28 聖剣の炉
辺境の街ロアンにある鍛冶屋ギルドは、今日も賑やかだ。屈強な鍛冶職人たちが、立ち並ぶ炉に鉄をくべ、剣を鍛えていく。皆の目標は、見事なミスリルの短剣を一夜で仕上げたリームの神業。小さな体で、身の丈よりも大きなハンマーを閃光のごとき速さで振り下ろした。あの鮮烈さ、苛烈さ、少しでもあの域にたどり着きたい。
そんな鍛冶屋ギルドの扉を、マントを羽織った逞しい男がくぐった。
「そろそろ来るころと思っておりましたぞ」
そう言うと、ギルド長のオイゲンは、ハンマーの手を止めた。
「随分活気があるではないか、オイゲン」
やってきたのはゴランだ。遠慮することなく部屋の中ほどにある作業台へ進み、山積みとなった剣の中から1本を無造作に手にした。
「……いい出来だ。ただのブロードソードのくせに、名のある業物のごとき輝きがある」
「リームの嬢ちゃんのおかげで、職人の目の色が変わりましたからのう。高き頂きこそ、職人を育てますじゃ」
「昔のワシでは、低すぎたか!」
ゴランが肩を揺らして、豪快に笑った。
「ゴラン様より高い目標があるとは。思いもしませんでしたからな。皆、寸暇を惜しんでハンマーを振るっておる。寿命の短い人族の者は特にのう」
「人とは不憫よな……ドワーフの半分も寿命がない。その辺りが、亜人を虐げる根源かもしれん」
「小賢しさでは、人に敵いませんて」
「うむ……短い命だからこそ、到達できる極みがあるはずだがな」
そう言いながら、ゴランは名もないブロードソードに目を細めた。
ギルドの扉が、勢いよく開け放たれた。
「どうだ! 見ろ! 今日の獲物だ!」
巨大なイノシシそっくりの獲物を4人がかりで担いで、職人たちが入ってくる。
剣を打っていた職人たちが、呆れたように迎えた。
「ワイルドボアか、大物だな。もう冒険者に鞍替えした方がいいんじゃねぇか?」
「そう言うお前も、この間、グレイウルフを狩ってたじゃねぇか」
「ヘッ! リーム殿の言うとおり、鍛冶屋ってのは自ら剣を振るわねぇとな。使い手の心を分かってこその鍛冶屋よ!」
「うまいメシにもありつけるしな!」
作業場がどっと沸いた。人もドワーフも分け隔てなく笑い合う。ゴランも共に笑った。種族を越えた気の置けない間柄は、ゴランの理想とするものだ。
「して、今日の用向きは? 様子を見に来ただけではあるまいて」
理由をすでに察しているオイゲンのたきつけるような口ぶりに、ゴランの隻眼に鋭さが戻った。
「ハイミスリルの目処が立った。地下の高炉に火を入れるぞ」
予期したとおりの答えに、オイゲンが歯を見せた。
「御意じゃ。また、嬢ちゃんの神業が見られるとは、楽しみじゃのう」
ワイルドボアの恵みに湧いていた職人たちも、いつの間にかゴランとオイゲンに注目していた。
高炉に火を入れてハイミスリルを溶かす――ついに、聖剣を打つのか。
オイゲンは職人1人1人の顔を確かめると、檄を飛ばした。
「名の残る数々の聖剣を生み出してきた由緒ある炉じゃ、慎重に火を起こせよ!」
オイゲンの号令に、職人たちが一斉に「おう!」と声を上げた。
◆ ◆ ◆
聖騎士学園のお昼休み。
中庭には大きな噴水を取り囲むように花壇とベンチがあり、ここで昼食を取ったり、おしゃべりをする生徒も多い。
噴水の中央に飾られているのは、清らかな聖天使の像。
どこに行ってもあるなぁと思いながら、リーゼは半目で丸いパンをかじった。以前いたルクシオール王国もそうだったけど、教会と宗教がすごく信じられてる。信じる神のないリーゼには、なかなか理解できない。
「リーゼ、見てて。いくよ」
ベンチの上に敷いたハンカチにパンを置いて、アメリアが花壇の前でしゃがんでいた。
しおれた1輪の花に向かって両手をかざす。その手が、ボウッと金色の光に包まれた。
「聖回復!」
首をもたげていた花がみるみる元気になり、艶やかな花弁を広げた。
「すごい! お花にも効くんだ?」
「やったことない?」
「うん」
まずい! うっかり正直に返事を……
「って、聖回復使えないし」
「そ、そっか。つい、リィゼ様と一緒にしちゃった」
アメリアが小さな舌を出した。引っかけじゃなく、素で聞いてしまったアメリアと、素で返してしまったリーゼ。2人の間に、ほんわかとした空気が流れた。
「汚れた水をきれいにしたりとか、いろいろできるよ」
「そっか、意外と便利な魔法なんだね」
「うん。それにね……」
アメリアは、少し離れた花の前で座り、また両手をかざした。
「聖回復!」
そこでも、しおれた花が元気になった。
「ほら、2回使えるようになったの!」
「すごい! 魔力量が上がったんだ!」
「うん! がんばれば、もう1回いけるよ。倒れちゃうけど」
「無理しなくていいよ。回復薬飲むと元気になりすぎるから」
「リーゼのクスリが強すぎるんだよ」
それは……そうみたい。アメリアのお母さんもビックリしてたし。
「フン、2回出来たから何だというの?」
花壇に向かってしゃがんでるリーゼたちの背後に、いつの間にか制服に高貴なアレンジを施した少女が立っていた。腕を組み、蔑んだ目で見下ろしている――シャルミナだ。
「治癒できるのが1人から2人になっただけじゃない。大差ないわ」
むっとして、リーゼが立ち上がった。
「校庭1周走るのが精一杯だった子が、2周できるようになったって事なんだけど?」
「だから何だというの?」
「大きな進歩だって事。このまま練習を続ければ、3周、4周って増えていく。それって凄いことだよね?」
「この……生意気な」
アメリアが慌てて立ち上がった。
「リ、リーゼ! 姫様にそんな言葉遣いしちゃダメ!」
「学園じゃ、同じ生徒だから」
「そうだけど……」
「身分の差をわきまえぬ不届き者め。学園の中であろうと、不敬罪で牢に入れることも出来るのだぞ?」
「そうやって身分の差をひけらかすのキライ。そんなんじゃ仲良くできないよ?」
「仲良く? お前とか? 笑わせるな。なれもしない聖騎士など諦めて、商人の娘らしく店で金でも数えていろ」
そう捨て台詞を残すと、シャルミナは去って行った。
聖騎士になれもしないどころか、いつでもなれるとは絶対に言えない。きっと、あの子の中の大切な何かを壊してしまう。
仲良くなれればいいのに……。
シャルミナの背中を見ながら、リーゼはそう願うのだった。
◆ ◆ ◆
いよいよ始まる聖剣打ちに湧く鍛冶屋ギルドの作業場が、不意に暗くなった。炉の炎があるので真っ暗ではないが、窓の外が真夜中のように暗い。
「なんじゃ? 日暮れには早いが?」
首を傾げるオイゲンをよそに、ゴランは足早に外へ向かっていった。今日、日の形が月のように欠けるとは聞いていない。悪い予感がする。
「ゴ、ゴラン様?」
ただならぬ様子に、オイゲンたちも後を追った。
外に出ると、辺りは暗闇だった。なぜ日の光がない? 見上げるとそこには――
空一面を覆う、巨大な黒い球体があった。重力を無視したように、ゆっくりとこちらへ落ちてくる。
「バカな……“闇の雫”だというのか……こんなところまで」
「なんて大きさじゃ……」
ゴランに続いて、オイゲンも息を飲んだ。
まるで“闇の大穴”そのものが移動してきたかのような大きさだ。
ゴランは、亡き妻の施した封印がいよいよ限界であることを悟った。
妻はどれほどに耐え、闇を封じてきたのか。漏れ出した“雫”だけで空を覆うとは……。
ゴランは、はっとした。
「狙いは聖剣の炉か! おのれ……」
これまで“闇の雫”は、“闇の大穴”の周辺に散発的に降り注いできた。そこに意志は感じられず、火山の噴火のようなものだった。
だが今、目の前に落ちようとしている巨大な“闇の雫”は、新たな聖剣を潰そうという明確な意志を持って放たれたと感じる。
魔族は、ネイザー公国へ侵攻を始めたのだ。
【次回予告】
居合わせたゴランを巻き込んで、“闇の雫”との新たな戦いが始まります!
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