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アイドル歌手と苦労が絶えない高校生マネージャー  作者: ともP
♠ 女優への一歩と恋の始まり
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025. 女優の初仕事(1)

 

 誰からも何も言われない平穏な学校生活というのは私の夢見る理想だったのだと笹川ゆきは心底思う。

 日常的に起こっていた嫌がらせも、好奇な目線も、今の学校では感じない。クラスメート達は皆優しく接してくれるし、教師陣も腫れ物のように扱わない。

 

 今まで過ごしてきた環境とは全く違う。


「……そうね」


 だから、私はこうして笑っていられるのかもしれない。笹川ゆきはそう思いながら、西宮優里の方を見る。

 パラレルシンガーとしてデビューした彼女はどこか遠くの世界に行ってしまったような気がしていた。同じ事務所で、同じ学校に通っていて、クラスも同じだというのに、彼女と自分の間には目に見えない壁があるように感じるのだ。


「ずっとこのままだったりして……」


 ポツリと呟いた言葉が宙を舞って消えていく。そんなことはないだろうと思いながらも、心の片隅には常に不安があった。いつまでこんな日々が続くのか……。

 その答えは分からないけれど、きっといつか終わる時が来るはずだ。それまで、この穏やかな時間を満喫しよう。

 笹川ゆきはそんなことを考えていた。


☆・ ゚*。・★・ ゚*。・☆・ ゚*。・★・ ゚*。・☆・ ゚*。・★・゚*。・☆


「ほら、待たせたな……」


 ゆきが事務所に入ると一冊の台本が渡される。それは今回の映画の台本だ。表紙には『純白の恋』というタイトルが書かれている。

 この映画は訳ありで私に役がまわってきたものだった。タイトルでも分かる通りベタな恋愛アニメだった。


(恋愛映画かぁ……)


 正直言って苦手分野だった。昔から人付き合いが苦手で、友達と呼べる存在がほとんどいない。だから、人とどう接すればいいのか分からないのだ。演技も上手くないし、感情移入も出来ない。

 だけど、今回は断れなかった。仕事を選ぶ権利なんて私にはないんだから……。


「今回はロケーションが特殊な場所だから僕も同伴することになるけど大丈夫?」

「ロケ地どこなの?」

「奥多摩の廃墟だけど……」


 龍之介がスマホでロケ地の写真を見せてくれる。


 そこはよく知っているところだった。廃墟好きには有名な場所で、マニアの間では聖地と呼ばれているところだ。そこにはたくさんの心霊スポットがあり、中には本当に幽霊が出るというウワサもある。

 でも、どうしてロケ地をそこに選んだんだろう。


「なんでそこにしたの?」

「ゆきは知ってるかもしれないが実写映画の監督が結構ゴリ押ししてくる人でさ。今回も監督が原作者の意向を無視して勝手にロケ先を決めたんだよ」

「そっか……」


 まぁ、別にいいんだけどね。私が何か意見を言うことでもないと思うし。ただでさえ、私は素人なんだから監督の言う通りに動いた方がいいだろう。

 それにしても、まさかあの廃墟で撮ることになるとは思わなかった。


「スケジュールが結構タイトなんだけど台詞だけ頭に入れておいてもらえる?」

「分かったわ……」


 私はパラパラと台本を流し読みしてから鞄にしまう。龍之介は忙しそうに事務用のパソコンに向き合っていた。

 いつも通り、死にそうな顔をしながら黙々と仕事をしている姿を見ると少し安心感を覚える。優里の知名度が上がってから忙しさは更に増したはずなのに、彼は文句一つ言わずに働き続けているのだ。

 そんな彼の姿を見ていると自分も頑張らないとなって思える。だから、私はまだここに居続けることが出来るのだ。


「じゃあ、私は演技の稽古行ってくるよ……」

「うん。頑張ってね」


 龍之介の声を聞きながら、私は事務所を出て行く。外に出るとジメジメした生暖かい風が吹き付けて、思わず顔をしかめた。

 これから雨が降るのだろうか?空を見上げると厚い雲に覆われているせいでよく分からない。


 そろそろ本格的に梅雨入りしようかという季節になっていた。


(雨降りそうだなぁ……)


 そんな憂鬱な気分になりながらも、私はゆっくりと歩き始める。


☆・ ゚*。・★・ ゚*。・☆・ ゚*。・★・ ゚*。・☆・ ゚*。・★・゚*。・☆


 奥多摩までの送迎は神坂さんが車でしてくれる。隣にはマネージャーの龍之介が座っていた。


「優里ちゃんも大変だけど……、ゆきちゃんも売れ出したら龍之介君もっと大変になるかもしれないね」

「他人事のように言わないでくださいよ……」


 助手席に座っていた私は後部座席に座る二人の様子を眺めていたのだが、仲良さそうに話す彼女と龍之介はどこか仕事仲間のような和気藹々とした雰囲気があった。

 二人の会話を聞きながら私は先日渡された台本をぼんやりと見つめていた。


「龍之介はさ……、もう役者目指さないの?」

「どうした、いきなり……」


 突然の質問に龍之介は驚いたような声を出す。確かに、今更こんなことを訊くのは不自然だろう。だけど、私はどうしても気になったのだ。

 彼がまだ演技に対して未練があるのかどうか……。


「いや、ちょっとね。私に時間割いてるせいで龍之介のやりたいこと奪ってるんじゃないかって思っただけ」

「別に好きでやってるんだ。そうしたくてしてるだけだから気にしないでくれ……」

「そっか……」


 なんか、答えを濁されたような気がするけど……、本人がそれでいいならいいか。

 奥多摩にある廃墟だが……、もちろん誰も管理していない廃墟を使うわけがない。ちゃんと整備された廃墟を映像作品を作るという目的のために貸し切っているのだ。


「ここが現場か……」


 駐車場に車を止めると目の前には大きな建物があった。壁にはツタが巻き付き、屋根には大きな穴が開いている。その建物は既に使われていないホテルだった。

 隣には廃校になった小学校がある。学園物語の舞台には学校がつきものだ。だから、この廃墟が選ばれたのかもしれない。


「それでは、早速撮影に入ります!」


 監督らしき男性がメガホンを持って指示を出している。ネットで超有名人の岩下穣監督である。もちろん、悪い意味で有名だ。

 彼は今まで数々の問題を起こしている。当然、法律には触れていないが原作者との揉め事は数知れず、キャスト陣からの評判も頗る悪いと龍之介が言っていた。


「ゆき、監督に挨拶しに行くぞ」

「えっ、あっ……、うん」


 私は龍之介の後に続いて監督の元に向かう。髭面の男は私たちを見るなり、ニヤリと笑った。その表情を見て背筋に悪寒が走る。


(この人、苦手だなぁ……)


 私はそんなことを考えながら、愛想笑いを浮かべた。逆に龍之介はどこ吹く風といった様子で堂々とした態度で監督と立ち話をしている。


「笹川ゆきです。今日はよろしくお願いします」

「ああ、よろしく頼むよ。まぁ、適当にやっといてくれれば大丈夫だから」


 監督はぶっきらぼうな態度で答える。やっぱり、噂通りの人だなぁ……。でも、大丈夫かなぁ。私、上手く出来る自信ないんだけど……。


「ゆき、僕は撮影側のスタッフに挨拶してくるからあっち行ってるな……」

「う、うん……」


 龍之介はスタッフが待機している廃墟の中に入っていく。一人残された私は隣の学校に入っていく薄暗い廊下を進んでいくと、所々壁が剥がれ落ちていて、天井からはコンクリートの塊が落ちてきている。

 

「怖……」


 思わず呟いてしまう。心霊スポットだとは聞いていたけど、まさかここまでとは思わなかった。


(うわ、本当に幽霊とか出そう……)


 そんな事を考えながら歩いていた時、私は誰かとぶつかった。


「あ、すいません。私、前見てなくて……」


 慌てて謝るととんだ美人が目の前に立っていた。彼女はどこの制服か分からないが、ブレザーを着ている。


「いえ、こちらこそ……」

「もしかして、女優の水嶋凛花さんですか?」

「はい、そうですよ。あなたは?」

「わ、私は笹川ゆきと言います。ファンです。握手してください!」


 私は興奮気味にまくしたてると彼女も嬉しそうな顔をして手を差し伸べてくれた。柔らかく小さな手が私の手を包む。


「ふふ、ありがとうございます。私もあなたのこと知っていますよ。確か……、最近雑誌に載ってましたよね?」

「はい!そうなんです」

「これから頑張ってくださいね」

「はいっ!!」


 私は大きく返事をする。まさか、憧れの女優さんに会えるなんて……。

 それからも、何人かの役者さんとすれ違ったが、みんな綺麗でオーラがあって、輝いていた。


(私、場違いじゃない?)

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