25.大樹様の気持ち
自宅に戻ると、芳江さんに着替えをさせられ、布団の中に放り込まれた。
前にも似たような事があったが、心配をかけた自覚はあるので、されるがまま大人しく布団に入った。
「天音、少し眠るといい。疲れただろう?」
なんだかいつもより優しい口調の大樹様に、少しくすぐったい気持ちになる。
「大樹様は、どうなさるんですか?」
「一度、赤津さんと神城様に連絡をしてみるよ。今後のことも話したいしね」
「大変ご迷惑をかけて、申し訳ございません」
大樹様は、ぽんぽんっと私の手の甲を撫でる。
「天音は、なにも悪くないから謝らなくていいよ。……それと、少し休んでからでいいから、話があるんだ」
「話ですか?」
「うん。それは落ち着いてからでいいよ」
フワリと優しい笑みを向けられて、なぜか恥ずかしい気持ちになり、視線をそらしてしまう。
「分かりました」
「うん。じゃあ、少し席を外すから、ゆっくり休んで」
「はい、ありがとうございます」
そう言って、大樹様は部屋を出て行った。
一人になると、部屋内の静けさに、恐怖が湧き上がり、布団を深くかぶる。
「怖かった……」
思わずもれた言葉だった。
自然と首元をさすると、恐ろしい気持ちが湧き上がってくる。
首を絞められ、死んでしまうと思った。
怖くて、苦しくて、つらくて、大切な人たちの顔が目に浮かんだ。
私は、生きている。
……姉様。私、やっぱり幸せになりたい。なにも感じずに生きることなんて無理だ。
姉様は許してくれないかもしれないけれど、大樹様とちゃんと向き合って生きていきたい。
ごめんなさい、姉様。
どれくらい眠っていたのかわからないまま、目を覚まし、ゆっくりと目を開く。
既に窓の外は暗くなっていて、もう夜なのだとわかった。
「目が覚めた?」
その声に驚いて私は、勢いよく身体を起こす。
「大樹様!?」
「よく眠っていたね」
寝顔を見られていたかもという事実に気が付き、顔が熱くなる。幼い頃は同じ布団で寝てたこともあるから、今更な気もするけど……。
「ごめんね。夕食の時間だから起こしに来たんだけど、まだぐっすり寝てるみたいだったから、少し待とうかと思ったんだ」
「い、いえ。大丈夫です」
ヨダレが垂れていないか心配になって、口元を触る。大丈夫そうで、安心した。
「先に食事をする?」
「……そうですね。芳江さんをお待たせするのは申し訳ないですし」
「うん。じゃあ、その後話そう」
「はい」
芳江さんは、私の大好物をたくさん用意して待っていてくれた。その心遣いがとても嬉しい。
食事を終えて、改めて大樹様と話す事になった。
どんな話かわからないけれど、可能なら自分の気持ちもお話ししよう。
私たちは、客間に移動し、芳江さんがお茶を淹れてくれた後、部屋で二人っきりになった。
「今日は大変だったね」
「はい。ご心配をおかけして申し訳ございませんでした」
「本当に無事でよかった。天音がいなくなったって聞いて、心臓が止まるかと思ったよ」
「そんな……」
大袈裟だ。だけど、よく考えれば突然人が行方不明になれば、驚くのも無理はないと口を噤んだ。
「それで、話なんだけど」
「はい……」
言いづらい話なのか、大樹様は、目線を彷徨わせて言いよどんでいる。
「その、先ずは天音に謝らなきゃいけなくて……」
「……はい」
謝らなきゃって、もしかして沙英様のこと……?やっぱり彼女に惹かれて……。
不安になっていると、彼は意を決したのか話し始めた。
「実は天音達の行方を探す為に、過去視を使ったことは、話したよね?」
「はい」
「それで……その、天音と沙英さんの話を聞いたんだ」
「私と沙英様の話?」
最初は意味が分からなかった。それを理解した瞬間、私の身体は熱を帯び、顔が沸騰したように熱くなる。
話って、大樹様をお慕いしているというやつじゃないの!?
「天音に力を使うつもりはなかったんだけど、今回は緊急だったから……」
「い、いえ。その……仕方がなかったのです。あ、謝らないで下さい」
動揺してしどろもどろになってしまう。
駄目だ、誤魔化せない。……ううん、どの道話すつもりだったから、いい機会なのかしら?
「天音」
とても真面目な声で名前を呼んで来た大樹様に、私はドキッとする。
「はい」
彼は、ゆっくりと目を閉じた後、深く息を吐き、目を開けた。
「そのことで、話があるんだ。……話を聞いたら、君は私を軽蔑するかもしれない。だから、先に話を聞いてほしい」
「私が大樹様を軽蔑……?」
そんなわけがない。けれど彼の真剣な目に、否定ができなかった。何を言われるのか、不安が膨らむ。
「琴音のことなんだ」
「姉様の?」
腹を決めたように、彼は拳を握り締めた。
「私が琴音を死に追いやってしまったんだ」
「……え?」
姉様を、死に追いやった……?そんなわけない、姉様を追い詰めたのは、私だ……。
「私と琴音は、周りから相思相愛だと言われていたけど、本当はそうじゃないんだ」
「なにをおっしゃっているのですか……?」
悲痛な面持ちの大樹様は、それでも話すのをやめなかった。
「もちろん、私は琴音が大切だった。でも、それは友人としてという意味だったんだ。
琴音とは気が合ったし、一緒にいて楽しかったから、婚約の話が出た時も彼女ならと了承した。
あの頃の琴音は難しい立場だったから、彼女も私なら問題がないと思って婚約を了承したんだと思っていたし、本人もそう言っていたんだ」
「そんな……」
二人は紛れもなく相思相愛だとみんなが思っていた。それほど二人は仲が良かったから。
「あの頃は、友人としての好きと異性として好きの違いが、よくわかっていなかったんだ。
それに気が付いたのは、天音に婚約を報告した時だ」
「え?」
「……天音に、本当の兄になるのが楽しみだと言われた時、とても嫌な気持ちになった」
「それは、どういう……」
自分の中に現れた感情は、手に負えないほど複雑だった。
「琴音も天音も大事な妹みたいな存在だと思ってた。
琴音は気が合って楽しい相手で、天音は兄様と無邪気に慕ってくれる可愛い存在だったんだ。
けれど、いつの間にか天音に対して、それ以上の気持ちがあった」
とても素直に受け入れられる話ではない。大樹様の言い分では、ずっと昔から思われていたことになる。
「気が付いた時には、もう琴音と婚約が成立していた……愛そうと思ったんだ、彼女を。
でもやはり違和感があって、このまま結婚するのは間違っていると感じていたけど、この結婚は必要なものだったから、どうするべきかとても悩んだ。
そんな時、琴音の病気が発覚して自分の気持ちを言い出せなくなって、そのうち婚約解消の話が出たんだ。
自分の本心を話す必要がなくなったことに、正直ホッとした。
琴音が大変な時に酷いだろう?」
そこまで話し、大樹様はこうべを垂れた。彼も私と同じように姉様に対して罪悪感があったようだ。
「せめて、琴音が最期の時間を穏やかに過ごせるように、支えようと思った。
……今思えばとても傲慢でズルい考えだった」
「そんなことは……」
あの頃の大樹様を私は知っている。本当に姉様を心配していて、大切に接していた。
「あの日……、琴音が亡くなる前日。見舞いに行った時に彼女に言われたんだ。
あなたの気持ちは分かってる、親友に隠し事なんてできるわけがないでしょう、私に気を使う必要はないと。それで、琴音も私と同じだと思った。
異性と友人の好きの違いがわからないまま私と婚約して、同じように悩んでいたんだと。
それで……話してしまったんだ。天音への気持ちと婚約が既に解消されていることを……」
「そんな……」
ヒュッと喉がなり、手が震えた。
違う、姉様は、大樹様を慕っていた。そうじゃなきゃ、あんなこと言わない。
彼は、つらそうに目を伏せた。
「そう、私は勘違いをしていた。彼女は、私を好いてくれていたんだ」




