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02 片目の男

更新履歴

2025年 11月9日 第3稿として大幅リライト

2022年 1月6日 第2稿として加筆修正

 ネイザー公国の辺境にあるロアンは、連なる鉱山のふもとにある小さな街です。豊富に採れる鉱石のおかげで、田舎でありながら、大陸随一の鍛冶の街として栄えています。

 街では鍛冶の得意なドワーフと人が仲良く暮らしていて、獣人もたまに見かけます。種族による差別が少ないのが、ネイザー公国のいいところなのです。

 熟練のドワーフたちが鍛える優れた武器や防具は、ネイザー公国は元より他の国でも評判で、求める者が後を絶ちません。

 ――そんな街であっても、包丁を売るドワーフの少女、リームの存在は異色でした。10歳ほどの幼さで独り立ちしている職人など、滅多にいるものではないのです。


「おっ、嬢ちゃん、久しぶりだな」


 自由市の広場を警護している騎士の大男が、リームに声をかけました。


「グステオおじさんか。お金がなくなったから、包丁売りに来た」

「また包丁か? 俺の剣を打ってくれるのは、いつになるんだ?」

「そんな約束してないし。何度も言ってるけど、剣を打つのはヤダ。誰かを傷つける」

「街を守るためには仕方ない――なんて言っても、まだわからんか」

「そんなのわかるよ、悪い人はいるからね。けど、村の守護ならその腰の剣で十分じゃない? 私の剣で斬ったら、死んじゃうよ?」


 グステオは大口を開けて、豪快に笑いました。


「ガッハッハッ、そうかもしれんな! 嬢ちゃんの包丁の切れ味はハンパないからな! ……で、今日も1本売ってくれんか?」

「この間、買ったばかりなのに?」

「ルクシオール王国で料理人をやってる弟が気に入ってな。もっと送ってやりたいんだ」

「ルクシオール王国……か」

「どうした?」

「ううん、ちょっと住んでた時を思い出しただけ」

「住んでた? どこに?」

「オーデン。知ってる?」

「ああ、辺境の街だが、にぎやかなところだ。最近は、野菜がうまいって評判になってるな」

「そうなんだ!」


 エミリー、ダニー、ニコラ、シスターグレース――孤児院のみんなとがんばった日々が、とても懐かしく感じられます。

 リームはうれしそうに微笑むと、背中の革袋から布にくるまれた包丁を1本取り出しました。


「銀貨2枚だよ」

「相変わらず安すぎるな。もっと儲けようとは思わんのか?」

「お金なんて、暮らせるだけあればいいよ」

「欲のないことだ。稼げばもっときれいな服が着られるというのに」

「え……」


 思いがけない言葉に、リーゼの頬が赤く染まりました。

 リームの服装は鍛冶屋の初期服で、白のタンクトップに半ズボンのオーバーオール、足下は革の長靴という実用的な出で立ちです。

「整った顔立ちをしておるし、磨けばお主の包丁より光るぞ?」


 リームは照れた頬を、素っ気なく横に向けました。


「余計なお世話! ここじゃ、きれいな服なんて売ってないし!」

「ガハハハ! 確かに、売っておるのは、職人の服ばかりだな!」



  ◆  ◆  ◆



 リームは自由市のいつもの場所に陣取ると、厚手の布のシートを敷きました。10本ほどの新しい包丁を並べます。

 すると、待ってましたと言わんばかりに、あっという間に人だかりが出来ました。


「3本売ってくれないか?」

「ダメ、1人1本って決めてるから」


「ホントに銀貨2枚でいいの?」

「いいよ。安い方がパパッと売れて楽だし」


 リームを取り囲む客の中に、フードをかぶった強面の男がいました。眼光鋭くリーゼの包丁を見定めています。厚手のズボンに前掛けをしているところを見ると、同じ鍛冶職人のようですが、右目の周りに大きな傷があり、海賊みたいな黒い眼帯をしています。


(どう見ても、怖い人なんだけど)


 リームが半目を向けて不審に思います。悪い人に包丁を売る気はありません。


「よく出来ている……。どこで修行した?」

「ん~と……自分でコツコツと……?」

「独学だというのか!? なんてことだ……」


 強面の男が目を丸くしました。信じられない面持ちで首を振ります。


「すまぬが、少々ワシに付き合ってくれんか?」

「え? でも、店番があるし」

「そこの衛兵、代わりに店番を頼めぬか?」


 さっき言葉を交わしたグステオが、身をこわばらせて答えました。


「はっ! お任せ下さい!」

「なんで? お爺さん、もしかして偉い人?」

「お爺……まだそこまでの歳ではない」

「……じゃあ、おじさん……偉い人なの?」

「知らぬならそれでいい。ワシは鍛冶職人の端くれに過ぎん」


 強面の男は、強引にリームの手を引きました。


「ちょ、ちょっと……」

「恐れながらゴラン様、リームが何か無礼を働いたのでしょうか?」

「何もしておらん。ただ、手を借りたいだけだ」

「はっ、そういうことでしたら、この場はお任せ下さい」

「グステオおじさん!? 納得しないでよ!」

「リーム、この方に見込まれるのは大変名誉なことだ。行ってくるといい」

「もう……包丁売って、のんびり暮らしたいだけなのに……」



  ◆  ◆  ◆



 強面の男ゴランがリームの手を引いて、鍛冶屋ギルドの扉をくぐっていきます。むわっとした熱気が押し寄せ、リームのピンクの髪を揺らしました。

 職人たちは入ってきたゴランとリームには目もくれず、壁沿いに並ぶ炉で一心にハンマーを振るっています。


「こ、これは、ゴラン様。いかがされたのじゃ?」


 背が低く筋骨隆々な――いかにもドワーフといったお爺さんが、ゴランに駆け寄りました。


「オイゲン、ミスリル鉱がまだあったであろう? 出してくれ」

「かしこまりじゃ」


 オイゲンはグッと親指を上げると、奥の倉庫へ駆け戻っていきました。

 リームはキョロキョロと部屋を見回します。


「鍛冶屋ギルドは初めてか?」

「うん。剣を打つ気ないからね」

「あれだけの刃が打てるのに、なぜ剣を打たぬ?」

「それ、よく聞かれるんだよね。包丁しか打たないのって、そんなに変?」

「伝説に残るような……聖剣を打ってみたいとは思わんのか?」

「昔はね……自分用に色んな剣を打ったよ。【技工クラフト】は大変だけど、自分で使う剣だけは作りたかったから」

「昔? フッ、笑わせおる。まだ10歳かそこらであろう?」

「それぐらい前に感じるってこと」

「ふむ……相当な修練を積んだようだな」

「そんなことないんだけど……打てるようになっちゃった。それで……ちょっと前に、イヤな領主と揉めて、強い剣は危ないって思ったんだよね」


 フィリッポスやゴルドフの浅ましい姿が思い出されます。


「――あんなヤツらに強い剣が渡ったら、とんでもないことになる」

「だから、包丁打ちか?」

「そう。包丁の切れ味がいいと料理もおいしくなるっていうし、冒険者になってけものを狩るよりいいなって」

「よほど殺生が苦手と見える。だが、包丁でも人は殺せるぞ?」

「それ言ったら、鎌だってくわだってアウトだよね。刃物は正しく使わなきゃ」

「……剣も使い方次第ではあるが、殺生が苦手なのは歳を考えればやむなしではある」


 オイゲンが、青く光る鉱石の塊を持って戻ってきました。


「ゴラン様、お持ちしましたぞ!」

「うむ。リーム、これで……そうだな、剣を打たぬのなら、ナイフはどうだ? 打ってはくれぬか?」

「なんで?」

「お前の腕が見たい。代金は言い値で払おう」

「包丁しか打ちたくないんだけど?」

「ミ、ミスリルで包丁などと、何を言い出すんじゃ!? 鉱石いしの価値がわからぬ小娘め!」


 血相を変えたオイゲンをゴランが止めました。


「そう怒るな。年端の行かぬ娘の言うことではないか。むしろ、はっきりものが言えて良い」


 ゴランは、リームと同じ目の高さまで腰を落としました。


「我が知人の娘に、護身用として贈りたくてな。小ぶりのナイフで構わぬ、打ってはくれぬか?」

「……女の子の護身用……ホントだね? ウソだったらヒドいよ?」

「こっ、小娘! ゴラン様になんて言いよう……」


 気色ばむオイゲンを再びゴランが止めました。


「構わん、頼んでいるのはワシだ。リーム……いや、リーム殿、大切な娘のために、ナイフを打ってはくれまいか?」


 リームはゴランをまっすぐ見ました。人相は悪いですが、嘘をついているようには見えません。


「……わかった、いいよ。ナイフなら包丁より小さいしね」

「そうか! 感謝するぞ。オイゲン、手伝ってやれ!」

「ははっ!」

「い、今から!? ここで!?」

「お前の仕事ぶりが見たいと、言ったであろう?」


 ゴランの片方の口端がニヤリと上がりました。


(はぁ……うまく乗せられた気がする)


 これまでのやり取りを耳にして、ハンマーを振るう鍛冶職人たちの手が止まりました。あの小娘が貴重なミスリルを打つというのか? 俺たちですら許されないというのに? ――そんな反発心が伝わってきます。


(面倒なことになったなぁ)


 リームの可愛らしい口元が残念なくらい下がり、深い深いため息が漏れたのでした。

【大切なお願い】

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

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