表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

57/129

33 次の狙い

 半壊した鍛冶屋ギルドの瓦礫をどけながら、地下に潜り込んでいたオイゲンが顔を出した。


「ダメじゃ……。炉は無事じゃが煙突が潰れておる。修復には数週かかるじゃろう」


 職人たちからため息が漏れた。命懸けで戦ったが、護り切れなかったか……。


「気を落とすな! 皆で力を合わせてさっさと復旧するんじゃ! 1階の炉も全滅しとるんじゃぞ? これじゃ商売あがったりじゃ!」


 おう! と職人たちが声を合わせた。厳しい戦いだったが、誰1人失わなかったことで士気は高い。


 辺りを見回しながら、オイゲンが尋ねた。


「聖騎士殿はどうした? おらんようじゃが?」


 若い職人が答えた。


「俺たちを術で治した後、街の者を治すために行かれました。なんと素晴らしいお方なのか……」


 職人一同が同調して、一斉にうなずいた。リィゼの行動に皆、感銘を受けていた。

 そんな中、体が一回り大きい若頭的なドワーフが口を開いた。


「ですが……フードから覗く顔が、リーム殿にそっくりで……。聖騎士様と聖剣の打ち手が同じ顔……これは偶然ですか?」

「む……それは……」


 言葉に詰まるオイゲンに変わって、ゴランが答えた。


「なぜなのかはワシにも分からん。分かっているのは、リィゼ殿にサノワとロアンを救われ、リーム殿の助言によりお前たちが戦いに慣れていたことだ。2人に感謝するなら、本人が理由を明かさぬ限り他言無用とせよ」


 はっ! 職人一同がゴランに向かって頭を下げた。




 アカべぇが小脇にお婆ちゃんを抱えて帰ってきた。肩に男の子2人と女の子1人を乗せている。もう! 小っちゃい子はともかく、お婆ちゃんが手荷物みたいなんだけど?

 アカべぇは、それなりに丁寧にお婆ちゃんをリィゼのそばに横たえた。


「まだ怪我した人がいたんだ。これで全部?」


 アカべぇはうなずいた。


「街の者すべての顔を確認して数えたので、間違いありませぬ。従者殿が潰れた家をひっくり返して探して下された」


 グステオの言葉に、リィゼはうなずいた。アカべぇは照れたのか、澄ました顔でそっぽを向いている。その頬や耳を、肩に乗った子供たちが楽しそうに引っ張っていた。


「お婆ちゃん、どこが痛い?」

「左足が……折れたようで……」

「わかった」


 リィゼは、左足に手をかざし、聖回復ホーリーヒールをかけた。


「あぁ……痛みがなくなって……ありがとうございます……」

「お礼なんていいよ。治ったはずだけど、しばらく無理しないで。……っていうか」


 リィゼが立ち上がった。振り返ると、通りをリィゼが命を救った街の人たちが埋め尽くしていた。皆、ひざまずいて手を合わせて祈っている。


「もう! 気にしないでって言ってるのに! 祈らなくていいから!」

「ですが、命を救われたのです。せめて感謝を……」


 リィゼの治療を手伝い、先頭で祈っていた若い男の言葉に、容赦のないリィゼの半目が炸裂した。


「みんな立ち上がって! 他にやることあるでしょ!? 聖回復ホーリーヒールじゃ、街は直らないよ!」


 おお……と、街の者たちが唸った。聖騎士様のおっしゃる通りだ……俺たちの手で街を元通りに……。勇気づけられたように、1人また1人と腰を上げていく。


 グステオがうなずいた。


「さすが聖騎士殿、見事な陣頭指揮ですな」

「そ、そんなつもりじゃ……」


 焦って振り返ったリィゼの顔を、グステオがのぞき込んだ。


「はて? 最初から気になっていたのだが、聖騎士殿はワシの知る娘によく似ておる……」

「そ、そんなことないよ、気のせい気のせい!」


 リィゼは慌てて、フードを目深に引っ張った。


「そうかのう……」


 取り繕うリィゼをよそに、ピンクのクマが肩に乗っていた子たちをお手玉してあやしていた。足下にも幼い子たちが群がり、すっかり人気者だ。


「アカべぇ……人嫌いのくせに、子供には優しいんだ」


 リィゼの言葉に、アカべぇは大口の牙を見せてニヤッと笑った。


(そっか……勇者を陥れた大人たちとは違うよね。……いくつから、人はヒドいことをするようになるんだろうね)


 体操クラブの子たち、聖騎士学園の子たち、色んな顔が思い浮かんだ。競争が始まると、イヤなことをする子が増えていく気がする。

 打ち消すように、アメリアの顔や、オーデンの孤児院の子たちの顔が浮かんだ。


(けど、いい子もいっぱいいるよ、アカべぇ)


 自分の命令を守り、街を救った人嫌いのピンクのクマを、リィゼは優しく見つめた。



  ◆  ◆  ◆



 巨大な蜥蜴とかげが、はち切れんばかりのお腹を抱えていびきを轟かせる中、リィゼが鍛冶屋ギルドに戻ってきた。


「おお! リィゼ様!」

「聖騎士様!」


 瓦礫を片付ける手を止めて、職人たちが駆け寄ってくる。

 リィゼは照れて困ったが、職人たちはお構いなしだ。手を合わせながら、頭を下げながら、口々に感謝の意を伝えた。


「い、いいって、いいって! それより、ちゃんと狩りに出て鍛えてたんだね。戦斧がすごく様になってたよ」


 職人たちが、皆押し黙った。


「どうしたの?」


 戸惑うリィゼの元に、職人たちを押しのけてオイゲンがやってきた。


「リィゼ殿、なぜそのことを知っておるのじゃ? その助言はリーム嬢ちゃんにされたものじゃぞ?」

「あっ!」


 ものすごく大きな声が出た。


「リ、リームから聞いたの! 仲好しだから! みんなに鍛冶のこと教えたって言ってた!」


 両手を振って必死に誤魔化すリィゼに、奇跡のような魔法で皆を救った聖騎士の威厳はなかった。フードの下の口元と首が真っ赤になっている。


 職人たちは確信した。リィゼ様はリーム殿なんだと。エルフとドワーフ、種族は違えど、心は同じ。なぜなのかは分からないが、きっとそうなのだと。


 オイゲンがリィゼの動揺を助けるように、ガハハと笑った。


「ええんじゃ、ええんじゃ、深くは聞かん。ゴラン様に止められておるしの。リィゼ殿に、リーム嬢ちゃん、2人も頼もしい子が現れて、街が救われた。感謝しておるんじゃ」


 うんうん、と職人たちがうなずいた。

 そういえば、ゴランの姿が見当たらない。


「ゴランのおじさんはどこ?」

「ん? そこにおるが?」


 オイゲンが視線を向けた瓦礫の陰に、ゴランが難しい顔で立っていた。


「ずっと、何かを考え込んでおられての」

「ふうん……」


 リィゼは職人の壁をすり抜けて、ゴランの顔をのぞき込んだ。


「傷が痛む? もう1回、聖回復ホーリーヒールかけようか?」


 心優しき聖騎士の言葉に、ゴランはしかめ面を解いた。


「いや、そうではない。炉の修理に時間がかかりそうなのでな」

「かかるとまずいの?」

「聖剣を打つまでに、次の“闇の雫”が落ちるやもしれん」

「そっか……こんなところまで飛んでくるとは思わなかったしね」

「そこだ。それが気がかりなのだ」


 ゴランの語気にただならぬものを感じ取ったオイゲンが、にじり寄った。


「と、言いますと?」


 職人たちも皆、ゴランを見ている。

「布令を出すまで、これも他言は無用だ」そう前置きしてゴランが続けた。


「散発的に“闇の大穴”周辺に落ちていた“闇の雫”が、今や街の真ん中を狙って的確に落ちておる。最初が、監視砦を支えるにサノワ。続いて、聖剣の炉があるロアン。その飛距離の伸びと方角を考えれば、次に狙うのは――」


「あっ」


 リィゼの顔が青くなった。それを見て、オイゲンも察した。


「まさか、次の狙いは――」


 ゴランの隻眼が無言で答えた。


 ――公都ハーバル。


 ネイザー公国最大の街に“闇の雫”が落ちる。


 海辺の街を行き交うたくさんの人たちや、聖騎士学園のみんなが、血みどろの戦いに巻き込まれてしまう。


 リィゼの体がこわばった。


(そんなことさせない、絶対に守る)


 だが、ハーバルの街は広い。誰も死なせぬまま、“闇の雫”を退けることが出来るのか?

 きゅっと握られたリィゼの手が、少し震えた。

【次回予告】

魔族の次の標的が判明し、ゴランとリーゼはどうする!?


【大切なお願い】

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

 応援して下さる方、ぜひとも

 ・ブックマークの追加

 ・評価「★★★★★」

 を、お願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ