップの力が他に生産されないよう、チップに関するあらゆる情報をもった人物たちが殺される。実家に行ったとしても、政府が相手では無理だろう、どかどかと家にやってきて、銃声二発でことがすむ。なんて非道な。

生きる道はないのか、なぜ自分たちがこんな死に方をしなければならないのか、そのための涙であった。

頭をよぎる美影身に助けを乞うか、しかし、理沙は首を横に振る。悠馬は言ったのだ、他人を救おうとするなんて行為は自殺行為であり、救うのは自分だけだと。つまり、悠馬にとって他人だろうが、家族だろうが、とにかく自分とは一切関係のない存在なのだ。

そうは言っていないのだが、理沙は口を尖らせて、そんな非情なことを言う悠馬の姿を忘れようとした。どうしても忘れられないのはあの美貌のせいだとわかっている。くやしかった。

「あのう」

「!?」

あまりにも唐突に声をかけてきたものだから、仰天して声がでなかった。母親は耳を貫くような高い悲鳴をあげていた。おかげで、やって来たものは耳をふさぐはめになったが。

冷たい風を送ってくる窓枠から登場してくるものが多かったが、やっとまともに扉から登場した。それも、会いたいと願っていた人物が。

「悠馬さん!」

「理沙!?知り合いなの?」

ぱあっと顔を明るくした娘に、母親はしばし戸惑い、悠馬と理沙とを交互に見比べた。すぐに頬を赤くし、悠馬のほうに顔を向けられなくなってしまったが。

「ママ、この人!頼りになる人!」

「あのね、僕は正義のヒーローじゃないんだってば」

「知ってるわ、あなた自分しか守らないんでしょ?」

喜んでいいのやら、追い返したほうがいいのだろうか。理沙は反応に困ったが、悠馬はそんなことちっとも気にしていないようだった。扉を大きく開き、早く外へ出よう、と言った。

「何よ、ここに運んだのはあなたじゃないの?」

「自衛隊に見つかった。やっぱり、自衛隊は自衛ではなく攻撃を目的とした部隊だよ。やり口がセコイ」

「せ、セコイ?」

「どんなに小さくても、チップに関わったものは全員殺すと決めたらしい。このビルにも爆弾が仕掛けられてた」

「ば、爆弾!?」

「そうそ。だから木っ端微塵にならないうちに、早く逃げよう」

どこに爆弾が仕掛けられているのは知らないが、ここは悠馬に従って逃げるしかない。

外に出て、数十メートル先にある商店街にたどり着いたとき、重い音とともに熱風が頬を掠めていった。炎上するビルと悲鳴を上げて逃げ惑う人々を見たのはすぐ。今、まだあそこにいれば、間違いなく死んでいた。いや、政府は片瀬母子が死んだものと思っているだろう。だが、死ななかった。

「さ、もういいだろう。駅はすぐそこだし、少ししかないけど、これを使って」

「え、何これ?」

悠馬が手渡したのは何枚かの札が入った白い封筒だった。

「ここにいてはやつらが君らを見つけるだろう?君らは名前を変えて、慎ましく生きなさい」

「あ、あの」

「ああ、そうそう。言い忘れてたけどやつらのせいで君らの豪邸はボロボロ、戻ったって何も残っちゃいないから、戻らないほうがいい」

簡単な説明ですべてを伝え終えたような表情を浮かべる悠馬に、理沙は食って掛かった。

「待ってよ!これからどうしろって言うの?まさか、このまま、はい、さようなら?」

「そりゃあねえ。僕は君らの身を守るボディガードではないし、君らがいては仕事の邪魔になる」

「仕事って、あなたは隠すだけが仕事でしょ」

「もちろん」

「なら、なんであたしたちを助けてくれるの?」

「助けてないよ。ここから先は君たち次第だ。死ぬも生きるもね。依頼人をここまで送るだけさ」

「そう、依頼人をね。偉いじゃないの」

もやもやした気持ちが晴れず、なぜかすぐに駅のホームへ向かうことができない。やはり、政府があとから追いかけてくると不安があるのもあるが、何より、ここで悠馬と別れるというのが名残惜しい。性格の悪い見かけだけの男だと自分を言い聞かせても、それを肯定するだけの意識はない。理沙の心は本能のままに命令を出した。

「ママ」

「理沙、この方の好意に甘えましょう。さ、行きましょ」

「ママ、先に行って」

「っ?……何を言っているの……理沙、あなた今、なんて……」

「あたし、パパがどうなったか確かめてくる」

「そんな!あんな人のことなんて、もうどうでもいいのよ!あんな人忘れなさい、ママと一緒に実家に行きましょう」

「ダメよ、ママ。ママはあたしの大好きなママだけど、パパもあたしのパパだし」

「……理沙」

「心配しないで、ママ。平気よ、パパの死体でも拝んですぐママのところ行くから」

無言で首を横に振り、けれど理沙からずっと目を離せないでいる母親に満面の笑みを浮かべ、理沙は母親を急かした。無理やり切符を買い求め、背中を押し出す。

「待って、理沙!!待ちなさい!理沙!」

「……ごめんね、ママ。でも、絶対ママのところに行くから、待ってて。おじいちゃんとおばあちゃんと一緒に、ね?待ってて」

「理沙……」

娘の熱意に押されたか、結局母親は泣きながら、電車に乗っていった。何度も、待っていると告げて。悠馬にもよろしくお願いしますと頭を下げ、電車は走っていった。

「で?」

「えへ♪」

「知らないよ、僕は」

「あたしは依頼人なのよ、依頼人が殺されてもいいの?」

「そのために先払いでもらってる」

「ガード込みで頼めない?」

「頼めない」

さっと黒のロングコートを翻し、黒の影を伴って商店街へと戻っていく悠馬の姿を理沙は急いで追いかけた。

「お願い!お願いします!お代官様〜!!」

「いくら頼まれてもやらない。ガードマンならそこら辺の連中に声をかければ集まるよ」

「ゴロツキなんて、危ないじゃない。こんなか弱い乙女が犯されちゃうかもしれないのよ?あなた、責任とってくれる?」

「何で僕が」

「乙女を捨てようとするあなたが悪いのよ」

「この街じゃ生きていけないね、君は」

「生きてきたわよ、今まで」

「表だけね」

「裏もあるっての?なら、教えてよイイトコ紹介して」

「情報屋はあっちだよ」

「もう!」

どうやっても自分を連れて行く気がない悠馬に、理沙はとうとうさじを投げた。その場で地団駄踏み、大群衆がちらちらと視線を投げる中、大声でわめき散らす。

「いいわよ!あなたになんか頼まないわよ!どうせ、あんたみたいなひょろい男にガードマンなんか勤まると思ってないわよ!イーっだ!」

それだけ言い放つと、理沙は悠馬とは逆の方向に進行方向を変え、駆け出した。あんなことを言うつもりはなかったが、悠馬と離れる気はなかったが、言ってしまったものは仕方がない。どうしようかと考えあぐねる理沙は、ピンとひらめいた。ちょうどそれらしいことを副業にしている友人がいた。その人に頼むしかあるまい。

雑踏に消える理沙の後ろ姿を黙認しつつ、見えなくなると自分の手を見つめて悠馬は小首をかしげた。

「ひょろい……」

少々怒っているようにも聞こえるが、悠馬の表情を見る限りではそんな様子はまったくない。肩をすくめて、絶え間なく流れる人々の群れに紛れ込んだ悠馬の背中を、じっと凝視する者がいた。

空はすっかり暗闇が落ちている。月明かりも乏しく、星の数も少ない。デパートのきらびやかなネオンの光やら、商店街に連なる電球の数々、家々の明かりや街頭もあるが、人々の頭で前後見づらい。

常に動いている商店街のざわめきに邪魔されず、悠馬を捕らえたその視線は揺らぐことがなかった。


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