33 次の狙い
半壊した鍛冶屋ギルドの瓦礫をどけながら、地下に潜り込んでいたオイゲンが顔を出した。
「ダメじゃ……。炉は無事じゃが煙突が潰れておる。修復には数週かかるじゃろう」
職人たちからため息が漏れた。命懸けで戦ったが、護り切れなかったか……。
「気を落とすな! 皆で力を合わせてさっさと復旧するんじゃ! 1階の炉も全滅しとるんじゃぞ? これじゃ商売あがったりじゃ!」
おう! と職人たちが声を合わせた。厳しい戦いだったが、誰1人失わなかったことで士気は高い。
辺りを見回しながら、オイゲンが尋ねた。
「聖騎士殿はどうした? おらんようじゃが?」
若い職人が答えた。
「俺たちを術で治した後、街の者を治すために行かれました。なんと素晴らしいお方なのか……」
職人一同が同調して、一斉にうなずいた。リィゼの行動に皆、感銘を受けていた。
そんな中、体が一回り大きい若頭的なドワーフが口を開いた。
「ですが……フードから覗く顔が、リーム殿にそっくりで……。聖騎士様と聖剣の打ち手が同じ顔……これは偶然ですか?」
「む……それは……」
言葉に詰まるオイゲンに変わって、ゴランが答えた。
「なぜなのかはワシにも分からん。分かっているのは、リィゼ殿にサノワとロアンを救われ、リーム殿の助言によりお前たちが戦いに慣れていたことだ。2人に感謝するなら、本人が理由を明かさぬ限り他言無用とせよ」
はっ! 職人一同がゴランに向かって頭を下げた。
アカべぇが小脇にお婆ちゃんを抱えて帰ってきた。肩に男の子2人と女の子1人を乗せている。もう! 小っちゃい子はともかく、お婆ちゃんが手荷物みたいなんだけど?
アカべぇは、それなりに丁寧にお婆ちゃんをリィゼのそばに横たえた。
「まだ怪我した人がいたんだ。これで全部?」
アカべぇはうなずいた。
「街の者すべての顔を確認して数えたので、間違いありませぬ。従者殿が潰れた家をひっくり返して探して下された」
グステオの言葉に、リィゼはうなずいた。アカべぇは照れたのか、澄ました顔でそっぽを向いている。その頬や耳を、肩に乗った子供たちが楽しそうに引っ張っていた。
「お婆ちゃん、どこが痛い?」
「左足が……折れたようで……」
「わかった」
リィゼは、左足に手をかざし、聖回復をかけた。
「あぁ……痛みがなくなって……ありがとうございます……」
「お礼なんていいよ。治ったはずだけど、しばらく無理しないで。……っていうか」
リィゼが立ち上がった。振り返ると、通りをリィゼが命を救った街の人たちが埋め尽くしていた。皆、ひざまずいて手を合わせて祈っている。
「もう! 気にしないでって言ってるのに! 祈らなくていいから!」
「ですが、命を救われたのです。せめて感謝を……」
リィゼの治療を手伝い、先頭で祈っていた若い男の言葉に、容赦のないリィゼの半目が炸裂した。
「みんな立ち上がって! 他にやることあるでしょ!? 聖回復じゃ、街は直らないよ!」
おお……と、街の者たちが唸った。聖騎士様のおっしゃる通りだ……俺たちの手で街を元通りに……。勇気づけられたように、1人また1人と腰を上げていく。
グステオがうなずいた。
「さすが聖騎士殿、見事な陣頭指揮ですな」
「そ、そんなつもりじゃ……」
焦って振り返ったリィゼの顔を、グステオがのぞき込んだ。
「はて? 最初から気になっていたのだが、聖騎士殿はワシの知る娘によく似ておる……」
「そ、そんなことないよ、気のせい気のせい!」
リィゼは慌てて、フードを目深に引っ張った。
「そうかのう……」
取り繕うリィゼをよそに、ピンクのクマが肩に乗っていた子たちをお手玉してあやしていた。足下にも幼い子たちが群がり、すっかり人気者だ。
「アカべぇ……人嫌いのくせに、子供には優しいんだ」
リィゼの言葉に、アカべぇは大口の牙を見せてニヤッと笑った。
(そっか……勇者を陥れた大人たちとは違うよね。……いくつから、人はヒドいことをするようになるんだろうね)
体操クラブの子たち、聖騎士学園の子たち、色んな顔が思い浮かんだ。競争が始まると、イヤなことをする子が増えていく気がする。
打ち消すように、アメリアの顔や、オーデンの孤児院の子たちの顔が浮かんだ。
(けど、いい子もいっぱいいるよ、アカべぇ)
自分の命令を守り、街を救った人嫌いのピンクのクマを、リィゼは優しく見つめた。
◆ ◆ ◆
巨大な蜥蜴が、はち切れんばかりのお腹を抱えていびきを轟かせる中、リィゼが鍛冶屋ギルドに戻ってきた。
「おお! リィゼ様!」
「聖騎士様!」
瓦礫を片付ける手を止めて、職人たちが駆け寄ってくる。
リィゼは照れて困ったが、職人たちはお構いなしだ。手を合わせながら、頭を下げながら、口々に感謝の意を伝えた。
「い、いいって、いいって! それより、ちゃんと狩りに出て鍛えてたんだね。戦斧がすごく様になってたよ」
職人たちが、皆押し黙った。
「どうしたの?」
戸惑うリィゼの元に、職人たちを押しのけてオイゲンがやってきた。
「リィゼ殿、なぜそのことを知っておるのじゃ? その助言はリーム嬢ちゃんにされたものじゃぞ?」
「あっ!」
ものすごく大きな声が出た。
「リ、リームから聞いたの! 仲好しだから! みんなに鍛冶のこと教えたって言ってた!」
両手を振って必死に誤魔化すリィゼに、奇跡のような魔法で皆を救った聖騎士の威厳はなかった。フードの下の口元と首が真っ赤になっている。
職人たちは確信した。リィゼ様はリーム殿なんだと。エルフとドワーフ、種族は違えど、心は同じ。なぜなのかは分からないが、きっとそうなのだと。
オイゲンがリィゼの動揺を助けるように、ガハハと笑った。
「ええんじゃ、ええんじゃ、深くは聞かん。ゴラン様に止められておるしの。リィゼ殿に、リーム嬢ちゃん、2人も頼もしい子が現れて、街が救われた。感謝しておるんじゃ」
うんうん、と職人たちがうなずいた。
そういえば、ゴランの姿が見当たらない。
「ゴランのおじさんはどこ?」
「ん? そこにおるが?」
オイゲンが視線を向けた瓦礫の陰に、ゴランが難しい顔で立っていた。
「ずっと、何かを考え込んでおられての」
「ふうん……」
リィゼは職人の壁をすり抜けて、ゴランの顔をのぞき込んだ。
「傷が痛む? もう1回、聖回復かけようか?」
心優しき聖騎士の言葉に、ゴランはしかめ面を解いた。
「いや、そうではない。炉の修理に時間がかかりそうなのでな」
「かかるとまずいの?」
「聖剣を打つまでに、次の“闇の雫”が落ちるやもしれん」
「そっか……こんなところまで飛んでくるとは思わなかったしね」
「そこだ。それが気がかりなのだ」
ゴランの語気にただならぬものを感じ取ったオイゲンが、にじり寄った。
「と、言いますと?」
職人たちも皆、ゴランを見ている。
「布令を出すまで、これも他言は無用だ」そう前置きしてゴランが続けた。
「散発的に“闇の大穴”周辺に落ちていた“闇の雫”が、今や街の真ん中を狙って的確に落ちておる。最初が、監視砦を支えるにサノワ。続いて、聖剣の炉があるロアン。その飛距離の伸びと方角を考えれば、次に狙うのは――」
「あっ」
リィゼの顔が青くなった。それを見て、オイゲンも察した。
「まさか、次の狙いは――」
ゴランの隻眼が無言で答えた。
――公都ハーバル。
ネイザー公国最大の街に“闇の雫”が落ちる。
海辺の街を行き交うたくさんの人たちや、聖騎士学園のみんなが、血みどろの戦いに巻き込まれてしまう。
リィゼの体がこわばった。
(そんなことさせない、絶対に守る)
だが、ハーバルの街は広い。誰も死なせぬまま、“闇の雫”を退けることが出来るのか?
きゅっと握られたリィゼの手が、少し震えた。
【次回予告】
魔族の次の標的が判明し、ゴランとリーゼはどうする!?
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