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アクトコーナー  作者: 乱 江梨
第一章 学園改革のメソッド
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学園改革のメソッド22

「引っ掛かりはするが、理事長が百弥にいじめっ子たちの情報を与えたのは事実だ。あの仮説は正しいと考えるのが無難だと思う」



 自分の妻を死に追いやった生徒に復讐するためだけなら、わざわざ教師に圧力をかけてまで苛めを煽る必要はない。復讐相手は元々百弥が標的にするようないじめっ子なのだから。


 なので謎がまたもや発生してしまったが、理事長が百弥を使って何かをしようとしていたことは本人の証言で明らかだ。遥音は当惑している明日歌たちを落ち着かせるためにそれを明言した。



「そうだね。動機についてはこれぐらいにして、次はどうやって理事長の悪政を止めるか議論しよっか」

「止める云々以前に、目的は達成されたのに何でまだ理事長はこんなことしてるんだ?」



 議論内容を変更した明日歌に巧実はまたもや浮かんでしまった疑問をぶつける。明日歌たちが推測している理事長の動機は妻を苦しめた者への復讐だ。だがそれは既に達成されたはずなのに、学園の苛めは一向に減る気配が無い。



「調べて分かったことだが、澪先生は当時中等部の三年C組の担任をしていたらしい。中心になって澪先生を苛めていたのは宗方(むなかた)犀川(さいかわ)橋田(はしだ)という生徒だった。もちろん百弥によってボコボコにされている。そして澪先生がこのクラスを担当し、自殺したのは五年前。つまりその生徒たちが高校に進級していたとしても、とっくに卒業していることになる」



 巧実の疑問に付け加えるように、当時のことについて探りを入れていた遥音は情報を開示した。まだ学園に在籍しているのなら巧実の疑問も晴れたのだが、もう既に卒業しているとなると話は別だ。



「それじゃあ、他にも目的があるってこと?」

「そこまでは分からん。だが、どうして未だにこんなことを続けているのかが分からない以上、止めるのは難しいかもな」



 明日歌の推測は十分可能性のあるものだが、それを裏付けるものが無い為遥音は断言しなかった。相手が何らかの目的で動いているのなら、別の方法でその目的を達成させることを提案するのが一番だ。だが前提の目的が分からないので遥音は頭を悩ませてしまう。



「うーん……相手と交渉するために、理事長が求めているものが何か理解しないといけないってことか……」

「求めている、もの……」



 遥音の意見を代弁した明日歌の言葉を、百弥は呆けたような表情で噛み締めた。それは何かを思い出そうとしているようで、明日歌たちは思わずその内容が何なのか思考する。



「どうかした?」

「いや……あんまり役に立たないかもしれないんだけど」

「いい。情報があるなら何でもちょうだい」



 百弥は自分の知っている情報が学園を変えることに有益となるかが判断できず言い淀んだが、明日歌にとってはどんな情報でも欲しい状況だ。明日歌たちには情報が不足しているのだから。



「俺らの母親が生きてる頃に書いてた日記があるんだ」

「日記?」

「あぁ。その日記を自分専用の金庫に入れてたらしくて、親父は毎日毎日その金庫を開けようと躍起になってるんだ」



 百弥の話を聞いた明日歌は澪先生が余程その日記を他者に読まれたくなかったのだろうと推測する。日記とは元々そういうものではあるが、わざわざ金庫を用意するとはよっぽどのことだろう。


 そして理事長は亡くなった妻が生前何を思っていたのか、それを知りたいがために金庫を開けたいと思っているのだろう。



「開けようとしているってことは、鍵とか持ってないんだ」

「いや、鍵はあるんだが……えーっと何だっけ?て……テン……?」

「テンキー錠式のことか?」



 未だに開錠できていないということは、理事長が金庫の開け方を知らないということだ。つまりは鍵を持っていないのだと明日歌は推測したのだが、それを否定した百弥はうろ覚えな知識を必死に引っ張り起こそうとした。


 そんな百弥を手助けした遥音に彼は力強く首肯して返す。



「さっすが遥音。で、テンキー錠式ってなに?」

「暗証番号を設定して管理する金庫のことだ。鍵もあるということはシリンダー錠を併用したダブルロックタイプだろう」

「「へぇー……」」



 金庫に関する知識を与えてくれた遥音にその場にいた全員が感嘆の声を上げた。やはり遥音は将来刑事になることを目指しているだけあって、こういう知識に関しては強い。


 テンキー錠式は暗証番号を何度か間違えると自動ロックがかかって、時間をおかないとまた試すことが出来ない。なので暗証番号を知らない理事長が、未だにその金庫を開けられていないのはそのせいだろう。



「透巳くんも知らなかった?」

「はい。わざわざそんなこと調べる機会もありませんでしたし。あぁ、でも……兄ちゃんが……」

「えっ、透巳くんお兄さんいるの?」



 優秀な透巳ならもしかすると知っていたかもしれないと明日歌は確認したが、流石の透巳でも大して必要と感じられない知識は蓄えていないようだ。だが明日歌の意識はそのことよりも透巳が呟いた言葉によって一気に方向転換する。


 透巳に兄がいるという話は聞いたことがなく、明日歌は思わぬ方向からやって来た衝撃で目を見開く。一方遥音はまた兄弟人口が増えるのかと、ほんの少し嫌そうな表情を窺わせている。



「あぁ、いえ。俺は一人っ子ですよ」



 だがあっさりと透巳が否定したことで遥音は若干嬉しそうに口角を上げた。分かりやすい程の精神のジェットコースターだ。遥音は今まで自分以外周りに一人っ子がいなかったので、透巳には仲間意識を芽生えさせていたらしい。



「兄ちゃんっていうのは俺の幼馴染で。警視庁に勤めているんで、その関係でそんな話を聞いた覚えがあるなぁと」

「へぇ、じゃあ遥音パパの手下じゃん」

「他に言い方無いのか」



 透巳から意外な事実を聞かされた明日歌は興味深そうな視線を遥音に向けた。間違ってはいないが言葉選びが最悪の明日歌に、遥音は再び顔を顰めて苦言を呈する。



「それにしても警視庁の刑事か……その方は優秀なんだろうな」

「さぁ?そういうオーラは無いですけど、一応捜査一課らしいです」

「それはすごいな」



 警視庁の捜査一課に属する刑事となるとかなり優秀ということだが、透巳にとってはただの幼馴染で兄のような存在なのであまり実感はない。

 それでも遥音の感心ぶりを見れば誰だって、いかに透巳の幼馴染が優れているかは一目瞭然である。



「話がズレたね。その日記が何だって?」

「親父はおふくろの日記を読みたがってる。これって、親父の求めているものにならないか?」

「なるほどね……」



 確かに百弥の言う様に澪先生の日記は理事長にとって喉から手が出るほど欲しているものだろう。だが金庫の暗証番号を知らないのはこちらも同じなので、明日歌は顎を指でつまんで深く思考する。



「ねぇ百弥。薔弥はその金庫について何か知ってる感じ?」

「……ちょっと待ってろ」



 少し眉を顰めつつ、念のため明日歌は百弥にそう尋ねた。それを聞いた百弥は明日歌そっくりの相好で携帯電話を取り出すと、薔弥に電話をかけ始めた。


 ワンコールしただけで電話は繋がり、百弥は薔弥の反応速度に若干引いてしまうが簡潔に用件を伝える。



「おい薔弥。お前おふくろの金庫のことで何か知ってるか?」

『藪から棒やなぁ、百弥』


「ド直球だね、百弥」

「まぁ、どうせ直接聞かないといけないわけですし」



 一切の躊躇なく問い詰めた百弥に明日歌は尊敬にも似た呆れを感じた。だがいくら前段階を置いたところで結局はそのことについて尋ねるので、透巳は百弥の行為をさり気なくフォローした。



「どうなんだ?もったいつけんな」

『俺が何でも知っとると思うたら大間違いやで?俺が知っとるのは、あの金庫の暗証番号が六桁っていうことと、親父が一から順に試しとるってことだけや。もうええやろ?きるでぇ』

「あっちょ、おい!……切れた」



 苛ついた様子で問いただした百弥だったが、薔弥から得られた情報は僅かだった。僅かな望みを託して電話をかけてみたものの空振りに終わってしまい、百弥は悔し気な相好を見せる。そもそも薔弥が嘘をついている可能性もあるので、そうなるとこれ以上薔弥から情報を得ようとするのは無駄だろう。



「薔弥なんだって?」

「大したことは知らないみてぇだ。分かったのは親父が手当たり次第に開錠を試してるってことだけ……まぁアイツのことだし、知らないってこと自体が嘘の可能性もあるが」



 百弥から芳しくない成果を聞かされた明日歌は頭を悩ませ、他の面々も退路が断たれてしまったことに雰囲気を暗くしてしまう。そんな中、いつもと変わらない平然とした相好をしている透巳が口を開いた。



「あの、とりあえずその金庫見てみませんか?」

「え?」

「だって理事長はゆっくり、確実に候補を潰しているんですよね?それなら俺たちは、澪先生が一体どの数字を設定したのか推測して試せばいいんじゃないですか?」



 透巳の唐突な提案に明日歌は当惑し、僅かに揺れる声を上げた。透巳の言う様に暗証番号を推理し、中に保管されている日記を手に入れることが出来れば、理事長に対するいい交渉材料になる。


 だが理事長が手当たり次第に確かめているのは、推理してもその番号が分からなかったからだろう。それを透巳たちが推理して導き出すのは至難の業だ。



「それはそうだが、そう上手くいくか?理事長と違って俺たちにはチャンスが限られている。テンキー錠式は数回試して正解に導けなかった場合は自動ロックがかかり、しばらくは試すことが出来なくなる。だから俺たちに多くの失敗は許されないという訳だ」



 遥音は透巳の提案を実行すると仮定した場合、危惧すべき点を話した。



「でも、やらないよりはやった方が良くないですか?」



 遥音の意見を聞いたうえで、透巳は自身の考えを明確に告げた。やらないで後悔よりはやって後悔。よく聞く言葉だが今回に限って言えば間違っていないだろう。


 失敗したところで明日歌たちは大してリスクを負うことは無い上、成功すれば大きな前進になる。それを加味した上で透巳が発言したことは、その場にいるほとんどの者が理解していた。



「そう、だね……百弥、理事長が二日以上家を空けることってある?」

「あ?えっと、そういえば明後日から三日間どこか行くって言ってたな」



 透巳の言葉に納得した明日歌は、その提案に賛成の意を示した。すると何故か明日歌は百弥にそんな質問をし、彼はそれに何の関係があるのか理解できず首を傾げた。



「それがどうかしたのか?」

「だって理事長に隠れて試すんだよ?私たちがもしその数回のチャンスを使い切ったら、理事長はその日試すことが出来なくなる。そうなったら自分以外の誰かが試したことはすぐにバレちゃう」

「あー。なるほど」



 もし推理が全て外れ、金庫を開けることが叶わなかった場合。理事長に何者かが金庫を開けようとしたことがバレてしまう。


 百弥の話だと理事長は家に居られる日は毎日金庫の暗証番号を確認しているようだ。つまり暗証番号を誤った場合の自動ロックは一日経てば解除されるということになる。


 なのでもし万が一失敗した場合、理事長にその事実を悟られないようにするには少なくとも丸一日の間、理事長が金庫に近づかない状況が必要なのだ。



「じゃあ明後日の放課後、百弥の家行っても良い?」

「おう。それは大丈夫だぜ」



 上手い具合に話は進み、百弥からの了承も得られた明日歌たちは火曜日の放課後に青ノ宮邸に向かうことになった。


 こうして遥音の自宅で行われた緊急会議は幕を閉じたのだった。


 ********


「お前が緊急会議だとか阿呆丸出しのことを言い始めた時はどうなるかと思ったが、案外話が進んだな」

「ね……透巳くんと出会ってからだよね。物事がどんどん進んでいったの」



 F組以外の二人が先に帰宅し、明日歌たちも遥音の家からお暇しようとした時、遥音は今回の感想を皮肉交じりに語った。玄関先で靴を履いていた明日歌はそれを聞くと、ふと意味深なことを呟いた。



「……どういう意味だ?何か勘ぐっているのか?」

「違うよ。ただ透巳くんは優秀だなって話」



 透巳を疑うような明日歌の物言いに遥音はあまり良い反応を示さなかった。遥音は明日歌の認識通り、毒舌だが正義感の強い優しい男なので、明日歌から出た発言を黙って流すことが出来なかったのだ。


 透巳と出会ってからというもの。彼の担任が自殺未遂をしたことで教師たちにかけられた圧力を知ることができ、百弥の暴力的な部分が露わになったことで理事長の目的が垣間見えた。これを踏まえると明日歌の意見も一理ある。


 明日歌は否定したが、遥音はもやもやとした気持ちを抱えたまま明日歌たちがいなくなった自宅に一人、どこか違和感のある空気を感じる羽目になったのだった。




 次は明日更新予定です。


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