026. 女優の初仕事(2)
奥多摩までの送迎は神坂さんが車でしてくれる。隣にはマネージャーの龍之介が座っていた。
「優里ちゃんも大変だけど……、ゆきちゃんも売れ出したら龍之介君もっと大変になるかもしれないね」
「他人事のように言わないでくださいよ……」
助手席に座っていた私は後部座席に座る二人の様子を眺めていたのだが、仲良さそうに話す彼女と龍之介はどこか仕事仲間のような和気藹々とした雰囲気があった。
二人の会話を聞きながら私は先日渡された台本をぼんやりと見つめていた。
「龍之介はさ……、もう役者目指さないの?」
「どうした、いきなり……」
突然の質問に龍之介は驚いたような声を出す。確かに、今更こんなことを訊くのは不自然だろう。だけど、私はどうしても気になったのだ。
彼がまだ演技に対して未練があるのかどうか……。
「いや、ちょっとね。私に時間割いてるせいで龍之介のやりたいこと奪ってるんじゃないかって思っただけ」
「別に好きでやってるんだ。そうしたくてしてるだけだから気にしないでくれ……」
「そっか……」
なんか、答えを濁されたような気がするけど……、本人がそれでいいならいいか。
奥多摩にある廃墟だが……、もちろん誰も管理していない廃墟を使うわけがない。ちゃんと整備された廃墟を映像作品を作るという目的のために貸し切っているのだ。
「ここが現場か……」
駐車場に車を止めると目の前には大きな建物があった。壁にはツタが巻き付き、屋根には大きな穴が開いている。その建物は既に使われていないホテルだった。
隣には廃校になった小学校がある。学園物語の舞台には学校がつきものだ。だから、この廃墟が選ばれたのかもしれない。
「それでは、早速撮影に入ります!」
監督らしき男性がメガホンを持って指示を出している。ネットで超有名人の岩下穣監督である。もちろん、悪い意味で有名だ。
彼は今まで数々の問題を起こしている。当然、法律には触れていないが原作者との揉め事は数知れず、キャスト陣からの評判も頗る悪いと龍之介が言っていた。
「ゆき、監督に挨拶しに行くぞ」
「えっ、あっ……、うん」
私は龍之介の後に続いて監督の元に向かう。髭面の男は私たちを見るなり、ニヤリと笑った。その表情を見て背筋に悪寒が走る。
(この人、苦手だなぁ……)
私はそんなことを考えながら、愛想笑いを浮かべた。逆に龍之介はどこ吹く風といった様子で堂々とした態度で監督に挨拶をしている。
「笹川ゆきです。今日はよろしくお願いします」
「ああ、よろしく頼むよ。まぁ、適当にやっといてくれれば大丈夫だから」
監督はぶっきらぼうな態度で答える。やっぱり、噂通りの人だなぁ……。でも、大丈夫かなぁ。私、上手く出来る自信ないんだけど……。
「ゆき、僕は撮影側のスタッフに挨拶してくるからあっち行ってるな……」
「う、うん……」
龍之介はスタッフが待機している廃墟の中に入っていく。一人残された私は隣の学校に入っていく薄暗い廊下を進んでいくと、所々壁が剥がれ落ちていて、天井からはコンクリートの塊が落ちてきている。
「怖……」
思わず呟いてしまう。心霊スポットだとは聞いていたけど、まさかここまでとは思わなかった。
(うわ、本当に幽霊とか出そう……)
そんな事を考えながら歩いていた時、私は誰かとぶつかった。
「あ、すいません。私、前見てなくて……」
慌てて謝るととんだ美人が目の前に立っていた。彼女はどこの制服か分からないが、ブレザーを着ている。
「いえ、こちらこそ……」
「もしかして、女優の水嶋凛花さんですか?」
「はい、そうですよ。あなたは?」
「わ、私は笹川ゆきと言います。ファンです。握手してください!」
私は興奮気味にまくしたてると彼女も嬉しそうな顔をして手を差し伸べてくれた。柔らかく小さな手が私の手を包む。
「ふふ、ありがとうございます。私もあなたのこと知っていますよ。確か……、最近雑誌に載ってましたよね?」
「はい!そうなんです」
「これから頑張ってくださいね」
「はいっ!!」
私は大きく返事をする。まさか、憧れの女優さんに会えるなんて……。
それからも、何人かの役者さんとすれ違ったが、みんな綺麗でオーラがあって、輝いていた。
(私、場違いじゃない?)
不安が胸を過るが今はそんな事を考えている暇はない。早く台詞を覚えてしまわないと……。
☆・ ゚*。・★・ ゚*。・☆・ ゚*。・★・ ゚*。・☆・ ゚*。・★・゚*。・☆
不気味な校舎の中で彼女は静かに佇んでいた。その瞳は虚ろで、何処を見ているのか分からない。雲で空が隠され灰色の景色が広がる中、彼女の髪だけが白く浮かび上がって見える。
『ねぇ、どうして……、ここに居るの?』
それは、少女の問いかけだった。私は思わず息を飲む。そして、次の瞬間、私は自分の出番がきたことに気づく。
私はゆっくりと顔を上げて、その視線をカメラに向けた。
「…………」
何も言わずにただ見つめ返す。それだけなのに、心臓の鼓動が激しくなるのを感じた。まるで、自分が自分でなくなったみたいだ。
『……』
沈黙が流れる。彼女は相変わらず何の反応もない。その無反応さがかえって不気味さを際立たせていた。
「カット!!」
監督の声が響き渡る。その声を聞いた途端、私は全身の力が抜けていくのを感じる。それと同時に緊張していたせいか、汗が流れ落ちるのが分かった。
龍之介が駆け寄ってきて、タオルを手渡してくれる。私はそれを受け取って額に浮かんだ汗を拭った。
「お疲れ様」
「あ、ありがと……」
「どうした?調子悪いか?」
「ううん、ちょっと緊張しただけ……」
私が苦笑いを浮かべると龍之介は納得いかないような表情で私を見つめる。
(ごめん、嘘だよ。本当は凄く怖いの……)
心の中では素直になれたけど、言葉には出来なかった。




