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31 乱戦2

 鍛冶屋ギルドの手前の通り。果敢に戦うゴランとオイゲンを、黒いムカデの大群が押しつぶそうとした――その瞬間、肉塊に変わったのはゴランとオイゲンではなく、ムカデどもだった。分断された胴が、鎌が、脚が、黒い血の竜巻と共に巻き上がる。


 グオォオォォォォ!


 黒い血煙の真ん中で、ピンクのクマが咆哮を上げていた。


淡紅色たんこうしょくのブラッディベア! 聖騎士の従者殿か!」


 ゴランへの返事の代わりに、ピンクのクマはシッシッと手であっちへ行けをした。その間にも無数の鎌が迫るが、あっさりと両手の爪ではじき返して、肉片へと変えていく。


「ありがたい! ここは従者殿に任せてギルドを守るぞ!」

「ブラッディベアが味方とは! なんと頼りになるんじゃ!」


 ゴランとオイゲンが踵を返して、鍛冶職人たちが奮闘するギルドへと駆け戻っていった。




「あ、ああ……聖騎士様……」


 グステオの震える声に、街の人を治癒するリィゼが振り返った。その視線の先に見えたのは――


 建物の向こうで盛り上がっていく巨大な黒い液魔スライム。まるで、生きた水が押し出されて隆起していくかのようだ。その大きさは、オーデンの天聖教会より大きく、10階建ての建物ほどもある。


「何て大きさだ……あれでは、人など一瞬で……」


 震えるグステオにリィゼが告げた。


「大丈夫、私の従者が何とかする。それより、次の重傷者は?」

「は、はっ、あちらにも倒れております!」




 巨大な液魔スライムの正面――といっても、どこが正面か分からないが、液魔スライムがズルズルと進んでいた方向に、巨大な四角い光が現れた。

 四角い光は、扉のように開いたかと思うと一瞬でかき消え、あとには液魔スライムに負けない大きさの蜥蜴とかげが残された。


 巨大な蜥蜴とかげは、液魔スライムをジロリと見据えると、恐竜のような大口の周りを長い舌でなめ回した。液魔スライムがエサにしか見えてないらしい。


 液魔スライムが、アメーバーのように体の四方から触手を伸ばし、蜥蜴とかげの四肢と首に巻き付いた。そこから、シュウシュウと白い煙が上がっていく。酸で溶かされているのだ。


 キアァアァァァァ!


 蜥蜴とかげが苦悶の咆哮を漏らした。


「グレープ!」


 思わず、リィゼが叫んだ。業火の精霊(ヘルサラマンダー)がそんな声を上げるなんて、信じられない。この世界の上限といわれる40を優に越えるレベルなのに。


 巻き付かれた触手に構うことなく、グレープが突進した。動きの鈍い液魔スライムは反応することが出来ず、易々と組み付かれた。グレープはすかさず、大口で噛みつく。

 電撃を受けたように液魔スライムの体が飛び跳ねた。食い込んだ牙を引き剥がそうと触手が絡みつくが、グレープは構わず、ゴクリゴクリと喉を鳴らして液魔スライムを飲み込んでいく。反撃とばかりに、液魔スライムはグレープの体をゼリー状の体で包んだ。赤黒く変色し、一気に酸を分泌する。熱した岩に水をかけたかのような白煙が立ち上った。


 業火の精霊(ヘルサラマンダー)が飲み干すのが先か、巨大な液魔スライムが溶かすのが先か、命を賭けた勝負だ。


(大丈夫、グレープは負けない)


 リィゼは重傷者に向き直ると、聖回復ホーリーヒールをかけた。




 アカべぇには絶え間なくムカデの群れが襲いかかっていた。正面からだけではなく、建物の壁から、屋根から、逃げ場をふさぐようにカマの雨を降り注ぐ。

 アカべぇは、小ざかしいとばかりに鼻をフン! と鳴らすと、コマのように回転して爪を振るった。ムカデの体が、ミキサーにかけたようにバラバラになっていく。


 だが、アカべぇは気づいていなかった。切り刻んだムカデの体が液体に戻り、1つの場所に集まっていることを。幾筋もの黒い液流が重なり、アカべぇの背後で大きなこぶを作っていった。


 ウガ?


 振り返ると、こぶは巨大なムカデに姿を変えていた。その大きさは、グレープが対している液魔スライムに匹敵するほどだ。


 巨大なムカデは攻撃することなく背を向け、鍛冶屋ギルドへ向かっていく。アカべぇは焦った。巨大ムカデを倒したいが、正面からはムカデの大群が変わらず押し寄せてくる。


 ウガーーーッ!


 アカべぇが警告の咆哮を発した。


 鍛冶屋ギルドの屋根で戦っていたゴランが目を向けると――そこには、天を衝くようなムカデが、4本の鎌を構えてうごめいていた。

 そんな鎌を振り下ろされたら、ゴランの命は聖剣の炉共々砕け散る。


「……よかろう、我が命、奪えるものなら奪ってみよ!」


 万事休すだというのに、ゴランの口端が不適に上がった。




「聖騎士様、巨大なムカデが!」


 リィゼの治療を手伝っていた若い男が、通りの先を指した。


 グレープが戦っている広場から少し離れた場所に、いつの間にか新手の巨大な魔物が現れている。液魔スライムもそうだが、なぜか鍛冶屋ギルドに向かっている気がする。


「だ、大丈夫……鍛冶屋のみんなだって強くなってるはず。戦うことも大事って言ってあるから。アカべぇもいるし、持ち堪えてくれる」

「リィゼ様ーっ! 重傷者を運んで参りましたぞ!」


 怪我人を2人も背負ったグステオが通りを駆けてくる。その後ろに、手分けして怪我人を運ぶ街の人たちが大勢続く。


「この周りに寝かせますんで、先ほどの凄い魔法で応急処置を! あとは高位回復薬ハイポーションで命を繋ぎますんで、行ってくだせぇ!」

「うん! わかった!」


 リィゼは空に向かって両手を掲げた。


範囲エリア……」


 光の円盤サークルが怪我人たちを包む。見上げるグステオたちは、これこそ街を救う聖なる光だと感じた。


聖回復ホーリーヒール!」


 金色のヴェールが降り注ぐ。


「魔物なんかに負けない! 行ってくる!」


 聖騎士の少女は、緑の上着の裾をはためかせると、鍛冶屋ギルドに向けて駆け出した。鎧を身につけているとは思えない速さで――。


【次回予告】

出現した巨大な魔物2体との対決の行方は? 聖騎士リィゼがいよいよ剣を振るいます。多分……


【大切なお願い】

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

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