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25 復興

 それからしばらく、学園は臨時休校となった。ランドリック先生とアメリア、それとなぜかシャルミナとその取り巻きの子たちもサノワへ向かって帰って来なかったからだ。ディツィアーノ先生も休校を見越したのか里帰りしてるらしい。


 サノワへ向かう途中で引き返してきた生徒たちは、みんなリーゼを白い目で見た。それどころか、先生や職員の人たちの風当たりも強い。出発の前日に、物資の積み込みを手伝わなかったのがいけなかったらしい。けど、その時にはもう走ってたからなぁ。


 食堂のいつもの席で、いつもより具の少ないスープにパンをつけながら、リーゼは思いを馳せた。


 ――アメリア、お母さんに会えたころかな?



  ◆  ◆  ◆



 馬車1台と身軽になったランドリック率いる選抜隊は、4日でサノワに到着した。途中の村で馬を変えての強行軍だった。


 道中、シャルミナは口をつぐんだままだった。聖騎士らしき(・・・)者の出現など認められない、この目で間違いであることを確かめなければ――そんな面持ちだ。

 どんなに話しかけても乗ってこないシャルミナに、取り巻きたちもいつしか黙ってしまっていた。王家の姫がいるとあって、同行していた騎士たちも不要な話を慎んだ。


 ランドリックを先頭に重苦しい雰囲気の馬車を降りると、そこには信じられない光景が広がっていた。

 早くも村が復興を始めているのだ。村人と騎士たちが力を合わせて、木を運び、石を積み上げ、家を建て直している。どの顔も明るく、村を魔物に壊された悲壮感がない。皆、生きていることを楽しんでいるようだ。


 言葉が出てこないランドリックに気づき、ヴォルフが近寄ってきた。上半身裸の首にタオルを回した格好は、騎士というより土木作業の若頭だ。


「もしや、救援隊の方か?」

「あ、ああ、村が救われたとの報で部隊は引き返したが、我々だけが様子を伺いに来た」

「みんな元気そうで驚いただろう?」

「魔物に襲われたばかりというのに、もう村の復興を?」

「聖騎士リィゼ様が聖回復ホーリーヒールで重傷者を治した上に、信じられない効き目の高位回復薬ハイポーションまで飲ませてくれたんでな。みんな戦う前より元気なぐらいだ」


 高位回復薬ハイポーションを? アメリアは、高位魔法回復薬ハイマジックポーションを飲ませてくれたリーゼを思い出した。あの薬もものすごく効いて、目覚めのいい朝みたいになった。ますます、リーゼが聖騎士様ではないかという思いが強くなる。


 ヴォルフの逞しい腕が、作業に励む騎士たちを指した。


「あいつは左腕を切り落とされ、あいつは毒液をかけられ目が見えなくなった。その隣のヤツに至っては体が縦に真っ二つだ」


 白い歯を見せながら、陽気に凄惨な状況を説明していくヴォルフに、ランドリックたちは驚きを隠せない。自分たちのことを話していると察して、騎士たちが手を振った。皆、体も健全に見える。


聖回復ホーリーヒールで、失われた体を再生したというのか?」

「ああ。この目で見たが奇跡としか言いようがない」

「そんなこと、信じられぬ!」


 シャルミナが目を吊り上げて割って入った。


「これは、シャルミナ様。この様な辺境にお越し下さるとは」


 慌ててひざまずくヴォルフに、シャルミナは続けて言い放った。


「体の半分を再生したですって!? それでは、私のお婆様であり、聖騎士であるリィン様より優れているということではないか!」

「……恐れながら、聖回復ホーリーヒールの力は伝え聞くリィン様を凌駕していたと思われます」

「この……」


 吊り上がった瞳から怒気がほとばしった。王家の力を否定されたに等しいからだ。


「獣人風情が、こともあろうかリィン様を凌駕していたなどと、よくも! そのようなことはあり得ぬ! 不愉快極まりない!」

「……お調べいただければわかります。命を救われた者は皆、リィゼ様を信奉しております」

「おのれ、まだ言うか! この村にはウソつきしかおらぬようだ! 聖騎士らしき者が現れたなどと言うから来てみたが、とんだ無駄足! 帰ります!」


 背を向けたシャルミナだったが、ランドリックに引き留められた。


「シャルミナ様、私は総騎士団長バルロイ殿の命で調査に来ています。たとえ姫様のご命令でも、調べが終わるまで馬車を出すことは出来ません」

「……いいでしょう、報告書には私も目を通します。せいぜいウソを調べ上げなさい」


 立ち去るシャルミナを取り巻きたちが追った。獣人と村人への罵りと、シャルミナへの賛辞を口にしながら。


「やれやれ、困ったお方だ」


 閉口するランドリックに、膝を戻したウォルフが尋ねた。


「どうされるのだ? 虚偽の村だと報告を?」

「まさか。命を救われたのであろう? ありのままに伝えるだけだ。……ただ、最後にシャルミナ様がすべてウソだと書き加えるであろうがな」

「バルロイ殿がどちらを信じるか、ということか」

「もちろん、シャルミナ様を信じるだろう。表向きはな」

「”闇の雫”の封印が解けようかと言う時に、くだらん」

「まったくだ」

「あの……」


 おずおずとアメリアが前に出てきた。


「これは聖少女様! お戻りになられましたか」

「ヴォルフさん、お久しぶりです。母とお爺さんは……」

「教会におられますよ。聖獣様のおかげで建物も焦げただけで無事です。確かめられるといい」

「はい!」


 アメリアが駆け出した。生まれ育った道を、力強く走り抜けていく。通りで作業をしていた村人たちが手を振った。いつもなら会釈を返すアメリアだが、今はそれどころではない。一刻も早く母とお爺さんの顔が見たい。


 教会の屋根にお爺さんがいた。腰を気にしながらトンカチを振るっている。


「お爺さん!」


 アメリアの声に老農夫の顔がほころんだ。


「おお、アメリア、来たのか。中に入っておれ、すぐに行く」

「うん!」


 教会の扉を開けると、祭壇で祈りを捧げる母の姿が目に入った。


「お母さん!」


 その声に祈りを止めまなこを開くと、駆け寄ってくる娘の姿が映った。聖騎士学園の制服姿が初々しく、村を出た時より少ししっかりして見えた。


「アメリア!」


 胸に飛び込む娘を、母はしっかりと抱き止めた。


「もう……ダメかと思った。もう……会えないかもって……」


 涙で震える肩を、母はそっと撫でた。


「聖騎士様が救って下さったのですよ。……奇跡を起こして下さったのです」


 一緒に祈りを捧げていた数人の村人たちが、同意するようにうなずいた。


「それ……何に祈っていたの?」


 祭壇に祀られた6枚の羽を持つ天使像の前に、薄汚れた皮の水筒が置かれていた。


「聖騎士様が授けて下さったのです。入っていた高位回復薬ハイポーションは使ってしまいましたが、こうして毎日祈りを捧げて、感謝をお伝えするのが私たちの新しいつとめ」


 聖天使教会のシスターだというのに、母はすっかり聖騎士様に魅せられてしまったらしい。

 うんうんとうなずく村人たちも同様だ。


「ね、聖騎士様ってどんな方?」

「とても凜々しく、強い力を持ったお方です。事切れる間際の者たちを、聖回復ホーリーヒールで一瞬のうちに治してしまわれました」

「一瞬で……そんな聖回復ホーリーヒール、あるんだ……」

「聖騎士様はあなたのことを褒めていましたよ。真面目に魔法の勉強をしていると」

「私のことを知ってたの!? どうして!?」

「聖騎士なので聖騎士学園のことをご存じとおっしゃってました。けど、それ以上は……」

「リーゼ殿にそっくりだったんじゃよ」


 祭壇の横のらせん階段を、老農夫が下りてきた。


「背格好は同じぐらいでな、とがった耳は明らかにエルフじゃった。……じゃがな、金色の髪に碧い瞳とはいえ、あの眼差しと顔立ちはリーゼ殿そのものじゃ」

「リーゼ……なの?」


 老農夫は首を傾げた。


「そうは思うんじゃが、種族が違うんでな。何とも言えん」

「そっか……」

「リーゼ殿は来ておらんのか? 皆に見てもらえれば、一目瞭然なんじゃが」

「それが、魔物が襲ってきた夜から、ずっと部屋に閉じこもって姿を見せないの」

「ほう……姿を……」


 老農夫がニヤリと笑った。


「怪しいの」

「うん、怪しいね」


 微笑みを返しながら、アメリアはリーゼを思い浮かべた。


 今、何してるのかな? もう部屋から出てるよね?



  ◆  ◆  ◆



「ん~っ、おいしい~っ。かき氷が食べられるなんて、幸せ~っ」


 噂の聖騎士にそっくりの少女は、甘いイチゴのシロップがかかったかき氷を、口一杯に頬張っていた。


「フフッ、おかげで大評判なんですよ。リーゼちゃんのアイディアから生まれたメニューですし、いっぱい食べてね。今日はおごりですわよ」


 店主のミシェルが茶目っ気たっぷりにウィンクすると、リーゼはキラキラした目で答えた。


「ホント!? ありがと!」


 もう止まらない。夢中でスプーンを運ぶリーゼを見届けると、ミシェルは店の中へ戻っていった。


 公都の大通りにある人気のオープンカフェは、アイスクリームとかき氷を求める女性客で、連日大賑わいだった。眼下に望む澄み渡った海がまぶしい。闇夜に燃え上がる村とはまるで違う。無事帰ってきたんだなぁって思う。


「サノワの村では大活躍だったようですね、リーゼ様」


 正面に座るエリオが、白々しく問いかけた。ちょうど氷を頬張っていたので、危うく吹き出すところだった。


「な、何のこと? 知らないよ」


 いつものように目を逸らして誤魔化すリーゼに、エリオは構わず続けた。


「私はどうやら勘違いしていたようで。あなた様は聖騎士になることに興味がないとおっしゃっていましたが、それは制服に惹かれていたからだけでなく、すでに聖騎士になっていた(・・・・・)からだったのですね?」

「……制服に惹かれてたのはホント。ウソついてないよ」


 首をすくめて、シャクシャクとかき氷をスプーンで崩し始めた。いかにもばつが悪そうだ。


「責めているわけではないのです。あなた様には自由でいて頂きたいですから」


 ですが――と、エリオが身を乗り出した。真剣な眼差しを感じて、リーゼも顔を上げた。


「教会で死に瀕した者の命を救うなど、刺激が強すぎます。聖騎士の残した水筒は、聖具ホーリーアイテムとして信仰の対象となっていますよ」

「ええっ!? あれが!?」


 つい大きな声が出てしまった。まずい――と、視線を逸らす。

 やれやれ、隠すのが下手なお方だ――と、エリオが頭を振った。


「なぜ種族を変えられるのか、私にはわかりません。ですが今後、聖騎士になられる時はこれをお使い下さい」


 差し出された布袋にリーゼが首を傾げた。可愛らしいピンクのリボンで口が縛ってある。


「開けてみても?」

「もちろんです」


 問い詰められていたのもどこへやら。ワクワクしながらリボンを解くリーゼに、エリオはしてやったりと目尻を下げた。

 術中にはめられたとも知らずに、リーゼが手にしたのは……


「フード付きの上着! かわいい!」

「エルフらしく緑を選びました。そのフードを目深にかぶって、顔をお隠し下さい」

「あ……」

「聖騎士リィゼ様がお使いになった聖回復ホーリーヒールは破格すぎます。くれぐれも、あなた様とそっくりの顔が、これ以上知られぬように」

「ありがとう……リィゼに渡しとくよ」

「天聖教会には特にご用心を。失われた手足や体を元に戻すなど、司祭でも不可能な奇跡の御業です」

「そっか……ディツィアーノ先生も、聖回復ホーリーヒール使えなかったし、そんなレベルなんだろうね」

「今、何と? 使えなかった? あの司祭(ディツィアーノ)がですか?」

「うん、普通の回復ヒールだったよ。聖回復ホーリーヒールって言い張ってたけど」

「司祭が……聖回復ホーリーヒールを……使えない……」


 エリオが笑いをこぼした。クックッと肩を震わせ、我慢出来ない様子だ。


「あの不遜な司祭が……エセ神父とは……天聖教会の底が知れる……」


 ツボに入ったのか、エリオは笑い続けた。冷静な男には珍しい乱れ方だ。

 なぜそんなに笑ってるのかわからなかったけど、リーゼは少し溶けたかき氷を口一杯に頬張って、同じく笑顔になった。


【次回予告】

久々にアメリアとリーゼが顔を合わせます。


【大切なお願い】

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

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