学園改革のメソッド21
「この後に兼が加わって今のF組ができたっちゅう訳や」
「……兼くんの説明だけ適当ですね」
F組の昔語りを満足げな相好で終えた薔弥に、透巳は当然の疑問を零した。遥音、鷹雪、巧実、宅真がF組に加入した経緯は事細かに説明したというのに、兼だけたった一文で済まされてしまえば誰だって追及したくなるだろう。
「しゃあないやろ?兼もクラスで苛められるようになって、それを知った明日歌が〝それならうちくる?〟言うて兼が即オーケーして終わりなんやで。これをどないして深く語れっちゅうんや」
「確かに」
明日歌と兼は元々姉弟という繋がりがあるので、互いに信頼し合っている相手からの誘いなら断る理由もない。なので兼の場合は語ることが少ないのだ。もし語るのなら、彼女たちの姉弟としての絆がどのように築かれたのかという説明になってしまう。
納得し、大きく欠伸をした透巳は立ち上がるとズボンについた汚れを両手で払い落とす。
「なんや?もう帰るんか?」
「はい。話は終わったんですよね?」
「せやで。それでどないやった?」
「どうだった、とは?」
薔弥が透巳に感想を求めると、彼は標準語に直して尋ね返した。薔弥は当然のように尋ねたが、透巳には彼が何について意見を求めているのかが分からなかったのだ。
「F組の話や。どない思うた?」
「……分かりません」
「ふーん……ならええわ」
F組が作り上げられた経緯を聞いてどう思ったか。透巳が心の中で本当はどんな答えを出したのか、薔弥には何となく分かっていた。
分かっていたからこそ、敢えて追及はしなかった。探るような瞳と声で透巳を捕らえた薔弥は、猫背気味な姿勢のまま屋上の扉を開く。
薔弥に続いて透巳も屋上から立ち去り、この二人きりの奇妙な時間は終わりを迎えた。
(〝分からない〟……か。〝何も感じなかった〟の間違いやろ)
透巳に気づかれないよう、怪訝そうな視線を向けた薔弥は彼の本当の答えを予測した。透巳は自分が抱いた感情が何か、分かっていないわけでは無い。彼がそれ程無能でないことは、薔弥も本人も分かっている。
薔弥の推測が正解なのか、不正解なのか。それを知るのは透巳ただ一人だ。
********
ふわふわ、ゆらゆら。透巳の持つ猫じゃらしがバネのように空を舞う。その動きに忠実に、シオは猫特有の可愛らしさを十二分に振舞ってじゃれている。
そんな一人と一匹の様子を微笑ましそうに眺めるのは小麦だ。決して広くないアパートの一室に二人と一匹。これが透巳たちの幸せ。透巳にとって例え何を犠牲にしたとしても、守らなくてはいけない日常だ。
今日は完全なる休日、日曜日である。透巳は多くの一般的な学生たちと同じく休日が好きだ。一日中恋人と飼い猫との時間を過ごすことのできる休日は、何物にも代えがたい財産だからだ。
だからこそ、その財産に少しでもヒビが入れば透巳でも若干イラっとしてしまう。
『あ、透巳くん今日暇?暇だったら遥音の家で緊急会議開くから来てよぉ』
「…………」
明日歌からの着信を取らなければ良かったと透巳は秒で後悔した。そして同時に透巳は迷った。忙しいフリをして断るか、素直に遥音の自宅へ向かうか。
嘘をつくのは簡単だ。透巳は嘘をつくことに関してそこそこの自信を持っている。透巳のことをよく知る小麦や家族ならまだしも、明日歌に自分の嘘を見破られるとは思っていないのだ。
だが透巳には青ノ宮学園のことに関して不干渉を貫くことが出来ない理由があった。
「分かりました。場所教えてもらえますか?」
『ホント?ありがとう透巳くん。すぐ送るねぇ』
考えた末、結局行くことにした透巳は明日歌との通話を終了させると出かける準備に取り掛かった。その透巳の様子を黙って見つめる小麦とシオ。面白いぐらいに首の動きが合っている一人と一匹に、透巳は思わず破顔一笑してしまう。
「そんなに気になるなら聞けばいいのに」
「あ……そっか。透巳くん、どこか出かけるの?」
「うん。F組の人たちに会ってくる。シオと留守番よろしくね」
好奇心で塗りつぶされた相好で透巳を見つめていた小麦は素直に尋ねた。小麦の問いに首肯した透巳はシオの頭を撫でると、アパートを後にして遥音の自宅へと向かう。
アパートに残された小麦はシオを抱き上げると、大事な大事な恋人の帰りを静かにじっくりと待つのだった。
********
遥音の自宅らしき場所に到着した透巳は若干当惑する。スマホの地図と目の前の豪邸を見比べ、この場所で間違いないことを確認すると、次は感嘆してしまった。
遥音の自宅は分かりやすい程の豪邸で、一般的な一軒家の十倍はくだらない敷地面積を誇っていた。入り口には仰々しい門が聳え立っており、圧迫感が凄まじい。
結城と記された表札の傍に設置されているインターホンを透巳が鳴らすと、自動的に門が開かれる。分かりやすく「おー」と呟いた透巳は遥音の自宅に足を踏み入れた。
門から家までは立派な庭があり、様々な植物が来訪者を癒してくれる。数十メートルの道のりを歩くと玄関前で談笑している明日歌たちの姿が見え、透巳は小走りで向かった。
「お、透巳くーん!いらっしゃい」
「それは俺のセリフだ」
「こんにちは」
まるで自分の家のように透巳を出迎えた明日歌に遥音は不満気な声を上げた。いつもとは違う私服姿の明日歌たちに新鮮味を感じつつ挨拶をした透巳は、その場にF組生徒以外の人物がいることに気づく。
「百弥くん……どうしたの?」
透巳の視線の先にいたのは百弥だった。透巳の知っている感情が丸分かりの相好ではなく、どこか冷静な面持ちをしている百弥に透巳は彼の変化を感じ取る。
「私が呼んだんだ。薔弥はどうせ来ないと思ったし、今の百弥なら協力してくれるかなって思って」
「透巳……俺、あれから色々考えたんだ。はっきりとした答えはまだ出てねぇけど、今俺にできることをしようと思ったんだ。親父が何か悪いことしてるっていうのは、馬鹿な俺にも分かるから」
悪を滅ぼしたいのか。百弥が悪を滅ぼしたいのか。透巳に問われたことを百弥はここ最近ずっと考えていた。百弥の人生においてここまで何かを考えたのは初めてで百弥自身、自分にこんな集中力があったことに少々驚いている。
そんな中、青ノ宮学園の謎について会議するという明日歌からの連絡を受けた百弥は、自分の父親の愚行を止めることで何か掴めるのではないかとここまで足を運んだのだ。
「そっか。よろしくね、百弥くん」
「おう!」
優し気に微笑んだ透巳に百弥は嬉々とした相好を向ける。
全員が揃ったことで明日歌たちは遥音の自宅に上がらせてもらった。当然ながら家の中も広く、透巳たち計七人が入っても余裕すぎる程だ。
「それにしてもすごい家ですね。流石は警視総監のご自宅」
「あれ?透巳くんって遥音が警視総監の息子って知ってたっけ?」
キョロキョロと室内を観察しながら感嘆の声を漏らした透巳に、明日歌はふと首を傾げる。遥音が警視総監の息子であることはF組の共通認識だが、それを明日歌たちが透巳に告げた覚えが無かったので彼女は不思議に思ったのだ。
「あぁ、この前薔弥先輩が教えてくれたんです。F組がどうしてできたのか事細かく」
「えぇ……薔弥が?アイツ何企んでるんだろ?」
この間の出来事を包み隠さず話した透巳に、明日歌は眉間に皺を寄せて思考する。わざわざ薔弥がそんな手間をかけたということは、そこそこの目的が無いとおかしいというのを理解しているからこその反応だった。
一方透巳は、あの時の話に薔弥が登場しなかったこと。そして明日歌がどうしてF組を作ろうとしたのか、それが語られなかったことを思い出し、こちらもこちらで首を傾げている。
「ここだぞ」
「「……ふつう」」
「悪かったな」
遥音の部屋に到着し、中を興味津々に覗いたF組生徒たちは思わずそう漏らした。失礼極まりないクラスメイトたちの感想に、遥音は口元をピクピクと動かして怒りを抑える。
遥音の部屋はもちろん広いのだが、シンプルを体現したような内装だったのだ。部屋にあるのは学習机とベッドと小さなテーブルだけで、その全てがシンプルで遥音らしいと言えばらしい部屋である。
「よーし!早速始めようか」
遥音は学習机の椅子に、明日歌たちはカーペットの上に座り込むと早速〝緊急会議〟を始めることにした。
「今回議論するのは大きく分けて二つ。どうして学園長が今の学園を作り上げたのか。もう一つはどうやってこの愚行を止めるか」
どうしてこの学園が今の状態になったのかという謎を解くのは、学園を変えるための前段階の様なものだ。明日歌は本格的にこの問題を解決しなければと躍起になっているようだ。
「取り敢えずどうしてかってところだけど、誰か意見ある?」
「まずは何が起きたか、しっかり把握することが大事だろうな。その中に理事長の目的が隠れているかもしれん」
最初に意見を述べたのは遥音で、優秀な彼らしい的確なものだった。理事長が何らかの目的を達成するために今の学園を作り出したのなら、その目的は既に達成されている可能性がある。
達成されたのなら、これまでの学園での出来事の中にヒントが隠されている可能性がある。なので遥音は現状把握が重要だと考えた。
「うーん、起きたことか。苛めが頻発して、教師が見て見ぬふりして、F組が出来て……あー、透巳くんの担任が自殺未遂して……あとなんかあったっけ?」
明日歌は一つ一つ思い出すように呟き、他の面々も頭を酷使してこれまでの出来事の中に手掛かりが無いか探る。
そんな中、どこか空を見つめていた透巳がふと何の前触れもなく口を開く。
「百弥くんが、いじめっ子たちを粛正しましたね」
「……………………あ!!」
「びっっくりしたぁ……なに?百弥」
透巳の言葉に全員が納得している中、その意味をじっくりと噛みしめた百弥が大事なことを思い出したように大声を上げた。その大音量に全員が耳を塞ぐ中、明日歌はその理由を尋ねた。
「透巳の言葉で思い出したんだ……苛めが増えてきた頃、何故か俺に親父がいじめっ子の情報をくれたんだ」
「それって……」
「クロだな」
百弥からその事実を聞かされた明日歌は目を見開いて呟いた。そんな明日歌の気持ちを代弁した遥音も予想外の事実だったのか顔を強張らせている。
百弥は小さな頃から正義の味方を目指し、自身が悪と判断した存在を粛正してきた。それを最も理解しているのは薔弥と父親である理事長だ。その理事長が百弥にいじめっ子のことを教えたということは、彼が暴力沙汰を繰り返すことも予測できたはずだ。
つまりはそう仕向けた。それこそが理事長の目的だったのではないかと遥音は推測した。
「ちょっと待って。その話が本当なら、理事長はいじめっ子たちが百弥にボコボコにされれば良いって考えたんだよね?でも息子にそんなことさせようとする?」
「すると思うぞ。アイツ俺と薔弥には興味ないからな」
話がどんどん進んでしまいそうな予感がした明日歌は、慌てて気になる点を追求した。推測が正しいのなら理事長は自分の目的のために息子を利用したことになる。百弥のしていたことは簡単に警察沙汰になってしまうような行いだ。にも拘らず、それを親である理事長が利用したなんて、明日歌はどうしても思いたくなかったのだ。
だがそんな明日歌の希望は当人の百弥によってあっさりと打ち砕かれた。
「薔弥ならまだしも、俺は馬鹿だから利用できると思ったんじゃねぇ?」
百弥の推測は自嘲でも何でもない。百弥は自身のお頭が弱いことも、薔弥がずる賢いことも理解しているが、だからといって薔弥のようになりたいなどと思ったことは微塵もない。寧ろ軽蔑しているのでコンプレックスでも何でもないのだ。
「そうなってくるとつまり……理事長は奥さんを苛めた生徒を百弥に粛清させるために情報をやったってこと?」
「その可能性は高いな」
百弥は理事長が自分と薔弥には興味が無いと言った。それはつまり妻である澪には愛情を注いでいたともとれる。そんな妻を死に追いやった生徒に復讐するために、息子である百弥を利用した。とても信じられない話だが辻褄は合っている。
「ん?でもそれなら何でわざわざ苛めを煽るような真似する必要があったんだ?」
「あー、確かに。そこは引っかかるね」
真実に近づいたと思った矢先、巧実がふと感じた疑問によってまた入り口に引き戻されてしまった。またもや出没した謎に明日歌はしかめっ面で首を傾げた。
次は明日更新予定です。
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