本編未投稿35.5 「ひとつの指輪の物語」
それは、「ネジ飛び姫」に出会って二年目の一学期。例の「野村事件」の渦中での事。
私は野村の来訪以降、非常に機嫌の悪かった姫様のご機嫌を取るべく、また、私達は誕生日がわずか三日違いだったので、お祝いは合同で行う事になっていたのですが、その前祝いも兼ねて、以前から約束をしていた、エリが大好きなパンダのいる動物園へ、デートに誘うのでした。
そして、その当日の事。私達は目的地に向かうため、電車に乗っていました。
電車に乗った時、たまたま席が一つ空いてまして、それを目敏く見つけた私は、エリをその席に押し込みます。
「別に良いのに。」
「気にすんな。」
それからしばらくして、私の隣に年配の女性が立った時の事。私がエリに声をかけようとすると・・・
「お婆ちゃん、この席どうぞ。」
と、意外にも、エリはアッサリと席を代わってあげたのでした。
「へえ・・・。意外と気が利くんだな、お前。 エライじゃないか。」
「馬鹿。 エラいとかエラくないの問題じゃないわ・・・。」
そんな姫様の意外な一面をみつつ、それからしばらくして、私達は目的地に着きます。
「相変わらず賑やかだな・・・。」
私達は最寄り駅の「公園口」を出ると、目的地に向かって歩き出します。
ここら一体は、その全てが所謂「公園」と呼ばれる地域に指定されており、その中に動物園や博物館が点在しておりました。かつては某将軍家の菩提寺として栄華を極め、戊辰戦争時には、多くの悲劇を産んだこの御山も、現在は人々の憩いの場となっております。
その途中、私達は道端に沢山、座り込んでいる人々を見る事になります。
その方達は、所謂、傷痍軍人などの戦争負傷者とよばれる人達で、既に戦後も何十年も過ぎているこの当時でも、この様に道端で寄付を求める人達が、結構いらっしゃいました。
その中でも、特に痛ましい方がいらっしゃり、爆風で両足と片手を吹き飛ばされ、顔の半分を負傷したそうで、車椅子に乗られながら、その場で寄付を求めておりました。
正直、私はその人達を目の端に入れても、特別かかわろうとは思わなかったのですが、エリはその人の元に迷わず駆け寄ると、幾ばくかの寄付を納め、幾つか言葉を交わしてからこちらに戻ってきました。
車椅子の方は、エリに向かい、ずっと頭を下げ続けていました・・・。
「・・・・。 お前、意外とボランティア精神が強いんだな・・・。」
「そんな事じゃないのよ・・・。 あそこにいる人達と私達ってね、ホントに些細な違いなの・・・。
私はあの人達がどこの誰で、どうしてそうなったとか、そんな理由は知らないし、正直どうでも良いと思ってる。けど、私の目の前にそういう人がいて、私のお昼ご飯が少し減るぐらいで何かの助けになるなら、そうしたいじゃない。きりがないのかもしれないし、ただの自己満足かもしれないけどね。
さっきのお婆ちゃんもそう・・・。私達も必ず年をとって弱者になる日が来る。健康な身体って、誰もずっとそうだって約束してくれる訳じゃない・・・。私たちだって、明日はどうなってるかなんて、分からないもの・・・。
だからって、自分がそうなったときに助けてほしいからとか、そんな事を思ってるわけじゃないのよ? そこは勘違いしないでよね。上手く説明できないんだけど・・・。
生きてる事と死んでる事だってそう・・・。 私には、そんなに違いが無いように思うのよ・・・。もしかしたら、生きているっていう実感が、私には薄いのかも。」
そう語るエリの表情は、とても寂しそうでした・・・。
「そんな寂しい事言うなよ。お前は今、俺と一緒にちゃんと居るんだからさ。」
「あはは、もちろん、そうよ! 私はね、あんたと一緒に居られて、ホントに楽しいのよ。ホントにね。」
「そっか・・・。 なんか、すまんエリ・・・。 俺は頭が悪いから、何て言って良いのか分からないけど・・・。 けど、俺に出来る事があるなら、何でも言ってくれな。お前のためなら、たぶん何でも出来るからさ。」。
「馬鹿ね、ユキはそのまんまで良いのよ! さあ、行きましょ! 今日は楽しまないと!」
そう言えば、姫様が二人きりの時だけ、私の事を名前で呼ぶようになったのも、この時のデートがきっかけでした。
それは突然の事だったのですが・・・。
「ねえ、ユキちゃん!」
「ゆっ、ユキちゃん!? なんだ急に! やめろって!」
「なんで? 可愛いじゃない、女の子みたいで。」
「だから嫌なんだって!」
今でこそ気になりませんが、当時の私は、この女っぽいあだ名を結構気にしておりました・・・。
「ワガママね・・・。 じゃあ「ユキ」なら良い? これから、あんたは「ユキ」ね!」
「・・・・。 まあ、それでいいや。」
考えてみますと、自分の事は出会った当初から名前で呼ばせていたくせに、自分がいざ私を呼ぶとなると、これは結構恥ずかしかったのでしょう。この後も、人前では滅多に私を名前で呼ぶ事がありませんでした。
そういう、おかしな矛盾をいくつも持ち合わせている所に、この少女の不思議さがあり、当時の私は、それがまた何となく可笑しくもあり、たまらなく愛おしくもありました。
それからしばらくして、私たちは第一の目的地である、動物園に到着するのでした。
動物園は休日という事で結構混雑していたのですが、特にパンダ舎の前は行列ができていました。
私たちはその列に並び、ひたすらパンダを心待ちにしていました。
ただ・・・、二人でいると、それほど時間を感じる事はありませんでした。それほど、当時の私たちの会話は話題にあふれていたようです。
「あっ! エリ、ほら、パンダ見えたぞ!」
「えっ!? どこどこ!? 全然見えない!」
「ああ、そっか! よっと! ほら、見えるだろ!?」
そう言って、私がエリを後ろから抱き上げてやると・・・。
「えっ! ちょ、ちょっと! はっ、恥ずかしいからおろしてよ!!!」
「うおっ! 暴れるなって! あぶねえから! とりあえずパンダ見ろって!」
よっぽど恥ずかしかったのか、最初は散々暴れていた姫様でしたが、ようやくあきらめたのか、大人しくなった姫様は、今度はパンダに集中したようで、「うわぁ・・・。」という、顔が見えなくても、その顔に満面の笑みが浮かんでいるのを想像させる歓喜の声が、小さく漏れていました。
「お前、ホント可愛いよな。」
「なに!? 何か言った!?」
「いや、なんも。」
その後、私達は動物園内で簡単な昼食を摂り、その後は動物園を出ると、すぐそばの科学博物館の方へ移動します。
姫様はこちらの科学博物館でも展示物に興味津々のようで、少々興奮して見ていました。
なんと言っても、恐竜の骨だとか、なんだかの呪術の道具だとか、ミイラだとか、首狩り族の干し首だとか・・・、そんな具合にちょっと不気味で不思議な、姫様の好きそうなものが目白押しでして、結構な時間を使って見学した記憶があります。
そう言えば、この時、別館で零戦の実機も見る事が出来ました。たしか当時は日本に三機ぐらいしか現存していない・・・という話だったように思います。
そんな訳で、私達は夢中になりすぎて、閉館時間が迫っていた事も気付かなかったようで、いつの間にか、幾つかの出入り口のシャッターが閉まり始めておりました・・・。
「やべえ! 早く出ねえと閉じこめられるぞ!」
「あははは! ホントだ! でもさ、それも良いんじゃない? 二人きりで博物館で過ごすの! ちょっと悪くないでしょ!? あはは!」
そうイタズラっぽく笑いながら笑顔を向けるエリの顔を見て、私も思わず、「いや、こんな不気味なとこ嫌だけど、お前と二人っきりは良いかもな。」などと考えてしまうのでした。
その帰り、私達は日が落ちかけた公園内を散歩しながら、駅に向かっていました。
「あれ? あそこの銅像の人、誰だろう?」
「ああ、あれが有名な西郷さんの像だよ。」
「西郷さんって? どんな人?」
「えっ!? 西郷さん? いや、あれだよ、お前。 西郷さんは・・・・、明治の偉い人だよ・・・。(そういえば、西郷さんって具体的に何やった人だっけ?)」
「へえ・・・。 なんだかお相撲さんみたいね。」
「お相撲さんて・・・。太って着物来てたら、お前にはみんなそう見えるんじゃねえのか?」
その時、唐突に「エクスキューズミー?」と、外人の女性二人組に話しかけられていまいます。私は内心「げっ! 外人だ!」とテンパっていましたが、なんとエリはペラペラと流ちょうな英語?で、その外人さんと会話を始めるのでした。
「すっ凄え! お前、英語喋れるのか!? 得意なのは知ってたけど!」
「なんかね、エアポート戻るのに○○線乗りたいから、駅はどっちに行けば良いですかって? ユキ、知ってる?」
「えっ、エアポート!? あっ、ああ空港か・・・。 それなら、そこの下の階段を降りて、右に曲がれば。」
と、私がエリに日本語で説明をすると、エリはまた外人さんに向き直り、ペラペラと説明を始め、二人組は納得したのか、「オー!サンキュー!」と大げさに喜びながら、エリの小さな手を取ってブンブンと振りながら握手をすると、手を振って去っていくのでした。
「・・・・・。」
「なに? どうしたの?」
「いや・・・・。 お前ってさ、時々スゲえけど、ホントは何者なの?」
「はあ!? 私は私に決まってるでしょ!?」
(コイツの事、ずっとアホだと思ってたけど・・・・、案外、アホは俺だけだったりして。)
エリ曰く、学校の英語の授業なんかより、喋る方が遥かに簡単だそうで・・・。
「それにしても、お前凄いよな。顔は言われてみれば外人っぽいし。」
「それ、私はあんまり嬉しくない。」
「なんで? お前、めちゃくちゃ美人じゃねえか!」
「はっ、はあ!? 急に何言うのよ、この馬鹿!」
そう言って、顔を真っ赤にする姫様を愛おしく見ながら、私はふと疑問を口にします。
「そういえば、お前って髪の毛は黒髪だよな? 良くハーフとかって茶髪とか金髪が多いのに。」
「昔・・・、髪の色でいじめられたから・・・。それからは黒く染めてるのよ。」
「えっ!? そうなの!?(っていうか、お前がいじめられるとか想像できないわ。)」
「・・・・。 冗談よ! そんな事、あるわけないでしょ!」
何か言いたげに私を眺めていた姫様は、ひとつため息をつくと、急に怒り出したように、そう言いだすのでした。
そんな事もありつつ、私たちは行きとは違うルートで、駅へ向かう階段を下っていると、その階段の下で、アクセサリーを売っている露店が出ていたようで。
「あっ! ねえ、あそこ! ちょっと見てみましょうよ!」
「ああ、いいよ。どれどれ。」
そこに売られていたものは、なんの金属で作られたものかも分からないようなアクセサリーで、値段も私たちでも頑張れば買えるような、いわゆる安物だらけの品ぞろえでした。
それでも、エリは目を輝かせて品定めをしています。
(今回はこいつにいろいろ心配かけて嫌な思いさせたし、さっきも余計なこと言って怒らせたしな。何かプレゼントするか・・・。)
そんな風に思いついた私は、手ごろで一番立派に見えそうなものを探し出し・・・。
「(おっ、これシンプルだけど高そうに見えて良いじゃん!) エリ、ちょっと手を貸してみろよ。」
「は? 手? 何よ、はい。」
なんの事だか分からないというような顔で、利き腕の左手を差し出すエリのその手を取り、今しがた見つけた指輪が入りそうな指を五本の中から探し出し、ちょうど入りそう薬指に、その指輪をはめてやります。
「おおっ、ピッタリだな。良く似合うじゃん。 すいません、これください!」
「えっ・・・。」
驚くエリを無視し、そう言って店員に早々にお金を払った私は、それがプレゼントである事と告げると・・・。
「嬉しい・・・・。本当に嬉しい・・・。 ありがとう・・・。 ずっとずっと、一生大切にする・・・。 本当にありがとう、ユキ・・・。」
と、まさかの安物の指輪一つで、今まで見たことがないぐらいの喜びを、恐らく初めて素直に見せるエリに、私は嬉しさと気恥ずかしさと、安物で申し訳ないという気持ちが混ざったような複雑な気持ちになってしまい。「おっ、おう。」と、何となくそっけない返事をしてしまうのでした。
しかし、エリはそんな事はまったく気にせず、いつまでもいつまでも、その左手の指輪を右手で握りしめ、赤くした顔に満面の笑みを浮かべるのでした。
そんな事もありながら、私たちは再び駅までの道のりを、いつの間にかどちらとも無く手をつなぎながら歩いていきます。
そしてこの日、私は姫様の様々な「今まで知らない」側面を見せつけられ、劣等感を感じながら戸惑いつつ・・・、だからこそ、ここまで魅力的なのだと妙に納得し、ますます、この姫様に傾倒していくのでした。
そう、私は人の縁の不思議さと偉大さに、この時初めて感謝しました。
(もし、誰かの影響で人が変わっていく事があるんなら、こういうヤツと出会う事がそうなんだろうな・・・。
現に俺は自分でも大きく変わったと思う。他人にそこまで関わらなかった俺が、コイツのお陰で今ではお節介なぐらいだしなあ。
コイツの事なんて、危なっかしくて、いつも見ていないと落ち着かないぐらいだ。
それだけじゃねえな・・・。コイツのために何かしてやりたい、コイツのためなら何でもしてやれる。本当に命を投げ出してしまうかもしれない。
ああ、これが本当に「人に恋する」って事なのかもなあ。 俺はコイツに本気で恋してるんだ。
なんだか良いね・・・。 人を好きになるって、本当に気持ちがいいや・・・。)
「どうしたの? なんだか気持ち悪いわよ・・・、ニヤニヤして。」
「いや、お前とこうやって一緒に居られるのって、凄げえ幸せな事なんだって思ってさ。」
「はあ!? なにいってんの? いきなり!」
本当に何を言ってるんだコイツという表情で、呆れながらに眺めるエリを見つつ、私もまたエリを見つめながら、真面目に応えるのでした。
「いや、感謝してるんだって、ホントに。(お前と出会えた事。そして、一緒に居られる事になあ。)」
「変なヤツ・・・。 でもさ、気がつくのが遅いよ。」
「なにが?」
「そんな事、私はとっくに知ってたよ!」
そう言いながら、エリは美しい顔いっぱいに微笑みを浮かべるのでした。
このお話で、本当に最後になります。
皆様、拙いお話に最後までお付き合いいただきまして、誠にありがとうございました。
ちょっとした気の迷いから、恥ずかしながらも投稿させていただきました。
今後は、皆様の作品を読ませていただくことを専門にしたいと思います。
本当にありがとうございました。




