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アクトコーナー  作者: 乱 江梨
第一章 学園改革のメソッド
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学園改革のメソッド13

「生徒からの苛めですか?」

「そ。まぁそんな珍しい話でもないけどね。気の弱い先生や、生徒に強く言えない先生は生徒からなめられやすいし。良い言い方をすれば親しみやすいってことなんだけど」



 恐らく理事長夫人である澪先生もそういった感じの、優しい教師だったのだろう。だからこそ生徒たちの標的になってしまった。彼女のこと知らない透巳たちには推測しかできないが。



「それで何がおかしいんですか?」

「あれ?透巳くんにしては鈍いね」



 ここまで聞いてまだ明日歌の発言の意味を理解していない透巳に、明日歌は思わずそう指摘する。いつもの透巳なら全てを解説する前に勝手に理解してくれるので、明日歌的には手間が省けて助かっていた。その為彼女は余計に不思議に感じてしまう。



「だから、自分の奥さんが苛めのせいで自殺したんなら、普通苛めをなくそうって考えるでしょ?でも今の青ノ宮学園は正反対。寧ろわざと苛めを頻発させているようにしか見えない」

「…………」



 普通なら自分の妻を死に追い込んだ苛めを憎み、学園から排除しようと考えるだろう。これ以上の被害者が出ない為にも。だが理事長は教師たちに圧力をかけてまで苛めを頻発させようとしている。とても苛め被害者の親族がすることではない。


 この理屈は正しいはずなのに、透巳はどこか納得していない様な相好を見せる。透巳が何故そのような態度をとるのか分からず、明日歌は自分の意見に少々自信が持てなくなる。



「私の言っていること、何かおかしかった?」

「…………苛めが無くなったとして、それでどうなるんですか?」

「えっ?」



 明日歌が尋ねると、透巳は無色透明な瞳でそう呟いた。感情のない様なその瞳の奥底に眠る僅かな思いに、明日歌たちは鳥肌を立たせる。



「苛めが無くなれば、理事長の奥さんが生き返るんですか?苛めが無くなれば、澪先生を苛めた奴らに報いることが出来るんですか?そんなわけないですよね?苛めがこの学園から消えたところで澪先生は理事長の元に帰ったりしない。苛めが消えたところで、澪先生を苛めた奴らが苦しむわけでもない。寧ろ自分たちが標的にならないという安心感と、ぬるま湯の様な学園生活で自分たちが犯した罪も罪悪感も忘れるでしょう」

「「…………」」



 淡々とした口調で紡がれた言葉にはどこか反論できない様な凄味があった。透巳は無表情で、声音にも変化など見えなかったが、何故だが明日歌たちには透巳が怒っているように見え、思わず足が竦んでしまう。



「そもそも苛めを完全に消すことなんてできません。俺が理事長だったら、そんな無駄なことに時間を割くより、自分の大切な人を死に追いやった人間に完璧な復讐をする算段でも付けますよ。ま、これはあくまで俺の意見なので、一概にそうとは言えないですけど」

「そ、そう……」



 苛めはなくならない。そんなことは明日歌たちが誰よりも一番理解していた。だが明日歌は自分たちの価値観で、苛めに恨みを持つ者なら苛めを消したいと考えるだろうと、勝手に思い込んでしまっていた。

 透巳の言葉で明日歌はそのことを自覚させられ、思わず呆けた様な声を出す。



「俺たちは理事長ではないし、大事な人を苛めのせいで失った気持ちを理解できるわけもありません。理事長にも理事長の考えがあるんでしょう」

「そうね……ごめんね透巳くん。私なんだか焦ってるみたい」

「どうして謝るんですか?」



 明日歌は透巳の雰囲気から怒気を感じた理由に気づき、素直に謝罪した。


 大事な人が苛めのせいで自らを殺すという最悪な選択をしてしまい、それを止めることが出来なかった。大事な人の苦しみに気づいてやれなかった。その気持ちが、思いが、苦しみが、怒りが、恨みが、無力さが、どれ程のものかなんて、他人には想像することしかできない。


 他人でしかない透巳たちが、理事長の気持ちを勝手に理解した気でいるのは侮辱に等しい行為だ。


 なのでそれについて明日歌は謝ったのだが、当の透巳がキョトンとした相好で首を傾げるのだからとんだ杞憂だった。



「ううん、何でもない。とりあえず私たちは澪先生についてしばらく調べてみるよ。毎日昼休みに呼び出しちゃってごめんね」

「いえ、じゃあ俺はこれで」



 とりあえず話がまとまったところで透巳はF組の教室から退出する。透巳が扉を閉め、進行方向に視線を向けると、そこには先刻帰ったはずの薔弥の姿があった。まるで透巳のことを待ち構えていたような薔弥は、透巳に向かって手を振り口を開く。



「なぁ、透巳くん。午後の授業、サボる気あらへんか?」

「はい?」



 有無を言わさぬ笑みで唐突にそんな提案をしてきた薔弥に、透巳は言葉通り首を傾げつつ疑問の声を上げた。


 ********


 吹き抜ける風、照り付ける太陽、いつもよりも傍にある空。透巳はそれ感じながら呆然と目の前の青年に視線を向ける。


 透巳と薔弥がいるのは学園の屋上。とは言っても、以前透巳の担任である藤村が自殺しようとした高校の屋上ではない。今透巳が足を踏み入れているのは、青ノ宮学園中等部の校舎の屋上なのだ。



「よく中等部の屋上の鍵なんて手に入れられましたね」

「そら俺は理事長息子やからなぁ。そう簡単に逆らえる教師共はおらへんよ」



 高等部の生徒が中等部の、しかも屋上の鍵を使用する許可を得るなんてことは、普通の生徒になら不可能だ。だがこの学園において薔弥は百弥と同じく普通の生徒ではないので、これぐらいなら朝飯前なのである。


 透巳が納得していると、五時間目の授業開始のチャイムが鳴り響く。それは同時に透巳と薔弥のサボりを確定させる合図でもあった。



「それで、何か用でしたか?」

「ん?いや用ってわけでもないんやが、透巳くんには教えとこと思うてな」



 透巳は薔弥の返答で、この学園に関する何かを彼が伝えようとしているのではないかと思考する。薔弥が透巳に教えようとすることがそれぐらいしか思いつかなかったからだ。



「透巳くん。どないしてF組が出来たか、気にならへん?」

「……はい?」



 予想の斜め上の発言に、透巳は僅かに動揺を見せる。今までの話の流れとはあまり関係の無いことだったので、透巳の驚きは余計に膨らんでしまう。

 一方の薔弥は、透巳でも多少狼狽えることがあるのだと知り、興味深そうな相好で透巳を観察している。



「名付けるとしたらそうやなぁ……〝F組創立秘話〟っちゅうのはどうやろ。どや?気にならへん?」

「どやと言われましても……そういうのは本人から聞くものですし」



 どやならぬドヤ顔をかましてきた薔弥に、透巳は当惑気味に返答する。そもそも透巳はF組が何故できたのか。どのようにして今の形になったのか、ということに興味があまり無かったのだ。



「過去はどうでもいいです。俺が接しているのは、今の明日歌先輩たちだけなので」

「カッコええこと言うなぁ、透巳くん。まぁでもそんなつれへんこと言わんで、聞くだけ聞いてくれへんか?俺が話したいねん」

「はぁ……」



 透巳には何故薔弥がそこまでしてF組の話をしようとするのか理解できなかったが、与えてくれるという情報を無駄にする気も無いので、黙って薔弥の話を聞くことにした。



「まずは暁明日歌と結城遥音の出会いからやな」

「……あぁ、だからここなんですね」

「流石に察しがええなぁ」



 F組というクラスが一人の存在ではなく、初めて集団になったのは明日歌と遥音が出会った時だ。なのでF組を語る上で二人の出会いは欠かせないのだが、それを聞いた透巳は屋上を見渡すと納得したように呟いた。



「せや。この中等部の屋上が二人の出会いの場なんや」



 聞かずとも透巳の考えを察した薔弥は首肯した。透巳はF組のことを詳しく知っている訳では無いが、ある程度の予測をつけることは出来る。まずF組が出来た時期だが、これは学園がおかしくなった時期を踏まえて考えれば簡単に割り出せる。


 藤村の話だと理事長が圧力をかけ始めたのが四年前。つまり明日歌たちが中学一年生の頃だ。そしてF組がこの学園に逆らうために出来たと言っていた明日歌の話を踏まえると、同じ時期にF組が出来たということになる。


 その頃に遥音と明日歌が出会ったのであれば、その時二人は中学生。だから薔弥はわざわざ中等部の校舎でこの話をしようと思ったのだ。


 

「お察しの通り、明日歌と遥音が出会ったんは四年前――」



 薔弥は能弁に、F組が設立したきっかけを語り始めたのだった。




 ********


「ふんふんふんふんふーん」



 軽やかな足取りでスキップしながら、長い長い階段を上る少女。同時に揺らしている腕は細く色白で、彼女の天真爛漫さを物語っている。


 彼女が向かうのは中学校の屋上。鼻歌を歌っているのは、探し人がそろそろ見つかることを予期しているからだ。その日一日中、探し人を捜索していた少女は屋上以外全ての場所を回ったが、目的の人物はその何処にもいなかったのだ。


 つまりは唯一探していない屋上にいるということなので、少女は期待で胸を膨らませているという訳だ。



「わぁお。ホントに開いてる」



 屋上に辿り着いた少女は、本来鍵がかかっているはずの扉が開いている事実に目を見開く。探し人がここにいることは分かっていたが、それでも驚くべき光景だったのだ。


 少女が扉をガチャリと開けると、その視線の先には一人の少年がいた。少女と同学年の印である制服に身を包んでいる少年は、教科書に視線を注いでいて勉強中であることは明らかである。



「あぁ!いた!結城遥音!」

「…………ちっ……誰だよお前」



 少年の名前を声高らかにそう呼んだ少女は、嬉々とした相好で遥音を指差す。一方、突然の侵入者に気づいた遥音は不機嫌丸出しの相好で舌打ちをすると、少女を睨み据えて尋ねた。


 遥音が舌打ちをしたのは自分のテリトリーであるこの場所に踏み入れられ、勉学の邪魔をされたことに苛立っているからだが、少女はそんなことお構いなしである。



「私は暁明日歌だよ。……遥音、早速だけど私の仲間になりなさい!」

「……文言が支離滅裂すぎて理解できん。小学生からやり直せ」



 誤解の無いように言っておくが、この二人は今が初対面+初会話である。少女――明日歌の唐突過ぎる提案と物言いはとても初対面の相手にするものではないし、遥音の毒百パーセントの返しも同じ理由で異常だ。


 だがこの状況で困惑しているのがどちらかと問われれば、それは当然遥音の方である。顔も名前も初見の相手に突然「仲間になれ」なんて言われて即答できる人間がいるなら出てきて欲しいと、遥音は叶いもしない望みを頭で浮かべる。


 目の前にいる暁明日歌とは何者か。何故ここに来たのか。何の目的で、何の仲間になれと言っているのか。遥音の頭の中には複数の疑問が過ぎり、正直言ってパンク状態である。



「それにしてもどうやってここの鍵ゲットしたの?私驚いちゃったよ」

「……職員室に用があった時、バレないようにスペアキーを作った」

「何それズルい」



 仲間云々の話から急に逸れてしまい、遥音は若干当惑したが素直に答えた。すると明日歌は顔を引き攣らせ、遥音の偉業に少々恐れ戦いている。



「何だかやってること警察っていうよりスパイみたいだね」

「…………おい、何故知っている?」



 明日歌が何と無しに呟いた言葉に、遥音は僅かな違和感と大きな疑問を抱いた。明日歌の物言いだと、まるで遥音が警視総監の息子であることを知っているようだ。というよりも、知っていなければそんな発言は出てこない。



「ふふん。少し遥音のことを調べたまでよ」

「ちっ……名前で呼ぶな馴れ馴れしい。殺すぞ」



 ドヤ顔で言ってのけた明日歌に遥音は再度舌打ちをすると毒を吐く。明日歌を睨むその眼光はとても鋭く、明日歌は思わず破顔一笑した。



「やっぱいいなぁ。高い壁であればあるほど燃えるよね!やっぱ遥音のこと仲間にしたい!」

「だからその仲間とやらは何だ?話が全く見えないのだが」



 一人で勝手に遥音のことを気に入り、勝手に興奮している明日歌に遥音はまるで不審者を見る様な目を向ける。

 鼻息を荒くしながらキラキラと瞳を輝かせる明日歌は、遥音が今までの人生で出会ったことの無い人種で、僅かに目を奪われてしまう。



「私ね、目標があるの。この学園のせいで居場所をなくした子たちを集めて、クラスを作って、そのクラスメイト達とこの学園をぶっ壊すっていう目標」

「……そんなこと、本気で出来ると思っているのか?」



 真っ青な空を見上げて自身の目標を語る明日歌の顔は、遥音が今まで出会ってきたどんな女性よりも美しく、真っ白で、そして儚く見えた。


 一瞬目を奪われた遥音だったが、すぐに明日歌の呟いた内容について頭を働かせた。この学園がおかしくなり始めていることには遥音も気づいていた。何故なら遥音もこの学園の被害者の一人だったからだ。


 被害者であるからこそ、遥音には明日歌の目標がどれだけ実現困難なことか理解できた。



「できる。遥音が最初のクラスメイトになってくれれば、必ず」



 きっぱりと断言した明日歌の瞳は力強く、吸い込まれてしまいそうな引力を放っていた。何故彼女が自分を求めるのかも、何の根拠があってそんな自信を持っているのかも、遥音に知る術はない。

 遥音に分かるのはたった一つだけ。明日歌がこれまで嘘偽りなく自分と接しているということだけだ。


 明日歌は笑みを浮かべると、遥音に向かって右手を差し出す。



「遥音。この学園を変えるために、私の仲間になって」

「…………断る」



 前途多難である。




 次は明日更新予定です。今回で第一章の半分ほどが投稿できたと思います。


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