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32 付与(エンチャント)

 巨大ムカデの4本の鎌が鍛冶屋ギルドを貫いた。陥没した屋根の瓦礫が、ゴランと数人の職人もろとも建物の中へ落ちていく。


「ゴラン様ーっ!」


 屋根に空いた大穴からオイゲンが叫ぶが、返事はない。

 そうしている間にも、巨大ムカデが再び鎌を構えた。もう一撃喰らえば、鍛冶屋ギルドは完全に瓦解してしまうだろう。そうなれば、ゴランの命も……


「おのれ、そうはさせぬぞ」


 オイゲンが戦斧を構えた。一歩も引かぬ覚悟だが、名の通った騎士でもあるゴランが受け止めきれなかった4本の巨大な鎌を、老鍛冶屋に阻止できるわけがない。命と引き換えに少しでも威力を弱め、ゴランと聖剣の炉を守る心づもりだ。オイゲンは鎌が振り下ろされる時を待った。


 だが、その鎌はオイゲンに届かなかった。一文字に広げたピンクの両腕が、全てを受けきったのだ。


「従者殿!」


 オイゲンの前に、アカべぇが仁王立ちしていた。元マッドベアに相応しい凶相で、巨大ムカデを睨みつけている。両腕からは、わずかながら血が流れ落ちていた。


「アカべぇ! そのまましばらく受け切って!」


 ウガ? 空を見上げると、緑の上着をはためかせてあるじが降ってきた。そのまま屋根の大穴に飛び込み、ホコリの中に消えていく。風でフードがめくれて、顔はすっかり見えていた。


 俄然やる気が出たアカべぇは、鎌をはねのけ両手を頭上でクロスさせた。血まみれ台風ブラッディハリケーンだ! 本日何度目か分からないが今回は気合いが違う。全身から真っ赤な(ブラッディ)オーラが吹き出した。


 高々とジャンプしたピンクのクマが、きりもみしながら巨大なムカデの4本の腕を切り刻んでいく。腕がバラバラになった巨大ムカデは怯むが、通りから押し寄せたムカデたちが群がり、黒い液体となって再び腕を形成していった。


 アカべぇは、フンと鼻を鳴らすと、「ならば、とことん切り刻むまで」とばかりに巨大ムカデに爪の嵐を浴びせていった。




「今のは……リーム嬢ちゃんか?」


 あの眼差しと顔立ちは、明らかに見知ったドワーフの娘だ。だが、耳が尖っていたし、髪もピンクではなく金色だった。オイゲンは戸惑いながらも、穴に向かって叫んだ。エルフであれば、それは……


「聖騎士殿かーっ!? ゴラン様はどうなっておるーっ!」


 ホコリの底から声が返ってきた。


「大丈夫、息がある! 助ける!」

「おお! 感謝じゃ!」


 声を返しながら、声までリームに似ておるとオイゲンは思うのだった。




 ゴランの怪我は、鎌の痕が体の半分にまで達する重傷だった。


「そな……たは……リー……ム?」


 口を動かす度に、血がゴボゴボとあふれた。


「喋らないで、今助ける」


 右手を傷口にかざし、今日何度目か分からない聖回復ホーリーヒールをかけた。

 金色の光が傷を癒し、ゴランの目に生気が戻った。


「おぉ……まさか、あの傷が完治とは……。これほどの聖回復ホーリーヒールはリィンでも使えなかった」

「そうなの?」


 キョトンとするリィゼに、ゴランは尋ねた。


「そなたは……なぜリームにそっくりなのだ?」

「え? あっ! フードが! なし! なし! 見なかったことにして!」


 慌ててフードを被るリィゼの仕草に、ゴランは新たな聖騎士が見た目通りの子供であることを悟った。そして、聖騎士リィゼと、聖剣の打ち手であるリームが同じ顔を持ち、おそらく聖騎士学園に通うリーゼも同じ顔なのであろうことも察した。


(一心同体とも言える……とは、このことか)


 ゴランは、いつぞやのエリオの言葉を思い返していた。


 周りには、まだ傷ついた鍛冶職人たちが倒れている。リィゼは両手を頭上に掲げて、今日3度目の範囲聖回復エリア・ホーリーヒールを唱えた。

 金色のサークルから降り注ぐ光が、鍛冶屋ギルド一帯を覆い、倒れた鍛冶職人たちを一気に癒していく。


「続いていくよ! 範囲聖なる剣エリア・ホーリーソード!」


 鍛冶職人たちの戦斧が、金色に輝いていく。サノワの村で最上位の魔族(アークデーモン)の分身を倒した光だ。


「おお……これは、リィン様の剣の輝き……いや、それより強い……」


 オイゲンが、己の斧の輝きに戸惑いながらも、懐かしさを覚える中、リィゼが声を上げた。


「オイゲンお爺ちゃん! 聖属性付与したから、みんなでムカデを倒して!」

「よしきたぁあぁぁぁ!」


 オイゲンと職人たちが一斉に立ち上がった。黄金の斧を手に巨大ムカデの体に取りついていく。振り下ろされた斧が次々と巨大ムカデの体に食い込み、金色の光が固い殻の内部に放たれた。


 巨大ムカデが、耳をつんざくような悲鳴を上げた。

 その叫びが鍛冶職人たちの士気をさらに高め、ますます斧が振るわれていく。


 そして、トドメとばかりにピンクのクマが金色の爪をクロスさせて構えた。範囲聖なる剣エリア・ホーリーソードはブラッディブレイブベアの力も向上させていたのだ。


 ピンクのクマが宙を舞った。黄金の爪を十字に振り下ろし、巨大ムカデの頭を首から切り離した上で、真っ二つに切り裂いた。断面から発した金色の輝きが頭部を無に帰していく。


 首から上を失った巨大ムカデが、地響きを上げて地面に倒れ伏した。もうあとは、鍛冶職人たちの斧が黒い巨体を滅するだけだ。




 同じころ、巨大液魔(スライム)と巨大蜥蜴(とかげ)の戦いも雌雄を決していた。


 皮膚を焼かれ、体を溶かされていたグレープだが、液魔スライムを飲み込むほどに傷が治癒し、やがて、解けるよりも早く体が大きくなり始めた。

 溶かし切る前に飲み干されると悟った液魔スライムは、逃げだそうと身をよじるが、肥大化した蜥蜴とかげの巨体から逃れる術はなく、あえなく全て飲み込まれていった。


 ゲーーップ。


 街中に下品な音が響き渡った。こんな音が勝ちどきの声とは締まらないが、液魔(スライム)が消滅したことに街中の人たちは歓声を上げた。


 戦いは終わった。


 ロアンの街は、新たに飛来した“闇の雫”に勝ったのだ。


【次回予告】

戦いのあと、対面したゴランとリィゼは何を語るのか?


【大切なお願い】

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

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