26.未来への選択
重苦しい沈黙が部屋中に張りつめたが、大樹様はそれを打ち破るように続けた。
「話した後、琴音に罵倒されたよ。
裏切り者、酷い、最低……そんなふうに言われて……。
本当に最低だと思ったよ、大事な友人だと言いながら、彼女の気持ちに全く気がついてなかったんだ。
今まで向き合ってこなかったんだと痛感したよ。
結局、謝る事もできないまま、部屋から追い出された」
心が痛くなった。姉様はどんな気持ちで、あの言葉を最期に残したのか。でも、二人の間はそれだけじゃなかったはずだ。
「姉様は……大樹様に、口づけをされたと、喜んでいました」
大樹様は、思いがけないことを言われたかのように目を見開いて驚いている。
「それ、琴音が言ったの?」
「え……?は、はい」
彼は、心苦しそうに目を伏せた。
「……信じてもらえないかも知れないけど、琴音とそういうことをしたことはないよ。
以前、死ぬまでに一度くらいキスというものを経験してみたいと言われたことがあるんだ。
その時には、婚約を解消していたし、天音が婚約者になっていたからそんな事できなかった。
そういう気持ちでするものじゃないって、もっともらしいことを言って断ったんだ」
あの時、なぜキスをしてもらったと言ったのか?
もしかして、私の気持ちにも気が付いていた?
疑問が、次から次へと頭をよぎっていく。
「酷い男だと自分でも思うよ。次の日、琴音が亡くなったと連絡を受けて、自己嫌悪でどうにかなってしまいそうだった」
「……大樹様」
なにも言葉をかけられない。
自分自身の気持ちすら、今はわからない。
姉様はつらすぎて、あんな言葉を残したのか。彼女の気持ちを思うと、とても苦しい。
「天音にも本当に悪いと思ったんだ。こんな卑怯な男が婚約者になってしまって申し訳ないと。
それでも、天音を失うのは嫌だった。
……いつか本当のことを話さなければと思いながら、でも嫌われるのも怖くて黙っていたんだ」
彼の気持ちは痛いほどよくわかる。
「それを言うなら私もです。姉様のことを思うと、私は本当の気持ちを伝えられなかった。
大樹様に向き合おうとせずに、姉様からもずっと逃げてたんです」
「天音……」
「姉様はきっと私の気持ちに気が付いていた。
私も姉様を裏切っていたんです。悪いのは、大樹様だけじゃないんです」
命に期限があると知った姉様は、誰よりもずっとずっと辛かったのだ。でも、最期の時までそんな態度は一度も見せなかった。姉様は本当に強い人。
どんなに恨まれていようとも私は彼女を尊敬しているし、大好きだ。
「天音、私は君を愛している。けれど、それを伝える資格がないとずっと思ってた。
話を聞いて、君の気持ちは変わってしまったかも知れないけど、私の気持ちは変わらない。ちゃんと君と向き合いたいと思っている。
もう、嫌になってしまっただろうか?」
悲痛な面持ちでそう質問してくる大樹様も、ずっと苦しんでいたのだろう。
「私も大樹様をずっとお慕い申し上げておりました。今でもその気持ちは変わっておりません。
姉様のことは、きっと私たち二人で背負うべきなんです」
「天音……、ありがとう」
どう足掻いても、亡くなった人には、謝れない。二度と姉様に許してもらえない。
だからといって、全て諦めて後悔だけで生きていくのは辛すぎる。
姉様の分まで幸せに、なんて傲慢なことは思わない。けれど、少しは自分の人生も考えさせて欲しい。
もし叶うならあなたに許してもらいたかった。
それから数日後、私たちは、姉様のお墓参りに行くことにした。
家から車で一時間ほどかかる山の麓にあるお寺に、姉様の墓がある。
かなり広い場所で、春には桜が咲き誇りとても綺麗な景色を見られる。今は時期がずれているので青々とした緑が生い茂っていた。
お花と姉様が好きだったお菓子を包んでお墓の前に供えた後、二人で手を合わせた。
お久しぶりです、姉様。
私は、あなたにずっと辛い思いをさせていたのね。本当にごめんなさい。謝っても許してくれないかもしれないけれど、それでも謝りたい。
自己満足に過ぎなくても、私は姉様が大好きだから、許して欲しいと思ってます。
これからちゃんと過去とそして大樹様と向き合って生きていきます。姉様は怒るかもしれないけれど、それでも……私は大樹様が好きなんです。
姉様も大樹様が好きだったんだよね?
優しい姉様が本気で彼を恨んでいたとは思いたくない。きっと、どうにもならない思いをぶつけてしまったのだと思う。
大樹様は優しいから受け止めてくれると思ったんだよね?
姉様は甘えたなところがあったから、そうだったと思いたいの。
ごめんなさい。今はまだどうやって償えばいいのか分からないけれど、私はずっと姉様を大好きで大切に想い続ける。本当にあなたの妹で良かったと思っています。
「天音?」
目を開けた私は、合わせた手を離した。
「姉様は、とても強い人でした」
「……そうだね」
彼女は最期まで精一杯生きていた。私たちは、それを見てきたのだ。
「いつも琴音には元気をもらっていたよ。病気のことがわかってからも、彼女は笑顔を絶やさなかった。その強さが眩しかった」
「はい。私もそう思います」
無理をしていたのかもしれない、けれどそれができる姉様は本当に強かった。
大樹様が立ちがり、私もそれに倣う。
「帰ろうか?」
「……はい。また来ますね姉様」
もう一度お墓に向かって手を合わせた。
墓を後にして、私達は来た道を戻る。
気持ちがいいお天気だ。爽やかな風が吹いている。
木々も青々としていて綺麗で、私は少し辺りを見渡した。
「あら?」
思わず漏れた声に、大樹様が反応した。
「天音?」
「あ、申し訳ございません。知っている方がいたので……」
私が見ている方に大樹様も視線を向けた。
「知り合い?」
「はい。赤津様の付き人をしている黄倉 涼太様という方です。お墓参りでしょうか……?」
少し遠目だが、お墓の前で座り込んで手を合わせているのは、涼太様だった。
「そうみたいだね。随分長いこと手を合わせてるみたいだ」
なかなか顔を上げない涼太様。とても大切な人が亡くなったのかもしれない。
「邪魔をしてはいけませんね。声はかけない方がいいでしょう」
「そうだね。あまりこういうところを人に見られたくはないだろうし」
「そうですね」
私は頷くと、大樹様と一緒に歩き始めた。
「人はいつか亡くなるんだと、わかっていても悲しいものだね」
大樹様はポツリとそう呟いた。
「……はい。私はさまざまな人の死を視てきましたが、どれだけ視ても慣れませんし、悲しくなります」
大樹様は、ハッとして申し訳なさそうに言う。
「ごめん。天音にとって、その力はとても辛いものだね」
「謝らないで下さい。私は、それでも助かる人がいるならこれからもそういう人達の為に力を使っていきたいと思います」
「天音は強いね」
「もっともっと強くなりたいです」
笑顔を向けると、大樹様も優しい笑顔を返してくれた。
この優しい笑顔を守りたい。
前編、終了しました。ここまでお付き合いいただきありがとうございます。
後編は、解決編の予定です。
考え直したい部分ができたので、しばらく間が空くと思います。お待ちいただけると嬉しいです。




