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17 食堂の序列

 四方の壁を分厚い魔道書の本棚で囲まれた小さな部屋で、ディツィアーノは唇から血を滲ませていた。


(異端の娘め、【回復ヒール】の前に何と言ったんだ?)


 先ほどの授業でのことが思い出される。


 異端の娘は金色の光の【回復ヒール】を使った。だが、【聖回復ホーリーヒール】ではない。あのような慈悲深い輝きではなかった。もっと攻撃的な……。


(まさか、雷属性だとでもいうのか!?)


 雷――すなわち光属性は、勇者の魔法であったと伝えられている。


 そういえば……オーデンの街で、あの異端の娘が勇者ではないかという噂があった。

 ――馬鹿な、あり得ない。そもそも職は、成人である15才で授かるもの。


(勇者としての素養を、持ち合わせているというのか?)


 300年前――勇者は人を裏切り、処刑された。そのため、勇者に関する全ての記録は抹消されている。大聖堂の地下にある禁書庫を除いて……。


(一度、皇国イルミナへ戻り、調べてみる必要がありそうですね)


 天聖皇国イルミナは、宗教国家であり、ルクシオール王国のさらに北にあった。



  ◆  ◆  ◆



 夜。寄宿舎の食堂は、生徒たちでにぎわっていた。上級生から順にカウンターから夕食を受け取り、テーブルに着いていく。


「お腹減ったねー」


 リーゼが空のトレイを持ちながら、力のない声を出した。


「クスッ、リーゼは剣技に魔法に大活躍だったものね」

「アメリアは減ってないの?」

「ううん、久しぶりに体を動かしたから、すごく減ってる」

「晩ご飯、おいしそうだね」


 すでに食べ始めている上級生のトレイには、美しく盛り付けられたローストビーフと、柔らかそうなパンにサラダ、スープが乗せられている。


 さすが、由緒ある学園、料理も高級そう。


「そうなんだけど……ね」


 アメリアの顔が曇った。おいしそうなのに何で? ……その答えはすぐにわかった。


 リーゼとアメリアのトレイには、野菜のスープと固そうなパンが1つしか乗せられなかったのだ。


「みんなが食べてるお肉は?」

「品切れだよ」


 リーゼの問いに、小太りな給仕のおばさんがイジワルそうに言い捨てた。


 そんなわけがない。後ろの調理台には、ローストビーフの盛り付けられた皿が、まだまだたくさん並んでいるのだ。


「私とアメリアに食べさせるお肉はないってこと?」

「あたしは、由緒正しいお嬢様のために雇われてんだ。商人と田舎者のためじゃないね」


 晩ご飯にも身分の差が……。リーゼの口からため息が漏れた。


「リーゼ……いつもこうなの。諦めて行こ」

「うん……」


 リーゼの後ろに並ぶ同級生たちが、ローストビーフを受け取りながら、あざ笑っていた。


 なに? この学校。楽しくないんだけど?


 憮然とした半目のリーゼを連れて、アメリアがテーブルに着いた。


「ほら、ここだよ。私たちの席」

「決まってるの?」

「うん。リーゼは昨日の夜と朝、来なかったけど、どうしたの?」


 聖騎士学園は、戦場の習慣に従い1日2食だった。お腹が空く者は、お昼休みに街へ出て食事を取っていた。


「えーと……食堂の使い方がわかんなかったから、持ってきてたパンを食べた」


 【マイルーム】でアカべぇと一緒に、夜はオムライスを、朝は卵焼きと野菜を挟んだサンドイッチを楽しく食べたとは言えない。グレープは葉もの野菜をムシャムシャ食んでいた。


 椅子に座ると、ギシギシ音がした。テーブルも周りより古ぼけていて、金の装飾がない質素なものだ。


「これ、わざと差を付けてる?」

「うん。けど、座れるよ」

「……私が入学しなかったら、アメリアはずっと1人でここに座ってたってこと?」

「たぶん……そうかな?」

「よかった……入学できて……」

「……リーゼは優しいね」


 粗末な扱いを気にすることなく微笑むアメリアは、まさしく聖少女だった。

 この後光が射しそうな美少女にこんな扱いって、どういうこと? ……あ、むしろ、平民なのに聖少女で美少女だからひどい目に遭うのかな? この学校、ダメじゃない?


「スープとパンだけで足りる? お願いすれば、もう1つパンをもらえるかもしれないよ? 何日か経った固いパンだけど」

「大丈夫。このスープ、野菜がいっぱい入ってて食べ応えありそうだし、十分」

「スープはね、みんなと一緒なの。おいしいよ」


 孤児院に身を寄せたころ、野菜が少ししか入ったスープしか食べられなかった。それを思えば栄養たっぷりでマシだといえた。


 リーゼは、スプーンでそっとスープをすくい、口に運んだ。


「おいしい! トマーナのちょっと酸っぱい感じがすごくいい」


 トマーナはトマトのことで、リーゼは自由市に出入りするうちに、一通りの物の名前を覚えていた。


「国の名物料理でね、街によって入ってる野菜と味が少しずつ違うの」

「ふうん」

「固いパンをちぎって入れると、柔らかくなっておいしいよ」

「あ、いいね。ひたしてかじるより上品っぽい」

「でしょう?」


 楽しそうに食べる2人をあざけるように、食堂で一番大きく豪華なテーブルに陣取る少女が言い放った。


「まったく、田舎から来た自称聖少女様と、商人の娘は、食事のマナーも知らないのね」


 同じテーブルに座る少女たちの嘲笑が続いた。その笑いが食堂中に伝わっていく。


 リーゼがアメリアの耳元に顔を寄せ、小声で訊いた。


「あの子、シャルミナ……だったっけ? 一番聖騎士に近いっていう……」

「うん……そう」

「いつもあんな感じ?」

「……王族だから、気位が高いの。平民と一緒の食事なんて、あり得ないんだと思う」

「そっか……」

「同じテーブルにいる子たちが、成績優秀で家柄も良い将来の側近候補の子たち。テーブルが離れるほど、家柄が低い貴族の子が座ってるの」


 なるほど、そういう並びなのか。と、リーゼは理解した。

 リーゼたちが座るテーブルは、そのテーブルの列からも離された、壁のそばの隅だ。後ろに出入り口があり、落ち着かない。


「バカみたい……。すみっこのテーブルの方が、気楽でいいね」


 呆れたように、パンを浸したスープを口に運ぶリーゼに、アメリアは勇気づけられた。


「うん。私もそう思う」


 リーゼと一緒なら、つらくない。どんな仕打ちも耐えられる。寄宿舎に入って以来、孤独に耐えてきた聖少女は、そんな気持ちになった。



  ◆  ◆  ◆



 それから1週間ほど――身分の違いによる軋轢はあるものの、それなりに穏やかな日々が続いていた。


 だが、事は起こった。


 “闇の大穴”が大きく湧き立ち、火山の噴火のごとく放たれた巨大な闇の雫が、アメリアの故郷であるサノワの村を直撃したのだ。

 闇の雫は、黒い魔物の群れへと姿を変え、村を襲い始めた。


 サノワは、“闇の大穴”がある山間のふもとにあった。


【次回予告】

アメリアの故郷を襲う魔物の群れ。その時、リーゼは?


【大切なお願い】

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