エピローグ ~並べられた杯~
蛇足といわれるかもしれませんが、
キャラクター達ともお別れです。
それから、六人は冒険者を続けた。
ノアに潜り、エアに潜り、ときどきズールの門の前まで行っては、番人と少し話をして帰ってきた。
ズールの中へ入ることは、もうほとんどなかった。
入らなくても、あそこには黄金の番人がいる。
それで十分だった。
六人のうち、迷宮で命を落とした者は、一人もいなかった。
どれほど深く潜っても、どれほど無茶な戦い方をしても、最後には必ず、全員そろって門から出てきた。
「カレントの加護だろう」
街の人々は、そう言った。
カレントは、個人を見ることができない。
マランの子どもでも知っていることだ。
それでも人々は、あの六人の話になると、決まってそう言った。
本当のところは、誰にもわからない。
六人とも、最後は街で寿命を終えた。
一人ずつ、それぞれの寝台の上で、家族や仲間に囲まれて。
そして、本人たちの望みで、ノストス寺院の習わしに従って迷宮へ還された。
還す先は、ノアでもエアでもなく、ズールだった。
寺院の者たちは首を傾げたという。
誰も潜らない迷宮に、なぜ還りたがるのか、と。
六人とも、同じ答えを残していた。
あそこには、待っている者がいる。
それ以上のことは、誰にも話さなかった。
話そうとしても、たぶん、話せなかったのだろう。
カインとノリアは、夫婦になった。
いつからそうなったのか、仲間の誰もはっきりとは覚えていなかった。
気づいたら、そうなっていた、と皆が口をそろえた。
「俺がいないと困るだろ」
カインがそう言うと、ノリアは決まって「困る」と答えた。
それが、二人のあいだの、いちばん短い約束だったらしい。
二人のあいだには、ハーフエルフの男の子と女の子が一人ずつ生まれた。
兄は何でもひととおりこなす器用な子で、妹は火の扱いがやけに大胆な子だった、という話が伝わっている。
両親の資質を受け継いでいたのかどうかは、定かではない。
兄が職業を決めずにずいぶん長く過ごしたことと、妹が初めて撃った火花炎で訓練場の的を台ごと吹き飛ばしたことだけは、ミラージュの古い記録に残っている。
カインの剣の柄頭には、最後まで、丸い小さな石が嵌まっていた。
ワングは、侍として弟子を抱えるようになった。
隻腕で二刀を振るう、奇妙な師範だった。
その型は弟子から弟子へと受け継がれ、やがて世に「ハクエン流」と呼ばれるようになった。
ワングは、その名を聞くたびに、ひどく渋い顔をした。
「拙者は、始まりの方の型を、少しばかり借りておるだけでござる」
始祖と呼ばれるのを、ワングは生涯嫌がった。
道場の上座には、ワングの名ではなく、ハクエンの名を書いた札が掛けられていたという。
稽古の終わりに、弟子たちは必ずその札に向かって礼をした。
背をまっすぐに伸ばし、腰から折って、頭をほんのわずかに右へ傾ける礼だった。
ミラは、冒険者を続けるかたわら、ギルドの治療院に通い続けた。
リカバリーの窓口に立ち、冒険者に限らず、熱を出した子どもも、腰を痛めた老人も、分け隔てなく診た。
「間に合わせる」
それが、ミラの口癖だった。
治療院に通う人々の多くは、ミラを小柄で世話焼きな治癒師だと思っていた。
彼女が剣にも秀でたロードだと知っていたのは、古くからの知り合いだけだった。
腰に提げたロングソードを、飾りだと思っている患者も多かったという。
ネリスとスルは、獣人族の冒険者として名を上げた。
斥候と盾、跳ぶ者と受け止める者。
兄妹の連携に勝てる者は、その分野では最後まで現れなかった。
やがて二人とも、それぞれに家庭を持った。
市場で子どもの手を引いて果物を選ぶネリスを見て、それが迷宮の奥で誰よりも速く跳んだ斥候だと気づく者はいなかった。
庭先で子どもに肩車をしてやるスルを見て、ズールの底で盾を構えた男だと気づく者もいなかった。
ネリスは、ときどき、わざと道に迷ってみせたという。
迷った先で、子どもたちと一緒に、何か面白いものを見つけるために。
ダダは、鍛冶屋として名を上げた。
その名は、やがて隣の国々にまで知られるようになった。
ダダの打った盾を持つ者は、妙に倒れにくい。
そんな噂が、冒険者のあいだでまことしやかに囁かれた。
ダダは、それを聞いても何も言わなかった。
ただ、工房の棚に並ぶ一族の印の札を、ときどき布で拭いていた。
晩年、ダダの孫の一人が、鍛冶屋になると言い出した。
ダダは、その孫に小さな鎚を一本打ってやった。
「戦う剣を打つな。六人を、戦わせ続けるための剣を打て」
孫には、意味がよくわからなかったらしい。
それでもダダは、ひどく嬉しそうだったという。
ギルド長は、今もギルド長のままである。
クロスロードにふらりと現れて新人に声をかけ、フラグメンツで常連と飲み、ときどき執務室で居眠りをしている。
年を取ったようには、誰にも見えない。
ガラントは、あれから何年も店に立ち続けたが、やがて身体を壊して店を退いた。
店のカウンターの内側には、しばらくのあいだ、長身の無口な男が立っていたという。
エールの配合だけは、一度も変えなかったそうだ。
店を退いてからも、ガラントはときどきふらりと店に現れた。
いつもの席に座って、あの配合のエールを一杯だけ頼み、常連の愚痴を聞いて帰っていった。
それから、長い時が流れた。
あの日から、二百年。
六人の名を覚えている者は、もうほとんどいない。
アーカイブの古い記録帳の中に、測れなかった数字と、帰還の一行が、ひっそりと残っているだけだ。
ティリーの後を継いだ司書たちは、その記録帳を「わからない帳」と呼んで、大事に棚の奥にしまっている。
今も存命なのは、エルフのギルド長と、ノリアくらいだろう。
フラグメンツは、店主が何代か変わった。
店の造りも、少しだけ変わった。
それでも、エルフ式の果実酒と、ドワーフ式の蒸留酒と、獣人族の炙り肉の匂いは、昔のままだった。
そして、カウンターの前の古い卓だけは、今も変わらずそこにある。
六人掛けの、使い込まれた卓。
常連たちが、なぜかいつも座らずに空けておく卓だ。
ときどき、その卓に、二人のエルフが並んで座っているのを見かけることがあるという。
一人は、年齢のわからない、絶世の美女。
もう一人は、銀の混じった髪を背に流した、物静かなエルフの女性。
二人は、あまりしゃべらない。
ときどき、どちらかが何かを言って、もう一人が小さく笑う。
それだけだ。
二人の前には、酒を注いだ杯がいくつも並んでいる。
二人分より、ずっと多い。
果実酒の杯。
麦酒の杯。
甘めのエールの杯。
誰も口をつけない杯が、卓の上にきちんと並べられている。
新しく入った若い店員が、一度だけ、下げましょうかと声をかけたことがある。
銀髪のエルフは、首を横に振った。
「そのままで。みんな、遅刻してくるの」
そう言って、少しだけ笑ったという。
店の灯りが一つ、ふっと消えかけたとき、銀髪のエルフが指を一本立てた。
指先に、小さな火が灯った。
火花ほどの、小さな火だった。
それなのに、店じゅうが一瞬、昼のように明るくなった。
灯りを点け直すと、銀髪のエルフは、何事もなかったように杯を傾けた。
隣の美女が、呆れたように肩をすくめた。
「相変わらず、加減ってものを知らないのね」
「ファイアで足りないことなんて、そうそうない」
銀髪のエルフは、澄ました顔で答えた。
卓の端に、いつの間にか、白い猫が一匹座っていた。
どこから入ってきたのか、誰も見ていなかった。
猫は、並べられた杯を順に眺めてから、金色の目を細めた。
「みゃー」
それから、ほんの少しだけ間を置いて。
「まだ、飲んでおるのか」
二人のエルフは、顔を見合わせて、笑った。
マランの迷宮は、今日も静かに息をしている。
ノアの入口では、新人の冒険者が、初めての門の前で深呼吸をしている。
ノア帰りの冒険者たちが、今日の稼ぎを肴に、フラグメンツの扉を押し開けていく。
そして、ずっと奥の、誰も潜らない迷宮の底では、黄金の番人が、器の隣で丸くなっている。
八つの名が刻まれた、銀の器の隣で。
還ってきた者たちを、一人ずつ迎え入れながら。
おかえり、と。
最後まで、お付き合いいただき、ありがとうございました。
ここまで長くなるとは、思いませんでしたが、完走できました。
途中で、影のグループが出てきたのは自分でもびっくり。
キャラクターが暴走するということが自分の中でも起るとは・・・
マランの世界は続くと思います。
感想をいただけると有難いです。
新たな連載もよろしくお願いいたします。




