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16.脅迫状

 菊池 晴海、21歳。菊池酒造(きくちしゅぞう)という和照酒醸造わしょうしゅじょうぞう会社の社長令嬢で、彼女が話していた通り姉様と同じ学校に通っていた。

 実際に二人は仲が良かったらしい。

 わが家に見舞いに来ていたかどうかまではわからなかったが、ここまでは唯香が調べてくれた。


 やはり彼女の話は、本当だったのだろうか……。姉様は大樹様のことで私を憎んでいたけれど、それよりもずっと前から嫌っていたの?

 どれだけ考えたところで答えは出ない。


「どうしたんですか、ボーッとして」


 突然声を掛けられて私は顔を上げた。

 しまった、こんなところで考えごとをしてしまうなんて。


 隣には赤津様、そして目の前には神城様。ここは神城様の屋敷のいつもの部屋だ。


「いえ、なんでもありません」

「まだ、体調が優れないのでは?」

「そんなことはありません。大丈夫です」


 失態だ。本当に私は何をしているのか。

 冷静にならなければ。


「そういえば、先日娘と会ったらしいな?」


 ドクンと胸が鳴る。


「……はい」


 神城様は嫌らしい笑みを浮かべている。


「で、どうだった?」


 彼は、姉様と娘さんが似ていることを知っていたようだ。


「よく似ているだろう?お前の父親も初めて沙英を目にした時驚いていた」


 お父様もご存知だったのね。でもそんな話聞いたことないわ。……話してくれそうなものなのに。

 私の考えを見抜いたのか、神城様がクックックッと笑う。


「私が口止めしたんだよ。二人がそっくりだと、家族に話すなとね。その方がのちのち楽しめそうだろう?」


 本当にこの人は、人が悪いというか快楽主義者というか。


「沙英さんが天音さんのお姉さんと似ている……?」


 驚きの表情を浮かべている赤津様。

 姉様の存在は知っていても顔まではわからなかったようだ。


「知らなかったのか?まあ、二年も前に亡くなったからな」

「ええ、存じあげませんでした」

「あまり似ていない姉妹だと思わないか?正反対に見えるだろ」

「……確かに沙英さんと似ている方でしたら、天音さんとは似ていませんね」


 わざわざ言われなくとも、姉様と正反対なのはよくわかっている。


「私のことはともかく、今回のお仕事の話を聞きたいのですが?」


 大して面白い反応を見られなかったことにガッカリしたという様子の神城様だったが、一度咳払いすると机の引き出しから数枚の紙を取り出した。


「実は脅迫状が届いていてな」

「脅迫状?」


 私たちは、机の上に置かれていた紙を覗き込む。


「輸入船の投資を止めろという内容ですね」


 赤津様が数枚の脅迫状に共通して書かれてある言葉を口にした。


「ああ。前に犬塚に視てもらった外つ国からの輸入船に関する投資のことだ。

 まだ契約は締結(ていけつ)していないが、話はほとんど固まっている。まあ、そこでこの脅迫状というわけだ」

「差出人の心当たりは?」

「多すぎてわからん」

「なるほど」


 呆れてしまうような返事に、赤津様も私も苦笑してしまった。


「脅迫状など日常茶飯事(にちじょうさはんじ)だからな、気にするほどでもないと思ったんだが……、この紙が見つかった場所がなぁ」

「と言いますと?」

「屋敷の中なんだ」


 どうということでもないという雰囲気で神城様は言っているが、かなり問題のある発言だ。


「屋敷の中とは、また物騒ですね」

「そうだなぁ。と言っても玄関ホールに置かれていたんだ。

 出入りする者は全員容疑者になってしまう。

 もちろん、お前たちも含まれるぞ」


 神城様の言葉に私と赤津様は思わずお互いの顔を見合わせてしまった。私は慌てて視線を逸らし神城様に問いかける。


「では、一応私の力で視てみますか?」

「そうだな、とりあえず頼む」

「わかりました」


 私は、神城様に向かって手の平を向けた。


「……特に危険が及ぶような未来は視ることはできません。

 ですが、私の力も完璧というわけではないので、楽観視することは言えませんが」

「そうか、他になにか視えたか?」

「関係があるのかわかりませんが、西の方角、森の中、木造の建物……それと川の流れる音が聞こえてきました」


 視えたものを答えると、神城様は眉間に皺を寄せて考え込んでいる。


「なにか心当たりが?」

「いや、分からんな。思いつかない」

「なにか意味があるのでしょうか……?」


 二人とも深刻な表情で考え込んでいる。私はそれを横目に、脅迫状に視線を落とした。


 神城様の投資を止めて一体なにがしたいのだろうか?投資を中止することによって得をする人間がいるということか。


「この件に関しては、私が調べてみます」


 脅迫状の一枚を手にとり、赤津様はそう宣言する。


「ほう?」

「こういう調査は、天音さんより私の方が得意だと思いますので」

「……ふむ。それなら赤津に頼むとしよう」

「はい」


 なぜか私抜きで勝手に決まってしまったが、正直ありがたい。こういう仕事は苦手だ。


「では、よろしく頼んだぞ」


 仕事の話が終わると挨拶を済ませ、私と赤津様は退出した。

 廊下を歩いていると隣にいた赤津様が声を掛けてくる。


「天音さん、この後お食事でもいかがですか?」


 この質問も毎度の事だ。


「いいですよ」

「……え?」


 大きく目を見開いている。意外だったのだろう。


「どうかしましたか?」

「いや……、いいと言われると思っていなかった」


 かなり動揺した様子の彼に、私は淡々と答える。


「先日、気分が悪いところを助けていただいたので、お礼をと思っていました。

 ですが、これはただのお礼です。他意はありませんから」


 しかし、赤津様は複雑そうな表情を浮かべている。


「断られると思ってたから、今ものすごく自分の中で葛藤(かっとう)してる」

「葛藤?」

「さっきの脅迫状のことだ。さっさと解決した方がいいだろ?食事してる場合じゃないと思ってな」

「……言われてみれば確かにそうですね」


 納得できる言葉だ。


「では、今回はやめておきましょう」


 赤津様は苦虫を噛み潰したような表情になっている。


「なんでこういう時に限って了承するんだよ」

「ですから、先日のお礼と申し上げました」


 とても不満そうにしているが、こればかりは仕方がない。


「それはそうかも知れないが……。いや、うるさくは言うまい。

 それより今から帰るなら充分気を付けろよ」

「はい?」

「あのなぁ、脅迫状を送るような奴がこの屋敷に出入りしてる可能性があるんだぞ?

 出くわしたらどうするつもりだよ」

「さすがに屋敷内で行動は起こさないのでは?警備の者もいますし」


 視線を彷徨わせると、廊下にも警備の者が数人待機している。


「どんな場所でも隙はある。狙われたら、あんたみたいな女はすぐに連れ去られるぞ」

「失礼ですね。これでも護身術は習得しているんですよ」

「護身術?」

「はい。誘拐されそうになったのも一度や二度の話ではありません。両親への脅しのため、私自身の力を手に入れるため、理由はそれぞれありましたが」


 彼は益々険しい表情になっていく。


「危険過ぎるじゃないか」

「絶対に大丈夫とは言えませんか、自衛はしています」

「……それでも気をつけろよ」


 眉間に皺を寄せながらそんなことを言う赤津様を面白いと思った。彼が私を凝視していることに気がつく。


「なにか?」

「いや、やっと笑った顔が見られたから」


 赤津様はそう言って、嬉しそうに笑った。私は少し微笑んでいたらしい。

読者様方、ここまで読んでくださりありがとうございます。

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