19 サノワへ向かって
黒猫の獣人であるリーニャが、夜道を駆けていく。
その速さがどのくらいであるのか正しくはわからないが、人の全力疾走の2倍以上――つまり、時速100キロを優に超える速度が出ていると思われる。
(体力がものすごい勢いで減っていく。――けど、構わない。倒れるまで走って、そしたら……)
「アカべぇ、ヨルリラミルク作っといて!」
ウガッ! と、ピンクのクマが【マイルーム】で敬礼した。
◆ ◆ ◆
時は少しさかのぼる。
サノワに“闇の雫”が落ちたことが公都ハーバルの王宮に伝わったのは、昼前だった。
病弱なユーリィ王太子は、ベッドの上でその報を聞いた。
「なん……だと……サノワが……すぐに救援を……」
咳き込みながら語る王太子は、小柄で痩せ細り、伸び放題の髪は真っ白。年齢は30代後半とまだ若いが、頬がこけた顔はずっと老けて見えた。
「すでに、監視砦の騎士が掃討に当たっております。加えて、明日の朝、公都からも騎士団が出発するとのこと」
老執事が落ち着き払いながら答えた。
「明日の……朝? そんなに遅くか……」
「殿下、おそれながら、騎士団の目的は村の救済ではなく……」
「奪還……か。それでは……サノワの村人たちが……」
「いいではありませんか、あんな田舎の村の者など。また貧しい者を集めて、住まわせればよいのです」
高貴なドレスに身を包んだ貴婦人が口を挟んだ。
「ジョゼリア……わかっているだろう? あそこには私の……」
「まだ、あんな女にご執心なのですか? もうお忘れになったかと思っておりましたのに」
口にするのも汚らわしいと、ジョゼリアは洋扇で口を覆った。
王太子のシーツを握る指に力が入った。
忘れるわけがない――病弱で見た目の悪い私を、心から支えてくれた唯一の女性だ。そなたのような、地位だけが望みの女とは違う。
ユーリィ王太子はドワーフとエルフのハーフであるため、背が子供のように低く、耳が尖っていた。痩せた体のせいもあり、まるで小鬼のようだった。
「救援を……急いでくれ。1人でも多くの者を……助けて欲しい」
「御意にございます」
老執事が頭を下げた。
(マーラ……本来なら何不自由ない暮らしが出来るものを……。どうか、無事でいてくれ)
◆ ◆ ◆
夜。アメリアは食堂で、1人テーブルに着いていた。
夕食の時間になっても、リーゼは部屋から出て来なかった。アメリアが「ご飯食べないの?」と部屋の戸を叩いても、返事がなかった。部屋に引きこもるなんて――こんな後ろ向きなリーゼは初めてだ。
アメリアも、母親やお爺さん、村のみんなが心配で食が進まない。パンを少し口に運ぶのがやっとだった。
(リーゼ……落ち込んでるの? 魔物と戦うのが怖いのは仕方ないよ。私……リーゼが救援に行かないって聞いてショックだった。けど、よく考えたら普通だもん。だから……気にしないで)
「弱虫は怖くて部屋を出られないみたいね」
「夕食も喉を通らないとか、臆病にもほどがあるわ」
シャルミナの取り巻きが、うれしそうにリーゼの陰口を立てながら、豪華な夕食を口に運んでいる。
それが、アメリアには歯がゆかった。
(リーゼは臆病なんかじゃない。盗賊から私とお爺さんを助けてくれた)
だからこそ、なぜ村の救援に行かないのか? 本当に魔物が怖いのか?
リーゼのことがわからない――アメリアは、初めて感じていた。
◆ ◆ ◆
【マイルーム】に息も絶え絶えな黒猫が入ってきた。
「ゼェ……ゼェ……アカべぇ……ヨルリラミルク……」
ピンクのクマが急いで冷蔵庫からミキサーの容器を取り出し、大ぶりのグラスに注いで差し出した。
リーニャは喉を鳴らしながら一気に飲み干すと、ぶはぁと大きく息をついた。
「う~、体力が回復しきらない。どうしよ」
ピンクのクマが、グッと親指を立てて自らの顔を指した。「ん?」
「あははは、速い速い! さすがアカべぇ! クマ族最強!!」
本来の大きさに戻った巨大なクマが、リーニャを背に乗せ、四つ足で街道を駆けていく。リーニャほど速くはないが、馬並みに速い。さながら突進するダンプカーだ。
アカべぇは、走りながら器用にパンをリーニャに差し出した。
「うわぁ、気が利くね。いただきます」
リーニャは、パンをかじりながら【マップ】を開いた。
(まだサノワは見えない……。けど、ずいぶん走ったから、そう遠くないはず)
お腹が膨れたし、アカべぇのフサフサの背中に身を預けてると眠くなってくる。
「ちょっと寝るから、あとよろしくね。道沿いに、山がある北へ向かえば着くはずだから」
ウガッ! とピンクのクマが返事をした。
(アメリア……心配で眠れないだろうな。大丈夫、私が何とかするよ)
リーニャは、眠りについた。サノワの村を蹂躙する魔物との戦いに備えて。
【次回予告】
次回、いよいよ乱戦が始まります!
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