28 聖剣の炉
2026年 7月20日 第2稿として大幅リライト
辺境の街ロアンにある鍛冶屋ギルドは、今日も活気にあふれています。屈強な鍛冶職人たちが赤熱した鉄を打ち、剣を鍛えているのです。目指すのは、見事なミスリルの短剣をたった一夜で鍛え上げたリームの神業です。小さな体で身の丈を超えるハンマーを振り上げ、閃光のごとく打ち下ろした、あの鮮烈にして苛烈な一撃――。職人たちは誰もが、その境地に少しでも近づこうと腕を磨いています。
そんな鍛冶屋ギルドの扉を、マントを羽織った逞しい男がくぐりました。
「そろそろ来るころと思っておりましたぞ」
そう言うと、ギルド長のオイゲンはハンマーを振り下ろす手を止めました。
「随分活気があるではないか、オイゲン」
ゴランは部屋の中程にある作業台へずかずかと歩み寄り、山と置かれた剣の中から1本を無造作に取り上げました。
「……いい出来だ。ただのブロードソードのくせに、名のある剣のごとき輝きがある」
「リームの嬢ちゃんのおかげで、職人の目の色が変わりましたからのう。高き頂きこそ、職人を育てますじゃ」
「昔のワシでは、低すぎたか!」
ゴランが肩を揺らして、豪快に笑いました。
「ゴラン様より高い目標があるとは、思いもしませんでしたからな。皆、寸暇を惜しんでハンマーを振るっております。寿命の短い人族の者は特にのう」
「人とは不憫よな……ドワーフの半分も寿命がない。その辺りが、亜人を虐げる根源かもしれんな」
「小賢しさでは、人に敵いませんて」
「うむ……短い命だからこそ、到達できる極みがあるはずなのだがな」
ギルドの扉が勢いよく開かれました。大きなイノシシそっくりな獲物を、4人の職人たちが担いで入ってきます。
「どうだ、見ろ! このでっかいワイルドボア! 今日の獲物だ!」
剣を打っていた職人たちが、呆れた笑みで迎え入れました。
「もう冒険者に鞍替えした方がいいんじゃねぇか?」
「そう言うお前も、この間、グレイウルフを狩ってたじゃねぇか」
「ヘッ! リーム殿の言うとおり、鍛冶屋ってのは自ら剣を振るわねぇとな。使い手の心を分かってこその鍛冶屋よ!」
「うまいメシにもありつけるしな!」
作業場がどっと沸きました。人もドワーフも分け隔てなく笑い合っています。ゴランも共に笑いました。種族を越えた気の置けない間柄は、ゴランの理想とするものなのです。
オイゲンが顎から伸びた白い髭をさすりました。
「して、今日の用向きは? 様子を見に来ただけではあるまいて」
すでに理由を察しているかのような口ぶりに、ゴランの隻眼に鋭さが戻りました。
「ハイミスリルの目処が立った。地下の高炉に火を入れるぞ」
予期したとおりの答えです。オイゲンが大きな白い歯をむき出しにして笑いました。
「御意じゃ。また嬢ちゃんの神業が見られるとは、楽しみじゃのう」
ワイルドボアの恵みに湧いていた職人たちも、いつの間にか息を飲み、ゴランとオイゲンに注目しています。
高炉に火を入れてハイミスリルを溶かす――ついに、聖剣を打つ時が来たのです。
オイゲンは職人1人1人の顔を確かめると、檄を飛ばしました。
「名の残る数々の聖剣を生み出してきた由緒ある炉じゃ、慎重に火を起こせよ!」
職人たちがそろって、「おう!」と腹の底から響く声で応えました。
◆ ◆ ◆
聖騎士学園は、お昼休みの時間です。
学園の中庭には大きな噴水があり、その周囲を囲むように花壇やベンチが設けられています。心地よい水音と色鮮やかな花々に安らぎを求め、昼食を楽しんだり、友人との会話に花を咲かせる生徒も少なくありません。噴水の中央には清らかな聖天使の像がたたずみ、穏やかな眼差しで生徒たちを見守っています。
どこに行ってもあるなぁ――。噴水と向き合うベンチに座るリーゼは、そんなことを思いながら半目でパンをかじりました。以前いたオーデンもそうでしたが、教会と宗教がすごく信じられています。これといって信じる神のないリーゼには、なかなか理解できないことです。
「リーゼ、見てて。いくよ」
ベンチの上に敷いたハンカチにパンを置いて、アメリアが花壇の前でしゃがみました。しおれた1輪の花に向かって両手をかざします。その手が、ボウッと金色の光に包まれました。
「聖回復!」
うなだれていた花がみるみると生気を取り戻し、艶やかな花びらを広げました。
「すごい! お花にも効くんだ」
「やったことない?」
「うん」
しまった――。素直に返事をしてしまったリーゼは、慌てて両手を振りました。
「って、聖回復使えないし」
「そ、そっか。つい、リィゼ様と一緒にしちゃった」
アメリアは、恥ずかしそうに小さな舌を出しました。どうやらリーゼを試したのではなく、ただ素直に尋ねただけだったようです。リーゼもつい本当のことを口にしてしまいました。
気恥ずかしそうに2人は顔を見合わせると、どちらからともなく笑みをこぼしました。
「汚れた水をきれいにしたりとか、いろいろできるよ」
「そっか、意外と便利な魔法なんだね」
「うん。それにね……」
アメリアは別の花の前でしゃがむと、また両手をかざしました。
「聖回復!」
さっきと同じように、しおれた花がたちまち元気になります。
「ほら、2回使えるようになったの!」
「すごい! 魔力量が上がったんだ!」
「うん! がんばれば、もう1回いけるよ。倒れちゃうけど」
「無理しなくていいよ。回復薬飲むと元気になりすぎるから」
「リーゼの薬が強すぎるんだよ」
それは――そうみたいです。アメリアのお母さんもビックリしていました。
「フン、2回出来たから何だというの?」
花壇に向かってしゃがみ込むリーゼとアメリアの後ろに、いつの間にか1人の少女が立っていました。身にまとうのは、高貴な意匠があしらわれた制服です。2人を見下すように冷たい視線を向けているのは――。
「シャルミナ様!」
慌ててアメリアが立ち上がり、頭を下げました。
「治癒できるのが1人から2人になっただけじゃない。大差ないわ」
むっとして、リーゼも立ち上がりました。
「校庭1周走るのが精一杯だった子が、2周できるようになったって事なんだけど?」
「だからなんだというの?」
「大きな進歩だってこと。このまま練習を続ければ、3周、4周って増えていく。それって凄いことだよね?」
「この……生意気な……」
アメリアが慌てて、リーゼの口を両手でふさぎました。
「リ、リーゼ! 姫様にそんな言葉遣いしちゃダメ!」
「学園じゃ、同じ生徒だから」
「そうだけど……」
「身分の差をわきまえぬ不届き者め。学園の中であろうと、不敬罪で牢に入れることも出来るのだぞ?」
「そうやって身分の差をひけらかすのってキライ。そんなんじゃ仲良くできないよ」
「仲良く? お前とか? 笑わせるな。なれもしない聖騎士など諦めて、商人の娘らしく店で金でも数えていろ」
シャルミナが睨みますが、リーゼは一歩も引きません。大きな黒い瞳で見返します。
「あわわわ……」
アメリアは2人を交互に見ながら、あたふたするしかありません。
リーゼは聖騎士になれないどころか、いつでもなることが出来ます。けれど、絶対に口にしません。きっと、この子の大切な何かを壊してしまうから――。
王家の威光にひるまないリーゼに業を煮やしたシャルミナは、舌打ちを残して立ち去っていきました。
(仲良くなれればいいのに……)
遠ざかるシャルミナの背中を見つめながら、リーゼは胸の内でそう願うのでした。
◆ ◆ ◆
突然のことでした――。
鍛冶屋ギルドの窓が暗くなり、作業場がたちまち真夜中のような闇に包まれたのです。炉の炎だけが赤々と浮かび上がっています。
「なんじゃ? 日暮れには早いが?」
首を傾げるオイゲンのそばを、ゴランが足早にすり抜けました。
「ゴ、ゴラン様?」
ただならぬ様子に、オイゲンたちも後を追います。
外へ出ると、陽の光が消えていました。頭上を仰いだ彼らの目に映ったのは、空一面を覆い尽くす巨大な黒い球体です。――それは落下するというより、街を押しつぶすかのようにゆっくりと迫ってきます。
ゴランが息を飲みました。
「バカな……“闇の雫”だというのか……こんなところまで」
「なんて大きさじゃ……」
オイゲンも狼狽を隠せません。まるで“闇の大穴”そのものが飛来してきたかのようなのです。
ゴランは、はっとしました。
「狙いは聖剣の炉か! おのれ……」
これまでの“闇の雫”は、“闇の大穴”の周辺に降り注いできました。そこに意志は感じられず、散発的な火山の噴火のようなものでした。
ですが今、目の前に落ちようとしている巨大な“闇の雫”からは、新たな聖剣を潰そうという明確な意志を感じます。
そう――魔族は、ネイザー公国への侵攻を始めたのです。
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