創世I-⑲
◆ ◆ ◆
少女は、夢を見ていた。
周りは緑陰深く、花々がそっと彩りを添えている。藍の天蓋で閉ざしたような夜空だった。透き通っていて、でもどこまでも深い。少女は、木々の隙間から星を読もうと目を凝らした。……よく見えない。読めない。
ここ最近、こんな夢ばかり見る。初めはぼんやりとしていた。今でははっきりと夢だということを理解している。妙な感覚だった。
少女は歩き出した。小さな歩幅で、てくてく、と。花を踏み潰さないように、足元に気を使いながら。
「──っ!」
少し進むと、木の陰から鹿が音もなく現れた。牝鹿一匹。鹿は少女の前で止まり、それから背を向けるようにして前に向かって歩き始めた。
「……」
月明かりか星明かりか、薄暗い中、鹿の輪郭が薄らと光るように照らされている。その足取りは凛としていた。……着いてこいと言っているようだった。少女は、導かれるようにして鹿に着いていった。
鹿の行く道を辿りながら、木々の合間を縫うようにして歩いていくと、視界が開けた。目の前には小さな泉。鹿は泉の前まで歩くと、その場で寛ぎ始めた。まるで、役目を終えました、と言わんばかりに。
少女は鹿を一瞥して、それから空を見上げた。今度は、よく見える。星の位置を、角度を、軌跡を、一つ一つ探るようにして瞳を動かす。星明かりを受けて、少女の瞳が瞬くように煌めいた。この娘にとって、「星を読む」ことはもはや条件反射の域だった。
少女は、星を辿って、月を見ようとした。──その月の形に、少女の目が僅かに見開かれた。その時。
《──やっとここまで来たのか》
どこからか声が聞こえた。凛々しく、それでいてどこか穏やかな声。少女はぱっと振り返ったが、誰もいない。辺りを見渡しても、人影の一つもなかった。泉の前で鹿が丸まって眠っているだけ。
「……何。それはどういうこと」
どこの誰に言葉を向ければいいのか分からなかったが、とりあえず聞きたいことを聞いた。小柄な少女の小さな頬を、撫でるようにして柔い風が掠める。
《──御前は小さいな。弱いのか》
その言葉を聞いて、少女の眉間に少しだけ力が入った。小さい。弱い。突然話しかけてきたと思ったら何を言っているんだ。しかも質問の答えになっていない。
「小さくない。弱くない。私は……」
──私は、何だ? 強い? 小さいかと言われたら、確かに体は小さい方だ。弱いかと言われたら……
少女はそっと目を伏せて、小さな拳を握りしめた。答えられないことが答えだった。自分が一番よく分かっていた。
自分は何もできていない。──傍にいながら。国を動かせるような力も、誰かを守れるような強さも、持ち合わせていない。……だから何だ? 別に誰にも望まれていないだろう。動かせ、とも、守れ、とも。なのに、いつも。いつも、なんだか──
《──御前に神託を与えようか。……もしこの力が欲しいと言うのならば》
少女ははっと顔を上げた。”神託”。全部繋がった。牝鹿。泉。そして、あの月の形。これは、この会話の相手は──月の女神──アルテミス。
”神託”を受ければ、剣を握ることになる。剣を握れば、戦える。少なくとも「戦う力」を得ることができる。……何のために? いや、今はそんなことどうでもよかった。答えはすぐに出たのだから。
「……欲しい。その力、私にちょうだい」
風が少女の髪を攫った。今度は少し強めの風だった。包み込まれるように。どことなく温度のある風。
《──よいだろう。……御前は神の子──》
──言葉を授かる少女を、空に浮かぶ月が照らしていた。横に倒したような三日月が。
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【一章完結・二章開始について】
これにて【創世I】は完結となります。ここまでお読みいただきありがとうございました!
現在、【創世Ⅱ】を執筆・推敲中です♩
7/30〜順に更新予定です。約30話構成になります。
まだまだ政治劇、戦闘、そして執着は続きます! 新たな関係もいくつか出てきますので、二章完成までもうしばらくお待ちくださいませ。




