神宮寺2
雪人さんの住んでいるところに行って待っていた。怜奈ちゃんに言われて、その勢いでこうして来てしまったけど、やはり戻ったほうがいいかなと思っていたら、雪人さんがやってきて、
「どうしたの?」と優しく聞いてくれた。「父に似ているはずだ」と、東条さんが言ったけど、顔は全然似ていない。雰囲気は、似ていなくもないけど……という程度だった。
「あの」
「話があるの?」と聞かれてうなずいた。人がいると話せないと言ったら、雪人さんが家に入れてくれたけれど、玄関を少しだけ開けて靴をはさんで、チェーンだけ掛けていた。ドアも少し開けていて、
「女の子と二人きりだと誤解されると困るからね」と笑っていて、意外とこういうところは気を使うんだなと思っていたら、
「研究室で注意されてね。夜遅くだと、ああするんだよ」と、ドアの方を見ていた。
「え、そうなんですか?」
「問題が起きた学部があったらしくて、それで、指導に従って、そうしているんだよ」そうか、それでねと驚いた。
「秘密の研究してると困っちゃうでしょう?」
「そこまではないよ。確かにいくつかの研究室では外部持ち出しファイルがあると思うけど、僕のところはそこまではないからね」と笑っていて、笑顔が優しくて、やっぱり素敵だなあと見とれていた。
「今日はどうしたの?」と優しく聞いてくれたので、
「あの」とうつむいた。資料が山積みされていて、
「勉強、大変ですね」と言ったら、
「ああ、試験勉強だよ」と言ったので驚いた。
「試験?」
「地元の大学院に行きたくてね」と言ったので、びっくりした。
「え、帰っちゃうんですか?」雪人さんの田舎は雪が多くて、産業はほとんどないから、地元に帰らない人が多いと聞いていたから、このままこちらで就職すると思い込んでいた。
「できればそうしたいと思ってね」と笑顔で言われてうつむいた。帰っちゃうんだ。ずっと、一緒にいられると思ったのに。
「真珠ちゃん?」私がうつむいていたら、雪人さんが心配そうにしていて、
「寂しいです」と正直に言ったら、
「僕もだよ」と言ってくれたのでうれしかった。
「あ、あの」と言っていたら、電話が掛かってきてしまい、
「え、研究資料? そこにあるはずだけど」と言って部屋を探していて、いくつかあるファイルを探した後、
「ここに紛れ込んでた」と言って、しばらくしてから、
「ごめん。今日、提出の資料を僕のと間違えて渡したらしくて、持って行かないと」
「取りに来ないんですか?」
「無理だよ。時間がないらしいから」
「優しいですね。向こうが間違えたんでしょ?」と聞いたら優しく笑って、
「間違いはお互い様だからね」と言った顔を見て、やっぱり素敵……と思った。
東条さんにしばらく会わなくなり、ほっとしていたのに、勝手に家に来てしまった。母が塩を持って仁王立ちしていて、
「こんにちわ」営業スマイルで東条さんが笑ったけど、
「二度と来ないで。塩を掛けるわよ。この家が穢れる」母が怒っていたけれど、
「真珠さんは?」と聞いていた。
「出かけてるわ」
「携帯番号を教えてもらえませんか」
「絶対に嫌です」
「親子そろって似たようなことを言いますね」
「あなたも父親似ね。笑顔もごまかし方も同じだわ。だまされないからね」
「父と何かあったんですか?」
「あの男にでも聞けばいいでしょ。もっとも言えないでしょうけどね」
「どういう意味ですか?」と言い合っているところを帰ったら、
「ああ、遅かったな」と言われてにらんだ。エッグシェルには時々行く程度にして、秋さんに紹介してもらった場所で下働きをしながら、見学を時々させてもらっていて、
「ちょっとね」と言ってから、塩を持っている母を見て、
「いくら嫌いでも、直接掛けないでよ」と、呆れた。
「この男にだまされたら駄目よ。父親と同じことをするに決まってるわ」
「父が何か不快になるようなことでも」東条さんが平然としながら聞いていて、
「父親に聞いてみなさいよ。『藍子』と言う名前を覚えていたら教えてくれるでしょうね」
「藍子?」東条さんが不思議そうな顔をしていて、
「お母さん、もう、いいから」と追い払った。
「変わった造りだな」東条さんが店内を見回していた。
「昔、カフェをしていた時期があるだけ。それより、用件は何?」
「携帯番号を教えろよ。ムーンフェイスに掛けてもつながらないと困る。連絡したいからね」
「断る」
「お前のところも宣伝してやるから、いいだろ」
「宣伝?」
「学園祭でお前の名前とお店の名前をチラシなどに入れるだけ。宣伝効果は薄いかもしれないが、それぐらいはしたほうが良さそうだぞ。おこづかいが増えるかもしれないからな」痛いところをついてくる男だなと思ったけど、
「でも」と母がいるほうを見てから、
「しょうがないな」とため息をついた。